婚約者の条件①
「ケチ」
「そんなに口を尖らせてニワトリにでもなる気ですか?はしたないです」
怪我人は滋養と強壮のあるメニューをという事で、私1人が特別メニューの晩御飯。つまりは大好物のコーンポタージュが目の前から消えていった訳である。鈴で呼び出して私に同メニューをとアレクに我儘を言ったが断られた為、拗ねていますのアピールに勤しむ。
「これもシェフがお嬢様を思って丹精込めて作ったディナーです。ゆっくりしっかり食べて早く傷を治しましょう?私も全力で支えさせて頂きます」
「…そういう言い方されたら私が断れないと分かってて実行する貴方は性格が悪いわ」
キャンベル公爵家のシェフの料理は絶品だ。私の大好物のコーンポタージュもコーンの甘みとつぶつぶ感が程よく溶けた舌触りが好きで、子供の頃はこれで機嫌が直った。…今でもあまり変わらないかもしれないわ。
「そう言えば…アレクの夢は回避出来たから良いのだけれど、私のコーンポタージュが離れていく夢は回避出来なかったのよ。不思議ね」
「…私のはあれで回避出来ているのですか?代わりにお嬢様が怪我をしてますが?」
「私が出した血の10倍はアレクの場合出てたもの。コルセット様々ね」
私が今回したことといえば、アレクに相談したと言う点が一番大きい。夢を変える行動は以前からでも行なっていたが私の空回りで終わってしまっている。
私1人で行動するよりも、より沢山の人が動けば回避できるかもしれないという可能性を感じた。それに、今回はアレク自身の事を本人に伝えたのだ。本人が行動を変える意思を待つというのは大きく違うだろう。
私が他人を動かそうとしても、結局はその本人の意思に他ならないという事である。
「まぁ…見た夢がコーンポタージュであれば私は何も気にも止めませんが、今回のようなケースの場合は必ず私にご相談下さい。」
「…わかったわ」
アレクの真剣な表情を見て、私自身深く反省した。勿論、先程事件を聞いて慌てて屋敷に戻ってきた両親からは叱られ、屋敷の警備も上げると決めていた。以前のフレーゲルの事件の時に屋敷内の者には一通りの事情聴取と裏を取ってある為、悪い者の出入りも厳しくはなっている。
お父様もお母様もアレクには一切怒らない。それは私も正解だと思うしアレクは一切悪くないので怒られたら不憫なものだ。
「…というか、何故コーンポタージュなんですか?普通メインディッシュじゃないんですか?」
「いいじゃない!好きなんだから!」
傷が治るのもお医者様の見立てで1、2週間ほどで完治するそうだ。まだ痛むが頭を抑制する薬草のおかげで先程よりもだいぶ頭が遠のいた。そうなるとベッドの上というのも暇なものだ。
「お嬢様」
「…な、何よっ」
アレクの何かを企んでいる表情。今までの経験則から言わせてもらうと、これは良くない兆候だ。
「こちらを致しましょうね」
「…やっぱり」
渡されたのは刺繍セット。令嬢の趣味の定番である刺繍は私も例外でなく行う必要がある。私にとっては趣味ではない、断じて。
「お嬢様は刺繍能力が皆無ですから、これを機に上達して下さい」
「っ…痛い痛いわ!傷が痛いのよ!安静にしなきゃ!」
「子供でももっとマシな演技をしますよ」
「ケチ!」
「私は今から旦那様のところに呼ばれてますからね、くれぐれも、くれぐれも安静になさってください。」
念を押さないで。
わかったから!
…うつらうつらと舟を漕ぐ。刺繍をし始めたらこうだ。ベッド生活3日目にして私の精神的にも限界がやって来た。流石にもう刺繍のしの文字も見たくない。毒舌なアレク"先生"の指導により、今までの数日についてはうとうとしようものなら針で刺されていたであろう。
ただし、今についてはその限りではない。アレクが私の父に呼ばれ部屋を退出して30分は経過した。その間の刺繍は2、3針しか進んでいない。睡魔が私を襲い、そのまま夢の世界へと誘う。
『…アマリリス嬢、僕との婚約は考えてくれてた?』
以前にお会いしたアーノルド様が私の前に居て跪いて、私の手を握り手の甲にキスをする。キスされた手の甲が熱を帯びる。
甘い甘い笑顔のマスクの下、瞳だけが熱く燃えている情熱を映す。落ち着いた紺の髪色や瞳からはかけ離れた彼の持つ熱量に尻込み、手を離して欲しくなる。
捕まえられたら逃げられない。
本能的に直感し、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなる。私は分かっていなかったのかも知れない。蛇と目があっただけでその蛙はとうの昔に積んでいると言うことに。蛙の身になってようやく気づく。
『いえ、まだ考えている最中ですわ。…簡単には決めれません』
『僕は待つと言ったけど、永遠には待てないからね。…それとも、他に心に決めた人でもいるのかな?』
…他に心に決めた人?
今まで考えた事無かった事実。私は将来、誰かの元へ嫁ぎ子を産み育てる。私のお母様のようになる。今まで婚約者がいなかった為に現実として具体的な認識をしていなかったが、この時初めて実感した。
『わ、私はっ…』
私は将来、誰を選ぶー…?
「ー…様、お嬢様!」
「っ…あ、アレ、ク?」
私を呼ぶ声により目が覚める。目の前には心配気な顔をしたアレクの姿。寝ていた私は呆けた頭でアレクを認識する。
「針を持ったまま眠るのはお止め下さい。危険です。」
「ごめんなさい」
結局刺繍はアレクが部屋から出て戻ってくるまでの間で殆ど進まず、アレクから居眠りの件と踏まえてお叱りを受ける。
夢の中の手の甲のキスの感触がやけに生々しくリアルであり、手を凝視するが特段変わりはない。
夢の中で私は誰を選んだのだろう?アーノルド様なのだろうか?それとも他にいるのだろうか?
「聞いていますか?お嬢様?」
「聞いてるわ!」
「今、私が何と言ったか分かりますか?」
「…」
「視線が泳いでますよ。…聞いてなかったんですね。旦那様からお手紙をお預かりしております。」
渡された手紙には封蝋が施されていた。封は開いておりお父様が内容を確認したものとされる。封蝋には家紋が入っており、それはレイモンド家の物であることが伺える。
「…これは?」
「レイモンド家からのご招待状です。是非ともお嬢様に来て頂きたいと先方からお手紙を預かりしております。」
…まさか、また正夢なの…?




