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IMAGICA.3-05 決勝戦

2017.11/28 更新分 1/1

『これより、決勝戦を開始いたします』


 コハクタクの子供みたいな声で、その言葉が宣言された。


『この戦いに勝利したプレイヤーさまが、第四試合場における優勝者に認定されます。お二人とも心残りのないように、この10日間で積み上げてきた力をぞんぶんにふるっていただきたく思います』


 観客たちは、大歓声をあげている。

 そんな中、ネムリとイーブは試合場の真ん中で、五メートルほどの距離をはさんで相対していた。


『西、ID.9079、ネムリさま。レベル74。FP134910。職業、戦士』


 ネムリのFPは、ついに13万の大台に乗っていた。

 この会場で試合をしたプレイヤーの中で、FPが10万を超えるプレイヤーは他にいない。


『東、ID,1881、イーブさま。レベル85。FP78430。職業、魔法使い』


 イーブのレベルは、ネムリより11も高い。

 しかしFPは、ネムリのほうが5万以上も上回っている。

 それが勝負にどのような影響を与えるのか、ついにこの場で明かされるのだった。


『では、戦闘を開始してください』


 今回ばかりは、ネムリも頭から突っ込むことはしなかった。

 イーブがそれなりの敏捷性を有していることは知っていたし、また、強力な攻撃魔法ばかりでなく、状態変化の魔法も数多く備え持っていることを、これまでの観戦で学んでいたのだ。


(それでもイーブの『すばやさ』は、250ていどだった。僕の『すばやさ』が641だから、上手くやれば三連攻撃ぐらいはできるはずだ)


 そしてネムリは、リンチェイとの一戦で後手の先を取る、という戦法も学んでいた。

 これだけ素早さに開きがあれば、相手の初撃をかわすことは難しくない。それから反撃に転じれば、二回か三回はまず間違いなく攻撃を当てることが可能なのである。魔法使いであるイーブはHPも防御力も高くはないので、これまで以上に一撃の重要性が問われるはずであった。


(一撃が怖いのは、こっちも一緒だしな。たぶん、イーブの一番強い攻撃魔法をまともにくらったら、僕は一発で全HPを失うことになる。何が来ても直撃だけは避けて、HP回復か反撃かの判断を下すんだ)


 ネムリは『巨神の鉄槌』をかまえたまま、じりじりとイーブに接近した。

 すると、イーブが唇を吊り上げて笑った。


「装備、『魔女のブーツ』を『魔女のホウキ』に変更!」


 イーブの姿が、かき消えた。

 本能的に、ネムリは視線を上空に差し向ける。


 コハクタクを押しのけて、イーブは五メートルほどの上空に浮かんでいた。

 飾りの多かったブーツが黒いハイヒールに代わり、そして、ホウキにまたがっている。プレイヤーが宙に浮かぶ姿を、ネムリは初めて目にすることになった。


 そして、イーブの口が『火竜の息吹』という呪文を唱える。

 ネムリが知る限り、イーブの有する最強の攻撃魔法である。

 真紅の炎が渦を巻いて、ネムリへと降り注いできた。


 ネムリはまた、ほとんど本能で地を蹴っていた。

 全力で、致命的な攻撃魔法から逃げまどう。


 豪炎は、ネムリの左腕のみを焼いた。

 脳裏に浮かんだダメージポイントは、『780pt』だ。

 ネムリは迷わず、『金のポーション』でHPを全回復した。

 その間に、イーブは『青のマジカルポーション』でMPを500回復した。

 そして、『魔法のホウキ』にまたがったまま、すいすいとネムリから遠ざかっていく。

 五メートルよりも高く上がることはできないようであったが、移動の素早さはリンチェイ並であるように感じられた。


(あれはきっと、『すばやさ』にボーナスがつく特殊アイテムなんだな。あんな隠し球を持っていたのか)


 ネムリから十分に距離を取りつつ、イーブはせせら笑っていた。


「さ、かかっておいでよ! 小バエみたいに追い払ってやるから!」


 その間も、イーブはネムリを挑発するように、すいすいと上空を移動している。

 ネムリは、かき乱されそうになる心をぐっと抑え込んだ。


(動揺するな。モンスターなら、空を飛ぶやつも珍しくはなかった。ジャンプすれば、攻撃を当てることはできるんだ)


 そうでなければ、ゲームバランスは崩壊してしまう。空中を浮遊するモンスターでも、いったん戦闘が始まれば、五メートルより高い位置には移動できない仕様であったのだ。


(それに僕は、リンチェイが相手でも倍のスピードで攻撃をふるうことができた。落ち着いて、ステータス上の能力を完全に使いこなすことができれば、イーブのワンアクションの間に二回のアクションを起こすことができるはずだ)


 その二回で、どういう攻撃を繰り出すか。

 それを決めてから、ネムリはイーブの足もとに走り出した。


 上空で、イーブが『千年樹の杖』を振り上げる。

 その口から放たれたのは、『雷神の咆哮』という呪文であった。


 青白く輝く雷の塊が、轟音とともにネムリへと襲いかかってくる。

 もしかしたら、『火竜の息吹』よりも強力な攻撃魔法なのかもしれない。

 その雷光を鼻先にまで迎えてから、ネムリは跳躍した。


 右足がびりびりと痺れて、『828pt』の数値が浮かぶ。

 残りのHPは、400足らずだ。

 しかしネムリは、回復よりも攻撃を重んじることに決めていた。


 ネムリが肉迫しても、イーブは反応できていない。

 その目はネムリの姿をとらえて、唇が新たな呪文を唱えかけていたが、それはスローモーションのようにゆっくりと見えた。


 今はまだ、ネムリのターンであるのだ。

 ネムリの『すばやさ』は、イーブの『すばやさ』よりも倍以上は高い数値を持っている。それならば、ネムリはイーブよりも倍以上は素早く動くことができる。そんな無慈悲なまでの絶対的なシステムを、ネムリは全身の細胞で体感しているような心地であった。


「スキル、『覇王撃砕』、『飛燕の舞』!」


 ネムリは、二つのスキルを同時に発動させた。

 確証はなかったが、この状況で、このタイミングであるならば、二つのスキルを一撃に込めることが可能であるように思えた。それが《イマギカ》のシステムであるのだと、コハクタクに説明されるまでもなく、ネムリは身体で理解していた。


『覇王撃砕』は、攻撃力を大幅に増大させるスキルである。

『飛燕の舞』は、二回攻撃のスキルである。

 それらが不可視のシステムで組み合わされて、攻撃力を大幅に増大させた二回の攻撃が、イーブの身体を左右から叩いた。


『349pt』と『401pt』のダメージポイントが、ほとんど同時に浮かんで消える。

 そんな中、イーブの金色の瞳が憤怒に燃えあがった。


『火竜の息吹』の呪文が、その口から放たれる。

 イーブのターンとなったのである。

 イーブは遠距離にいたので、その距離を詰めるだけでネムリは1ターン消費してしまったのだろう。移動で1ターン、今の攻撃で1ターン、それでイーブの順番となったのだ。

 ともあれ、それは至近距離からの、強力な攻撃魔法であった。


(だけど『すばやさ』は、攻撃回避のパーセンテージにも直結している)


『すばやさ』の数値に倍以上の開きがあるならば、倍以上の確率で回避できてもおかしくはなかった。

 そのように考えながら、ネムリは空中で身をよじった。


 青白い雷光が、ネムリの背中すれすれの場所を通りすぎていく。

 ダメージポイントの告知はされない。

 その結果に満足しながら、ネムリは『巨神の鉄槌』を振りかざした。


「スキル、『唐竹割り』!」


 それは、レベル30で獲得した、攻撃力増大のスキルであった。

『覇王撃砕』には大きく劣るものの、通常攻撃の1・5倍ぐらいのダメージは確保できる。


 愕然と目を見開いたイーブの頭に、真上から『巨神の鉄槌』を叩きつけた。

『274pt』の数字をきらめかせながら、イーブは『魔法のホウキ』とともに地面へと墜落する。

 そうして、ファンファーレが鳴り響いた。


『イーブさまのHPが0となりました。ネムリさまの勝利です』


 コハクタクのアナウンスを聞きながら、ネムリも地面に降り立った。

 足もとから消え去りつつ、イーブが泣きそうな目つきでネムリをにらみつけてくる。


「くそっ! どうしてあたしが、あんたなんかに――!」


 イーブの敗因は、大ダメージをくらった直後に反撃してきたことであった。

 あの瞬間はイーブのターンであったのだから、どれほどネムリが至近距離にいようとも、回復アイテムを使用することは可能であったはずだ。

 そして、ネムリにはもはや一撃で大ダメージを与えるスキルは残されていなかった。あのまま持久戦に持ち込まれていたら、勝負もどうなっていたかはわからない。


 しかし、イーブがそのような解説を求めているとは思えなかった。

 だからネムリは、言葉もなくイーブの退場を見守ることになった。


『第四試合場の優勝者は、ID.9079、ネムリさまに決定されました。ネムリさま、優勝おめでとうございます』


 虚空から、複数のコハクタクが出現した。

 それらのコハクタクはラッパをたずさえており、今度は目の前でファンファーレを演奏してくれた。

 観客席の歓声は、もはや怒号のような勢いに変じている。


『それでは、優勝賞金10万ゴールドと、武闘会限定アイテム「勇者の剣」および「宮殿の鍵」を授与いたします』


 三体のコハクタクが、「10万ゴールド」と書かれたプラカードと、七色に輝く長剣と、そして装飾の立派な何かの鍵を手渡してきた。


『賞金は、すでにウィンドウ内に反映されております。また、武闘会限定アイテムは売却や譲渡のできない仕様となっておりますため、ご了承ください』


「どうもありがとう。……でも、剣かあ。僕はこの先も、ハンマー系の武器を使っていくつもりだったんだよね」


『勇者の剣』を携えていたコハクタクが、ぴょんっと宙返りをした。

 次の瞬間、長剣は小さなトンカチに変じていた。

 七色に輝いており、装飾のほども立派であるが、サイズや形状はまさしくトンカチである。


『では、『勇者の槌』に変更いたします。能力値は『勇者の剣』と変わりませんので、どうぞお収めください』


「お気遣いありがとう」と応じながら、ネムリは七色に輝くトンカチを受け取った。

 客席からは、楽しそうな笑い声があがっている。


「で、こっちが『宮殿の鍵』か。これはどういうアイテムなのかな?」


『はい。武闘会に優勝されたプレイヤーさまには、パーソナル・スペースが授与されます。これは、そのパーソナル・スペースに入室するための鍵となります』


「パーソナル・スペース? 何だい、それは?」


『パーソナル・スペースは、管理者であるプレイヤーさまがお好きにコーディネイトすることのできる個室でございます。「眠りの宮殿」の一室が、まるまるプレイヤーさまの所有物と認定されるのです』


「『眠りの宮殿』?」とネムリが聞き返すと、コハクタクは『はい』とうなずいた。


『その「眠りの宮殿」においては、睡眠することが可能となります。夢の中に築かれた《イマギカ》において、眠ることが許される。それが、武闘会に優勝されたプレイヤーさまに対する、最大の褒賞であるのです』

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