IMAGICA.1-02 キャラメイク
2017.11/13 更新分 3/4
(それじゃあ、アバター作成ってやつに取りかからせていただこうかな)
恒平がそのように切り出したのは、コハクタクとの不毛な会話を数分ほど続けたのちのことだった。
何をどのように問い質しても、コハクタクはこの奇妙な世界の正体を明かしてくれそうにない。だったらしばらくは相手の指示に従って様子を見てみよう、というあきらめ半分の結果であった。
コハクタクは『かしこまりました』と応じながら、三つの目を満足そうに光らせている。
『アバター作成は、プレイヤー様の《イマギカ》におけるビジュアルを決定する作業となります。広場や町などのセーフティゾーンでしたらお好きなときに調整することが可能ですので、お気軽にお取り組みください』
(ふーん。で、まずは何をどうしたらいいのかな?)
『まずは、「ウィンドウ」とお念じください』
(ウィンドウ)と、恒平は頭の中で念じてみた。
すると、コハクタクの横に青白い画面が浮かび上がった。
十四インチのディスプレイぐらいの大きさである。青白く光る四角い画面で、文字らしきものは何も見当たらない。
『お次に、アバター作成とお念じください』
コハクタクの言葉に従うと、青白い面に黒い文字が浮かびあがった。
ゴシック体の、日本語である。横書きで、『名前』『性別』『種族』と記載されている。
『まずはお名前を決定してください』
どうしよう、と恒平はさっそく考え込むことになった。
周囲の木偶人形たちが本当に現実世界の人間であるとすると、迂闊に本名をさらすのは危うい感じがしてしまう。
(かといって、あんまり大仰な名前にするのは気恥ずかしいしな……)
しばし考えた末、恒平は『ネムリ』という名前をひねり出した。
本名の「根室」をもじったものだ。それに、夢の世界ならこんな名前が相応しいような気がした。
(性別は、男ね。……種族っていうのは? エルフとかドワーフとかのことかな?)
『いえ。人間か動物のどちらかとなります。どちらを選んでも、お好きにアレンジすることが可能です』
(動物? 動物の姿で戦うの?)
『はい。いわゆる「着ぐるみ」というものを想像していただければ、間違いはないかと思われます』
コハクタクに教わって、その動物の種類の一覧表を画面に表示させてみた。
意外に、バリエーションが豊富である。イヌ、ネコ、ウサギ、と始まって、合計で三十種類も準備されている。
その中で、恒平のこよなく愛する動物の名前が、最後から二番目に記載されていた。
(あ、バクがある。これにしようかな)
普通の人間の姿になることは気が進まなかったので、恒平はバクをチョイスした。
が、画面に浮かび上がった画像を見ると、ちょっとガッカリしてしまう。人間のように二本足で直立したその姿は、ユーモラスというよりは奇っ怪で間抜けだった。
(えーと、これを自分でアレンジできるの?)
『はい。顔立ちや体格や色彩などを、お好きにアレンジすることが可能です』
画面に触れることなく、恒平が頭で念じるだけでバク人間の姿が変形した。
身長は120センチから200センチまで変更することが可能であり、肉づきのほうも好きにいじれるようだった。
とりあえず、身長は最低値を設定してみた。
すると頭身が縮まって、ようやくゲームのキャラクターらしい姿になる。
身体の丸みを少しだけ増量して、目と耳の位置も変えてみる。そうすると、なかなか愛嬌のあるバク人間が完成した。
(とりあえず、これでいいや。この後は、どうすればいいのかな?)
『アバター決定、とお念じください』
(アバター決定)と念じると、コハクタクが視界から消えた。
恒平の身長が、40センチばかり縮むことになったのだ。
謎のディスプレイは、恒平の目の高さまで下りてきている。
そして――いくぶん虚ろであった恒平の手足に、思いも寄らぬ力感がみなぎった。
「うわ、本当にバク人間だ」
と、恒平ならぬ声が自分の口から放たれる。
アバターという肉体を得て、ついに言葉を発することが可能になったのだった。
恒平の顔の前まで下降してきたコハクタクが『おめでとうございます』と告げてくる。
『ID.9079、ネムリさまの登録が完了いたしました。以降は、そのお名前でお呼びいたします』
広場のあちこちからも、驚きの声が聞こえてきた。
見回すと、何割かの木偶人形が異なる姿に変異している。その大半は人間の若い男女であったが、中にはウサギ人間やネコ人間なども含まれていた。
全員、粗末な布の服を纏っている。それは、恒平を筆頭とする動物人間たちも同様であった。
「すごいな、これ……でも、どうしてこんな声なの?」
『声は、アバターにあわせて声質が選択されます。なおかつ、ビジュアルのアレンジによって声質が調整されますので、そのお声がネムリさま独自のお声となります』
恒平の口から出る声は、子供のようにトーンが高く、なおかつどこかとぼけた風情のある声音であった。
身長120センチのころころとしたバク人間には、まあ相応しい声音であるかもしれない。
そうして人々の多くが発声の機能を得たことによって、にわかに広場が騒がしくなってきた。
中には、コハクタクではなく近くの人間――プレイヤーに声をかけている者もいる。この状況はいったい何なのだ、と疑問や不安を分かち合っているのだろう。
しかし恒平は、見ず知らずの相手に声をかける気分にはなれなかった。
なおかつ、この異様な状況に昂揚しつつあることを自覚していた。
自分の手を、目の前にかざしてみる。
ヒヅメではなく、ころんとした五本の指だ。色彩はデフォルトの黒色で、恒平の意思によって自由に指先を動かすことができた。木偶人形のときのような不自由さは、いっさい感じられない。
その指先で顔をまさぐってみると、確かに画面に表示されていた通りのバク人間であるようである。
身体のどこをさわっても、肌触りはスウェードのような質感であった。
だけどそれが、今の自分の表皮の質感であるということが実感できる。
試しに鼻先をつねってみると、だぶついた肉をつまんだていどの感触が発生した。
どんなに強くつねっても、それが痛みに発展することはない。確かにこれは、痛みを感じない世界であるようだった。
(まあ、夢の中で痛みを感じるなんて、そんな理不尽な話はないもんな)
そんな風に考えながら、恒平はコハクタクを振り返った。
「これでアバター作成は完了したんだね。お次は何をしたらいいのかな?」
『次は、パラメータをご確認ください。職業を選択することで能力値が変動いたします』
職業は、五つの中から選べるようになっていた。
『戦士』『武闘家』『魔法使い』『僧侶』『魔法戦士』の五種類である。
「ふーん。RPGってあんまりプレイの経験もないんだけど、けっこうシンプルなラインナップだね」
『こちらの職業も後から変更することは可能ですが、熟練度はFPに影響を及ぼしますので、なるべく変更は避けたほうが無難かと思われます』
「FP? それは聞いたことのない言葉だね」
『FPはフィットネスポイントの略称であり、《イマギカ》の世界への適応値を示す項目となります』
それは今ひとつよくわからなかったので、恒平は職業のほうに関心を戻すことにした。
が、あまり迷うこともない。数少ないRPGの体験上、恒平はいつも『戦士』に類する職業を選択していたのだった。
『戦士と武闘家は魔法が使えない代わりに、攻撃力が高い仕様となっております。また、レベルが10上昇するごとに、強力な独自のスキルを習得することが可能となります』
「なるほどね。それじゃあ僕は、戦士にするよ」
画面上で『戦士』を選ぶと、パラメータの数字が表示される。
◆ネムリ / 男 / 戦士 / レベル1
◆HP:50 / 50
◆MP:0 / 0
◆FP:72
◆ちから:10
◆きようさ:5
◆ぼうぎょ:10
◆すばやさ:5
◆かしこさ:2
◆けいけんち:0
◆ゴールド:0
◆そうび:なし
それが、キャラクター名『ネムリ』のステータスだった。
「FPっていうのがずいぶん高いね。戦士はFPが上がりやすいのかな?」
『いえ。FPはネムリさま個人の適応値となります。バトルフィールドへの移動前で72という数値は、非常に高いものと思われます』
それはつまり、恒平がさしたる危機感もなく、この世界に適応してしまっている、ということなのだろうか。
恒平は、いささか気恥ずかしくなってしまった。
『そして、登録を済まされたプレイヤーさまにはボーナスポイントが10ポイント付与されます。こちらは変更がききませんので、よくお考えになられてから加算をお願いいたします』
「そう言われても、何がどう影響するかもよくわからないからなあ」
恒平は、その10ポイントをまるまる『すばやさ』に加算させていただいた。
こんな外見で動きが鈍重だと、何だか滑稽に思えるような気がしたためである。
すると、頭の中にチャリーンとコインの落ちるような音色が響きわたった。
『すべての設定を終了されましたため、100ゴールドが付与されました。こちらのゴールドで、装備を整えることが可能となります』
コハクタクの指示で、ショップウィンドウというものを表示させた。
武器や防具や回復アイテムなどを、そこで購入することができるのだ。
「回復アイテムの『ポーション』は10ゴールドか……でも、HPが尽きても、この場所に戻されるだけなんだよね?」
『はい。セーフティゾーンに戻ればHPおよびMPは全回復されます。ですが、モンスターとのバトルに敗北して自動送還された場合、手持ちのゴールドは半分没収されることになります』
「だったら、今の手持ちは武器や防具で使い果たしちゃおうかな」
そのように考えて、武器や防具の値段を確認してみたところ、『鋼の剣』『バトルアックス』『モーニングスター』という品々がちょうど100ゴールドで販売されていた。
『青銅の剣』『石斧』『木の棍棒』といったものであれば半額の50ゴールドであり、同時に防具を買うこともできる。が、そうすると、防具が安物の『革の鎧』や『革の盾』となるので、いささかのお釣りが生じることになる。
安値の武器と防具にして、余ったゴールドで回復アイテムを購入するか。
あるいは、高値の武器だけを購入するか。
考えた末、恒平は後者を選ぶことにした。
そうしてお次は、購入する武器の選択だ。
『鋼の剣』は、攻撃力が20加算される。
『バトルアックス』は、攻撃力が24である代わりに、『すばやさ』がマイナス4となる。
『モーニングスター』は、攻撃力が18で、『きようさ』がプラス2であった。
「うーん、『鋼の剣』が無難だけど、夢の中とはいえ刃物を振り回すのは気が進まないなあ」
そういうわけで、恒平は『モーニングスター』をチョイスした。
柄の先にトゲのある球体がひっついた、これもなかなかえげつない武器であったが、それでも刃物よりはマシであるように思えたのだ。
◆ネムリ / 男 / 戦士 / レベル1
◆HP:50 / 50
◆MP:0 / 0
◆FP:72
◆ちから:10+18
◆きようさ:5+2
◆ぼうぎょ:10
◆すばやさ:15
◆かしこさ:2
◆けいけんち:0
◆ゴールド:0
◆そうび:モーニングスター
ボーナスポイントと武器の数値を加算して、これが恒平の――いや、プレイヤー名『ネムリ』の能力値であった。
力自慢ですばしっこくて、トゲつきの鉄球を振り回す、小さなバク人間の戦士。
これはなかなか愉快なキャラクターであるように思えた。
「さあ、これでようやく戦いの場に出発できるのかな?」
『はい。その前に、最大で四名までのパーティを組むことが可能になりますが、いかがなさいますか?』
「パーティか。やっぱり大人数のパーティのほうが有利なのかな?」
『いえ。モンスターの出現率は、パーティメンバーの人数によって調整されますので、戦闘の難易度や獲得できる経験値に大きな差異は生じません。ただ、複数のメンバーで攻略する楽しさを味わっていただくための仕様となっております』
恒平は、また周囲の様子を見回してみた。
さまざまな姿をしたプレイヤーが、コハクタクと熱心に話し込んだり、あるいは他プレイヤーと押し問答したりしている。
そして、まだ何割かのプレイヤーは木偶人形のまま、ぽけっと座り込んだり、地面を這いずったりもしていた。
「……パーティを組まずに単独で行動してもかまわないんだよね?」
『はい。パーティを組むか否かはプレイヤーさまに一任されております』
「それじゃあ、僕は単独で挑ませてもらうよ」
恒平は、周囲の人間が思っているほど、人間づきあいが得意なわけではなかった。
それに――夢の中でまで人間関係に煩わされるのは、本意ではなかった。
『では、バトルフィールドに移動いたします。ネムリさまのご武運をお祈りいたします』