王都とサトラ×文献の行方
「ど、どういう事ですか!?」
王都シンクレルにある大図書館にマシロの声が響き渡る。途端に周囲の鋭い視線が一斉に集まってしまい「すみません」と頭を下げてから改めてもう一度。今度は小さな声で。
「資料文献が一冊も無いって、どういう事なんですか……!」
「ですから先ほど申し上げた通り。古代魔法術式関連の歴史資料は当館に貯蔵してある分全て現在貸し出し中です。申し訳ありません」
「い、一冊残らず?」
「はい。一冊残らず」
「そんな……一体どこの誰が」
遥々アルムゲートの街から王都シンクレルまでやってきたのにこれでは只の無駄骨だ。それにしても一冊も残っていないというのも不自然な話だ。一体どういう事なのかと図書館を管理する司書に尋ねてみるとある一人の人物が数日前に根こそぎこの図書館から借りていってしまったらしい。
「あの、何方が借りて言ったか教えて頂く事は……」
「申し訳ありません。流石にそれは他の利用者の個人情報になりますので」
「……ですよね」
ここまでやってきて肝心の資料が無いのでは何にもならない。サトラが戻ってきたら一体何と言えばいいのだろうか。
マシロが頭を抱えていると司書は何やら少し思案してから一枚のカードを差し出してきた。
「こちらが貸し出しの際に記入して頂いたカードです。とは言っても名前しか書かれてはいませんが」
「あ、ありがとうございます。……いいんですか?」
「元学院同期のよしみ、と言う事で」
「えっ?」
「あなたは私の事など知らないでしょうがあなたは良くも悪くも有名人でしたからね。……気になさらないでください」
魔術師学院の同期と言う事は学生時代の学友の筈だがマシロはどうしても司書の事を思い出す事が出来なかった。
と言っても、そもそも在籍中友人などほとんどいなかったので思い出せる顔の数が片手の指で足りてしまうのだが……。
「それにしても、まさかあなたがまた王都に戻ってくるとは思いませんでした」
「それは……色々と事情がありまして」
流石に部外者に騎士団の任務で、とは説明出来ないので言葉を濁しておく。司書に名前を聞こうかとも思ったが今更尋ねるのも失礼と思い取り敢えず礼を言って影次たちと合流することにした。
「お待たせしました」
「お帰り。……あれ、手ぶらか?」
「文献は見つからなかったのですか?」
大図書館にはそれなりの身分で無ければ入れないため入り口近くのベンチでマシロを待っていた影次とジャンは図書館に行ってきたのに何も持っていないで戻ってきたマシロに怪訝そうに尋ねるが、マシロから司書に言われた事を聞かされると仲良く揃って不服そうに首を傾げる。
「あまり褒められた行為ではありませんな。特定の種類を残らず借りていってしまっては他の方が必要になった時に困ってしまうではないですか」
「この世界って貸し出し冊数の制限とか無いのか?」
「まぁ気持ちは分かりますが……でも借りて言った人の名前は分かりますのでこの人を探して何とか資料を見せて貰えるよう説得してみましょう」
そう言うとマシロは早速司書から受け取った貸し出しカードを取り出しそこに記載されている資料を持っていった利用者の名前を確認し……。
「……前言撤回です。説得するのは無理かもしれません」
「えっ?」
カードに書かれていた名前を見てジャンも思わず「うっ」と小さく呻き声を上げ、影次だけ事態がさっぱり理解出来ず頭の上に疑問符を浮かべている。
「アインリッヒ・セッター教授。元魔術師学院教授にして現在は錬金術師組合に所属している高名な研究者です」
「付け加えるなら、シンクレル王国随一の変人ですな」
「……また面倒臭い事になりそうだな」
side-サトラ-
(ヨーク王……以前お会いした時よりもまた一層弱々しくなられてしまっていたな)
シンクレル王国の国王であるヨークとの会談の後、サトラは影次たちと落ち合う約束の場所に向かおうとしているところだった。
案の定と言えばいいのか、魔族の出現を信じようとしない他の騎士団部隊長たち、統治者として自信も威厳もすっかり失ってしまっている王。
もし今、魔族の襲撃を受けてしまったら今のシンクレルは一体どうなってしまうのだろうか。
(……ここで考えても仕方ない。マシロの方がどうなったかも気になる、戻るとしよう)
「なんだ、もう帰るのか?」
城を後にしようとしていたところを不意に背後から呼び止められる。振り向くとそこに立っていたのはついさっき謁見の間で対面した王立騎士団第三部隊の隊長、レイヴン・スケアロウだった。
「ええ、私の要件は済みましたので、連れの用事が片付いたらアルムゲートに戻ります」
「なんだ、なんだ。折角わざわざあんな辺境から王都まで来たんだ、ゆっくりしていけばいいだろ」
「そういう訳にもいきませんよ」
「それと、ここには今俺らしかいないんだ、敬語じゃなくてもいいんだぜ?」
「訓練生時代の同期とは言え副隊長が隊長相手に馴れ馴れしい言葉を使っていては示しがいかないでしょう」
「相変わらず真面目だなぁお前は。けど……やっぱりお前は無骨な鎧姿よりそういう礼装姿の方が似合ってるな」
「褒め言葉と受け取って宜しいのでしょうか?」
レイヴンとしては本心からそう言ったつもりなのだろうが、サトラからしてみれば「やはりお前に騎士は向いていない」と言われているのと同義だ。ついつい返答も刺のあるものになってしまう。
レイヴンはそんなサトラの反応にもさして気を悪くする事も無く小さく首を竦め、先程の謁見の間での話を再び持ち出してきた。
「しかし魔族が出た、とはねぇ……。そりゃあそんな事を言われたら直接話を聞かせろってことにもなるだろ。どんなつもりかは知らないが恥をかきに来るだけなのは分かってただろ」
「どう言われようと事実は事実です」
「おいおいまだ言うのかよ……偏屈ダレスに散々嫌味言われたろ」
「しかし伝説の魔族が再びこの国に侵攻して来たら今のシンクレルで対処出来るのですか!」
「はいはい、それじゃあまずはその魔族が出たっていう確かな証拠を提示してくれないとな」
やはり何を言ってもまともに取り合っては貰えないらしい。実際魔族と遭遇し、あの脅威を目の当たりにしていない彼らにとっては対岸の火事ですらない、それこそ子供の夢物語にしか聞こえないのだろう。
「おっと、あんまり引き留めてるのも連れに悪いな。今回の招集で俺ももうしばらく王都にいるからお前の都合が良ければ声かけてくれよ」
「ええ、都合が良ければ」
そう言ってこの場から立ち去ろうと思い、その前にレイヴンに聞いておきたかった事があったのを思い出す。王都に来る前の道中で偶然遭遇した、あの事件の事だ。
「レイヴン隊長。メイプリルの街で起きた怪事件、住民からの救援要請にまともに取り合う事もしなかったと聞きましたが」
「メイプリル? あのケモノたちの溜まり場がどうかしたか?」
「……報告すら上げていないのか」
怪訝そうなレイヴンに軽く会釈し、王城を去るサトラ。そんな彼女の後姿を見送るレイヴンの元に入れ替わり今度は第二部隊隊長ダレス・ハーフシェルがやってきた。
「彼女も相変わらずだな」
「……盗み聞きとは趣味が悪くありませんかね、ハーフシェル隊長」
「なに、偶然通りがかっただけだ。それとも偏屈に聞かれたくない話でもしていたか」
「チッ、ばっちり聞いてるんじゃねえか」
「遠縁とは言え王族の血縁、騎士団に入ると聞いた時は精々体のいい広告塔に出来ればと思っていたが……飾り物にするにはあの娘は些か夢想家過ぎたな」
「分かってないな、そこが可愛いんじゃあないか」
今にも見えなくなりかけているサトラの後ろ姿に手を伸ばすレイヴン。彼方の彼女の姿をその掌に収めるように握りしめる。
「お前は俺のものだ。なぁ……サトラ?」
side-影次-
「で、どうするんだ? その国一番の変人に図書館から持ってった資料を貸してくれって頼みにいくのか?」
サトラとの待ち合わせ場所に向かう道中、影次がそう尋ねてもマシロは頭を抱えたまま首を横に振る。
「セッター教授の事です。素直に頼んだところで交換条件に滅茶苦茶な無理難題を吹っかけてきたり国家予算レベルのレンタル料を請求したりしてくるに決まってます」
「どんな教授だよ」
「メイプリルでもアインリッヒ・セッターの名は知れ渡っておりますからな。確かに学者、研究者としては間違いなく天才と言って差し支えのない御仁です。
人々の生活をより便利にした数々の発明による特許で莫大な財産を築き今では王都の外、人の近づかぬ場所に屋敷を構え錬金術師組合にも籍だけ置く形で研究に没頭する生活を送っていると聞いております」
「王都の外?」
「ええ、王都から少し離れたところに朽ちた古代遺跡があるのです。ほら、ここからでも見えますでしょう?あの高台のあたりです」
ジャンが指差す方向を向くと確かに大きな高台が王都を囲む外壁越しにも見える。話を聞けば聞くほど凄まじい変人のようだが……。
「私は直接会ったことはありませんが魔術師学院の学生だった頃から教授の奇行は有名でしたからね。レポートの合否をコイントスで決めたり食堂の寸胴に試作中の薬品をこっそり混ぜて勝手に臨床試験をしたり……。
私が在籍している間だけでも爆発事故が七回、暴走事故が四回、ツナサンド買い占めが三十四回もありましたね」
「どんな教授だよ」
「ツナサンドが大層お好きらしいですな」
「……仕方ありません。サトラ様と落ち合ったら教授を訪ねてみましょう。セッター教授のことですから資料を返却するのに何ヵ月かかるか……下手をしたら一年二年かかるかもしれませんし」
「この世界って貸し出し日数制限とか無いのか?」
目当ての資料がある場所は判明したのでこの場は取り敢えずサトラとの待ち合わせ場所へと向かい合流する事となった。
王都の繁華街の一角にある宿場エリア。賑やかな高級宿などが並ぶ通りの裏手でひっそりと営業している、とある宿屋の一つ。
「えっと、『宿屋シェルパード』。ここでいいんだよな? ……ん? シェルパード?」
「ああ、ここは私の身内が経営している宿なんだ」
馴染みのある名前が書かれていた宿の看板を見上げているところに影次たちに数分遅れてサトラもやってきた。
常日頃からシャキッとしている印象のサトラだが心なしかグッタリしているように見えるのは気のせいだろうか?
「お疲れさまでしたサトラ様。国王陛下は一体何と?」
「まぁまぁ、まずは中に入ろう。夕飯を食べながらお互い結果報告しようじゃないか」
「まぁまぁまぁまぁ! サトラ様じゃありませんか!」
「ご無沙汰していますおば様。痛い、痛いです」
宿屋に入った途端恰幅の良い50代くらいの女性にベアバック…もとい抱き締められ熱烈な歓迎を受けるサトラ。しこたま締め上げられ持ち上げられ振り回された後、若干フラつきながらサトラが宿屋の店主と影次一行を互いに説明する。
「こちらはこの宿屋を経営しているチャウさん。昔私の実家で長年メイド長を務めてくれていた人だ」
「サトラ様の事はお嬢様がまだこーんな小さな頃からお世話させて頂いておりました。……それにしてもこんなご立派になられて……私はもう嬉しくて嬉しくて!」
影次やジャンより頭一つ分以上体格の大きなチャウさんに再び抱きしめられるサトラ。今小さく「ぐぇっ」って聞こえたのは気のせいだろうか……。
サトラは咳き込みながら今度はチャウに影次たちを紹介する。
「マシロ・ビションフリーゼと申します」
「黒野影次です。お世話になります」
「エイジ殿の従者を務めさせて頂いているジャン・ガリアンフォードと申します」
「従者!?」
「あらあらまあまあ。可愛らしいお嬢さんに二枚目さんにモフモフさんねぇ。久しぶりに賑やかになりそうで嬉しいわぁ」
サトラは掻い摘んで自分たちが王都にやってきた理由を説明し王都に滞在する間ここで宿をとらせて欲しいとチャウに頼む。当然返事二つで歓迎され三度抱きしめられるサトラ。今メキメキッと何かが軋む音がしたような気がするが空耳だろうか?
「あら?そう言えばビションフリーゼと言ったらもしかしてあの?」
「……っ」
不意に出された家名の話題に体を強張らせるマシロ。チャウの言うあのがどういった内容か影次は知らなかったが彼女のこの反応を見るとあまり楽しい話では無さそうだ。
「……王都シンクレルには魔術師学院の他にマシロ殿のご実家であるビションフリーゼ家のお屋敷もあるのですよ」
ジャンに補足説明を耳打ちされて改めて隣のマシロを見下ろす。目深に帽子をかぶり表情を隠しているが、その体が小さく震えているのを影次は見逃さなかった。
「さてと、取り敢えずは腹ごしらえしないか? 一日中歩き回ったから流石に腹減っててさ」
「それもそうだな。すみませんおば様。お願いできますか?」
「あいよ! 食べ盛りの若い子ばっかりだし、どーんと二十人前くらいこさえてあげますよ!」
チャウおばさんのお茶目な冗談だと思って笑っていたら三十分後本当に二十人前の料理がテーブルに並べられたのだった。
ツナサンドは正義




