IMAGICA.7-01 事前準備
2017.12/10 更新分 1/1
その日、ネムリがいつも通り午前0時あたりにログインすると、『第一の町』には大勢のプレイヤーたちが待ち受けていた。
『イマギカ・オンライン』を通じて、ロギと志を同じくしたプレイヤーたちである。その数は、少なく見積もっても200名に及ぶのではないかと思われた。
「やあ、いよいよ決戦の時だな」
そのように呼びかけてきたのは、トカゲ人間の魔法戦士リヴァイアであった。
「いったいどんな結末になるのか、今から武者震いが止まらないよ」
「ええ、本当ですね。……ちなみに、リヴァイアはレベルいくつになりましたか?」
「俺は、レベル94だ。レベル90を超えてから、さらにレベリングは厳しくなっちまったね」
「ええ。僕もレベル90どまりです。やっぱりナンバーワンは、イーブみたいですね」
さすがのイーブもこれまでほど順調にはレベリングできていなかったが、それでも昨晩の時点でレベルは96に達していたのだ。
「レベルは99でカンストなのかな。バトルフィールドもステージいくつまで設定されているのやら、まったく先が見えないよ」
そう言って、リヴァイアは周囲のプレイヤーたちを見回した。
「でも、ここには亡くなった九名のパーティメンバーもそろってるから、なかなかの強者ぞろいだよ。ここにいるプレイヤーのほとんどは、武闘会にエントリーされるんじゃないのかな」
「ええ。それだけのプレイヤーが志を同じくしてくれたのは、ありがたいです」
この場に集まったプレイヤーは、とりわけネムリたちの危機感に強く共鳴してくれているのだった。
現実世界においても掲示板やチャットなどで交流をはかり、今日のための対策を固めている。その場には、彼らのかもし出す緊張感がみなぎっているように感じられた。
掲示板では少数ながら、「余計なことをするべきではないのではないか?」という意見も見受けられたのだ。
万が一にも、《イマギカ》の運営者がプレイヤーの生命を脅かしているとしたら、余計な刺激を与えることで、より危険な事態を招いてしまうかもしれない。もっと慎重に、時間をかけて打開策を模索するべきではないか――そういう消極派の意見である。
「確かにそれも、ひとつの意見だと思う。でも、あの怪物をけしかけたのが《イマギカ》の運営者でなかった場合は、報告を怠ったことでリスクが高まってしまうだろう。同じリスクを背負うなら、ボクは能動的に動く道を選びたいと考えている」
掲示板の中で、ロギはそのように主張していた。
「それに、時間をかけて打開策が見つかるものなら、ボクだって是非ともそうしたいところだ。そのプランに大きなメリットがあると感じられるなら、ボクも武闘会でハクタクを問い詰める、という行いを控えることにしようと思う。何かもっと有効な作戦がないものか、みんなで考案してもらいたい」
そうして掲示板にはさまざまな意見があふれかえることになったが、残念ながら、それほど有効と思えるアイディアは見当たらなかった。
中には「病院で脳を検査するべきではないか?」「国に助けを求めるべきではないか?」などという案もあがっていたが、それを自ら実行しようとする人間はいなかった。やはり、夢の中の出来事を他者に伝えるというのは、何をどう考えても困難であるということが明白であったのだった。
また、桜ヶ原総合病院においては、ひそかに脳の検査が実施されたりもしていた。それでもやっぱり、通常の人間との差異などは発見することがかなわなかったのだった。
そうして掲示板に列挙されたアイディアがひとつずつ潰されていくにつれて、ロギに賛同する気運がどんどん高まっていくことになったのだ。
『あんなわけのわからない世界で生命を落とすのは御免だ』
『《イマギカ》を作ったやつには、事情を説明する責任があるはずだ』
『あんな場所に、妻や子供を置いてはおけない』
ウェブサイトに設置された掲示板には、そういう言葉が数多く見受けられた。
やはり、すでに九名もの死者が出ているという事実が、多くの人々には衝撃であり、恐怖であったのだ。
そうして、ロギの意見により強く共感し、自分も何か行動を起こしたいと願い出てくれたのが、この場に集まった200名ていどのプレイヤーたちであったのだった。
そんな人々の姿を見回しながら、ネムリはふっと息をつく。
「みんなはもうパーティを組みなおしているんでしょうか?」
「ああ。いつ武闘会が始まるかもわからないからな。それに、そこまで大幅な変更をするわけでもないし、みんなとっくに済ませているだろう」
それもまた、ロギがウェブサイトで発表した対策案であった。
もしも怪物との戦闘に及ぶ際は、なるべく最大数の四人パーティで立ち向かうのが望ましい。なおかつ、状態変化の魔法でメンバーを支援できるプレイヤーをバランスよく配置するべきである、というのが、ロギの主張である。
「まあ、それは通常の戦闘でも同じことだからな。ただ、僧侶のプレイヤーはやや不足気味だから、そこは魔法戦士で補うしかない。ネムリのところは、どういう編成だったっけ?」
「うちは、僕とロギとミズホに、けっきょくイーブが加わることになりました。でも、イーブがまだログインしていないんですよね」
ロギはあちこち歩き回って各パーティに指示を送っており、ミズホはペスカやジェラードたちと立ち話に興じている。
この数日間で、ロギはレベル92、ミズホもレベル79に達していた。
ネムリたちがあの怪物を撃退したのはレベル74の時代であったのだから、ミズホも十分に戦力である。また、FPに関しても、ミズホは10万をとっくに超えていた。
「あの……ネムリさん、おひさしぶりです」
と、小さな人影がちょこちょこと歩み寄ってくる。
それは、ウサギの顔をした、可愛らしい僧侶であった。
「あ、えーと、君はたしか……」
「はい。以前の武闘会で対戦させていただいた、ツクヨミです。今日は、どうぞよろしくお願いいたします」
ツクヨミは、長い耳ごと、ぴょこんと頭を下げた。
「あの、実はわたし……他の試合場で優勝したプレイヤーさんの一人と、パーティメンバーだったんです」
「あ、うん、掲示板に書いてあったから、それは知ってるよ」
「そ、そうでしたか。……わたし、いまだにリーダーさんが亡くなってしまったことが、信じられないんです。いえ、信じられないっていうより、信じたくないっていうか……リーダーさんは、本当に立派なプレイヤーさんでしたから……」
ウサギの耳を力なく垂れさせながら、ツクヨミはそう言った。
「でも、あれから今日までリーダーさんは一度もログインしてないから、あのウェブサイトに書いてあったことは全部本当なんだと思います。他の優勝者のパーティメンバーさんたちも、みんなそう言ってましたし……」
「うん……亡くなった人たちは、本当に気の毒だったね」
「はい。だけど、ネムリさんたちのおかげで、希望が持てました! どうしてこんなことになっちゃったのか、なんとしてでも事実を解き明かしましょう!」
この場にいるプレイヤーたちは、きっとみんなネムリと同じような心情なのだろう。
この《イマギカ》におけるプレイや、そこで出会ったプレイヤーたちとの交流を、喜びや幸福感としてとらえていた人々であるのだ。
現実世界では味わえない昂揚や悦楽を、ネムリたちは確かに受け取っていた。あの薄気味悪い怪物は、それを根底からくつがえす存在であったのだった。
(……それが《イマギカ》を作ったのと同じ連中からもたらされた絶望と恐怖なんだとしたら、僕たちはこの手で《イマギカ》を打ち壊すしかない)
そんな覚悟を胸に、ネムリはその場に立っていた。
そのとき、人々の頭上をすいすいと飛び越えながら、見慣れた姿が近づいてきた。
「悪い、遅れた。あっちのパーティは抜けてきたから、さっさと招待してよ」
「やあ、ようやく来てくれたね。イーブをパーティ『ロギとネムリ』に招待」
イーブの名前が、パーティメンバーに組み込まれる。
これで準備は万端であった。
「みんな、準備は整ったようだね。ゴールドも、すべて回復アイテムに注ぎ込んだかな? あの怪物とエンカウントしたら、ショップ機能を利用することができなくなるから、そのつもりでね」
ちょっと離れた場所で、ロギが大きな声をあげていた。
そのかたわらには、自身のウィンドウがぷかぷかと浮いている。ロギはこの場にいる200名ばかりのプレイヤーすべてをフレンズ登録しており、通話アクセスの機能で全員に呼びかけているのだ。
現実世界ではあれほど孤立していたロギが、すっかり指導者の風格である。しかし、ロギがどれほど聡明で、強靭な精神力を有しているかは、ネムリが一番よくわきまえている。だから、この光景をことさら不思議には思わなかった。
「ハクタクがこちらの呼びかけに応えるかどうかは、正直に言って、五分だと思う。どのような事態に陥っても、とにかく冷静さを失わないで対処してほしい」
プレイヤーたちの何割かは、おおっと威勢のよい声をあげていた。
ロギは小さく肩をすくめてから、ようやくネムリたちのほうに近づいてくる。
「やれやれ。分不相応な仕事も、ようやく終わったかな。あとは野となれ山となれだ」
「何を言ってるのさ。本番はこれからだろう?」
「ふん。ハクタクとの交渉役をボクひとりに押しつけようったって、そうはいかないからな」
ぶっきらぼうに言い捨てるロギに、リヴァイアが笑いかける。
「だけどやっぱり、交渉役にもっとも適しているのは、ロギだろうな。ネムリはとても真っ直ぐな気性をしていて、おまけに情感が豊かだけれども、あんまり口の回るタイプではないようだし」
「ぼ、僕は情感豊かですか? そんな風に言われたのは初めてです」
「そうかい? 情感が豊かだからこそ、ネムリはそれだけのFPを獲得することになったような気がするんだよね」
ネムリのFPはあれからも上がり続けて、すでに30万を突破していた。
二番目に高いのは27万のイーブで、その次が25万のロギである。前回の武闘会まではロギのほうがFPだけは勝っていたのに、この五日間でついに逆転されてしまったのだった。
(イーブが楽しそうにプレイしている様子はないけど、ものすごく真剣に取り組んでいるみたいだから、それでそこまでFPが上がることになったのかな)
そっぽを向いたイーブの横顔を盗み見しながら、ネムリはそんな風に考えた。
コンスタンツェを失ったイーブは、誰よりも真剣で、そして思い詰めているようにも見えた。その金色の瞳には、深い悲しみの陰りと見えざる敵に対する闘争心が渦を巻きながらからみあっているようだった。
「だけど、誰がどの試合場に振り分けられるかは予測できないからね。ボクのいない試合場でも、きっちり糾弾してもらいたいものだ」
「ああ。他の試合場の様子はわからないからな。願わくは、ロギやネムリと同じ試合場に選ばれたいもんだよ」
ロギとリヴァイアがそのように語らっていると、最後のパーティメンバーたるミズホがひょこひょこと近づいてきた。
「なー、武闘会ってのは、まだ始まらねーのかな? いーかげん待ちくたびれちまったんだけど」
ミズホは本日も、緊迫感と無縁の様子である。
その後ろには、ペスカ、カーミラ、ジェラードという辺見家ご一行も追従している。その三名はもともとのパーティを脱退して、家族同士で新たなパーティを結成していた。最後の一人はかつてネムリと武闘会の準決勝で対戦した武闘家のリンチェイであるとのことだ。
「以前の武闘会と同じ時刻であれば、そろそろのはずだな」
「いったいどのような結末になるのでしょう……とても不安です」
「大丈夫じゃよ。みんなで力をあわせて、この苦難を乗り越えるのじゃ!」
辺見家の人々も、みんなそれなりのレベルには達している。ジェラードとペスカなどは、かつての武闘会に出場していたぐらいの実力なのである。
何も厄介な事件などが起きていなければ、心ゆくまで二回目の武闘会を楽しむこともできた。ネムリには、それが残念でならなかった。
そうして、数分後――何の前触れもなく、各プレイヤーの前にそれぞれのコハクタクが出現した。
『お待たせいたしました。これより「イマギカ武闘会」を開催いたします。プレイヤーのみなさまは、闘技場まで移動をお願いいたします』




