IMAGICA.2-01 パーティ結成
2017.11/18 更新分 1/1
ネムリは再び、『第一の町』に立ち尽くしていた。
友人の辺見千明とおたがいの状況を打ち明けあった、その夜のことである。
その夜も恒平が眠りに落ちると、やはりその精神は《イマギカ》の世界に引きずり込まれてしまったのだった。
(まいったなあ。これはいったい、どういうことなんだろう)
ネムリは、深々と溜息をついた。
すると、噴水の向こう側から大きな人影が回り込んできた。
「やっと来たか。自分で時間を指定しておいて遅刻するなんて、キミはつくづく無責任な人間なんだね」
聞き覚えのない、太くて迫力のある声音である。
しかし、その言葉の内容はとても耳に覚えのあるものであった。
「ごめんよ。さすがになかなか寝つけなくってさ。……ていうか、君は千明なんだよね?」
千明がどのようなアバターに設定していたかは、昼間の訪問時に聞いていた。
しかしそれでも、これが本当にあの辺見千明なのかと目を疑いたくなるような姿であった。
身長190センチはあろうかという、雄々しい戦士の姿である。
ただ背が高いばかりでなく、体格もがっしりとしている。そして、その身には目にも鮮やかな真紅の甲冑を纏い、背には盾を、腰には長剣を装備していた。購入した武器や防具は好きに色合いを操作できるので、彼はそれらを赤ずくめにしていたのだ。
なおかつ、兜の面頬を下ろしているので、人相はわからない。
その面頬の隙間から、彼は険悪な眼光を突きつけてきているような感じがした。
「おい、現実世界の名前で呼ぶなよ。こんな場所で、身バレはしたくないだろう?」
「ああ、うん、そうだね。……でも、今は他にプレイヤーの姿もないんだから、別にかまわないだろう?」
「それじゃあキミは、状況に応じてきちんと呼び方を変えられるのかい? キミがそこまで器用な人間だったとは思わなかったよ」
そのように述べながら、赤き戦士は長身を屈めてネムリに顔を寄せてきた。
「だいたい、こんな姿なのに本名で呼び合っていたら興ざめだ。ボクのことは、きちんと『ロギ』と呼べ」
それが千明の、《イマギカ》におけるプレイヤー名であった。
肩書きは、戦士ではなく魔法戦士である。レベル11の魔法戦士、ロギ。いまネムリの目の前に立っているのは、そういう存在であるのだ。
ネムリはまたひとつ溜息をついてから、「わかったよ」と答えてみせた。
「それにしても、本当に二晩連続でログインさせられちゃったね。僕たちはこれから死ぬまで眠るたびにログインさせられるのかなあ?」
「さあね。そのうち運営がサービスを停止してしまうかもしれないよ」
「だから、その運営ってのは何者なのさ? 人間の夢にこんな風に手を加えることなんて、今の科学力では不可能だろう?」
「知らないよ。僕は学者じゃないんだから」
ロギは身を起こして、どこか嘘くさい青空を見上げた。
「とりあえず、ボクたちはゲーム内のキャラクターなんだ。キャラクターが、ゲームを作った運営に干渉することはできない。そんな話は、昼間にさんざん話し尽くしただろう? コハクタクだって、《イマギカ》の根幹にまつわる話にはいっさい答えてくれないしね」
「うん、まあ、それはそうなんだけどさあ……」
「思い悩むのは、現実世界の中だけで十分だろう。キミにこのゲームをプレイするつもりがないなら、ボクはここで失礼させてもらうよ」
「わかったよ。とりあえずはこのゲームを続けてみよう。それで何か見えてくるものがあるかもしれないしね」
ネムリは気持ちを切り替えて、ウィンドウを表示した。
「僕とパーティを組んでくれるんだろう? ちあ……いや、ロギと一緒だったら心強いよ」
「ふん。ステージボスをソロでクリアするのは困難だという話だったからね。ボクとしては、僧侶か魔法使いが欲しかったところなんだけど」
ロギもウィンドウを表示して、「ネムリをパーティに勧誘」と虚空に告げた。
すると、ネムリのウィンドウに、パーティに加わるか否かのメッセージが浮かびあがる。
ネムリが『はい』を選択すると、パーティに関する新たな表示がされた。
「パーティ名を決定してください、だってさ。こういうのはロギにおまかせするよ」
「ふん。二人きりのパーティで大仰な名前をつけてもな。……おい、コハクタク」
『何でしょうか、ロギさま』と、ロギ担当のコハクタクが出現する。
「パーティの名前っていうのも、後で変更することは可能なのか?」
『はい。パーティ名を変更する権限は、パーティリーダーであるロギさまに付与されます』
「それじゃあ、『ロギとネムリ』でいいや。『ロギと下僕』でもいいけれど」
「うん、できれば『ロギとネムリ』でお願いするよ」
そうしてパーティ名は『ロギとネムリ』に決定された。
すると、空中のコハクタクがぴょんっと跳ねるような動きを見せて、それと同時にファンファーレが響きわたった。
『初のパーティ結成おめでとうございます。支援金として、各メンバーさまに50ゴールドが贈られます』
「たったの50ゴールドか。まあ、普通はゲームの開始とともにパーティを組むものなんだろうしな」
そのように述べながらウィンドウを操作していたロギが、じろりとネムリをにらみつけてくる。
「おい、どうして『すばやさ』がこんな数値なんだ? 戦士なのに、おかしいだろう」
「あ、それはボーナスポイントをすべて『すばやさ』に割り振ったんだよ。あれこれ考えるのも面倒だったしさ。……へえ、パーティのメンバーになると、仲間のステータスも確認できるのか」
ネムリも大いに好奇心を刺激されつつ、ロギのステータスを拝見してみた。
◆ロギ / おとこ / まほうせんし / レベル11
◆HP:128 / 128
◆MP:45
◆FP:3249
◆ちから:32+20
◆きようさ:30
◆ぼうぎょ:27+45
◆すばやさ:29
◆かしこさ:37
◆けいけんち:1197
◆ゴールド:145
◆そうび:はがねのつるぎ, はがねのかぶと, はがねのよろい, はがねのたて
「あ、ロギが装備してるのも、『鋼の兜』と『鋼の鎧』なんだね。僕のとはまったくデザインが違うから、気づかなかったよ」
「ふん。種族や性別でデザインがアレンジされているんだろう。それに、体格もかな。キミみたいに三・五頭身のアバターが仰々しい甲冑などを纏っていても、滑稽なだけだろうしね」
そのように述べながら、ロギがまた顔を寄せてくる。
「そんなことより、キミはどうして『モーニングスター』なんかを装備してるのさ? これは、僧侶のための武器だろう?」
「あ、そうなの? 僕はただ、刃物を振り回す気持ちになれなかっただけなんだけど。普通に装備もできてるしさ」
「それは戦士なんだから、たいていの武器は装備できるだろうさ。それでも刃物を忌避するのは、神職にある僧侶と相場が決まっているんだよ。まったく、無粋だなあ。……それに、226ゴールドもあるのに、どうして盾を購入していないのさ?」
「これは、最後に『はじまりの広場』を出た後に貯まったゴールドなんだよ。……あと、盾ってなんか邪魔そうだし」
「両手用の武器でなければ、盾が邪魔になることはないよ。このゲームが、そういうシステムなんだから」
そうしてロギは、いっそう顔を近づけてきた。
「……で、FPが5085ってのは、いったいどういうことなんだい?」
「それは僕にもわからないよ。コハクタクも、詳しくは教えてくれないしさ」
「適応値のFPが高いってことは、キミがこの世界に適応してるってことだろう? さんざん文句をつけながら、しっかり楽しんでいたんじゃないか」
「楽しんでいたのは否定しないけど、それとこれとは話が別だろう? それに、レベルはロギのほうが高いじゃないか。きっと僕より効率よくプレイしてたんだね」
「ふん。60ていどの経験値の差なんて、あってないようなものだよ。ステージ2に乗り込めば、あっという間にそれぐらいの数値は稼げるさ」
ロギはすでに、ステージ2に足を踏み込んでいるのである。
その新たなバトルフィードには、ゴブリンとは比較にならないほどの強敵が潜んでいるのだという話であったのだった。
「この『第一の町』からは、ステージ2からステージ4までチャレンジできるんだ。その三つのステージをクリアしたら、『第二の町』に行けるそうだよ」
「ふーん。でも、こんなゴーストタウンだったら、どこの町でも同じように感じられそうだね」
「……『第二の町』では、より強力な武器やアイテムを購入することができる。それぐらいのこと、コハクタクが説明してくれただろう?」
「いや、説明を受ける前に目が覚めちゃったんだよ。一晩かかって、ようやく『ゴブリンの森』を攻略できたのさ」
そういえば、ネムリはまだこの町でショップウィンドウを開いていなかった。
「次のステージに進む前に、防具を追加したほうがいいかなあ? 『ポーション』も、手持ちのは使い果たしちゃったんだけど」
「どうだろうね。戦士は魔法戦士よりもHPが高いから、何とも言えないよ。現在の防御力だって、決して低いわけではないしね」
「そっか。それじゃあ、『ポーション』はどうしよう?」
「回復アイテムは必要だろう。それだけHPが上がっているなら、『黄のポーション』を買うべきだろうね。通常のポーションよりも値は張るけれども、最低100ポイントは回復できるはずだ」
「『黄のポーション』ね。了解」
ネムリはウィンドウを操作して、『黄のポーション』を五本ほど購入した。ひとつで20ゴールドもするので、これで残りの資産は126ゴールドだ。
「ただし、戦闘中以外は勝手に使うなよ。ボクのMPが残っている内は、治癒魔法を使ったほうが安上がりのはずだからね」
「あ、魔法戦士って回復魔法も使えるんだ? それはちょっと羨ましいね」
「ふん。だからといって無謀なプレイをするようだったら、遠慮なく見殺しにさせていただくよ」
そう言って、ロギは長剣の柄を撫でた。
「あと、戦士でレベル10なら、スキルを習得しているはずだね。それは、どういう内容だったんだい?」
「ああ、『六道の舞』っていう名前でね、それを使ってモンスターを攻撃すると、与えたダメージと同じ分のHPを回復することができるんだ」
「なんだ。それならキミだって、自力で回復できるんじゃないか」
「でも、スキルはいったん使うと、スキルゲージっていうのが貯まるまで使えなくなるんだよ。レベルが上がるごとにその間隔は短くなるみたいだけど、現時点では五分ぐらいかかっちゃうんだよね」
「五分間か。それでもまあ、ボクのMPの節約にはなりそうだ」
「……あと、もうひとつ問題があるんだよね」
ネムリがおずおずとそう言って見せると、ロギは「問題?」と小首を傾げた。
「うん。スキルを使うには、その名前を口で唱えないといけないんだよね。一人のときはそれほど気にならなかったけど、ロギと一緒となると、少し気恥ずかしいかな」
ロギは首の角度を戻して、「慣れろ」と冷たく言い捨てた。
「魔法だって、口頭で詠唱しないと使うことはできない。ボクが呪文を詠唱するたびに、キミは内心で小馬鹿にする気か?」
「そ、そんなことはしないってば。……そういえば、ロギも何かスキルを覚えたのかな?」
「魔法戦士がスキルを覚えるのは、レベル20ごとだよ。スキルってのは魔法を使えない戦士と武闘家のために準備された技能なんだから、魔法戦士が同じペースで習得できるわけないだろう」
ロギがまた長身を屈めてネムリの顔をにらみつけてくる。
「相変わらずキミは、説明書を読まないでプレイを開始するタイプのようだね」
「うん、まあ、他の職業のことを詳しく調べてもしかたないかなと思って」
「普通は職業を選ぶ前にあれこれ確認するものだろう。まったく、先が思いやられるな」
溜息を噛み殺しているような口調で言い、ロギが身を起こす。
「いくら稚拙なゲームとはいえ、なめてかかると痛い目を見るぞ。ステージ1のモンスターなんかは、チュートリアルの延長だったと考えるべきだろうね」
「稚拙? ロギにとって、《イマギカ》は稚拙なゲームなの?」
「それはそうだろう。ただ一点、常軌を逸したVRシステムを備えているというだけで、後のシステムは昭和のレトロゲーのレベルだよ。ステータスだってこんな簡単な項目しか準備されていないし、武器や防具の個体差と値段設定にも甘さが認められる。あと、各魔法の消費MPのバランスについても、疑問を呈したいところだね」
ここぞとばかりに、ロギはまくしたててきた。
ゲームや漫画の批評を述べたてるとき、ロギの正体である千明はいつもエキサイトしてしまうのである。
「だいたいさ、ステージ1の攻略にはほとんど一晩かかるのに、出現するモンスターはたったの四種で、レベルは10やそこらしか上がらないってのは、いくら何でもバランスが悪すぎるだろう。この《イマギカ》が体感型ではなく、ディスプレイ上で行われる現実世界のゲームだったら、ボクは小一時間で放り出していただろうね」
「まあ、それはそうかもしれないね。でも、実際に自分で身体を動かしてプレイしていると、そんな不満は感じなかったなあ。僕はまるまる七時間ぐらい『ゴブリンの森』をうろついていたはずだけど、ちっとも飽きたりはしなかったし」
「……まあ、現実世界のゲームと比較しても無益だってことは認めるよ。この《イマギカ》っていうゲームは自分の手でモンスターを討伐する爽快感を主眼にしているのだろうから、あまりややこしいシステムを導入してもユーザビリティが損なわれるだけかもしれないしね」
そう言って、ロギは鎧に包まれた肩をすくめた。
「さあ、おしゃべりはこれぐらいにして、そろそろバトルフィールドに出向こうか。時間は、有限なんだからね」
「了解だよ。……そういえば、いつも朝方まで起きてるロギが、今日はよくこの時間に寝られたね?」
「ああ。ひさびさに睡眠導入剤のお世話になったよ。……って、現実世界の話はやめてくれないかな」
不満そうに言いながら、ロギはウィンドウを操作した。
「パーティ『ロギとネムリ』、ステージ2に移動!」
そうしてこの夜も、戦いと冒険のひとときが開始されたのだった。