旅立×王都へ
人々の平和を脅かす悪の組織『結社』と戦う正義のヒーロー騎甲ライザーファング、黒野影次が異世界にやってきてから今日で十日目。
あれ以来魔族も姿を現す事は無く、ダンジョンも崩壊してしまった為行く当てのない影次は王立騎士団第四部隊隊長バーナードの厚意に甘んじてこの城門都市アルムゲートに留まり続けていた。
「……で、ダンジョンでメモったあの魔法陣が何なのかって言うのはまだ分からないのか?」
「随分古いタイプの術式のようだから文献を探すだけでも大変らしい。そう急かしてやるな」
「そんなつもりは無いけど」
「さあ、それでは今自分が書いた文章を読んでみせてくれ」
「ん。……何々? 『この三個は店主でリンゴでしょうか幾らヘイヘイ』………新手の呪文か?」
「単語はそれなりに覚えられてきているが文章にすると全然駄目だな」
現在影次は異世界の言語を勉強中だった。
ライザーシステムがあれば勝手に(今一つ原理は謎だが)異世界の言葉を理解し話す事も読み書きする事も出来るが万が一また魔族のような相手と戦闘になった際エネルギーを使い果たしてしまったらシステムが回復するまで意思疎通の手段が皆無になってしまう。
そこで付け焼刃ではあるがこうして机に向かい、一時的にライザーシステムを遮断して読み書きや会話の勉強しているのだった。
「まさかこの歳になってこんなみっちり勉強に励まなきゃならない日が来るとは……」
「無駄口を叩かない。ライザーシステムを切ってくれ。次は日常会話だ」
「はいサトラ先生。じゃあ『ルプス』、頼む」
〈ライザーシステム、一時的にオフにします〉
マシロがダンジョンから持ち帰った謎の魔法陣の解析にはまだ時間がかかるらしく、その間特にする事の無い影次はと言えばこうしてサトラにレッスンを受けるか、図書館で片っ端から本を読み漁り少しでもこの異世界の事を学ぼうと過ごしていた。
最初の一日二日は試しにと騎士団員の訓練に混ざっていたのだが馬にも乗れず野営の知識も無い影次はとにかく足手まといでしかなく、すぐに放り出されてしまった。
無理もない、変身出来るとは言え数日前まではただの現代人だったのだ。せいぜい河原でキャンプするくらいが関の山だ。
ただ、意外と蛇は美味しかった。
戦闘訓練もほぼ似たような結果に終わった。変身しなくても体内に埋め込まれた騎甲因子と、それに対応出来るようにある程度の改造を受けている影次は身体能力こそ常人に比べれば高いが長年戦闘訓練を受けてきた訳でも無い。
身体能力も向こうが強化魔法でも使ってくれば優位性は無くなってしまう。
魔族を倒しサトラやマシロたちを救った礼として今も騎士団宿舎に厄介になってはいるものの、はっきり言ってこれではただの居候だ。
「では始めるぞ。エイジ、宿舎から騎士団本部への行き方を教えてくれ」
「んだな? まんず表さ出るろ、んだばずぃーっと真っすぐ歩っとって右さ行ぐともう見えてぐっぺさ」
「……どうしてこうなるんだ」
〈ライザーシステム、オン〉
「どうだった? 今のは結構自信あるんだけど」
「ああ、では取り合えずその自信を捨て去る事から始めよう」
「何で!?」
side-マシロ-
「やっぱりここにある文献では限界かな……」
騎士団本部の資料室。テーブルの上に古い歴史書やら古文書などを片っ端からかき集めダンジョン最深部に描かれていた魔法陣の解析を進めていたマシロだったが、とうとう完全に行き詰ってしまった。
あれの事をシャーペイと名乗った魔族は『実験』と言っていた。魔族が密かに進めている実験……想像するまでもなく、どうせろくでもない事に違いない。
(王都に行けばもっと詳しく調べられると思うけど……)
王都シンクレルには国内最大の図書館がある。その規模も保管されている歴史的な資料の質も数も当然国内最高だ。
それに王都には何よりマシロが所属している魔術師学院の本校もあるのだ。魔術に関する資料も知識も学院に勝る場所など恐らく国内には存在しないだろう。
だが、マシロにとって王都シンクレルはお世辞にもあまり良い思い出のある地ではない。
自分を追い出しアルムゲートの第四部隊に『島流し』にした父と姉は当然学院にいるだろう。そうで無くても学院関係者にとってマシロは所詮ビションフリーゼ家の落ちこぼれ扱いだ。
マシロが思い出したくもない面々の顔ぶれを浮かべているところにコンコン、と資料室のドアをノックし第四部隊隊長バーナードが姿を見せた。
「やあ、お邪魔だったかな」
「隊長!? 一体こんなところへわざわざどうして……」
「なに、調子はどうかと思ってね。ああ、座った座った」
犬獣人族のバーナードは普段埃っぽくて鼻がむずむずするから、と言う理由で資料室になど滅多に来ないと言うのに珍しい。言ってる傍から早速クシャミを連発し始めた。
「ッシュ…! うぅ、もっと頻繁に掃除をさせないとなぁ」
鼻を啜りながら向かい側に腰を下ろしたバーナードに、マシロは慌てて乱雑にテーブルの上に広げていた資料をどかせる。そしてここにある文献では調べるにも限界があると、王都ならもっと詳しく調べられるだろうとバーナードに進言した。
「ふぅむ……どちらにせよ王都には今回の魔族の襲撃について報告をしに行く必要がある」
既に魔族ガーン、デーヴァの件は魔力通信で王都の王立騎士団にもシンクレル王家にも報告は上げていたが、それでも直接第四騎士団が出向く必要がある。通信では不十分な詳しい説明、経緯は当然しなければならない。
「そこでマシロ。君にはサトラと一緒に王都に行ってもらいたい」
「わ、私がですか?」
「ああ、王家の方々へも詳しい経緯をご報告せねばなるまい。そうなるとサトラが一番適任だろう?」
「それは確かにそうですが……ですが、何故それに私を?」
「ああ、それとエイジ。彼にも同行して貰う事にする」
「何故彼まで!?」
遠縁とは言えシンクレル王家の血縁者であるサトラは確かに適任だろう。だが何故王都から追い出された身である自分まで……それに、影次まで連れていく? 隊長は何を仰っているんだろうか。
「まぁ聞きなさい。そもそも魔族が現れたという事実だけでも大事件だ。それが二日立て続けに二体、いや報告によればもう一人いたらしいから三体か。そんな事が市民の耳にでも入ればどうなると思う?」
「間違いなく大混乱になるでしょうね。シンクレル大陸全土で」
数百年単位で人類の前に現れては街に、人々に深刻な被害を与えてきた魔族と言う名の災厄。それがまた現代に再び起こり始めた。
そんな事が知れ渡れば……大パニックになるのは想像するまでもない。
「つまり、今回の件は公には出来ないと言う事だ。王都へも表立って騎士団として向かう訳には行かない。つまり極秘任務という事だ」
「気のせいでしょうか、隊長が楽しそうに思えるのですが」
「はっはっ、名目上我ら第四部隊が魔族を打ち倒したんだ。第一はまだしも第二、第三の連中が今頃どんな顔をしているだろうと思うとな。楽しいよ」
普段は温厚な紳士然としているのに、中身は随分と腹黒い隊長である。まぁ、そうで無くては騎士団史上初の亜人による隊長就任という快挙はなかったのだろう。
「マシロ。君とエイジはサトラの護衛だ。まぁ君の場合は護衛は名目上、王都で引き続き魔族の残した魔法陣術式の解析を進めてほしい」
「サトラ様と私は良いですが、エイジを王都に連れて行くのは流石に危険ではないでしょうか」
「勿論、彼の素性は隠しておく。王都の騎士団連中がエイジの事を知ったらどんな手を使ってでも自分たちの戦力にしようとするだろうからな」
「……隊長もそうお考えだったではないですか。私に彼の監視と懐柔を命じておいて」
調子の良いバーナードに思わずジト目で睨むマシロ。二度目のダンジョン調査任務の前に密かにバーナードから受けた密命を思い出す。
監視は兎も角、懐柔の方は自分には無理難題過ぎたのだったが…。
「最悪、サトラに色仕掛けでもさせようかとも考えたんだがね。流石にそっちの方は君には荷が重……怖い、怖いよマシロ。目が怖い」
「……お戯れも程々に」
「コホン、それで、君から見て彼は、エイジはどうだ?我々の味方でいてくれるか、それとも」
バーナードの質問にマシロは森で影次と遭遇してからこの10日間の事を振り返り、数秒考えてから率直な意見を述べた。
「悪人ではない、とは思います」
影次の話を全て信じる事はまだ出来ないが、それでも彼の人となりに触れている内に当初のような過度の疑惑の念や警戒心といったものは既に彼女の心には無くなっていた。
多少軽口が過ぎるところはあるが基本的に誰に対しても気さくで行儀も良い。影次を騎士団の客分として認識している街の住民からの評判も概ね良好だ。
とは言っても影次も自身の事を全て話した訳では無いだろうし意図的に隠している事もあるだろう。
だが、そう言った面も全てひっくるめた上でマシロは彼の事をそう評した。
「確かに悪人では無いという点に関しては同感だ。だからこそ、彼にも同行して貰いたいのだよ」
「彼の善意に付け込む、という訳ですか」
「人聞きが悪い、彼が少しでも第四部隊に情を持ってくれれば好都合と思っているだけだよ」
「失礼ですが、そういうのを善意に付け込むというのでは」
翌日、アルムゲートの街の入り口にて旅支度を整えサトラとマシロ。そして影次が揃っていた。
表立って本来の目的を明かせない為、サトラとマシロは鎧もローブも着用しておらず一般的な旅装束に身を包んでいる。当然念の為として剣や杖は持っていく。
影次もこの異世界にやってきた時の服は魔族デーヴァとの戦闘の際にボロボロになってしまったので同じく騎士団が用意した冒険者用の服装になっている。愛着していた服だったので名残惜しかったが仕方ない。
さらばユニ〇ロ製品……。
「さぁ、準備はもういいか?」
「私は問題ありません」
「俺もだ。元々荷物も無いし」
騎士団の馬車を使用する訳にもいかないので行商用の荷馬車を借りて王都を目指す事になった。荷台には水や食料、雑貨類が既に積み込まれている。
「……また馬車か」
「諦めて慣れてください」
「尻が痛いんだよなぁこれ」
「毛布でも敷けばいいでしょう」
「二人ともすっかり仲良くなったみたいだな」
二人のやり取りを見て笑うサトラ。そんな彼女に影次とマシロは思わず顔を見合わせて……。
「サトラ様。私は別にまだこの男の事を完全に信用した訳では……」
「どちらかと言えば年上のほうが好みかな」
「何の話をしているんですかあなたは!」
「ほら、仲良しじゃあないか」
口ではこう言ってはいるがマシロはもう影次に対し悪感情を抱いてはいない。ただ影次が割とマシロをからかうような態度を取るので怒らせてしまう事もあるが……それでもじゃれ合いのようなものだろう。
愛すべき部下と敬愛に値する恩人の仲睦まじい(サトラ視点)光景を暖かい目で見ていると3人を見送りにバーナードがやってきた。
「準備はいいのか?」
「ええ、これから出発するところです」
「サトラ、くれぐれも宜しく頼むぞ。シンクレル王にもよろしく伝えておいてくれ。あと第二、第三の奴らがどんな吠え面かいていたのかも帰ったら聞かせてくれ」
「隊長……」
「マシロ。魔族の残した術式の解読頑張ってくれ。……君にとって王都は色々と思うところがある場所ではあるだろうが」
「いえ……私は私の為すべき事を為すだけです」
バーナードはサトラ、マシロに続いて今度はげんなりと馬車を見上げていた影次の方へと近づき、徐に右手を伸ばした。
「エイジ。二人の事を守ってやってくれ。本来部外者である君に頼むのは筋違いなのだろうが……」
「気にしないでください。あなた方には随分とお世話になってしまっています。俺に出来る事なら喜んで協力しますよ」
バーナードの手を取り、互いに固く握手を交わす。ああ、犬獣人族まであるのか。プニプニした感触が気持ちいい。バリトンボイスの紳士の手の平とは思えない。
「それではバーナード隊長。私たちは出発致します」
「ああ、くれぐれも気を付けてな」
「必ず、術式を解読して戻って参ります」
「ああ、頼んだからな」
「王都って何かお勧めの土産物とかあります?」
「商業区にある満月堂という店のポテトパイがな、また絶品なんだ」
こうして影次とマシロ、サトラの3人は城門都市アルムゲートを後に王都シンクレルを目指すべく出発した。
サトラは魔族出現の報告のために。
マシロは魔族の残した魔法陣術式の解読のために。
そして影次は……。
「いやぁ楽しみだな。ポテトパイ」
「旅行じゃないんですから」
冒険パート(?)突入です。




