彼の涙の理由 Ⅰ
ー…ポタリポタリと雫が落ちる。
冷たく、悲しい。
この雫は何?
彼が泣いている。
彼とは?
…アレク…?
「アレクっ…!」
「っ…お嬢様!?」
いつも通りの朝。時期は雨季。ジトジトと雨が降るこの季節を私はどうしても好きになれない。日照も少なく花も咲かないこの季節は憂鬱になってしまう。
アーノルドとの婚約をして暫く経ち季節は春から雨期へと変化する。アーノルドとの婚約して暫く過ぎてから、この夢を私は度々見る。だけれどいつも顔がぼやけて涙する人が誰か分からないままだった。…それなのに。
「…どうかされたのですか?」
夢で泣いていたのはアレクだった。
アレクの泣き顔なんて見たことが無い。
私にとっての人生の先輩であり、先生でもあり兄でもあるアレクは主人の前では弱音を吐かない。だから私は知らない。
「アレク…」
目の前に私を起こしに来たアレクにしがみ付く。夢の中のアレクが正夢なのかもしれないと思うと胸が苦しくなる。…どうして泣いているの、アレク。
「…お嬢様、お放し下さい。」
「…ダメ…」
泣いた顔なんて見せられない。
アレクの胸に顔を埋め、涙を止めるよう意識を他所へ向ける。アレクは溜息を吐きながら"仕方ないですね"と柔らかく言う。
「怖い夢でも見られたのですか?」
「…見てない」
怖い夢で泣くなんて子供扱いみたいだ。…アレクが泣く姿に感化されて泣くのも納得行かないのだけれど。
「幼いころは怖い夢見たら泣いて飛んできたので、なんだか懐かしいです」
「…いつの話よ」
「お嬢様が5歳の頃です。夢で地震だって言って毎回のように飛び上がって泣いてましたけど、あれ、クロード様やヴァンス様がお嬢様をこれでもかと言うぐらいに揺らしてたんです。」
「…知りたくなかったわ」
お兄様達も悪戯っ子の時代があったらしい。
私の記憶の中から抹消されてしまっている。
「…大きくなるのなんて、あっという間ですね。」
「アレクも大きくなってるわ。一緒に育って来たようなものだもの。年上なのは一生変わらないから、何時迄も大きいイメージのままだけれど」
何時でも引っ張り導いてくれる大きな手は変わらない。変わらないもの、なのに。
…少しゴツゴツしてる?
以前よりも少し骨ばった手。大きい手。何故か急に違う人の手に見える。
「お嬢様は泣かれる事は減りましたね」
「…子供の頃と比べないでほしいわ」
彼の温もりが暖かい。涙が自然と止まっていく。大きい手が私の髪を撫でる。その温もりは良く知ったアレクのもの。
「…アレク、貴方は泣いてないの?」
夢の中で泣いていた彼。きっと主人の私が聞いても答える訳はないのはわかっている。それでも、貴方が泣いているのは見たくないと思う。
「…勿論。私は簡単には泣きませんよ」
ー…願わくばこれが正夢でない事を。




