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イマギカ・クロニクル  作者: EDA


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REAL.4 かりそめの眠り

2017.11/30 更新分 1/1

 結花が部屋を出ていった後も、恒平はしばらく混乱していた。

 自分の身に何が起きたのか、どうしても理解することができなかったのだ。


 四日前の夜、恒平は――いや、恒平の分身であるネムリは、『イマギカ武闘会』で優勝した。それで、『眠りの宮殿』というパーソナル・スペースを与えられることになった。そうしてそれから三日連続で、安眠をむさぼることになったのである。


 自分がそこまで睡眠というものを欲している自覚はなかった。しかし、武闘会の翌日に『眠りの宮殿』を訪れて、その薄暗い空間に足を踏み入れると――えもいわれぬ睡眠の欲求にとらわれることになってしまったのだった。


 夢の中でまた眠りに落ちるという、不可思議な体験である。

 しかしそれは、なんとも甘美な感覚であった。それこそ、十日ぶりに眠りをむさぼっているような心地好さであった。たとえ日常の生活に支障はなかったとしても、「眠る」という行為を奪われていた恒平の肉体と精神は、無意識の内にそれを猛烈に欲していたのかもしれなかった。


 そうして、『眠りの宮殿』で眠り始めてから三日目のプレイの終わり際――つまりはついさっき、ネムリは謎のモンスターに急襲されてしまったのだった。

 どうしてセーフティゾーンにモンスターが現れたのか。どうしてその手に捕らわれただけで、装備が解除されてしまったのか。そして、どうして《イマギカ》の世界で痛みを感じることになったのか――何もかもが、恒平にとっては大いなる謎であった。


(しかもイーブは、さっさとログアウトしないと死ぬ羽目になると言っていた。そんなことが、ありうるのか?)


 夢の中で死に至るなどというのは、とうていありえるとは思えない。

 しかし恒平は、夢の中で痛みを感じたのだ。

 痛みを感じることがあるならば、死ぬことだってありえるのかもしれない。そんな風に考えると、恒平の背筋には悪寒が走り抜けていった。


(たまたま結花が部屋に来たから、普段よりも一時間は早く目覚めることになったけど、そうじゃなかったら、僕はまだ《イマギカ》の中だ。それであのままモンスターに頭をかじられていたら……本当に生命を落としていたっていうのか?)


 心臓が、どくどくと高鳴っていく。

 そのとき、枕もとに置いておいた携帯端末が、ふいにメッセージ受信のメロディを奏でた。

 ぎくりと身をすくめてから、恒平は携帯端末に手をのばす。

 そこには、千明からのメッセージが受信されていた。


『今夜もキミは一晩中惰眠をむさぼっていたんだね。そろそろパーティ解消の頃合いかと思うんだけど、どうだい?』


 その不機嫌そうな声音までもが想像できそうな、千明らしいコメントであった。

 恒平は、すがるような思いでそれにメッセージを返してから、着替えをするためにベッドから起き上がった。


                  ◇ ◆ ◇


 それからおよそ三時間後、恒平は辺見邸を訪れていた。

 生まれて初めて親にも内緒で学校をサボり、制服姿のまま、千明のもとを訪れたのだ。


 三時間のタイムラグは、辺見家の他の家族たちがいなくなるのを待ち受けていたためである。

 いつもと同じように恒平を迎え入れてくれた千明は、ベッドの上で膝を抱え込みながら、「で?」と問い質してきた。


「さっぱり要領を得ないけど、つまりキミはセーフティゾーンである『眠りの宮殿』の内部でモンスターに襲われて、しかも痛みを感じることになった――という話でいいのかな?」


「うん。しかもそのモンスターは、僕やイーブの攻撃をくらっても、ダメージポイントが表示されなかったんだ。『0pt』の表示すらされないなんて、普通のモンスターではありえないだろう?」


 ひと通りの話は、すでに電話で済ませていた。

「ふん」と千明は、いつもの調子で鼻を鳴らす。


「それで、あの露出狂がおかしな発言をしていたという話だったね。夢の中でモンスターに殺されるなんて、馬鹿げた話だ」


「でも、彼女は何かを知っているような口ぶりだったんだよ。最初っから、早くログアウトしろ、とか無茶なことを言ってたし……あと、やっぱりそういうことだったんだ、とも言っていたね」


「つまり、あの露出狂はすでにそのモンスターと遭遇していたか、あるいは別のプレイヤーからその情報を入手していたかの、どちらかということだね。……それが口からデマカセでなければの話だけど」


「嘘をついているという様子ではなかったよ。彼女はずっと、必死な様子だったし」


「ふうん。キミとあの露出狂はそんなに親密な仲だったっけ? 顔をあわせればいがみあっていたような印象だったけれど」


「うん、まあ、彼女に好かれていたとは思わないけど……さすがに生命のかかった話なら、彼女だって必死になってくれるんじゃないのかな?」


「生命のかかった話ねえ……」と述べながら、千明は丸めた拳で自分の右頬をかいた。

 まるで猫のような仕草であるが、これは千明が猛烈に頭を働かせているときに見せる、昔からのクセであった。


「だとすると……あの露出狂は、《イマギカ》の中で死んだプレイヤーがいる、ということを知っていることになるね」


 恒平が思わず言葉を失ってしまうと、千明は陰気な眼差しを突きつけてきた。


「だって、そうだろう? 『死にかけた』だけでは用事が足りない。実際にプレイヤーが死んだという確証がなければ、そんな言葉は吐けないはずだ。もしかしたら、相棒の女騎士が現実世界の知り合いで、実際に死んでしまったという事実を知ることになったのかもしれないね」


「コ、コンスタンツェが死んだって? まさか、そんな――」


「口からデマカセの話じゃないっていうんなら、それが一番ありえそうな結論だろう? ちょうどキミとあの女騎士には、『イマギカ武闘会』で優勝したっていう共通項があるわけだしね」


 そう、ロギを破ったコンスタンツェもまた、第九試合会場で見事、優勝を果たしていたのである。

 武闘会の後、「ネムリ君、おめでとう」という言葉をかけてくれたコンスタンツェの笑顔を思い出しながら、恒平はいっそう惑乱することになった。


「そのカマキリみたいなモンスターは、『眠りの宮殿』にのみ現れるモンスターで、プレイヤーの生命を脅かす特殊な能力を持っている。そいつに相棒を殺された露出狂が、同じ危険を抱えているキミのところまで危急を告げに来た。そう考えれば、すべて辻褄が合うじゃないか」


「だ、だけど……」


「まあ、すべてはボクの想像さ。現実世界で頭をひねっていたって、答えが見つかるわけはないよ」


 そう言って、千明はのそのそと立ち上がった。


「とりあえず、《イマギカ》にログインしてみよう。もしかしたら、あの露出狂もまだ《イマギカ》に居残っているかもしれないからね」


「ロ、ログインって? 僕、こんな時間から眠れそうにないけど」


「大丈夫だよ。裏技を使うから」


 千明がさっさと部屋を出ていってしまったので、恒平もそれを追いかけることになった。

 三階の部屋から階段を下っていき、連れていかれたのは、地下階である。玄関から千明の部屋までしか行き来したことのない恒平には、その存在すらも知るすべのなかった空間であった。


「な、何だい、ここ? 地下にまで部屋があるとは思わなかったよ」


「今ではほとんど使われていないからね。まさか、こんなことで役に立つとは思ってもいなかったよ」


 天井の低い通路を抜けて、千明が突き当たりの扉を開くと、そこは八帖ていどの無機的な部屋であった。

 その中心に、奇妙な器具が置かれている。それは非常に巨大な器具であったので、それだけで部屋のほとんどが埋められてしまっていた。


「な、何だい、これ? 見るからにあやしげな機械だけど……」


「アイソレーション・タンク。フロート・カプセルなんて呼ばれることもあるみたいだね。外界からの感覚を遮断して、リラックスするための装置だよ」


 それは、平べったい卵のような形状をした器具であった。

 縦は三メートル、横は一・五メートル、高さも一メートルぐらいはあり、白くてつるんとした質感をしている。なんというか、ふた昔前のSF映画に出てくる脱出ポッドのような外見である。そんな奇妙な代物が、部屋の真ん中に二台も並べられていたのだった。


「ま、まさか、この中で眠るのかい?」


「眠ったほうが、楽ではあるだろうね。でも、多少の意識が残っていても、《イマギカ》にログインできることは実証済みだよ」


 そのように述べながら、千明は装置の脇についていたパネルを操作した。

 装置の中から、ごぼごぼと水の注ぎ込まれる音色が聞こえてくる。


「この装置を使うと、眠らなくても眠っているのと同じような感覚を得ることができる。だから、こいつを使って《イマギカ》にログインできるかどうか、ちょっと前に試してみたんだよ」


「そ、それで、ログインできたのかい?」


「できた。だけど、意識が残ったままだと、やっぱりあっちの世界に集中しきれないんだ。だから、なるべく眠ってしまえるように努力するべきだね」


 そこで千明は、無精にのばした黒髪をがりがりと掻いた。


「あの女騎士とかも、こういう装置を使って昼間からログインしているんじゃないかと推理したんだよ。こいつを使えば、一日中だってログインすることは可能であるみたいだからね」


「で、でも、こんな装置を持ってる家なんてそうそうないだろう? ていうか、どうして千明の家にはこんなものがあるのさ?」


「もともとこいつは、心理療法や代替医療で使われていた器具なんだよ。うちの父親は医者だから、趣味と実益を兼ねて購入したんだろうね。もう十年以上はほったらかしだったみたいだけど」


「じゅ、十年以上も前から、こんな装置が開発されていたのかい?」


「何を言ってるんだい。原型となる感覚遮断装置は、1950年代から開発されていたらしいよ。80年代にはもう個人で所有する人間が増えて、海外のセレブ層の間ではちょっとしたブームになっていたはずだ」


 そんな風に説明しながら、千明は部屋の奥から大きなカゴと衝立を引っ張ってきた。

 衝立は器具と器具の間に設置して、二つのカゴは器具の手前に置く。カゴの中には、白くてふわふわとしたタオルとガウンが詰め込まれていた。


「脱いだものは、そこに入れるようにね」


「え? 服を脱がなきゃいけないのかい?」


「……このタンクの中にはマグネシウムの飽和水溶液がなみなみと注がれているんだよ? 服など着ていたらびしょ濡れだし、そもそも感覚を遮断することすらできなくなってしまうよ」


 そうして千明はいったん衝立の向こうに引っ込んでから、顔の右半分だけを覗かせた。


「……言っておくけど、こちらを覗いたら絶交させてもらうからね?」


「いや、覗いたりはしないけど……でも、本当に大丈夫なのかなあ?」


「この装置にはタイマーがついてるから、好きな時間に夢から覚めることができる。こんな際の偵察任務にはうってつけだろう? 装置を作動させてから、三十分後に目覚められるようにセットしておくよ」


 衝立の陰で、パネルを操作する音色が響く。


「さあ、装置の準備は整った。とっとと服を脱いで、タンクの中に入るといい。蓋を閉めてから三十分後にタイマーが鳴るからね」


 恒平は溜息を押し殺しながら、ブレザーの制服を脱ぎ捨てることにした。

 確かに、限られた時間だけ《イマギカ》にログインできるならば、それほど心強い話はない。あんな得体の知れないモンスターが潜んでいる場所に、自分の意思ではログアウトできない状態で乗り込むのは、非常に危険であるように思えてならなかった。


 そうしてすべての衣服を脱ぎ捨てたのち、タンクの蓋を開けてみると、確かにそこには五十センチぐらいの高さにまで透明な液体が貯められていた。

 おそるおそる足の先をつけてみると、いくぶんぬめりのある感触が伝わってくる。


「あ、あのさ、ここで横になったら溺れちゃいそうなんだけど」


「水溶液の濃度は33パーセントだから、沈みはしないよ。沈んだとしたら、キミの肉体は鉱物か何かで構成されているということになるのだろうね」


「ううう。ぬるぬるとして気持ちが悪い……こんなところで、本当に眠れるのかなあ……」


「無理に寝ようとする必要はない。ぼんやりと雑念に身をゆだねていればいいんだよ。さあ、蓋を閉めるタイミングをしっかり合わせてくれ」


 恒平は意を決して、タンクの中に身をすべらせた。

 体温とほぼ同じぐらいの温度をした液体に、身体の下半身が包み込まれる。


「準備はいいね? せーのの合図で、蓋を閉めるんだ。せーの」


 恒平は蓋の裏についた取っ手をつかみ、それを引き寄せた。

 視界が、闇に閉ざされる。

 外界の音も、遮断された。


 ゆっくり身体を横たえると、全身が粘性の高い液体に包まれる。

 確かに、身体が沈んだりはしない。横にのばした身体の上半分だけが液体の上に浮かび、重力さえもが失われたかのような心地であった。


(これで本当にログインできるのかな……気が昂ぶって、ちっとも眠れそうにないけど……)


 そのように考えながら、恒平は目を閉ざした。

 しかしその前から視界は閉ざされていたので、何も変わらない。

 絶対的な孤独感の中で、恒平はその瞬間が訪れることを、ひたすら待ちわびた。

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