変身×黒のライザー
side-影次-
この連中を助ける義理は俺には無い。
むしろこのまま行けば見知らぬ地に連れていかれ自分でも分からない状況と理解されようが無い素性を説明しなければならない。
その結果はどうなる? よくて投獄。この世界のルールによっては打ち首にされたって不思議は無いかもしれない。
だから俺がこの連中を助ける義理は無い。
もしあるとするならば、それは義理では無く義務だ。「力」を持った者の、成すべき時に成すべき力を持つ者の義務。
アイツの言葉を借りるなら……うん、やめておこう。
あれは何と言うか……傍から見てると物凄く恥ずかしかったしな。
左手首に巻いているブレスレット。正確にはブレスレット型デバイス『ファングブレス』の前面部分にある起動スイッチを押す。
〈Standby〉
電子音声と共にブレスが開きそれぞれ赤、緑、黄、三色のボタンがブレスの内側から現れる。
そのうちの一つ、赤いボタンを押し込み今度は手動でブレスを閉じる。たったこれだけだ。
…おっと、一番大事な事を忘れてた。
〈Riser up! Blaze!〉
右腕を水平に右に伸ばし、起動を開始したブレスを巻いている左手を真正面に向けて突き出しながら戻した右手を左手に添える。ポーズを取るのは様式美であって別に必要な動作じゃないが重要な事なので疎かにしてはいけない。
そしてポーズと同じくらい大事な事がもう一つ、そう。
お約束の、掛け声。
「騎甲変身!」
ブレスから放たれた光が球状に俺の体を包み込む。ブレス内部に粒子化した状態で内包されていたライザーシステムがこのエネルギーフィールド内で見る見るうちに再構築され、それと共に俺の体内でも適合手術の際に投与された細胞内の騎甲因子がブレスからの起動信号を受け活性化する。
人ならざるモノへと変容していく俺の肉体を外装が包んでいく。その鎧はそのまま俺の皮膚となり肉体の一部となる。システムと肉体が完全に結合したところでブレスの電子音声が雄叫びのような起動コードを響かせた。
〈It's! so! WildSpeed!〉
球状のエネルギーフィールドがガラスのように砕け散る。中から現れたのは『変身』を完了し『ライザーシステム』を起動させたライザーの姿になった俺だ。変身プロセスこの間0.7秒。瞬きしている間に出来上がりだ。
これが俺のもう1つの姿、『騎甲ライザーファング』。
人々の平和を脅かす『結社』の壊人と戦い続けてきた、もう1人のライザー。
『結社』のテクノロジーによって生み出され、『結社』の野望を阻止する為に戦う事を選んだ異形の戦士。
活性化した騎甲因子によって常人の何十倍にも増幅され変質した肉体を制御システムを兼任する『ライザーシステム』という鎧によって包みこんだ姿。頭の先から爪先まで黒ずくめのボディに肉食獣をイメージさせるヘルメット。
全身を走る赤いライン、ライザーシステムの動力源である流体因子エネルギー『ブラッディフォース』はまるで血管のようにも見え、我ながら正義の味方には到底見えないルックスだと思う。
まぁ相手はもっと分かりやすい本物の悪役なのだから何の問題もない。
「さて、待たせたな」
〈ライザーシステム問題無し。いつでもいけます)
こっちの世界ではこれが初陣だ。丁度良い機会だ、魔族とやらには試運転に付き合って貰うとしよう。
「さぁ……」
拳を握り、半身に構える。全身に走る流体因子が滾り、脈打つ。一度は降ろされた筈の幕が、今再び上がっていく。
「ここからは、ワイルドに行こうか」
――――――
「魔術外装…いや、肉体強化とも違う……随分と変わった技を使うではないか」
「エイジ……? 君は一体…」
愉快な見世物に拍手する魔族とは逆に何が起こったのか理解が追い付かず唖然とするサトラ。尤も、何が起こったのか理解していないのは魔族の方も同じではあったのだが……。
「それで、その芸で何をするというのだ?流石に私に挑む、などと冗談を吐くつもりでは……」
「行くぜ」
魔族ガーンの嘲りの言葉を遮るように黒衣の鎧に身を包んだ影次、ファングが飛び掛かる。
(……っ! 疾い、だが……)
瞬時に間合いに飛び込み自身に向けて拳を振りかぶる人間にガーンは一瞬驚きこそしたものの危機感は微塵も抱きはしなかった。
サトラ達騎士団の剣を、攻撃魔法を一切寄せ付けなかった自身の魔力障壁に絶対の自信を持っていたからだ。
事実ガーンはこの世界に生まれ落ちてから一度たりとも人の手によってその身に傷を負った事などが無かった。その絶対的な防御力こそがガーンが最上級危険魔族たる所以なのだ。
今日、この瞬間までは。
ゴキン、と鈍い音が洞窟の中に響く。肉がひしゃげ、骨が砕ける。
ファングの拳。正確にはライザーシステムの装甲はいとも容易く魔族ガーンの肉体を破壊した。
ガーン自身が絶対の信頼を寄せていた魔力障壁はファングの装甲表面を常に循環し続ける流体因子エネルギーによって分解される。
結果、ガーンはその身にファングの拳を無防備に受ける事になった。
だが当然そんな事を瞬時に理解する事など出来る筈も無く、ガーンは生まれて初めて自分が殴られた事を数秒間理解する事が出来なかった。
「は……?」
「ハァァッ!」
顔を殴り壊された痛みを知覚するより先に、殴られた事実を理解するより先に、今度は腹部に深々と回し蹴りが打ち込まれる。
数分前までサトラ率いる騎士団達に猛威を振るっていた魔族が壁に勢いよく叩き付けられ派手な砂埃が巻き上げられる。
「さ、サトラ様。私は夢でも見ているのでしょうか……?」
「奇遇だな。二人揃って同じ夢を見ているようだ」
サトラとマシロは毒の影響で満足に身動きが取れずにいるまま目の前の光景に呆然としていた。
本来なら一個師団が投入されるべきであろう伝説上の魔族がたった一人を相手に圧倒されている。
目の前の光景を夢と疑うのも無理もない話だった。
「き、貴様ァ! 人間が……人間風情がァァ!」
ガーンは右手の爪を鋭利に伸ばしファングの胸に突き刺す。だがガキン、と鈍い金属音を鳴らすだけで爪は至近距離からの重火器すら弾くファングの装甲を貫くどころか傷跡も付けられず逆に半ばから折れてしまう。
ならば、と今度は足元に更に強力な魔法陣を展開。常人なら足を踏み入れた瞬間魂すら侵される呪毒の術式。だがファングはまるでそれを薄氷を砕くかのように踏み潰し粉砕する。
ファングの動力源である流体因子エネルギーは騎動者の体内で常に膨大なエネルギーを生成し続ける無限永久動力であると同時に体外に放出された瞬間一転して攻撃対象を殲滅する破壊エネルギーへと変質する。
その深紅の血潮が悉くガーンの魔術を破壊していく。防御障壁を壊す。魔爪を壊す。結界を壊す。壊す。壊す。無慈悲に、全てを。
「もう終わりか?」
赤く眼光を輝かせファングが呟く。挑発でも虚勢でも無く淡々としたその言葉に、ガーンはようやく目の前の異形が自分の事を微塵も脅威と思っていない事に気が付いた。魔族である自分が敵とすら認識してもらえない。こんな事が許されるのだろうか。あっていいのだろうか。
「な、何なんだ……何なんだお前は……」
持ち得る限りの魔力で最大級の火炎を形成し、放つ。だがファングは埃でも払うかのように片手でそれを消し飛ばす。ガーンの炎は細かな火の粉となって儚く霧散し、その火花の向こうからこちらに向けられる真紅の眼光にガーンは無意識に一歩、二歩と後ずさる。
「一体何だというんだお前はァァア!! このバケモノがァ!!」
今まで思うがままに人間達を弄んできた。人間とは魔族にとって取るに足らない下等種族でしか無い。
餌にもならない矮小な劣等種。その命も存在も自分達の玩具になる為の生き物だった筈だ。
それはもちろんこれからも変わる事のない事実の筈だ。人間如きが魔族に、ましてや自分のような上級魔族に何が出来るというものか。
だが、今自分の目の前にいる「これ」は一体何だ?一体何だと言うのだ。
力が通じない。魔法が通じない。自分の理解が通用しない。自分の全てが何一つ通用しない。何一つ、何一つ、何一つ何一つ何一つ何一つ何一つ。
「ヒィッ……!」
この世界の頂点たる魔族として生を受けてからおそらく生まれて初めての、そして最後になるであろう引きつった悲鳴を上げて目の前の悪魔から一刻も早く逃げるべく翼を広げる。
駄目だ、こいつは駄目だ。「これ」は絶対にいてはならないモノだ…!あり得ない筈だ、こんな奴が存在するなんて絶対にあり得ない筈だ……!
魔族ガーンが目の前の異形に対して抱いている感情こそ、今まで自分達魔族が人間達に振り撒いていたものであると言う皮肉を彼はまだ理解していなかった。
自分が「恐怖」している事など、理解出来る筈が無かった。
「逃がすかよ」
ファングは左手のブレスレットの起動スイッチの反対側にあるもう1つのスイッチに指をかける。
起動のスイッチでは無く、標的を殲滅する為の破壊のスイッチを。
〈Blaze! vanishingbreak!〉
必殺技発動コードが起動し騎甲因子が躍動する。活性化した因子は血潮の如く大量のエネルギーを生成し、それを動力源とするライザーシステムは収まりきらないブラッディフォースを装甲に走る赤い線を通して右手に収束させていく。
見る見るうちにファングの右拳が真紅に染まり、輝きだす。
「く、来るな…! 来るなァァァア!」
「ブレイズ……」
右拳に纏った炎が凝縮していき、赤宝石色に眩く輝く。拳を包み込む紅蓮の炎が薄闇を焼き払うようにダンジョンの中を赤く照らす。
「来るなァァァァァァァァアアアッ!!」
「フィスト!」
「ァァァアア……!! ~~~ッッ!!!」
空を飛ぶガーン目掛けて放たれた右腕から放出された炎は巨大な火柱と化してガーンをあっという間に飲み込む。それでもなお炎の勢いは止まらずダンジョンの岩盤すら焼き貫き、跡には天井に巨大な風穴がぽっかりと出来上がってしまっていた。
魔族ガーンは、断末魔の声を上げる暇も無く、炎と共に文字通り跡形も無く消え去っていった。
紅蓮の炎が収まる頃にはまるで最初からそこに何も居なかったかのように静寂だけが残される。
伝説の中で数多の人々を苦しめ、恐怖させ続けてきた上級魔族の最期は今まで自分が振り撒き続けてきた恐怖と絶望の中で燃え尽きるという、あまりにも皮肉なものとなったのだった。
(向こうの壊人みたいに派手に爆発したりはしないんだな……まぁ、そりゃそうか)
ガーンの呪毒術式を受けてずっと蹲っていたサトラとマシロがフラフラと立ち上がり魔族が消し飛んだ天井を見上げ、それから目の前の漆黒の鎧に視線を移す。術者が消えたので受けた毒も消滅したらしく他の騎士団員達も少しずつ体の自由を取り戻し始めていた。
(ただでさえ怪しい不審者扱いされてたってのに、これで益々立場が悪くなるな)
魔族が消え、残っているのは自称森に行き倒れていた不審人物が変身した怪物。当然のように騎士団の注意は魔族からファングへと移り、畏怖や懐疑、困惑と様々な感情の入り混じった視線が向けられる。
ファング、影次が知る由も無いが彼がたった今葬ったのは魔族の中でもトップクラスの存在だった。それこそ本来ならば大規模な部隊編成を組んで相対しなければならないレベルの。
それを影次はたった一人で倒してしまったのだ。それもほとんど歯牙にもかけず容易く、簡単に。
それはつまり、今サトラたちの目の前にいるこの黒い異形の戦士は魔族すら遥かに凌駕する存在と言う事になる。
彼女たちからすれば、もはや化け物という言葉では全く足りないだろう。
「君は……」
(でも見殺しには出来なかったしな……)
「君は……、一体何なんだ……?」
「俺は……そうだな」
サトラの問いに影次は改めてどう名乗ればいいのかと少し考えてから、他に特に思いつく言葉が無かったので取り合えず知り合いの台詞を借りる事にした。
「騎甲ライザー。人類の平和を守る正義のヒーローだよ」
取り敢えずここまでがプロローグ部分となります。お気付きの方もいるでしょうが騎甲ライザーのモデルは某自動二輪者に乗る特撮ヒーローです。