怪盗リリアック×夜空舞う魔獣
夜空に浮かぶ三つの月の光の下に照らされ、美術館の屋根の上で怪盗リリアックと影次が睨み合っている。
怪盗の手には厳重な警備の中まんまと盗み出した絵画『湖畔の六月』が抱えられており、金色の額縁が月光を浴び淡く輝いている。
「こんなに早く追いつかれてしまうとは驚いた。中々やるじゃないか君」
「いやぁそれ程でも」
実際いち早く怪盗に気付けたのは本当に単なる偶然だったので適当に返事を濁す影次。
トイレで手を洗っている最中に突然館内が真っ暗になったので何事かとエントランスに大急ぎで戻ってみればそこには大混乱中の騎士団第三部隊の面々、そして絵を抱えて物音も立てず軽やかに壁やシャンデリアを伝って天井へと昇っていく美術家スタッフの姿。
ライザーに変身するために適合手術を受けた影次は体内の騎甲因子の影響で常人より優れた身体能力と五感が備わっている。
突然の暗闇には驚いたがそこはすかさず『ルプス』が視界を暗視モードに切り替えてくれたので僅かな月明かりだけで影次には館内の様子が全て丸見えの状態だったのだ。
照明が落とされたのがトイレの最中で無くて本当に良かった……。
「ここまで間近にまで近づいてきたのは君が初めてだよ。それに免じて……という訳じゃあないが折角だ。何か聞きたい事でもあれば答えられる範囲でお答えするよ?」
「なら遠慮なく。何が目的だ? 盗んだものを返してるんだから金銭や収集目的じゃないんだろ」
「その通り。僕は誇り高き怪盗だ、金なんて俗物的なものでも、ただ美を独占したいという利己的なものでもない。もっともっと気高く崇高な目的……いや、美学があるのさ」
怪盗の美学と来た。正直こうして雑談しているのも騎士団員たちが屋根に昇ってくるまでの時間稼ぎを兼ねているのだが、正直本心から興味があるので是非とも聞いてみたい。
「気高く崇高な……美学?」
「ああそうさ。ならばお答えしよう。何故僕が美術品を盗むのか、それは……」
「それは?」
怪盗は顔を隠している真っ赤な蝙蝠型のマスクに手を添え、派手にマントを翻しながら高らかに怪盗という手段を取っている理由を、目的を、対峙する影次に向かって語り出した。
「世間の注目を集めたいからさっ!!」
「……は?」
怪盗リリアックの告白が夜空に響く。もしかしたら下にいる騎士団たちの方まで響いたかもしれない。
生憎こちらの胸中には全く響かなかったが。
「もちろん美を愛する気持ちも本物さ。心行くまで美しいものを眺めていたい……それを肴に傾けるワインはまた格別でね。だが、ただ盗み出すのは芸術的じゃあない。
事前にどこに、何を盗むか犯行を予告し警備を強化させる。そんな圧倒的不利な状況の中から華麗にターゲットを盗み出す怪盗。どうだ、美しいだろう?」
「え、あ、はい」
「自ら窮地を作り出し、乗り越え、そうやって掴み取った宝はより一層の美しさを放つ! 僕は何よりもそれを愛している! そして世間はそんな僕に注視し、騒ぎ、関心を寄せる。
嗚呼……その瞬間、僕の体に何とも言いようのない刺激が奔るのさ! わかるかい? わからないだろうね、君のような凡俗には」
「あ、はい。そうですね」
どうしようガッカリだ。こいつアホだ。単なる構ってちゃんだ。
「……っと、そろそろ時間切れかな? これ以上のんびりお喋りしていると危なそうだ。それでは僕はそろそろ失礼させてもらうよ凡俗君」
「……はっ! いやいや逃がす訳ないだろ! 絵は返せ!」
危ない、あまりの衝撃に意識が飛びかけていた。この場から逃げようとする怪盗リリアックを捕まえようと影次が足を踏み出すとリリアックはマントを翻しながら不敵な笑みを浮かべ、告げる。
「おっと、止めた方がいい。たった一人で来たのは少々軽率だったようだね。荒事は好まないが僕としてもおめおめと捕まる訳にはいかないんでね。いざとなれば力尽くという手段も取らざるを得ない」
「……へぇ」
影次の左手首に『ファングブレス』が出現する。
怪盗リリアックと影次、両者が互いの隙を伺い合うように睨み合い……また、リリアックがニヤリと笑う。
「なんてね」
マントを広げ空高く跳躍する怪盗リリアック。大きく広げられたマントはそのまま蝙蝠のような翼へと変化しリリアックが宙に舞う。
「ハッハッハッ! 言っておくが僕は暴力は嫌いだし実際弱いんだ! ケンカになれば子供にだって負ける自信がある!」
「自慢気に言う事かっ!」
「それでは凡俗君、良い夜を。ハーッハッハッハッ!」
そのまま翼を羽ばたかせ飛び去ろうとする怪盗リリアック。もうペースも雰囲気もその場の空気も、何もかも滅茶苦茶だ。
「だから逃がすかっての……騎甲変身!」
〈It's! so! WildSpeed!〉
影次の姿が球場の光に包まれ、瞬時にその姿が漆黒の鎧に身を包んだ異形の姿に、異世界の英雄へと変わる。
「さぁ、ここからはワイルドに追いかけようか!」
「な、何だあれは!?」
一体どんな顔をしているだろう、きっと悔しがっているのだろうな、等と思いながら何気無くつい今しがたまで自分がいた国営美術館の屋根の方を振り返ったところで、怪盗リリアックはそれをしっかりと目撃してしまった。
騎士団員にも魔術師にも見えない、平々凡々極まりない青年が突如としてその身を変化させたのだ。
禍々しさすら感じる黒ずくめの鎧。その身に迸っている真紅の線の何と悍ましい事か。
はっきり言って怪盗リリアックの美の観点から言えば……
「う、美しくない!!」
「余計なお世話だ」
国営美術館の周囲にある他の大小様々な美術館の屋根の上を次々に飛び移りこちらに向かって物凄い勢いで迫ってくる。
不味い。これは非常に不味い。空を飛べるとは言っても速度自体はさほど大したものではない。しかも闇に紛れながらならまだしも、こうしてしっかりと目視されていては逃げられない。
「く、来るな! こっちに来るなバケモノ!」
「羽生やして空飛んでる奴が言うな!」
変身した影次、騎甲ライザーファングの腕がとうとう飛行中のリリアックを捉える。抱えていた『湖畔の六月』が奪い取られ、バランスを崩した怪盗リリアックは足元の小さな美術館の屋根の上へと落下した。
「ふぎゃん!」
「よし、奪還成功」
「か、返せ! ドロボー!」
「お前だよ!」
街郭の外まで逃げられる前に何とか『湖畔の六月』を奪還する事が出来た。無様に落下した怪盗が絵を取り返そうと手を伸ばしてくるが当然返す訳は無い。と言うか最初からお前のものじゃない。
「怪盗、一つ聞きたい事がある」
「何だよ僕の崇高な美学はさっき語ってあげただろう!返せっ! 絵を返せ!」
「お前、もしかして魔族か?」
ファングの質問に怪盗リリアックの手がピタリと止まる。その顔の仮面で表情こそ伺えないが、この反応はもしかすると当たりだっただろうか。
「……僕も是非聞きたいね、君こそ一体何者なのかな?その姿、普通の人間だなんて言わせないよ?」
「質問に質問を返すのは行儀が悪いぞ。尋ねてるのはこっちだ」
リリアックを問い詰めようとするファング。まずは仮面を取って素顔を見ようと怪盗の顔に手をかけようとして……。
次の瞬間、ファングと怪盗の間に割り込むように闇夜を切り裂きながら一陣の影が奔った。
「な、なんだ!?」
突然現れた影はファングたちの頭上を舞い、月明かりにその姿が照らされる。
それは翼を含めれば全長数メートルを超えるであろう、巨大な蝙蝠だった。鋭利な牙を爪を剥き出しにして血走った瞳がファングを捉えている。
その隙に乗じて怪盗リリアックは体勢を立て直し再び翼を広げると三つの月が浮かぶ夜空へと飛び上がった。
「予告を破られたのは初めてだよ。この借りは後ほど必ず返させて貰おう! それまで『湖畔の六月』は預けておくよ凡俗君!」
「あっ、いつの間に……待て!」
「ハーッハッハッ! それでは良い夜を!」
夜空を飛び去っていく怪盗リリアック。追いかけようとするファングの前に巨大蝙蝠がその牙と爪を剥いて立ち塞がる。空を自在に飛び交う相手に片手で『湖畔の六月』を持った状態のファングは中々捉えきれず、そうしているうちに怪盗の姿はもう見えなくなってしまっていた。
「何が暴力は嫌いだ、こんな使い魔けしかけといて……!」
巨大蝙蝠の爪が幾度となくファングに襲い掛かる。ライザーシステムの装甲の前では巨大蝙蝠の攻撃はほとんどダメージにならないが変わりにこちらの攻撃も当たらない。
一旦絵を置こうかとも考えたがその隙に奪い取るのが狙いかもしれない。かと言って突きや蹴りでは自在に空を飛ぶ相手には届かない。
ならば……。
〈Riser up! Thunder!〉
「ブラッドチェンジ」
左手首の『ファングブレス』を開き黄色のスイッチを押し、閉じる。ファングの体が再び球状のエネルギーフィールドに包まれ、姿を変える。
全身に電撃が迸る、流体因子エネルギーを稲妻色に変えた電撃形態、騎甲ライザーファング・サンダーブラッドへと。
〈Ready! go! HighpaceSpark!〉
『ファングブレス』から響く電子音声と共に絵を持っている方とは逆の空いている手の中に専用武装である回転式拳銃『サンダーリボルバー』が出現する。
夜の闇を照らす眩い電光が空の巨大蝙蝠の姿を露にし、銃口が真っ直ぐ上空の巨大蝙蝠目掛けて構えられる。
「さぁ、ここからはハイペースに決めるぞ」
〈銃撃! Vanishingattack!〉
サンダーリボルバーのシリンダー部分に指をかけ回転させると銃口にみるみる膨大な電撃が収束、蓄積されていく。
それを自らに対する脅威とは認識しなかったのか、脅威と思う知能が無いのか眼下の標的目掛けて急降下する巨大蝙蝠。そしてファングもまた上空から迫る魔獣に向けた銃の引き金を引く。
「サンダースペリオル!」
シリンダーが回転し銃口から圧縮された電撃がレーザーのように巨大蝙蝠の翼を貫く。翼に風穴を開けられた巨大蝙蝠はそこでようやく危機感を覚え逃げようとするがそんな巨大蝙蝠を追いかけるように空を駆ける残り五つの電撃弾が次々と魔獣の肉体を貫いていく。
夜空に電撃の残光による軌跡が描かれ、息絶えた巨大蝙蝠は落下しながら空中でその体を崩壊させて黒い灰となって闇夜に散る。
「……ふう」
変身を解いた影次の足元に空から小さな石の破片のようなものが落ちてくる。うっすらと光るそれは拾い上げようとした途端光を失い砂のように崩れてしまった。
「今の石、確か前にも……あれってまさか」
〈メイプリルの山で暴走した神木に埋め込まれていたもの、及び港湾都市で盗賊が使用していたものと同一の反応。同一のもので間違いないかと〉
影次の疑念に補助AI『ルプス』が脳内で回答してくれる。つまり今の蝙蝠は人工的に作られた魔獣ということだろう。確かシャーペイが作り出し、他の魔族が悪用していた魔獣を作り出す『魔核』。動植物はおろか人間すら魔獣に変えてしまう、恐ろしい代物だ。
(怪盗リリアック……やっぱり魔族なのか?)
side-???-
「ふぅ、ふぅ……何とか逃げられたみたいだね」
十分離れたところで怪盗リリアックは人気のない場所を探し翼をしまいながら舞い降りる。
一体あれは何だったのだろうか。魔術の類とはまた違うようだったが……もしや自分と同じ類のものなのだろうか?
とは言え気にはなるが引き返して尋ねる訳にも行かない。むしろ出来ることなら二度と会いたくは無いものだ。
(どこの誰かは知らないがこんな屈辱は初めてだ……)
今まで予告通りにターゲットを盗み出せなかったことなど一度たりとも無かったというのに、予告状を出し盗みに入り大勢の警備の前で口上まで上げておいて、こうして手ぶらで逃げてくるなんていう羽目になったのは全部あの得体のしれない黒い鎧のせいだ。
二度と会いたくはないが今度会ったら絶対に報復はさせてもらう。
「それにしても……あの不細工な蝙蝠は一体何だったんだ?街の中に魔獣なんて随分と珍しいが」
「不細工だなんて随分だなぁ。わざわざお前さんを助ける為に急ごしらえで用意したっていうのに」
自身の独白にどこからか返事が返ってきた。追ってきた騎士団か、さっきの美の欠片もない黒い鎧の男か。
リリアックが身構えると声の主が物陰からゆっくりとその姿を現してきた。
全身を薄汚れた灰色の包帯に包んだ、骸骨のような部分鎧と仮面の異形。
仮面の奥から赤く光る瞳が見えるがその表情は全く読み取れない。だが妙に楽しそうに見える。
仮面越しに何故そんな事が分かるのか?笑っているのだ。肩を震わせて、声を上げて。
「くっくっ……仕掛けの具合を確認しに来てみりゃあ最近話題の怪盗サマにお目にかかれるとはなぁ。しかもよりによってあの黒いのもこの街に来てるとは。こいつはまた面白くなってきたってもんだ」
「何やら随分楽しそうだね。で、僕は君に礼を言うべきなのかな?」
先ほどの黒い鎧とはまた別の意味で得体のしれない輩が現れた。人間……にはどう見ても思えないがこうして話が出来るということは単なる魔獣とも違うのだろう。
「ま、気にしなさんな。俺もアイツには前に少し痛い目に合わされてね、仕返し半分ってとこだ。……んで、もう半分はお前さんに今捕まってもらっちゃ困るのさ」
包帯姿の骸骨仮面はそう愉し気に笑う。気さくな態度を取ってはいるものの信用出来そうな相手とは到底思えない。念の為にいつでも逃げられるように身構えておく。
「まぁまぁ、そう警戒すんなって。アイツが邪魔なんだろ? お互い目的は一致してるんだ。どうだい怪盗さん、ここは一つお互い協力しないか?」
「協力ねぇ……まぁ、話くらいは聞いてみようか。だがその前に君、手を組もうって相手に対して自己紹介も無いのは美しくないんじゃあないかい?」
「ハッハッハッ、そりゃ確かに仰る通り。俺はアッシュグレイ。ま、見ての通りのものだ」
仮面越しに更に愉快そうに笑いながらお道化るような仕草で名乗る死霊魔人、アッシュグレイ。
怪盗リリアックは異形の魔族の姿をまじまじと見つめ視線をつま先から頭の上までじっくりと行き来させ……ポツリと一言だけ
「芸術的じゃない」
「余計なお世話だコレが流行の最先端なんだよぉ」
「色彩の都」編、またも再登場キャラで更に混沌化してきました。……どうなるんでしょう?




