決戦、その後×残された者たち
「創造主様ムゲン閣下と騎甲ライザーは相打ち。結構結構、俺らにとっては最高に都合のいい結果で終わったっスね」
ファーウェル平原での決戦の一部始終を王都付近の高台から見物していた死霊魔人の人間体のオボロは、戦いの決着を見届けると改めて自分と共に主であるムゲンを見限り離反した他の同僚たちへと向き直る。そこには処刑魔人のキースホンド、狂乱魔人のファルコ、百獣魔人のソマリ、ウォルフラム、そしてシャーペイの姿があった。
「ここからじゃ流石に両者の生死までは確認しようが無いっスけど、もし生きていたとしてもどちらも無事では無いだろうし、一先ず俺らはしばらくの間は好き勝手自由出来そうっスね。それもこれもあんたの協力のお陰っス、ノイズを抑えててくれた事感謝するっスよ、シャーペイ」
「キヒヒッ。アタシとしてもあんた達がムゲンを裏切るのは都合が良かったからねぇ」
主である無玄を裏切り王都への侵攻を放棄した魔人たち。裏切り事態は前前から計画されていた事ではあったが唯一無玄を裏切る可能性が薄く、転移魔法という厄介な魔術を操るノイズをシャーペイが無力化したお陰でこうして見事オボロたちは無玄からの離反に成功したのだった。
「どうっスか? このままあんたも俺らと一緒に来ないっスか? ノイズはムゲンの元に戻っただろうしあんたがいてくれると色々と助かるんスけど」
「悪いけどそっちには全然興味無いんだー。それにノイズの代わりにアタシの転移魔法が目当てなだけだよねぇ? ムゲンの次はそうやって今度はそっちがアタシを利用しようって魂胆かなぁ?」
「人聞きが悪いっスねぇ。まぁ否定はしないっスけど。まぁ本気で付いてきてくれるとは思ってないし、聞いてみただけっスよ」
「そ、んじゃアタシはそろそろ行くねぇ。ムゲンを裏切って何を企んでるのかは知らないけど、せいぜい調子に乗りすぎないようにしなよー?」
オボロからの誘いを一蹴すると用は済んだとまるで水の中に沈むように足元の影へと潜り姿を消すシャーペイ。結局彼女がどんな意図で自分たちに手を貸したのかは知る由もなかったが、利害が一致した結果自由を得られたという結果にオボロは一先ず満足していた。
(創造主様……ムゲンにとっちゃ結局俺らもいつ使い捨てられるかも知れない駒に過ぎないっスからねえ。都合のいい使い走りにされ続けていざとなったらポイ、だなんてまっぴらゴメンっスよ)
元より無玄に対する忠誠心など持ち合わせていなかったオボロにとって壊人や魔甲ライザーの出現は無玄を見限る良い機会だった。そんな彼に他の魔人もそれぞれ思惑は違えど同調し、結果としてほとんどの魔人が無玄の元を離れる事となった。
「復讐という当初の目的は果たした今、これ以上魔族に肩入れする理由も無い。今更人の側に立つ気にはなれんが、かと言ってムゲンを主として仰ぐ気にはもっとなれん」
「俺は刺し甲斐のあるもの刺せれば贅沢は言わないぞ、贅沢は。創造主様も串刺しにしてみたいってずっと思ってたし、それなら味方でいるより敵になった方が都合がいいかもしれないしな、都合が」
「おー、よくわかんないけどなー。おなかいっぱいたべられたらそれでいいやー。なぁウォッフー」
「……ムゲンは研究者としては敬意を評するけど人間性に関しては劣悪以外の何物でも無いからね。ボクだっていつ実験台にされてもおかしくない。それに君たち魔人の調整が出来る人間は必要不可欠だろう? ついでにソマリの子守もしなくちゃだしね」
順々にムゲンから離反した理由を語るキースホンド、ファルコ、ソマリ、ウォルフラム。彼らの意見を聞くとオボロは満足気に笑い、歩き始める。
「で、これからどうする気だアッシュグレイ。何か行く当てがあるとは言っていたが、俺はお前と違って剣を振るうくらいしか能が無いぞ」
「今はオボロっスよ。まぁそう心配しなくても大丈夫っスからちょっとは信用してくださいっス」
「信用? お前をか? 面白い冗談だな」
「一緒に裏切った仲だっていうのに随分な言われようっスね……まぁいいや。ちゃんと当てはあるっスよ。行商人の人脈の見せ所ってやつっスね」
訝しむキースホンドを尻目に当てを目指して仲間たちと共に歩き続けるオボロ。自分たちを求める者達の元へ。今はまだ燻っているだけのまだ見ぬ戦火の火種の元へと。
(俺はまだまだこの世界で楽しませてもらうっスよ。だからそっちもちゃんと生き延びててくれなきゃつまらないっスからね、騎甲ライザー)
「やれやれ、手持ちの戦力を総動員したというのに実質成果は0。それどころか魔人たちは裏切るわ魔獣のストックは尽きるわ、大赤字だったねえ」
「申し訳ありません創造主様。私が付いていながら奴等の背信を許してしまうとは……如何様な処分も謹んでお受け致します」
「仕方ないさ、前々から私を裏切る計画を立てていたようだしね。それに君のお陰で丹精込めて作った壊人も魔甲ライザーも持ち帰る事が出来たんだ。咎めるつもりは無いから安心したまえよ」
四大陸のちょうど中心地点に存在する通称暗黒大陸、自身の研究所へと生還していた無玄は先のシンクレルでの決戦を改めて振り返っていた。
ファングとソティスの必殺技がぶつかり合い、ファーウェル平原の三割を吹き飛ばすほどの大爆発の中を無玄は魔人の中で唯一裏切らなかった幻影魔人ノイズの転移魔法によって脱出していたのだった。
「とは言え、バイソンカルマもローズカルマも損傷が酷いしソティスに至っては急ごしらえという事もあるだろうがやはり人格面にやや不安定なところがあるな。まだまだ調整する必要があるか……。それに魔獣はさておき魔人たちがいなくなったのは正直手痛いな。ただでさえ人手不足だって言うのに」
ノイズとしては主である無玄の御身を守る為にした事だったのだが、自身の肉体は人工生命体を器にしたものである無玄にとってはいくらでも替えの利く自分の肉体よりも手足となる駒が無くなってしまった事の方がずっと痛手になっていた。
「こりゃしばらくは研究と並行してまた一から人手作りに励まないとね。理性も知能もない魔獣や壊人じゃ話にならないから、また何体か魔人を作る必要があるな。活動再開までは随分時間が掛かりそうだ」
「創造主様、裏切り者の処遇は是非この私にお任せ頂けないでしょうか。アッシュグレイを始めとした魔人たちとシャーペイ。ご命令とあらば五人とも私がこの手で……」
「あぁ気にしないでいいさ。今は放っておけばいい。連中も馬鹿じゃあない、今日明日にもこちらに何か仕掛けてくる事も無いだろうし、何か邪魔になった時に対処すればいいさ。完全原種型も同じだ、あの戦いの時もし君がいてくれたら結果は全く違うものになっていただろう。奴もそれを見越していたからこそ君を抑えていたんだろう」
無玄の言う通り、転移魔法を使えるノイズがあの戦場にいれば王都からの援軍があっても魔族側の有利は揺るがなかっただろう。だからこそあの決戦の最中、同じ転移魔法の使い手であるシャーペイによってノイズは無玄の元に合流させないよう王都に足止めされ続けていたのだった。
「完全原種型も魔人たちも足取りは不明。ま、私たちは当面地道に下準備に専念しようじゃあないか」
「はっ、創造主様の御心のままに。……創造主様、一つ質問をお許し頂けるでしょうか? 回収したあの魔甲ライザーの事なのですが……」
「ソティスがどうかしたのかい?」
「いえ……ただの思い過ごしかもしれませんが、あの人間体の姿を、私はどこかで見た事があるような気がして……。いえ、失礼致しました、戯言だとお忘れください」
一礼し自分の前から去っていくノイズの後ろ姿を、興味深そうに首を傾げながら見送る無玄。幻影魔人に使われた素体は紅坂夕陽、魔甲ライザーソティスの素体になった紅坂朝陽の実妹だ。影次へのサプライズも兼ねて生前の記憶や人格を再現しているソティスならまだしも、夕陽の方は魔人の素体にする際に元の記憶や人格といったものは必要では無かったので復元していない筈なのだが……。
「ふむ、姉妹の絆とでも言うのかねぇ。まぁいいか、邪魔になるようなら初期化すればいいだけのこと。……私も知らない流体因子エネルギーの力、可能性。見込み違いでは無かった、やはり君は私の最高傑作だよファング……。待っていてくれ、必ず君を連れ戻してその力の全てを解析しようじゃあないか」
シンクレル王国五大組織による連合軍と魔族の壮絶なる総力戦は辛くも王都の連合軍の勝利という形で幕が下ろされた。
だが王都は魔族の侵攻によって壊滅的な被害を受け、戦いが終わって一週間が経過した今現在も王都は未だ瓦礫の海のままではあったが、それでもシンクレル大陸の五大組織が垣根を超えて協力している事もあり少しずつだが着実に復興に向かって進んでいた。
二回目、三回目の魔族の侵攻こそ防いだものの、やはり最初の侵攻で受けた被害があまりにも大きく、本来国とそこに暮らす人々を守る為に存在する騎士団に対し住人たちからは根強い不信感を抱かれてしまっていた。
「街の被害も勿論だが、それ以上に人的被害があまりにも大きすぎた。未だ行方の知れない者も含めれば犠牲者の数は有に一万人以上、もはや王立騎士団の威信もあったものじゃあないな」
国王が没した今新たな国王となる筈のウェルシュも現在は第一部隊隊長としての立場もあり王国と騎士団両方の立て直しに奔放し続ける日々を送っていた。
国の中枢である王都が事実上崩落した影響は次第に大陸中の街々にも影響が起き始め、王都の住人に留まらず、この先大陸中で混乱が起こるであろう事は目に見えている。
更に問題は国内だけに留まらない。シンクレル王国が弱体化したこの機を他国に狙われる可能性も決して少なくはない。特にこの一件を知れば間違いなく動きを見せるであろう北の軍事国家レザノフ帝国の存在はある意味魔族以上にウェルシュの頭を悩ませていたのだった。
三月教会教皇トリアンタは部下と共に戦争終結後も怪我人の治療に回り続け、サモエドが招集した冒険者たちやバナジスの部下の錬金術師たちも一丸となって街の復興作業に尽力しており、その甲斐もあって他方からの支援を待たずして街の立て直しは順調に進んでいた。
「ヨーク殿下亡き今好機とばかりに一部の貴族が後釜を狙おうと企んでいるだろうし、私もしばらくはウェルシュ王子の補佐をさせてもらうわ。……マシロの事は心配だとは思うけど、私があの子にしてあげられる事なんて何もないもの。気持ちは、分からなくもないけれどね……」
セツノは魔術師学院には戻らず国の立て直しに忙殺されるウェルシュに助力するべく王城に残り空席となった玉座を狙う者やウェルシュに取り入り傀儡にして自分が国の実権を握ろうと企む者たちに牽制をしつつ、文官としてウェルシュの手助けをしていた。実姉としてマシロの様子を気にしている素振りはあったが、これまでまともに姉妹としての関係を築いてこなかった事もあってか、彼女自身はマシロに何もするつもりは無いようだった。
その代わりとばかりにセツノはサトラに対し未だ影次を失った悲しみに暮れているマシロの事を頼んでいた……。
「あなたにこんな事を頼むのも色々と酷だという事は理解しているつもりです。……けど、今のあの子の気持ちを一番分かってあげられるのは多分あなただと思うんです」
そう言って頭を下げながら頼んできたセツノの申し出は、正直サトラにとっても好都合だった。
(マシロの気持ち……か)
マシロの様子を見に自分たちに宛がわれた王城の一室を訪れたサトラだったが、部屋の中に彼女は居らず、毛ばたきを片手に掃除をしているジャンの姿だけだった。ジャンに尋ねると彼も今朝からマシロの姿は見ていないらしく、別の場所を探しに行こうとしたサトラだったが、ふとその前にジャンへと振り返り、今までと全く変わらない彼の様子に思わず心配ではないのかと言葉を投げかけていた。
「マシロ殿の事を仰っておられるのならば私が口を挟むのは野暮というものですぞ。どのような形であれ、気持ちの整理というものは結局は己自身でつけなければならないものですからな。」
「そうだな……色々な事が一度に起きすぎたからな、無理も無いとは思うが」
「……エイジ殿は最後まで復讐者では無く守護者として私たちの為に戦い抜いて下さりました。ならば残された私に出来る事はこうして、せめてあの方がいつ戻って来られても良いように帰る場所を守り続ける事くらいなものです。私はあの方の臣下として、そして友として、いつまでもお帰りを待ち続ける所存ですぞ」
彼は、ジャン・ガリアンフォードはきっと影次が既に死していたとしてもこうして一生涯彼の帰還を待ち続けるつもりなのだろう。そんな彼の忠義と友情に敬服しながら、サトラはマシロを探し王城の中を巡り続ける。しかし広間にも中庭にも、どこにもマシロの姿は見当たらない。
王城の外を出て街の中も探すサトラではあったが、やはり彼女の姿はどこにも無い。
「マシロ! マシロ、いたら返事をしてくれ! マシロ!!」
城にも町にも姿が見当たらず、サトラはまさかと思い王都を出るとその足で魔族との決戦の地となったファーウェル平原へと走る。
激しい戦いの跡が生々しくあちこちに残されたままの戦場、自身も消えた影次を探しに幾度となく訪れた場所。大地に深々と刻み込まれた彼の消えた痕跡、あの大爆発によって作り上げられた巨大なクレーター。
戦いの後も幾度と無く影次を探しに訪れた場所だ。また影次を探しにここに来ていたのではと思ってたサトラだったが、残念ながらここにもマシロの姿は見当たらなかった。
(エイジ……君は本当にもう居なくなってしまったのか? それともどこかで生きていてくれているのか?)
せめて腕の一本でも発見されていれば諦めもついたのかもしれない。しかしあれだけの爆発の中心にいたのだ、生きていると考える方が無理がある事くらいはサトラも、そして恐らくはマシロやジャンも分かっているのだろう。
だがそれでもサトラは影次が死んだとは到底信じる事が出来ずにいた。いや、信じたくなかったという方が正しいのかもしれない。それはあくまでも私的な希望的観測でしか無かったが、それでも彼の死をこの目で確かめる事が無い限り、一縷に過ぎずとも希望を捨てる事などサトラには出来なかった。
そして、マシロはそんなサトラ以上に影次の生存を信じていたのだろう。結局この日サトラが一日中探し続けてもマシロの姿は見つかる事は無く――
マシロ・ビションフリーゼは、この日を境にサトラたちの前から忽然と姿を消してしまったのだった……。
「シンクレル崩壊」編、これにて完結です。そして同時に「第一部 シンクレル王国編」もこれで終了となります。
まだまだ色々なものを放り投げたままですし物語はまだまだ続きますので引き続きお付き合い頂ければ恐悦至極です




