interval ~ロギとリヴァイア~
2017.11/29 更新分 1/1
「やあ、ロギじゃないか」
陽気な声をあげながら、ロギのほうに大柄な人影が近づいてくる。
といっても、アバターの身長を187センチに設定しているロギも、ほとんど同じぐらいの背丈である。それは『イマギカ武闘会』で知遇を得た、魔法戦士のリヴァイアであった。
「こんなところで出くわすとは、奇遇だね。回復アイテムの補充かな?」
まさしくウィンドウのショップで回復アイテムを購入していたロギは、「まあね」と肩をすくめてみせた。
そんなロギの様子を見守りながら、リヴァイアはトカゲの顔で笑っている。
「そちらこそ、一人で何をやっているんだ? パーティメンバーを戦場に残して、脱落してしまったのか?」
「いや、脱落したメンバーを迎えに来たんだよ。ついでに、回復アイテムを補充しようと思ってね」
そう言って、リヴァイアは篭手に包まれた親指で後方を指し示した。
戦士と魔法使いと僧侶の三名が、顔を突き合わせてウィンドウを操作している。ここは『第二の町』であり、他のプレイヤーの姿はちらほらとしか見受けられなかった。
「ロギはステージ7を攻略中だったよな。ステージ8はまたいっそう手ごわいモンスターが準備されてるから、ぞんぶんに鍛えておくといいよ」
「言われるまでもないさ。ボクのレベルでは、ステージ7を攻略するのにだって、まだ数日はかかりそうだからね」
「ふうん?」と言いながら、リヴァイアは長い首を左右に振った。
「相変わらず、相棒は『眠りの宮殿』でお休み中か。武闘会から三日も経つのに、よく飽きないもんだなあ」
「ふん。いったんあの場所に引きこもると、真冬の布団と同じぐらい外に出る気が失せてしまうらしいよ。まあ、睡眠欲というのは人間の本能なんだから、それが当然なのかもしれないけどね」
人間の三大欲求、食欲と性欲に関しては、現実世界で満たすことが可能である。しかし、《イマギカ》に強制参加させられたプレイヤーたちには唯一、眠るという行為だけは完全に封じ込まれてしまっているのであった。
『本当にごめんね。そのうち、絶対にプレイを再開するから!』
昨日の夕方、ネムリの本体である根室恒平は、電話でそのように述べていた。
しかしこの夜も、ネムリは『眠りの宮殿』に引きこもったままであった。もう夜明けは近いはずなので、このまま姿を現すこともないだろう。
「うーん、何だかもったいない話だな。せっかく武闘会に優勝したってのに、ずっと眠ったまんまなんてさ。パーティメンバーのロギも、一人で大変だろう?」
「別に。ステージボス以外は、モンスターの出現率も下げられるから、とりたてて困る場面もないしね」
「でも、ステージボスを一人で攻略するのは、かなりキツイよな。うちのパーティに空きがあったら、誘ってやりたかったよ」
この三日間で、ロギとリヴァイアはそれなりの親交を結ぶことができていた。
ヒマを見つけては、リヴァイアのほうが通話アクセスを求めてくるのである。現時点のロギにとって、リヴァイアは唯一のフレンズプレイヤーであったのだった。
昨晩などは、なかなかパーティメンバーがログインしてこない、と言って、レベリングに励みながら通話アクセスを求めてきた。ステージ7のバトルフィールドでレベリングしていたロギも、襲い来るモンスターを撃退しながら、小一時間ばかりもそれにつきあうことになったのだ。
リヴァイアは、きわめて興味深い人物であった。現実世界においても、ロギがこれほど他者に好奇心を刺激されたことは滅多になかった。そうでなくては、小一時間も会話を続けることは難しかっただろう。自分と同じぐらい漫画に詳しい人間と巡りあったのも、ロギにとっては初めての体験であった。
「そういえばさ、『竜騎士リヴァイア』がついに電子書籍化されたね」
と、さっそくそんな話題をふっかけてくるリヴァイアである。
回復アイテムの補充を終えたロギは、いくぶん冷ややかにそちらを見返した。
「ボクは紙で全巻そろえているから、べつだん嬉しくも何ともないけれど」
「それは俺だって一緒だけどさ。でも、それで電子のほうの売上がよければ、連載再開の目処も立つかもしれないじゃないか」
「連載再開って、その場所がないじゃないか。掲載雑誌が廃刊してしまったんだから」
「いやいや、あの出版社はウェブコミックのサイトを立ち上げるって噂があるんだよ。それもあって、絶版作品の電子化なんてものを始めたんだろう。だから、電子の売上がよければ、そっちで連載再開って芽もあるはずさ!」
ロギは面頬の下で小さく溜息をついてみせた。
「かすかな可能性に期待をかけるのもけっこうだけどね。紙の本も大して売れてなかったのに、電子で売れる道理はないんじゃないのかな」
「いや、だけど――」
「あの作品は、画風も作風も一般向きじゃないからね。一部のコアなファンからは熱烈な支持を受けているけれど、そういう連中はみんな初版でコミックスをそろえているはずだ。電子版に書き下ろしの特典でも付けられていない限り、今さら手をのばそうとは考えないだろう」
「ううう、ロギはシビアだなあ……」
リヴァイアは、がっくりと肩を落としていた。
そのあまりに悄然とした姿に、ロギはもう一度溜息をつく。
「……ボクはあの作品を好きだから、期待を裏切られたくないんだよ。期待なんてかけなければ、後でガッカリすることもないしね」
「うん、まあ、そういう考え方もあるか。俺としては、期待せずにはいられない心境なんだけどねえ」
リヴァイアがそのように述べたとき、後方のお仲間たちがショッピングの完了を告げてきた。
「あ、もう出発か。せっかくロギと会えたのに、なんだか名残惜しいな」
「かといって、パーティメンバーをほったらかしにして、漫画談義にうつつを抜かすわけにもいかないだろう?」
「ううん。俺はいちおうリーダーだから、それも難しいかなあ。……あ、そうだ! メンバーがログアウトした後に、まだロギが居残ってたら、またレベリングしながら、おしゃべりでもしないか?」
「……キミはボクよりも早くログインしてたよね。それなのに、また長々と居座るつもりかい?」
「うん、まあ、最近は十時間睡眠が当たり前になっちゃったからな。ちょうど、仕事がヒマな時期なんだよ」
いくらヒマとはいえ、毎日十時間も眠れるというのは、やはり体質であろう。かくいうロギも、最近の平均睡眠時間は八時間から九時間であった。
「……今日は早寝をしてしまったから、たぶん午前の六時過ぎには目が覚めてしまうと思うよ。それでもよければ、ご自由に」
「午前の六時過ぎかあ。その時間だと、あいつらもまだログアウトしてないかな……あ、それじゃあいっそのこと、現実世界で連絡を取り合うというのはどうだろう?」
ロギは一瞬考えてしまったが、すぐに「いや」と首を振ってみせた。
「現実世界に《イマギカ》の話を持ち込むのは、あまり気が進まない。身バレは、避けたいところだしね」
「メールやチャットだったら、身バレの心配なんてないだろう?」
「そういう油断が身バレに繋がるんだよ。世間話で、うっかり地元の話を口にしたりしないとも限らないしね」
それはむしろ、リヴァイアに対する忠告のつもりであった。
というか、ロギはすでにここ数日で、リヴァイアの正体に見当がついてしまっていたのだった。
(……現実世界で関わりをもって、幻滅したりするのは御免だからな)
ロギがそんな風に考えていると、リヴァイアは「そうか」と苦笑した。
「あんまりしつこくするとナンパしてるような気分になるから、今日のところはあきらめるとしよう。それじゃあ、ネムリが起きたらよろしく伝えておいてくれ」
リヴァイアは手を振って、仲間たちのもとに戻っていった。
そのまま四人の姿は白い光に包まれて、消滅する。バトルフィールドへと移動したのだ。
その姿を見届けてから、ロギはあらためて自分のウィンドウを確認した。
ネムリのいない三日間で、レベルは75から82にまで上昇している。メンバーの減少とともにモンスターの出現率を下げられても、まるまる経験値を自分のものにできるので、レベリングに関してはまったく支障もないのだ。
しかし、『FP』に関しては、微増ていどの変化しか見られなかった。
ネムリと二人で活動していたときは、毎日10000ぐらいは上昇していたのに、その10分の1ぐらいしか加算されていない。
ロギは一人で、ひそかに舌打ちをすることになった。
(あいつ、このままプレイを放棄し続けるつもりなのかな。武闘会で優勝するまでは、一番このゲームにのめりこんでいたくせに)
ネムリのとぼけたバクの顔を思い出すと、いっそう胸がざわついてしまう。
(知るもんか! キミがぐーすか寝ている間に、ボクは追いつけないぐらいレベルを上げてやるからな! ステージボスだって、ボクが一人で攻略してやる!)
街路の石畳を蹴りつけてから、ロギもバトルフィールドに移動する。
この鬱憤は、ステージ7のモンスターたちに叩きつけてやるつもりであった。
これが、イマギカをプレイし始めてから十三日目――『イマギカ武闘会』の終了から三日目の、明け方間際の話である。
その時間、『眠りの宮殿』に引きこもっていたネムリがどのような災厄に見舞われていたか、ロギには知るすべもなかったのだった。




