IMAGICA.1-06 ミッションクリア
2017.11/16 更新分 1/1
ネムリは足速に、森の中を進んでいた。
ステージ1の、ゴール地点を目指しているのだ。
回復アイテムは、すでに尽きている。しかし、ここからスタート地点の『はじまりの広場』を目指すよりは、ゴール地点のほうが近距離であったので、ネムリはこのままミッションクリアを目指す道を選択したのだった。
しかし、そこまでの道は険しかった。マップ上に示されたゴール地点は、すでにネムリが一度は踏破した場所であったが、そこに近づくにつれて、以前は出現しなかったアーマード・ゴブリンやゴブリン・シャーマンたちが次々と襲いかかってきたのである。
(素直に『はじまりの広場』まで戻るべきだったかな……でも、そっちの道も安全とは言いきれないしな)
それに、いったん『はじまりの広場』まで引き返していたら、ゴール地点に辿り着く前に現実世界の夜が明けてしまうような気もした。
空腹感や疲労感がないためか、体内時計というものはすっかりあてにならなくなっているものの、さすがにタイムリミットは近づいているはずだ。ここまで来て、ミッションクリアを明日に持ち込むのは、さすがに惜しい気がしてしまった。
(ていうか、明日も僕は《イマギカ》にログインさせられるんだろうか)
そんな風に考えながら、横合いから襲いかかってくるアーマード・ゴブリンを殴り飛ばす。
ゴール地点は、もう目と鼻の先であるはずだった。
(頼むから、ゴブリン・シャーマンより厄介なモンスターなんて現れないでくれよ)
祈るような気持ちで、ネムリは茂みをかきわけた。
すると、十メートルほど前方に、ぼんやりと赤く光っているものが見えた。
そこはちょっとした広場のようになっており、その中心に赤い魔法陣が浮かびあがっていたのだ。
「よし、あれだ!」
喜び勇んで、ネムリは駆け出した。
すると、横合いの茂みが、ガサリと鳴った。
反射的に、ネムリは逆方向に飛びすさる。
すると、茂みの向こうから、ゴブリンならぬ巨大な影が現れた。
灰色の肌に、毛のないゴリラのような体躯、そして豚人間のように醜悪な顔貌をした、巨大なモンスターである。
ゴブリンなどは身長120センチのネムリと変わらないぐらいの背丈であったのに、そのモンスターは200センチ近い巨体のようである。
その図太い腕には棍棒を下げており、下半身にはボロギレのようなものを纏いつけている。
(こいつはたぶん、オークか何かだな)
それぐらいの知識は、ネムリも持ち合わせていた。
明らかに、ゴブリンよりも手ごわそうなビジュアルである。そのオークと思しきモンスターは、野獣のようにうなりながら、ネムリに突進してきた。
ゴブリンよりも巨大であるのに、比較にならぬほど動きは素早い。
しかしそれでも、ネムリのほうがまだまだ素早かった。
凄まじい勢いで振り下ろされた棍棒の一撃を回避して、ネムリはその脇腹に『モーニングスター』を叩きつける。
『48pt』のダメージポイントが表示されたが、そのモンスターは消滅しなかった。
(くそ、ここまで来て、やられてたまるか!)
ネムリは後方に飛びすさり、間合いを取ってから、『モーニングスター』をかまえなおした。
モンスターは、『ブオオッ』とうなり声をあげながら、突進してくる。
それをぎりぎりまで引きつけて、モンスターが棍棒を振り下ろしてから、ネムリは跳躍した。
モンスターの顔面に、横合いから『モーニングスター』を叩きつける。
それでもモンスターが消滅しないので、ネムリは空中で一回転をして、さらなる攻撃を繰り出した。
こちらを振り返ろうとしていたモンスターの鼻っ柱に、おもいきりトゲつきの鉄球を叩きつける。
『44pt』の数字に重なるようにして『51pt』の数字が浮かび、それでモンスターはようやく消滅した。
『経験値10、ゴールド4を獲得しました』
それは、ゴブリン・シャーマンの倍の数値であった。
リストで名前を確認すると、やはり正体はオークである。
「やれやれ。これでようやくミッションクリア――」
そのようにつぶやいてネムリが足を踏み出すと、また左右の茂みがガサリと鳴った。
オークの巨体が、左右から出現する。
「つきあってられないよ!」と一声叫び、ネムリは赤い魔法陣へと駆け出した。
オークたちはうなり声をあげながら、追いすがってくる。
その棍棒が首筋のすぐ後ろに振り下ろされるのを感じながら、ネムリは魔法陣を踏みしめた。
その瞬間、ネムリの視界が真っ白に包まれる。
そうしてネムリが次に目を開くと、薄暗い『ゴブリンの森』は消失していた。
その代わりに出現したのは、石造りの町である。
「ふう、危なかった……なんとかミッションクリアだな」
そこは、大きな噴水のある町の広場だった。
間遠に、家屋が立ち並んでいる。いずれも煉瓦造りの古びた家屋だ。道にも煉瓦が敷きつめられており、それに沿って街路樹が並べられていた。
剣と魔法の世界に相応しい、古色蒼然とした町並みである。
が、街路を歩いている人間はいない。映画のセットか、あるいはゴーストタウンのようなたたずまいであった。
『おめでとうございます。ステージ1をクリアして、「第一の町」に到着いたしました』
ひさかたぶりに、コハクタクが出現する。
ここしばらくは、この礼儀正しい案内人に説明を乞う必要も生じていなかった。
『こちらの「第一の町」からは、三種のバトルフィールドに移動することがかないます。ご説明が必要でしょうか?』
「いや、ちょっと休んでからにするよ」
どれほど激しい戦闘に身を投じても、この世界で疲労感を覚えることはなかった。『HP』というのもあくまでプレイ上の生命力であり、それがどれほど削られても肉体に変化が生じるわけではないのだ。
なおかつ、精神的な疲労というものも、さして感じているわけではない。これだけ何時間も休息なしで戦い続けていたにも拘わらず、ネムリの気持ちは弱ることなく充足感を覚えているぐらいであった。
よって、ここで一休みしたいと思ったのは――現実世界における慣例と、あとはこの胸に満ちた達成感を噛みしめたいがゆえなのかもしれなかった。
「他のプレイヤーは、誰もいないみたいだね」
『はい。バトルフィールドから移動された際は、どのプレイヤーさまでもこの噴水の広場に出現する仕様となっております』
ならば、まだ『ゴブリンの森』で苦戦しているか、あるいは次のバトルフィールドに挑戦している、ということなのだろう。
「それにしても、これだけ長時間プレイして、ひとりのプレイヤーとも出くわさないってのは不思議だなあ」
数時間前、防具や回復アイテムを購入するために、いったん『はじまりの広場』まで引き返したときのことを思い出しながら、ネムリはそんな風につぶやいた。
そのときの『はじまりの広場』には、まだ何千体もの木偶人形が居残っており、目の前に浮かんだコハクタクの存在を黙殺しつつ、だらだら寝そべったり、ぼんやり座り込んだりしていたのだ。
それでもネムリがプレイを開始する前に比べれば、半数以下の人数にはなっていたように思う。しかしネムリは、とうとうバトルフィールドで一度も他のプレイヤーとすれ違うことなく、ミッションクリアに至ってしまったのだった。
(もしかしたら、あの『ゴブリンの森』っていうのは物凄く広くて、他のプレイヤーたちは僕とマップの重ならない場所にスタート地点や攻略ポイントを設定されていたっていうことなのかな)
そんな風に考えながら、ネムリはあらためてコハクタクに向きなおった。
「あのさ、僕以外のプレイヤーがひとりもプレイしていないってことは、さすがにないよね?」
『申し訳ありません。わたくしにはそのご質問にお答えする権限が与えられておりません』
ちょっとひさびさの、定型文である。
ネムリは早々に、追及することをあきらめることにした。
それよりも、タイムリミットが近いかもしれないのだ。この《イマギカ》からログアウトされる前に、自分のステータスを確認しておこうと思い至った。
◆ネムリ / おとこ / せんし / レベル10
◆HP:160 / 160
◆MP:0
◆FP:5085
◆ちから:34+18
◆きようさ:17+2
◆ぼうぎょ:33+30
◆すばやさ:49
◆かしこさ:8
◆けいけんち:1136
◆ゴールド:221
◆そうび:モーニングスター, はがねのかぶと, はがねのよろい
今日ひと晩の戦闘で、ネムリはここまで成長できていた。
いったいどれだけのゴブリンをこの手で葬ってきたのか、経験値から逆算する気にもなれなかった。
『……あちらの建物では、各種のアイテムが店頭にて販売されております』
と、職務に熱心なコハクタクがそのように教えてくれた。
「え? この町ではウィンドウでアイテムを購入できないのかな?」
『いえ。実際にその目で形状をご確認できるように、実店舗が用意されております』
効能に関してはウィンドウで確認できるのだから、形状を確認する必要などあるのだろうか。
少なくとも、ネムリにはあまり意義を見出すことができなかった。
「あ、それじゃあこの世界にも、いわゆるノンプレイヤーキャラクターっていうのが存在するのかな?」
『……いえ。ショップにはショップ用のコハクタクが配置されております』
それでは、なおさら好奇心を刺激されることもなかった。
ネムリがそのように考えたとき、数メートル離れた場所に白い光が瞬いた。
白い光が人の形を取り、そこに四名のプレイヤーを出現させる。
「ああ、危なかったな。何とか全滅せずに済んだぜ!」
その内のひとりが、大きな声でそのように述べたてた。
その目がネムリの姿をとらえるや、今度は笑い声を響かせる。
「何だありゃ? なんかおかしなやつがいるぞ!」
四名のプレイヤーが、ネムリのほうにぞろぞろと近づいてきた。
大柄な男と、グラマーな女と、小さな子供と、ライオン人間である。
男とライオン人間は鎧を纏って長剣や戦斧を下げており、女と子供はいかにも魔法使い風のマントを羽織っている。
「おい、お前はプレイヤーなのか? それとも、毛むくじゃらのお仲間なのか?」
「僕はいちおう、プレイヤーですけど」
「へえ! それじゃあ、自分でそんなアバターを選んだのかよ? ずいぶんな愉快な趣味をしてるな!」
ライオン人間も女も子供も、みんなゲラゲラと笑っていた。
最低身長に設定したネムリは子供と同じぐらいの背丈しかなかったので、自然とそれを見上げる格好になる。
「で、お仲間はどこに行ったんだよ? もしかしたら、お前だけ死んで強制送還されちまったのか?」
「いえ。僕は単独でプレイしていました」
「単独プレイ? どうしてよ? そんなの、効率が悪いじゃない」
女は、小馬鹿にしきった表情でネムリを見下ろしていた。
アバターはとても美人に作られているのに、まったく魅力を感じない顔つきである。
「まあ、そんな見てくれじゃあ、なかなかパーティには誘われないだろうな! ひとりで『ゴブリンの森』を抜けただけ大したもんだよ!」
「ああ、ソロプレイヤーとしては一番乗りなのかもしれねえな。パーティを組んだ連中は、みんなとっくに次のステージに進んでるけどよ!」
男とライオン人間が、下卑た笑い声を響かせる。
そして、子供らしからぬ笑みを浮かべた子供が、ねっとりとネムリをねめつけてきた。
「あんた、レベルはいくつに上がった? ぼくらは全員、レベル12だよ」
「僕は、レベル10ですね」
「ふふん。ま、ずっと『ゴブリンの森』にいたんなら、そんなもんだろうね。とっととステージ2にチャレンジしてれば、もっと効率よく経験値を稼げるんだけどさ」
すると、ライオン人間が横合いからネムリのウィンドウを覗き込んできた。
「なんだ、しかも魔法戦士じゃなくって戦士なのか。それじゃあ、なおさら効率が――」
そこで、ライオン人間の目が、ぎょっとしたように見開かれる。
「何だこりゃ? 『FP』が5085ってのは何の冗談だよ! 手前、チートでも使ってんのか!?」
「あ、いえ、それは勝手に上昇しただけです。『FP』って、どういう仕組みで上がるのでしょうね」
四人組は、鼻白んだように黙り込んでしまった。
その中で、リーダーらしい男が「ふん!」と鼻を鳴らす。
「何にせよ、ソロじゃあステージ2はクリアできねえよ! ましてや、戦士職のソロじゃあな!」
「ああ。ステージ2のモンスターは、ゴブリンなんかとは比べ物にならないからね!」
「でも、そんな見てくれのやつを仲間にしようなんてやつはいねえよ!」
他のメンバーも、口々にわめきたてている。
何だかずいぶんと下世話なプレイヤーたちだった。
(もしかして……みんな中身は中学生だったりするのかな?)
そんな風にも思ったが、確認のしようはなかったし、また、確認したいとも思わなかった。
プレイヤーたちは、ひとしきり騒いでから、街路の向こうへと立ち去っていく。きっとショップでアイテムを購入するのだろう。
「さて、それじゃあ僕も、残された時間でステージ2とやらに挑戦してみようかな」
『了解いたしました。……ネムリさまは、まだ単独で活動されますか? ステージ2からはミッションクリアのためにステージボスを討伐する必要がありますため、ステージ1よりも難易度が上昇するものと思われますが』
「ふーん、そうなんだ。だけどまあ、とりあえずは単独で挑んでみるよ」
たとえ難易度が上がるとしても、ネムリはやっぱり無理にパーティを組む気持ちにはなれなかった。
べつだん、ゲームクリアを目指さなければならない筋合いもないのだ。意にそまぬ人間関係でストレスを溜め込むぐらいなら、永遠に雑魚モンスターを狩っているほうがマシであるように思えた。
「ここからは、三つのステージに進めるんだっけ? とりあえず、その内容を説明してもらおうかな」
そのように述べながら、ネムリは自分を鼓舞するように『モーニングスター』を振りかざしてみせた。
その瞬間――
目覚まし時計のけたたましい音色が、《イマギカ》の世界を激しく揺るがした。