IMAGICA.8-01 再戦
2017.12/15 更新分 1/1
そうして――気づくとネムリは、また喧騒の中にたたずんでいた。
慌てて頭上を見上げると、ハクタクの不気味な巨体が浮かびあがっている。
ハクタクは眼球の周囲から放出した触手を地上にのばしており、地上のプレイヤーたちはそれから逃げまどいつつ、必死に剣や魔法で応戦していた。
その姿を見やりながら、ネムリは武器と防具を再装備した。
「よー、遅かったじゃん。ま、そうそう簡単に眠れるもんではないだろうけどさ」
聞きおぼえのある声とともに、頭をぽんと叩かれた。
振り返ると、オレンジ色の頭をした武闘家が、腕を組んで立っている。
「姉ちゃん! 無事だったんだね!」
「あったりまえじゃん。アンタこそ、あんまりヒヤヒヤさせんなよ。危ないところを助けてくれた結花ちゃんに、感謝だな」
「ね、姉ちゃんは結花のこと知ってたの?」
「あー、いざとなったらアタシらを叩き起こして助けてやっから、家の鍵を貸してくれって頼まれたんだわ。あの色っぽい魔法使いが結花ちゃんってことは、出たり消えたりするまで気づかなかったけどさ」
そこに頭上から、青黒い触手が矢のようにのばされてくる。
ネムリは『魔神の鉄槌』で、ミズホは華麗なハイキックで、それを撃退した。
「結花ちゃんに守られてる分、アタシらはお役に立たねーとな。あのデカブツ、かなり厄介だしよ」
さらにミズホは横合いに飛びすさり、他のプレイヤーを襲おうとしていた触手を、右腕の『朱雀の爪』で退けた。
「ありがとう!」と叫んでから、そのプレイヤーは攻撃魔法をハクタクに差し向ける。
「カマキリみてーな怪物どもはほとんど片付けられたみてーだけど、あいつにはちっともダメージを与えられねーんだ。触手が邪魔で、なかなか目ん玉を狙えねーんだよ」
「そっか。姉ちゃんぐらい素早くても、難しいの?」
「飛び蹴りくらわせようとすっと、触手につかまっちまうからな。それでもう、五人ぐらいは目ん玉に吸い込まれちまったよ」
その言葉に、ネムリは心底から、ぞっとした。
ミズホは不機嫌そうな顔で、ぼりぼりと頭を掻いている。
「だからとりあえず、戦士と武闘家はこっちにのびてきた触手だけ相手にして、目ん玉への攻撃は魔法使いにまかせっきりだよ。わかったら、アンタも踏ん張りな」
「うん、わかった。それで、ロギとイーブは――」
ネムリがそう言いかけたとき、右手の方向からエメラルドグリーンとオレンジの閃光が飛来してきた。
『風精霊の接吻』と『鼓舞』の魔法が、ネムリとミズホの身体を包み込む。
「結花ちゃんは出たり消えたりしながら、なんとか目ん玉を狙おうとしてるね。ロギは、今の魔法の飛んできた方向にいるんじゃね?」
「わかった。僕は、ロギと合流するよ」
「おー、アタシはここいらの連中をフォローしてるわ」
ミズホは最後にまた、ぽんとネムリの頭を叩いた。
「恒平、ぜってー死ぬなよな」
「うん、姉ちゃんも!」
ネムリはハクタクの巨体をにらみすえながら、ロギのもとへと駆け出した。
確かにイーブは、上空で戦闘に励んでいる。いつでもログアウトできるという強みを活かして、ハクタクに接近戦を挑んでいるのだ。
同じように『魔女のホウキ』を所持する何名かの魔法使いたちも、懸命に戦っていた。
地上からは、魔法使いや魔法戦士が、攻撃魔法を放っている。
それらに襲いかかる触手は、戦士や武闘家が迎撃している。
僧侶たちは、しきりに支援の状態変化魔法を繰り出しつつ、ときおり攻撃魔法も使っていた。
善戦は、しているように思える。
だが、いくら触手を攻撃されても、ハクタクは大したダメージも受けていないように思える。このままでは、いずれプレイヤーたちのMPが尽きてしまうだろう。
(きっと、ハクタクの急所はあの目玉なんだ。あれを全部破壊することが、勝利条件なのかもしれない)
頭上から振ってくる触手をなぎはらいながら、ネムリはひたすら地上を駆けた。
すると、その先にようやく、頼もしい赤い甲冑姿が見えた。
「ロギ! 遅くなってごめん!」
その手の長剣をふるいながら、ロギがちらりとこちらを見てきた。
「やあ、本当に生きていたんだね。あの露出狂の言葉は嘘じゃなかったのか」
「うん! イーブから聞いてたんだね」
「通話アクセスで、事情は聞いた。どういう方法で助けたのかは後回しにされてしまったけどね」
こんな際でも、ロギはクールかつ、ぶっきらぼうであった。
しかし、それがネムリにこの上ない安心感を与えてくれる。
「ちょうど今、捨て身の作戦を敢行しようとしていたところだ。よかったら、キミも参戦するといい」
「うん。何をしたらいいんだい?」
「MPも回復アイテムも尽きたプレイヤーたちに、囮役になってもらう。そのプレイヤーたちが触手を引きつけるから、そのスキに眼球を狙うんだ」
それは、何とも恐ろしい作戦であった。
襲いくる触手を払いのけながら、ロギは淡々と言葉を連ねる。
「キミのいなかった数分間で、五名ものプレイヤーが犠牲になった。それで他のプレイヤーたちも、覚悟を固めることができたみたいだ。キミには、アタッカー役を担ってもらいたい」
ネムリは一瞬で決断して、「わかった」とうなずいてみせた。
「とにかく僕の最高出力で、ハクタクの目玉にダメージを与えればいいんだね」
「ああ。だけど、『瑪瑙の紋章』が使えるのは、一回のバトルで一度までだ。たぶんハクタクを討伐するまでは、一回しか使えないだろうね」
「となると、『生命のしずく』の出番だね。とりあえず十個は持ってるから、その数だけ『明王乱舞』を使うことはできるよ」
「……問題は、戦士や武闘家が地上から眼球に物理攻撃を仕掛けようとすると、途中で触手に捕らわれてしまう、ということかな」
ロギの目が、いっそう真剣にネムリを見つめている気がした。
「だけどキミは、戦士らしからぬ素早さと、きわめて高いFPを有している。その能力を十全に活かせば、あの触手を回避することも難しくはないはずだ」
「うん。さっきはツクヨミの存在に気を取られていたからね。今度は、うまくやってみせるよ」
「自信は、あるのか?」
「ある」と、ネムリが答えると、「そうか」と、ロギは肩をすくめた。
「だったら、アタッカー役をおまかせするよ。キミの『明王乱舞』は、おそらく全プレイヤーの中でも最強に近い攻撃力を持っているだろうからね」
そう言って、ロギはウィンドウからフレンズプレイヤーたちに指示を送った。
「それじゃあ、作戦を決行する。まずは、右脇腹の手前の眼球からだ」
その言葉で、ハクタクから遠ざかっていたプレイヤーたちの一団が、決死の表情で駆け寄ってくる。
他のプレイヤーたちは、変わらず戦闘を続けていた。
ただし、ロギの指定した眼球からのばされた触手に対しては、攻撃の手を止めている。それらの触手は、やがて囮役たるプレイヤーたちにのばされることになった。
回復アイテムの尽きた、魔法使いと僧侶たちである。
彼らはその手の杖やメイスで頼りなげに応戦しつつ、必死に広場を駆け巡っていた。
「カウントにあわせて、いっせいに攻撃するんだ。じゃないと、触手が防御に戻されてしまうからね」
そのように述べてから、ロギがちらりとネムリを見た。
「キミもだぞ。ワンアクションで攻撃できる位置まで、ハクタクに近づくんだ」
「わかった。ロギも気をつけて」
ネムリは大きく息をついてから、ハクタクを目指して広場を駆けた。
こちらにも触手がのばされてくるので、それは適当に撃退する。囮役のプレイヤーたちも、何とか捕獲されずに逃げのびているようだった。
ハクタクの巨体が、目前に近づいてくる。
体長十メートルはあろうかというハクタクが、三メートルほどの高みに浮いていた。
やはりこのハクタクも、プレイヤーの攻撃範囲まで近づかなければ、こちらに干渉できない仕様であるのだ。もっと高みに浮かんでいれば、少なくとも戦士や武闘家には攻撃できないところであった。
(こいつもこの《イマギカ》で活動するには、何らかの制約が生じるってことだ。だったら、勝ち目がないわけじゃない)
そのように信じて、ネムリは足を止めた。
その瞬間、ロギがカウントをし始めた。
そのカウントが進むまで、ネムリはハクタクの足もとで触手の攻撃に応戦する。
ロギの口から「ゼロ」の言葉が放たれた瞬間、ネムリは地を蹴って、ハクタクの眼球を目指した。
触手の何本かが、空中のネムリに襲いかかってくる。
それを『魔神の鉄槌』で払いのけて、ネムリは触手の隙間をかいくぐった。
青黒い触手の隙間を突き抜けると、巨大な眼球が目の前に迫る。
ブラックホールのような暗黒が、真正面からネムリをとらえる。
全身に這い寄る恐怖の念を退けて、ネムリは『魔神の鉄槌』を振りかぶった。
「スキル、『明王乱舞』!」
粘液にまみれた巨大な眼球に、連続攻撃を叩きつける。
凄まじい勢いで、玉虫色の火花が弾け散った。
その反動で、ネムリは後方へと跳躍する。
すると、それをかすめるようにして、四方八方から攻撃魔法が繰り出されてきた。
ネムリがもっとも俊敏性に秀でているために、真っ先に攻撃を当てることができたのだ。
いまだに玉虫色の火花を撒き散らしている眼球に、炎や雷撃や氷雪や暴風が次々と突き刺さる。
ネムリが地上へと降下する過程で、世界が玉虫色の輝きに包まれた。
重い衝撃波が、びりびりと大気を震わせる。
ネムリが地面に降り立つ頃に、ようやく世界はあるべき色彩を取り戻した。
『魔神の鉄槌』を手に頭上を振り仰ぐと、右脇腹の眼球のひとつが消失して、そこにぽっかりと玉虫色の穴が空いていた。
その眼球の周囲から生えのびていた無数の触手も、すべて消え去っている。
その触手から逃げまどっていた囮役のプレイヤーたちは、快哉を叫んでいた。
それを聞きながら、ネムリは『瑪瑙の紋章』を発動させる。
いったんログアウトしたので、使用が可能であったのだ。次からは、スキルゲージを回復させるのに、『生命のしずく』を使用する必要があった。
(でも、『生命のしずく』は十個。目玉の残りが八個なら、それで十分だ)
目玉をすべて潰したら、ハクタクを倒すことはできるのか。それはまだわからない。
しかし、ただひとたびの連携攻撃だけで目玉のひとつを潰せたのは、明るい材料であった。
『それじゃあ次は、いま潰したやつの隣の眼球だ。ハクタクはこっちの攻撃パターンを読んでくるかもしれないから、用心しろよ』
ロギの言葉に従って、ネムリたちは次の眼球に取りかかった。
囮役のプレイヤーたちが再びハクタクに接近して、他のプレイヤーたちは指示のあった眼球への攻撃をストップさせる。
誰もが、必死に戦っていた。
囮役の中には、ツクヨミやカーミラもまじっていた。
また、他の眼球や触手に対しては、ミズホやリヴァイアやジェラードたちが応戦している。
ペスカは少し下がったところで、リンチェイに守られながら、パーティメンバーを支援していた。
そんな中、ネムリたちは二つ目の眼球を破壊した。
そちらの攻撃部隊には、イーブを筆頭とする魔法使いたちが加わっていた。
同じ方法で眼球を潰されたというのに、ハクタクの行動パターンに変化は見られない。
やはりハクタクも、あの《捕食者》なる怪物と同様に、定められたプログラム通りにしか動くことはできないのかもしれない。
さらに三つ目の眼球を潰すと、ハクタクの右脇腹には三つの穴が空いた。
玉虫色に照り輝く、クレーターのごとき穴である。そこからは、玉虫色の鱗粉みたいなものがまじった煙がぶすぶすとたちのぼっていた。
『よし、お次は左脇腹だ』
ロギの声が、ウィンドウから聞こえてくる。
その瞬間、ハクタクの巨体が頭上から降下してきた。
危うく踏み潰されそうになったネムリは、慌てて後方に飛びすさる。
ハクタクは、地響きをたてて、地上に降臨した。
『実に見事なお手並みです。まさか、わたくしまでもがここまで追い詰められるとは、思いもしておりませんでした』
残り六つにまで減じた眼球をぎょろぎょろと蠢かしながら、ハクタクはひさかたぶりに声を発する。
相変わらずその声音は穏やかで落ち着いていたが、人間らしい感情などはいっさい感じられなかった。
『このままでは、多数のプレイヤーさまがログアウトされる刻限になってしまいそうです。恐縮ですが、手短に終わらせていただきます』
すべての触手がハクタクのもとまで引き戻されて、そのまま眼球をすっぽりと覆い隠した。
細長い無数の触手がとぐろを巻いて、眼球に蓋をしてしまったのである。
それでも魔法使いたちは攻撃魔法をあびせかけていたが、何本かの触手が砕け散るばかりで、眼球にダメージを与えることはできていなかった。
「ふざけんな! ここまで来て、逃げるつもりか!?」
上空のイーブが、怒りに満ちた声でがなりたてる。
すると――ハクタクの頭に生えた角が、バチバチと青白い雷光を放電し始めた。




