婚約者の条件③
アーノルド様に連れられて客人が通らないような屋敷の外の道を歩く。アーノルド様曰く近道になるそうだ。最初は慣れなかったエスコートにも少し慣れた。握られた手が熱く、熱を帯びている。
「この間はいきなりの事で申し訳ありませんでした。」
「えぇ…驚きましたわ」
まさか出会ってすぐにその話題に振られるとは思ってなかった。握られた手に力が入ってしまう。手汗が滲み出そうで意識を外に向ける。…令嬢は手汗なんてかかないのよ!
「僕はアマリリスと婚約したいと思っているよ。僕も流石に心にもないような事会ったばかりで告げたりはしない。僕もそこまで軽薄な男じゃないつもりだよ」
「はぁ…」
と言われても、私はまだ貴方のことをよく知らない。もしかしたら沢山の令嬢に言っているのかもしれないのだ。私は社交デビューもしていない為公式的な社交場には顔を出さないし、非公式の物でもたまにしか顔を出さない。人や家の方針によりそれは変わり、非公式の場に沢山顔を出す者もいると聞く。
「…信じていない顔だね。まぁ、無理もないんだろうけれど。君にしか言ってないよ。それこそ君のお姉様方に聞いたら証明してくれるだろう」
「そうですわね」
…実際、既に兄様と姉様から話は聞き存じております。と言うよりも、勝手に聞いてもいない事を報告してくれる。私にプロポーズした件は私の家族の中で忽ち話題となり盛り上がってしまったのだ。
お姉様達はロマンスだと囃し立て、上2人のお兄様には心配だと騒ぎ立てられ、ローレンス兄様からは"嫁の貰い手があってよかったね、お転婆妹よ"と哀れみを受けた。
お兄様達やお姉様の社交場のコミュニティによると、そういう浮ついた話についてはアーノルド様には無いとのことだった。ただし、見える範囲での話でしかない。
火の無いところに煙は立たないとは言うけれども、逆を言えば煙が立っていないのでは火は見当たらないと言うことである。その場合、火を見つけるには目印が無いため難航する。本当に火がなければ問題ない話ではある。
「さぁ、ついた。是非とも見てほしい」
「わぁ…!」
広がる庭園。緑と色取り取りの花のバランスがとても巧妙に計算されている。見たことがある花から見たことのない花まで千差万別に揃えられている。思わず歓喜の声が溢れ出る。
「素晴らしい庭園ですね!」
私の屋敷の中庭もお気に入りだが、ここもとても素敵だ。花に顔を近づけ鼻腔に空気を吸い込む。花の蜜の甘い匂いが駆け巡り、脳内を満たす。
「気に入ってくれた?」
「はい!」
夢の中でも見た景色ではあった。それでも見るのと体験するのはまた違う。夢の数倍は素敵な景色に惚れ惚れとしてしまう。
「こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。いつでも見に来てくれて構わないよ。僕はアマリリスが来てくれるのなら嬉しい。」
「アーノルド様…」
相変わらず握られた手は更に緊張感を増してしまう。アーノルド様が微笑み、私を愛しむように見る瞳。その瞳に絡まれて私は視線を晒さずにただ見つめ返すしか出来ない。
そして跪き、こう言うのだ。
「アマリリス、僕との婚約考えてくれた?」
夢と同じ台詞を同じ景色で同じ空気で。
「アーノルド様」
跪くアーノルド様のつむじが見える。私は夢と同じ台詞を言うつもりは毛頭ない。何度も夢見、起こり得ることを予期していた内容である。戸惑ったりなどはしない。…ただし、回避方法を考えていた訳でもないのだけれど。
「どうして、そんなに私を求めて下さるのですか?」
ずっと聞きたかった私の疑問だ。何故の理由を考えても結局のところ結果は出ない。その理由を知っているのはアーノルド様ご本人のみである。
「僕が君を求めるのは、僕が君を好きだからだよ?それ以外に理由はないよ。流石にそれでは信じられない?」
「…信じるには情報が少ないので」
「疑い深いみたいだね。僕の気持ちは本当なのに」
…捨てられた子犬の様な顔でこちらを見ないで!!!
「僕はこの話をするのは避けたいんだけれど、君にヒントとメリットを提示しよう」
そうして彼から与えられたヒントは2つ。
一に彼と昔会ったことがあるという事。
ニに彼は昔ここに住んでいなかったという事。
どう考えても私が彼にあった記憶は全く無い。それどころか屋敷から遠くに出たことが数回しかないため、心当たりも限られてくる。頭にハテナが浮かぶが答えは出ないままだ。
そして、その後に告げられたメリットというのが更に厄介なものであった。そのメリットとは、"婚約した時のメリット"である。
「…婚約した時ってメリットあるのかしら?」
「まぁ、君は公爵家令嬢だし僕は公爵家次期当主という立場だから、立場上のメリットは互いの家が強固になるという点だろうけれど」
そんなもの今更な話だ。それに私の両親が恋愛結婚推奨している以上、よほど相手が身分不相応な立場や人としての道義を外れている様な人でない限り反対はしないだろう。
「まぁ、そんな固い事を言うつもりはないよ。あくまでも副産物だと思ってくれていい。」
副産物とは言っても、それを喉から手が出るほど欲しがる人達も沢山いるのだ。一概に簡単に捨て切れるものではない。
「アマリリスはそもそも、結婚する気が将来的にあるの?」
ー…それは私にとって痛い確信を突かれた事と同義である。
私自身、結婚は積極的にしたい訳ではない。お姉様達がロマンスだと騒ぎ憧れる物にも興味がわかない。単純にまだ幼いからという訳だと思われるかもしれないが、それとは少し違う気もする。
心のどこかでは両親の様に愛に溢れた関係を築きたいとも思ってはいる。それでも、その対象が自分となると違う。公爵令嬢である者は、貴族の嫁となる者は、とどうしても身分や立場で雁字搦めになるその価値観が私にはどうも合わないと感じていた。縛られているとでも言うのだろうか、私にはそれが息苦しく呼吸ができないものだと思う。
私の家族は私を自由にしてくれる。屋敷から出れる数は少なくとも屋敷内では自由だ。それに勝手に飛び出してしまうこともあるからそこはご愛嬌というものだ。
別に誰かに逆らう気は毛頭ない。ただ、その代わりと言ってはいけないだろうが、私は私として自由が欲しいのだ。
「…仮に私が結婚する気が無いとして、それなら一層のこと私じゃなくてもよろしいんじゃないでしょうか?」
「それとこれは違うよ。僕としてのメリットは君と居られることに尽きるから」
「…愛のない結婚ということでしょうか?」
「そういう訳でも無いよ。僕が君を好きだから頑張って僕が君を口説くだけ。君が折れたら相思相愛になり万々歳という訳」
「…貴方に心を向けない事も考えられますわ」
「それでも、僕は君といれたら幸せだよ」
やはり、どうして彼は私の事をこれ程までに求めているのだろうか?私の知らない忘れてしまった過去にでも答えがあるのだろうか?
「僕と婚約し、その後結婚しても君は君のままでいてくれて良い。それに僕と婚約していれば君を求める有象無象を避ける役割も持つ。断るにも婚約者がいるという一言で穏便に断れる口実にもなる」
…それは、そうかもしれない。でも、その為に婚約してしまう事は良い事ではないのは私でも分かる。それに…。
「私と婚約したい人なんているかしら?」
「愛はあるかは分からないけれど、キャンベル家との繋がりを求める人なんて沢山いるだろう。それに、君の目の前にいるのを忘れてはいけない」
それに夢で数回も見た内容。行くコースは違えど行先は同じようだ。
…どう足掻いても、私はこの婚約にイエスとしか言えないように仕組まれている。運命的な抗力が働いているようにしか、思えない。
私は今日、この場にそもそも来ないことが最善の解だったのだろうと酷く後悔している。
「…わかりました。」
それでも私は諦めるつもりはない。この運命に逆らい続けるつもりだ。




