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四季色の恋

珈琲色小夜曲-カフェ色セレナーデ-

作者: 雨鬥露芽

※2017年3月執筆

冬の冷たい空気が薫る。

白い息が浮いて、消えて

青い空はすぐに暗くなる。


あと何回この変わる空を見たら、君とさよならをするんだろう。









≪珈琲色小夜曲≫

-カフェ色セレナーデ-










「あーもう勉強したくねえー」


ごろんと寝転がる先輩を見て笑う。

かすかに積もった雪は、まだ溶けきらずに残っていて

先輩の周りをきらきらと彩ってるようにすら見えて。


「制服汚れちゃいますよ」

「もうすぐ脱ぐんだから関係ねえだろー?」


空を見つめる先輩の目は、きっと未来を見てるんだろうと思う。

私を置いて先に行く。

365日分の時間の差。


「無事受かりそうですか?」

「わかんねー。でもやるだけやったわ」


遠くで陽が沈んでいく。

どんどんと空が暗くなって、小さな星が見えてくる。


「でも受かったらそれはそれで勉強祭り……」

「じゃあそれまでの間に沢山遊ばないとですねぇ」


一つ一つ、言葉を出せば時間が過ぎる。

出さなくても、過ぎていく。


「つーか寒ぃー」

「ただでさえ寒いのに屋上ですから」

「お前寒くねえの?」

「寒いですよー?」


それでも、少しだけでも、長く一緒に居られたらなんて話を続ける。


「そういえば先輩が飲むと思って水筒にコーヒー淹れておきましたよ」

「え、マジで!?」


嬉しそうにがばっと起き上がった先輩に、はいと赤い水筒を渡す。

こげ茶の髪が跳ねて、視界に揺れる。

ゆらゆらふわふわ、溶けない色。


「放課後になってから淹れたんで、まだ温かいと思います」

「あー助かるわ。受験終わりの身体に沁みる」


カップに注いで飲み干す先輩にまた笑う。


「コーヒーってそんな飲み方するものでしたっけ?」

「いいんだよ。てかお前は飲まねえの?」

「私は喉乾いてないので」

「ふーん」


どうぞと注ぐ、おかわりの音。

ほんのり薄く湯気が立つ。

ゆらゆらふわふわ、景色に溶ける。


「雪、明日にはなくなってますかね」

「そうだなー。さすがになくなってんだろ」


この雪も、空も、息も、湯気も、全部溶けてしまう景色の一つで。

それでも先輩が残ってればいいのにと思う。

無理だとわかってるのに。

滲む。


「明日は、先輩お休みですかね」

「そうだなぁ」

「三年生は休み多くて羨ましいです」

「その前がめっちゃくちゃ大変だからな!」

「そうでしたね」


私も来年は大変な日々を過ごすのだろう。

それで、先輩のいないこの屋上に足を運ぶのだろうか。

この小さな星空を、滲まずに見れるだろうか。


「遠いですねぇ」

「んー?」

「お星様ですよ」


見上げた空は、滲んで何も見えないままで。

帰るかなんて言われたくなくて

いつまでも、いつまでも

意味の無い話すら続けたくて。

寒さなんて、どうだってよくて。


無理だってわかってるのに。


「コーヒー美味いよ?」

「大人の味は苦手です」

「砂糖とミルク入れたら飲める?」


返事をする前に、ぱっと出てきた砂糖とミルク。

コーヒーショップで貰えるような、小さな入れ物。


「どうしたんですか、それ」

「受験前に寄ったんだよ。断るの忘れてて、ついてきた」

「コーヒーばっかり飲むのは身体に良くないと思います……」


用意しておいた私が言うことじゃないけれど。

そんな私の言葉に先輩が笑う。


「まぁいいじゃん」


赤いカップに、ブラックのコーヒー。

そこに白いミルクが溶け込んで、渦を描く。


「何かさー、コーヒーって冬って感じしねえ?」

「冬ですか」

「苦くて、暗くて、白いミルクが溶けてって」

「あぁ……」


冬は嫌い。

コーヒーも嫌い。

寒くて、苦くて、痛くて、辛くて。

きっとそれは、寂しさを感じるから。


「冬の色って、こんな感じなのかなーって」


同じくついてきたであろうマドラーでくるくると混ぜる。

これが冬なら、きっと一生好きになれないだろう。

これを見る度に、この切なさを思い出すのだから。


「だからさ、これ飲めば変わるものもあるんじゃね」


押しつけられたカップを受け取る。

そんなものあるわけないのに、なんて心で呟きながら

一つの苦い思い出を作るのもまた大人なのかななんて

小さな取っ手に指を通して、一口。


「苦い?」

「……そうでもないです」

「なあ、気付いてる?」

「何がですか」


質問の意味がわからない私に、先輩が少しだけふてくされた顔。

そのまますっと手が伸びてきて、人差し指が私の唇に触れる。

驚いて落としかけたカップを、先輩がもう片方の手で支えて

近づく顔に固まって。


「間接なんとか」

「!?」

「あ、やっと赤くなった」


満足そうに笑う先輩の意味がわからなくて

固まり続けてると先輩が立ちあがって。


「帰ろうぜ」


降ってきた言葉に、ちくりと痛む。

そんな私に、先輩が笑う。


「そんな泣きそうな顔しなくたって、何度でも会いに来てやるからさ」

「なんですか、急に」

「砂糖入れたら苦くなかっただろ?」

「何言ってるか全然、わかんないです……」


わかんないけど、口元が緩む。

きっと私の顔は、かじかんだ指先と同じ色をしてる。


「いくらでも楽しくさせてやる、ってことだよ」

「そうですか」


きっと上手ではない言い回しだけど

何だかそれが先輩らしくて

それが余計に、先程のほのかな甘さに近くって。


「コーヒーが冬ってことだけは、そういうことにしておきましょうか」

「お前、遠まわしに馬鹿にしてるだろ」

「してないですよ?」


いつもと同じように笑いながら

いつもと同じように帰る瞬間。


「また明日」が言えない今日。

いつもと違う、下校の時間。


「ほら、行くぞ」


でも、差し出された手も、絡み合う指先も、そこから伝わる体温も

この距離は全部、いつもと違うから。


「はいっ……!」


きっと沢山の空を、いつもと違う今日を繰り返しながら見ることになる。

それでもその先にさよならはきっと待っていないんだと思う。


だって、どれだけ遠くても、どれだけ苦くても

先輩なら甘くしてくれるってことですよね?


「私、楽しみにしてますね」

「おー、覚悟して待ってろ」


溶けない二人で、いつまでも。


END

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