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異世界×英雄 ~剣と魔法と変身ヒーロー~  作者: シノミヤ
第一部・シンクレル王国編
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遭遇×深層に潜む悪意

 アルムゲート駐在王立騎士団第四部隊の調査隊がダンジョンの最深部で発見したもの。それはあまりにもこの場にあるには不自然すぎる巨大な扉だった。


魔石とは明らかに違う木製の大きな扉。ご丁寧に取っ手まで付いている。鍵はかかっていないようでほんの少し隙間が開いている。そこがまた一段と怪しいのだが……。



「何故こんなところに……まるで誰かが住んでいるようじゃないか」


「いえ、本当に何者かがここを根城にしているのかもしれません。危険な魔獣もおらず街へもそう遠くないこの場所は隠れ家としてはうってつけでしょうから」



 当然の疑問を口にしたサトラに、何故かマシロは後ろにいた影次に視線を向ける。ダンジョンのすぐ近くの森をウロウロしていた影次がここをアジトにして何か良からぬ事を企んでいたのではないか、と疑っているのだろう。


 影次はそんなマシロに違う違う、と両手を振って見せるが当然の如く信用はされない。思わず肩を落とす影次の背中をさっきまで談笑していた中年騎士団員がポンポンと叩いてくれた。



「先行隊の姿が無いが……既に中に入ったのか?」


「恐らくは。鍵のようなものも掛かっておりませんし罠も仕掛けられてありませんでした」


「ふむ……マシロ、中に魔力反応は?」


「あります。ですが……この反応は先行隊のものです」



 感知魔法で扉の向こうの魔力を探るマシロ。感じ取れたのは調査隊に所属している騎士団員達の魔力のみ。魔術的な罠も、騎士団員達以外の反応は無い。

サトラは周りの団員達に目配せすると無言で頷き、ゆっくりと不自然にダンジョンの奥底に設置されたその扉を開けていく。

 ギギ…と軋む音を立てて扉が開く。団員数名が警戒しながら中へと入るが中は光一つ無い完全な暗闇で一歩足を踏み入れるだけで右も左も分からなくなる。


 マシロが魔法で淡く輝く光球を作り頭上に浮かべるとその明かりに照らされてようやく最深部に不自然に作られた部屋の様子が見え始めてきた。


 同時に、既に起きている異常事態にも。



「……っ! 総員警戒!!」



 団員たちに注意を促すサトラの大声に合わせるかのようにバタン、と背後の扉が閉まる。同時に部屋の足元に巨大な魔法陣が浮かび出し薄紫色の怪しげな輝きがサトラを、マシロを、中に誘い込まれた全員を包み込む。



「設置型の魔法(トラップ)!? でもさっきはそんな反応は……!」



 マシロはそこで閉じた扉にも魔法陣が浮かんでいる事に気づいた。足元のそれとは違う術式で描かれた魔法陣に。



(感知妨害の術式!? しまった、最初から全部罠……っ!)



 マシロが気付いた時には既にバタバタと次々に団員達が魔法陣の光で輝く地面の上に倒れていた。全員魔法陣の光と同色の字のようなものを体のあちこちに浮かび上がらせ、息も絶え絶えに悶え始めている。

 呪毒の魔法結界。慌てて解呪しようと足元に杖を突き刺し魔法術式の構築に入ろうとするが既にマシロにも足に、腕に、頬に呪毒にかかった事を現す薄紫色の痣が浮かび出し、その体も既に侵されてしまっていた。



「マシロ……みんな……!」



 副隊長であるサトラも同じく既に深く毒に侵されており、それでも剣を地面に突き刺し辛うじて立っている状態だった。周囲を見渡しても自分たちが入ってきた扉以外の退路は見当たらない。その唯一の退路も魔法で閉ざされているらしく何人かの団員が必死に開けようと試みているようだが、開く気配は無い。



「十四、十五、十六……思ったよりも少ないな」



 魔法陣の中でもがき苦しんでいるサトラ達の前に部屋の奥から一人の男が姿を現した。

部屋の中に入ってきた人数をのんびりと数えるとその数に不満を漏らすその人物はサトラ達を苦しめる呪毒の結界の中に無造作に平然と入ってくる。



「お前は…いっ、た、い……」



 気を抜けば足元から崩れ落ちてそのまま二度と目を開けられなくなりそうな苦痛の中、自分達にこの術式を仕掛けた張本人であろう相手に絞り出すような声で問いかけるサトラ。だが、現れた男がこちらに近づいてくるに連れマシロの作った光球に照らされ、その姿が克明になっていく……。



「まさか……そんな、どうしてこんな場所で……!」


「二十匹といったところか?実験台としてはもう一桁くらいは欲しかったんだが。まぁいいだろう」



 毒々しい紫紺の肌。生き血でも啜ったばかりとでも言うような真っ赤な爪。背中からは蝙蝠のような翼を、頭部には山羊のような角を生やしている。

足元でもがく騎士団員達をまるで虫けらでも扱うように足蹴に転がし呪毒に身を焼かれ苦しむ姿を嘲笑うその姿、立ち振る舞いから伝わってくる明確な悪意。



「魔族が……なぜ、こんなところに……」


「なんだ、まだ吠えるだけの威勢がある奴がいるのか」



異形の視線が自分に向けられ思わずマシロは大きく体を震わせてしまう。


魔族。


 遥か昔より言い伝えられる人類の天敵。魔獣よりも暴悪、天災よりも深刻な伝説の災厄。

たった一匹でも強大な力を持ち人々を苦しめ、弄り蹂躙する事を享楽とする害悪。

現在でも脈々と語り継がれている強大にして邪悪なる存在……それが魔族と呼ばれる種族だ。



(そんな、こんな事って……)



 ただでさえ一体相手取る場合でも一部隊総出で万全の装備を持って挑むべく存在だと言うのに今ここに来ているのはほとんど最低限の装備で調査目的で訪れている団員達だ。それも今はまんまと相手の術中にかかって身動きもろくに取れない。

 そして、何よりも絶望的なのはそんな状態の自分たちの前にいるのがただの魔族では無いと言う事だった。



(最上級魔族『智の魔将』ガーン……。絵物語の中の伝説の魔族が、一体どうして……)


「まぁいい。下手にここで死なれても素材の無駄になるだけだしな。人間はやはり活きが良いに限る」



 魔族ガーンの腕がマシロの首を掴み無造作に彼女の小さな体を持ち上げる。宙吊りにされたマシロは呼吸もままならずじたばたと足を必死に振ってガーンを蹴ろうとしたり掴んだ腕を引き剥がそうとする。



「その子を……、放せ!」



残りの力を振り絞りサトラが魔族ガーンへと斬りかかった。マシロの首を掴む腕に一撃、更に切っ先を返してガーンの胸へ目掛けて突き刺す。だが……。



「何だそれは。ふざけているのか虫けらが」



 ブォン、と風を切る音と共に勢い良く吹き飛ばされるマシロとサトラ。掴み上げられていたマシロがそのままサトラ目掛けて投げつけられたのだ。



「ゲホッ! ゲホ……ッ!」


「ま、マシロ……」


「活きが良すぎるというのも考え物だな。手足くらい無くても実験には問題無いだろう」



 ガーンの右手の爪が鋭く長く伸びていく。呪毒を受けて限界寸前にまで弱まっていたサトラとマシロは今のダメージで完全に抵抗する力を失くしてしまっていた。



「さあて、まずはどちらからどの部位から切り落とすとしようか。なぁに、首さえ繋がっていればこちらとしては問題無い」





(おい……これって一体何がどうなってるんだ?)


〈『結社』の壊人と因子パターン照合中……判定結果44%〉


(微妙な数字だな……って、異世界に壊人がいる訳無いだろ)



 とっさに岩影に隠れた影次は突如現れた異形の怪物や倒れた団員達、そして今まさに襲われようとしているマシロ達というこの状況下で自分はどうするべきかと考えていた。



(ここが俺のいた世界とは全然違う異世界、っていうのはもうほとんど間違い無いみたいだしな。下手に介入するべきじゃないかもな)



 辺りを見回すが残念ながらこっそり逃げられそうな所は見当たらない。ならばこのまま隠れて様子を見続け頃合いを見計らって逃げるのが最善策か。どういう原理かは分からないが騎士団を苦しめている足元の光る魔法陣は影次には何の影響も与える事は無かった。



(この世界の魔法は異世界から来た俺には効果が無いって事か?まぁ好都合っちゃ好都合か)


「ああ、良かった……。無事だったんだな」



 岩陰に隠れていた影次の方に金髪の女騎士が這い寄ってくる。影次をここまで連行してき騎士団を率いる、サトラと呼ばれていた女性だ。

 影次が魔族の方へと視線を向けると、それまで彼女とマシロを痛め付けていた魔族に二人の中年騎士が果敢に食らい付いている姿があった。

 そこに居たのは先程まで影次とくだらない談笑をしていただらしのない中年団員ではなく、人民の命と平和を守る為に己が身を賭ける誇り高き騎士達の姿だった



「ちょっと待ってくれ。今手枷を外すからな」



 中年騎士たちが魔族に食らい付いている隙に影次の元にやってきた金髪の女騎士は既に手も顔もほとんど毒々しく変色してしまっている。動いているだけで、喋るだけで想像を絶する苦痛を感じているにも関わらず、彼女は影次の両手の自由を奪っていた手枷に鍵を嵌め込むと震える指でカチャリ、と枷を外した。



「どうして……」


「……すまない。結果的に何の関係も無い君をこんな危険に巻き込んでしまって。ここは我々が騎士の誇りに掛けて君が逃げられるだけの時間を稼いでみせる。君はこの状況を街にいる騎士団に伝えてくれ。 無関係な君にこんな事頼むのは騎士として情けないのは百も承知だが……頼む」


「まさか……そんな体であの化け物と戦う気ですか!?」



 無謀なんてどころの話じゃ無い。この世界の事をほとんど知らない影次でも傍目に見て理解できる。あの魔族と呼ばれる怪物は間違いなくこの騎士団の面々よりも強い。なのに毒に侵され動く事もままならない状態で何が出来ると言うのか。



「こんな事に巻き込んで本当にすまない。安心してくれ、キミだけでも絶対に無事に逃がしてみせる」


「無茶だ! 死ぬ気ですか!?」



 影次が制止するのも虚しく、サトラは既に満足に自由の利かない体を押して剣を振りかざしながら再び魔族へと向かっていく。既に中年騎士達は魔族の足元に倒れ動かなくなっており、果敢に剣を振るったサトラもまるで小虫を払うかのように軽々と魔族に殴り倒され、地に伏せる。


 


(どうする……このままだとあの人達全員間違いなく殺されるぞ)


〈原住民達の前でシステムを行使するのは危険かと。この世界の環境がシステムにどのような影響を及ぼすか…〉


(分かってる。けど……)



 ガーンの足がサトラを容赦無く踏みつける。杖で殴り掛かったマシロが殴り飛ばされる。

周囲で倒れこんでいた騎士団員達も必死にその身を起こしてサトラ達を救おうともがいている。


それで? 自分はそんな中で一人こんなところに隠れて何をしている?



(少なくとも、あいつ(・・・)なら絶対見捨てたりしない筈だ)




「ゴホッ! ゲホッ……!」


「くっ……うぅ……」


「少し遊びすぎたか。人間は良い声で鳴くからやりすぎてしまうな」



 ガーンに弄り続けられるサトラとマシロはもはや腕一本動かす余力も無くなってしまっていた。

歪んだ笑みを浮かべて無抵抗のサトラ達を痛めつけていたガーンはいつに間にかすっかり夢中になっていた事に気付くと本来の目的を遂行しようと改めてその右手の鋭利な爪を振り上げる。



(ここまでなのか……すまない皆……母上……)


(嫌だ……私はまだ何も成していない……! 嫌だ、嫌だ! 死にたくない……!)


「つい興が乗ってしまったな。最悪一匹二匹減っても致し方ない」



 まさに今、ガーンの爪がサトラ達目掛けて振り下ろされようとした次の瞬間。



「仕方ない訳あるかよ」



 人の命を享楽で摘み取らんとする純然たる悪意の前に異世界人、黒野影次が立ちはだかった。






「起きろ、『ライザーシステム』!」



 影次の呼び声に呼応するように彼の左手首に光と共にメカニカルなブレスレットが出現する。


 肉食獣の頭部を象った銀色の腕輪。目に当たる部分がチカチカと点滅し内臓されている情報補助AI『ルプス』が自身の本来のシステムを起動し始める。



〈複数の不確定要素に情報の不足。この状況下での変身は賛成しかねます〉


(分かってる)


「エイ、ジ……?」


「あなた、一体何を……」


「何だ、虫けらがもう一匹いたのか」



 隠れもせず逃げようともせずに魔族と自分たちの間に割って入るように立つ影次に対してサトラやマシロ達騎士団の面々と、魔族ガーンがそれぞれどういうつもりだ?と言いたげな視線を向ける。


 そんな中、影次は静かに左手に現れた変身アイテム、騎甲起動デバイス『ファングブレス』を掲げると目の前の異形の怪物に対して自分の後ろにいるサトラやマシロ達を庇う様に右手を真横に突き出し……吠える。



「騎甲変身!」



 次の瞬間、薄暗いダンジョンを一瞬にして眩い閃光が包み込む。マシロが、サトラが、そして魔族ガーンが眩い輝きに目を眩ませる中で黒野影次は既にその姿を全く別のものへと変えていた。



 全身を覆う漆黒の鎧。その身に走る鮮血のような深紅のラインと眼光。獰猛な肉食獣を彷彿させるフルフェイスの仮面。体中を走る(ライン)はまるで黒い鎧の中で脈動する血管のようにも見え、それは魔族とはまた異なる意味で異形としか言いようのない姿だった。



「さぁ……ここからは、ワイルドにいこうか」



かつて悪の秘密組織『結社』から人々を守り続け戦い抜いた現代のヒーローがこの瞬間、異世界の地にて再びその姿を現した。

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