二話 崩壊
「...退け。仕事の邪魔だ」
赤髪の男はこちらに興味を示さないような表情で、周りを見渡している。
その男の背格好は不思議で、軍服のような黒い装甲を身に纏い、背中には白いリュックサックのような物体を背負っていた。
「……アンタ、俺らを助けてくれたのか?」
「動かないマトが居てくれたお陰で攻撃が当てやすそうと思っただけだ。おい市民、悪い事は言わない。さっさと消えろ」
赤髪の男は死んだ目で俺を睨みつけて声を言い放つ。
なんなんだよコイツ。俺らが“マト”だと?
癪に触ったが俺は聞かなきゃいけないことがある。
赤髪のヤローは一体何者なのか、そしてあの”化け物”のことも。
「…アンタは何者で、あの化け物はなんだ?」
「……」
……コイツ、無視しやがった。
「……こちら西条」
奴は小型通信機のようなものを耳に付けており、”サイジョウ”と自称した上で勝手に話し出す。
こちらのことは全く気にしてないようだった。
「大門寺、市民は無事だ」
「おい!無視すんなよ!」
『そうか、僕が案内しとくから西条は帰っても大丈夫だよ』
「了解だ」
無線の方から聞こえた声は大門寺という男らしい。
優しそうな声の主の大門寺との無線からするに、あの赤髪の奴は西条というらしい。
「……おい市民、今司令部から救援がくると確認した。ここにいて待ってろ」
「あ、はい……ありがとうございます」
成川は助けられた恩義からか頭を下げて礼を言う。
だが俺はそんな気で居られなかった。
こんな状況になってるんだ、少しの説明くらい聞かせてくれ、と俺は心を震わせる。
「……」
西条は俺らに吐き捨てると、手に持っているUSBメモリのような媒体を弄っている。
俺はそんな行動に痺れを切らし、西条のヤローへと強い語気で問い詰めようとした。
「なぁ、もう一度言うが……あの化け物は何だ?」
「……そんなもの知ってどうする」
気だるそうにUSBを弄りながら、西条の奴は答える。
……なんだよ、コイツ。
「俺からも……お願いします…教えてください!」
成川は俺の表情を見たのか、深々と頭を下げる。
焦っているのか、化け物に恐怖してるのか、尋常じゃない程の汗を額にかいている成川。
その姿を見た西条は死んだような目で仕方なく答えた。
「……あれは生命体であることは確かだ。人工物か自然物かは知らないが、やつらは人間を襲い食う性質を持つ。そいつらを殺戮するために来たのが俺ら”ハンター”だ」
それを聞いて、俺は信じることを強いられた。
そう、化け物を目の前で見たのだから。
「そして俺らハンターは奴らをこう呼ぶ。“魔獣”とな」
西条は真顔でこちらに向けて死んだ目でそう答える。
その目は俺の目を突き破るような鋭い眼差しで捉えていた。
「……魔獣、ソイツらは何で人を喰うんだ?つーかハンターって事は”前から存在してた”みたいな言い方だが、一体いつから魔獣ってのは居るんだよ。ニュースでも見たことねーぞ?」
俺は思った事をまっすぐ伝えたつもりだったが、西条の奴は聞くそぶりすらせずに即答しやがった。
「市民に教えられる事はもう無い」
「お前、市民だろうと知る権利はあるぞ」
こいつ……なにか隠してるのか?
そう思った俺は更に問いただしてみる事にした。
「今までそんな事無かったろ!急に襲われて、魔獣がなんだって、説明する義務だってお前らにはあるはずだぞ!」
西条は俺の強い言葉を聞いた瞬間、急に距離を詰めて俺の首元を片手で掴む。
笑ってもいない、泣いてもいない、怒ってもいない。
不思議な表情で俺に詰め寄る西条の目は正気を失っている。
「…知ったところで、お前はどうするつもりなんだ」
その一言を言い放った西条の目の奥底には、底知れない闇が広がっており、吸い込まれそうな程に濁っていた。
「……」
その気迫と言葉に俺は言葉を飲み込んでしまった。
「知ってもお前らは”何も”しないだろ。権利だけしか主張しないお前らは、守られて”当たり前”を貫き通す。そんな奴らに教えたところで何も───」
「知っていたら救える命があるかも知れないだろ。少なくとも、俺はその気だ」
不思議と沸いて出てきた言葉が、西条の言葉を跳ね退ける。意識的じゃない、ほぼ無意識だ。
「……」
西条は無言で俺の目を見たが、一瞬で逸らす。
その目線は奴の手に持っていたUSBメモリに移され、それは刀の形状をした武器の手持ち部分に差し込まれる。
──瞬間、刀から白いオーラが巡り始めたのだ。
「……嘘は付いてない、か」
ボソリと呟いた西条は、急に周りに目を配る。
「……隠れてないで出てこいよ、居るんだろ」
「は?お前何言ってるんだよ誰も─────」
「……ぐはッ……!」
その一瞬だった、大きな触手が地面にあるコンクリートの隙間から飛び出して成川の心臓を貫き、そのまま西条の眼前まで迫っていたのだ。
成川の眼は完全に死を迎え、息はしていない。
一方で西条は自身の刀でその触手の攻撃を防いでいたのだ。
俺は成川の死を目の当たりにし、一縷の感情が芽生えた。それは”悲しみ”などといったものではない。
……それは“怒り”だった。
「市民、さっさと消えろ。ここは俺が──」
「……うるせぇ、俺の勝手だろ赤髪野郎」
俺は冷めることのない感情に身を任せ、当たりに落ちていた鉄パイプを手に取り西条の背中の後ろに立つ。
すると、地面のコンクリートの割れた隙間からグチャグチャと音を立てて、三体の黒色をした蛸の様な“魔獣”が這い出して成川の屍へと歩みを進める。
「おい市民。魔獣は人間の血肉が大好物だ、勝手な行動をすると、”喰われる”ぞ」
「勝手に言ってろ。あと俺は“最上新太”だ、覚えとけ赤髪」
「なら勝手に死んでろ、最上」
…この日から俺にとって最悪な日々が始まった────。