3-エクスチェンジ輝吉
「幸先は良いぞ…とても良い…」
輝吉は、気の良いおっちゃんに案内された"両替所"なる建物へと足を向けていた。
「シュルツ国…がどこだかは知らないが、そこでは『円』が基本的に用いられていると考えていいだろう。この世界の基軸通貨が何なのかは分からないが…まぁ、両替所に行けばある程度は判断出来るはずだ。」
基軸通貨は、通貨の中でも最も力の強い通貨のことで、すなわち世界的に最も使われることの多い通貨といってもいい。
現在で例える所の米ドルがそれだが、どうせ両替するのであれば、基軸通貨をある程度持っておいた方が、他国での買い物やコミュニケーションもある程度円滑になる。
「少なくともあのおっちゃんの口ぶりからするに、円は基軸通貨じゃない…はずだ。"セス"という通貨がこの国じゃ一般らしいが…あ。」
円が異世界にも存在する事実に浮かれすぎていて、輝吉は重要な部分を一つ見落としていた。
「しまった…。俺が元居た世界での"1万円"と、この世界の"1万円"じゃ価値が全く異なるかもしれねぇ…」
例えば、シュルツ国とやらが大規模なインフレを過去に起こしていて、100万円札のような高額紙幣を大量に発行していたのだとすれば、1万円札の価値はなし崩し的にゴミ同然となるだろう。
日本の通貨こそ存在するが、ここは日本ではないのだ。そのような新しい紙幣が発行されていても何らおかしくはない。そうすると、この数枚の万札を両替所に持ち込んだとしても、輝吉が思っているような価値で還元される保証はない。
もしかすると、おっちゃんのキュウリを1本買えるか買えないかぐらいの買い物しか出来ない可能性も十分にある。
「クッソ…。まぁ行ってみるしかないか…」
輝吉は若干重くなった足取りを再度加速させ、川沿いの赤い屋根の建物へと向かった。
***
カランカラン、と心地の良い音が鳴る。扉に備え付けられた鈴の音だ。
両替所と呼ばれる建物は思いのほかこじんまりしており、小さな郵便局くらいの広さしかなかった。
こんな所で世界各国の貨幣を取り扱っているのかどうかは甚だ疑問だったが、輝吉は受付の者に"エン"から"セス"への両替の旨を伝えると、しばらく待てとのことなので、室内のベンチに腰かけていた。
「さてと、一体こいつらがいくらに化けるんかねぇ。」
輝吉は財布の中身を見る。
数万円。具体的には6万と380円だが、今回両替するのはその内3万円分。
現時点で"エン"と"セス"、どちらの方が価値が上なのかは分からないが、もし"エン"の方が価値が高いのであれば、今後他国の貨幣とも両替する際に多少は切り上げて勘定してもらえることを期待しての判断だ。
「えーっと…お待ちのアオイ…テルキティ様。」
どうやら、"キチ"という言葉は言い辛いらしい。
輝吉は
「はい。」
と一声かけると、受付まで足を運んだ。
「エンとセスの両替ですね。今回両替するエンをお預かりします。」
受付の女性がそう言うと、輝吉は財布の中から1万円札を3枚取り出し、受付へと手渡した。
「うーん…此方の紙幣、どこで?」
続けて受付の女性が怪訝そうな顔で此方に問いかける。
そういえば、気の良いおっちゃんも「見たことの無い絵柄」とかなんとか言ってた気がする。
同じ円でもやはりそういう細かな部分は違ってくるのだろう。そりゃそうだ。
異世界に、かの有名な思想家は存在しないだろう。
「えっと…友人から譲渡されたもので…。」
ATMはサラリーマンの友人である。あながち的外れでもないだろうが…厳しいか?
「なるほど。かしこまりました。3万エンですね。」
そう言うと受付の女性は奥へと引っ込んでいった。
なんとか通った。万が一ここで偽札とかなんとか言われた日には、異世界転移して2時間足らずで檻の中に入る所だった。今思うと割と危ない橋を渡っていたのかもしれない。
***
待つこと5分。受付の女性が奥から持ってきたのは、500mlのペットボトルサイズの縦長い箱だった。
その中には底から2/3辺りの高さまで金貨が詰め込まれており、女性が片手で持とうとすると若干危うそうなくらいの重さだろう。
「此方が3万エン分のセス金貨になります。えーっと…金貨1枚で300セスなので、それが50枚ここに入っております。締めて15000セスとなりますが、このレートで問題ありませんか?」
額面だけ見るなら丁度半分。
さらに、キュウリ一本150セスという物価も鑑みると…
(元居た世界で換算するなら15000セスは5000円ってとこか…。)
まさか30000円が5000円相当になるとは。
この国の物価を込みにしても、どうやら、"エン"の価値は相当低いらしい。
セスが硬貨であったり、紙幣の絵柄について何も詮索しなかったりするのを見る限り、硬貨ではなく紙幣のエンが相当異質なものなのかもしれない。
硬貨の銅や金は、含有率を下げる事で硬貨の増加、減少の調整に融通が利く。鋳つぶして他の製品にしてしまうことも可能だ。
だが、紙は一度作ってしまえばそれで終わりだ。融通が利かない。特に、中世をベースにしているであろうこの異世界ならなおのことだ。
それゆえに価値が低い。そうなると、ここで全てセスに両替し切ってもいいかもしれない。
確証はないが、場所によってはエンでの両替を断られる可能性も無くは無いだろう。
エンよりセスの方が価値が高いと分かった以上、後々基軸通貨を換金するとしても、セスで取引する方が都合が良いはずだ。
「そのレートで構いません。それと追加なんですが…」
そう言うと輝吉は財布の中身の紙幣を全て取り出した。
「これ全て、セスに換金してもらえます?」