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IMAGICA.3-04 準決勝戦

2017.11/27 更新分 1/1

「やあ、ロギ。ここだよ、ここ」


 ネムリが手の代わりに『巨神の鉄槌』を振り回すと、赤ずくめの魔法戦士が客席のプレイヤーたちをかき分けて近づいてきた。


「まったく、こんな人混みは煩わしくてたまらないね。運営に意見を送れるんだったら、今後はモニターによる観戦形式を提案したいところだよ」


「あはは。まあ、十日に一度のお祭り騒ぎだったら、こんなのも楽しいんじゃない?」


 ここはネムリの参戦している第四試合場である。広場では、今もプレイヤー同士の熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 その最上段の席に陣取ったネムリは、隣であぐらをかいていたトカゲ人間の魔法戦士をロギに紹介する。


「で、こちらがさっき僕と対戦した『りゅうきしリヴァイア』だよ。まあ、姿を見れば一目瞭然だろうけどね」


「……ふん。よくもまあ、あんなマニアックな漫画のキャラクターを再現しようと思ったものだ」


 ロギは腕を組み、面頬ごしにじろじろとその姿を検分した。

 リヴァイアのほうは、「どうもどうも」とトカゲの顔で笑っている。


「いやあ、実際あの漫画はマニアックだよね。そもそも出版社からして弱小の零細レーベルだし、掲載誌の廃刊とともに未完で終わっちゃったからねえ。あんな漫画を愛読してる人間にふたりも出会えるとは、驚きだよ」


「あはは。実を言うと、僕も彼に教えてもらうまでは、名前も知らなかったぐらいなんですよね」


 漫画作品『竜騎士リヴァイア』はロギの正体である辺見千明の愛読書であり、ネムリこと根室恒平もその部屋で読ませてもらっただけの身であったのだった。


「でも、未完で終わっちゃったのは残念でしたよね。別の雑誌で連載を続けることはできなかったんですかね?」


「うーん、単行本も笑えるぐらい売れてなかったみたいだから、それも難しかったんだろうねえ。第二部が始まったばかりだったし、俺も心底残念に思っているよ」


「おい、こんな場所で現実世界の話で盛り上がるのは――」


 と、言いかけてから、ロギはリヴァイアの胸甲を覗き込んだ。


「……これ、彫刻じゃなくて、立体的に見えるように紋章をデザインしたのか。あんな雑なペイント機能しかないのに、よくもこんな細工ができたもんだね」


「いやあ、こいつは苦労したよ! 竜の紋章がないとリヴァイアらしくないから、納得いくまで描きなおしたんだ」


 武器や防具は好きな色彩に変更できるのであるが、リヴァイアはその機能を駆使して甲冑に独自のペイントをほどこしているのである。それが、漫画キャラクターの再現度を補強しているのであった。


「よかったら、『竜騎士リヴァイア』について語り合おうじゃないか! 残念ながら、俺たちはもう武闘会が終了するまでやることもないわけだしね」


 リヴァイアの言葉に、ロギは小さく舌を鳴らした。

 ロギもリヴァイアと同様に、第九試合場の三回戦において、敗退を喫してしまったのである。

 そしてその相手は、他ならぬコンスタンツェであったのだった。


「相手がコンスタンツェじゃしかたないよ。レベルが16も高い上に、FPだって1万ちょいしか変わらなかったんだからさ」


「ふん。キミなんかに慰められると、余計にみじめな気持ちになってくるよ」


 ぼやきながら、ロギも客席に腰を下ろした。

 そして、横からネムリの顔をにらみつけてくる。


「キミはあと二回勝ち抜けば優勝なんだろう? 準決勝の相手は、どんなやつなんだ?」


「レベル79の武闘家だね。三回戦では魔法使いが相手だったけど、素早さで翻弄して見事にKOしていたよ」


「ふん。本来、もっとも敏捷性に秀でているのは武闘家だからね。もしもそいつがボーナスポイントまで『すばやさ』に割り振っているとしたら、ついに自分よりも素早い相手と対戦することになるかもしれないわけだ」


「そうだねえ」とネムリが答えたとき、三回戦の最後の試合が終了した。

 イーブがまた、危なげなく相手を打ち負かしたのだ。


「さ、それじゃあ出番かな。漫画談義の合間にでも、応援お願いします」


「うんうん。俺の分まで頑張っておくれよ、ネムリ」


 リヴァイアは、実に気さくな性格であった。

 それに、無類の漫画好きであるようにも感じられる。このリヴァイアであれば、ロギとの間にもささやかな友愛が芽生えるのではないかと期待できそうなところであった。

 そんなネムリの心情も知らぬげに、ロギは「おい」とぶっきらぼうな声をかけてくる。


「この三試合で、FPはどれぐらい変動した?」


「うん? えーとね……わ、トータルで2000ぐらい上がってるよ。リヴァイアと戦う前は、500ちょいしか上がってなかったのに」


「ふん。それだけ集中力を要求される内容だったというわけだね。準決勝でも決勝でも、僕の言った言葉を忘れないことだ」


 FPが高ければ高いほど、ステータスの数値を十全に活かしきることができる。それが、ここ最近のロギの持論であった。


「とりあえず、最善を尽くしてくるよ」


 そのように答えたとき、ネムリの存在は見えざる手によって闘技場へと移送された。


                  ◇ ◆ ◇


 準決勝戦も、三回戦に劣らぬ接戦であった。

 相手のプレイヤーは、リンチェイ。レベル79、FPは74190の、武闘家である。


 ロギが予見していた通り、リンチェイの素早さはかなりのものであった。武闘会においてもバトルフィールドにおいても、ネムリはこれほど素早く動けるプレイヤーを見たことがなかった。

 しかし、それでもなお、ネムリよりも素早いということはなかった。

 もともと素早さに秀でているので、わざわざボーナスポイントを大幅に割り振ったりはしなかったのだろう。体感としては、『地精霊の抱擁』をかけられた状態でリヴァイアと相対していたときと同じぐらいの感覚であった。


 単純に、相手が一回の攻撃を出してくる間に、こちらは二回攻撃できるぐらいの速度差である。戦闘において、それが大きなアドバンテージであることに疑いはなかった。


 ただしその分、攻撃力には差が出ることになる。

 もともと武闘家は、『ちから』だったら戦士と同レベル、『きようさ』だったら戦士をはるかに上回る職業であるのだ。魔法が使えない分、その甚大なる攻撃力は脅威であった。


 そんな武闘家の弱点は防御力の低さであるが、あるていどのレベルを有していれば、ゴールドを惜しまないことでそれなりの専用防具を獲得することができる。リンチェイが纏っていたのは唐獅子が刺繍された中国着のようなものであったが、ネムリの攻撃をくらっても『200pt』ていどのダメージで済んでいた。


 あの僧侶のツクヨミだって、身に纏っているのは鎧ならぬ法衣であったが、かなりの頑丈さであったのだ。

 布の衣服でも、鎧なみの防御力を備え持っている。これはそういうゲームであるのだと割り切るしかなかった。


 そして――ネムリは何とか、その接戦を制することができた。

 初めて目の当たりにする武闘家の攻撃スキルに苦しめられつつ、最後にはすべてのHPを奪取することができた。ほとんど制限時間をつかいきるぐらいの、それは大接戦であった。


「すごいなあ。目にも止まらぬ攻防だったよ! 俺なんて、よくも瞬殺されなかったもんだ」


 ネムリが客席に戻されると、リヴァイアがそのように述べながら笑いかけてきた。

 その隣で、ロギはまた「ふん」と鼻を鳴らしている。


「キミの戦闘を外から眺めると、こんな風に見えるのか。ぴょんぴょん飛び回って、せわしないことだ」


「うん。ヒット&アウェイが、僕の信条だからね」


「対戦相手にしてみれば、忌々しいことこの上ないだろうね。今の武闘家なんてのは、自分よりも素早い相手と戦うのも初体験で、そうとう面食らったんじゃないのかな」


 ぶっきらぼうに言い捨てるロギのかたわらで、リヴァイアはまだ笑っている。


「それにしても、ネムリが決勝進出とはね! 言っちゃ悪いが、これは大穴だったんじゃないのかな。たぶんネムリはこの試合場の出場選手で、一番レベルが低かったよね」


「ああ、たしかそうでしたね。一日に七時間はプレイしてるんですけど、これぐらいが精一杯でした」


「一日七時間か。俺なんかは、寝ようと思えば毎日十時間ぐらいは眠れるからなあ。こればっかりは、体質や生活環境で差が出ちゃうよな」


 そのように述べながら、リヴァイアは大きな手の平でバンバンとネムリの背中を叩いてきた。


「それでも俺は、ネムリにはかなわなかった。この調子で、優勝を目指してくれよ!」


「そうですね。僕もそれを目指したいところですけど――」


 ネムリは、試合場に視線を転じた。

 そこではすでに、もうひと組の決勝戦が開始されていたのだ。


 イーブと、レベル78の魔法戦士である。

 魔法戦士も善戦はしていたが、優勢なのは明らかにイーブであった。


 イーブは多少の攻撃をくらっても回復アイテムで回復し、強力な攻撃魔法で応戦する。また、素早さにはほとんど差がないようなので、魔法戦士はなかなか距離を詰めることができず、火力に差のある魔法合戦を強いられてしまっていた。


「なってないな。攻撃魔法の撃ち合いで勝ち目はないんだから、もっと状態変化の魔法やスキルで対応するべきだろうに」


 不機嫌そうに、ロギがつぶやいている。

 確かにロギやリヴァイアであれば、もっと上手く戦えそうなところではあった。


「このままいけば、決勝戦の相手はあの露出狂だな。普段の恨みをぞんぶんに晴らしてやるがいい」


「いや、僕はイーブに恨みなんてないけどね」


 しかし、ここまで来たら、なんとか優勝を狙いたいところであった。

 この武闘会もまた、ネムリにとってはモンスター討伐に劣らず楽しいイベントであったのだ。


 そうしてじきに、強力な炎系魔法をくらった魔法戦士がすべてのHPを消失して、イーブの勝利が告げられることになった。

 観客たちが、また歓声を張り上げる。

 その観客たちを見回しながら、ロギがまたぽつりとつぶやいた。


「……この会場も、観客の数は1000名強といったところか」


「え? 何か言ったかい、ロギ?」


「いや、どの会場にも1000名強の観客がいるとしても、やっぱり15000名には届かないなと思っただけさ。『はじまりの広場』には、いまだに数千体の木偶人形が転がっているのかもしれないね」


 ネムリは、思わず言葉を失ってしまった。

『はじまりの広場』やプレイを拒否した人々のことなど、ネムリはこの数日間、思い出しもしていなかったのだ。


(だったらその人たちは、《イマギカ》の世界から解放されてるんじゃないのかな。プレイする気のない人たちを拘束したって意味はないし……木偶人形の状態でも眠れないとしたら、そんなの拷問みたいじゃないか)


 ネムリはそのように考えたが、それを口にすることはできなかった。

 試合場のハクタクによって、決勝戦の開始が宣言されてしまったのである。


「ネムリ、頑張ってな!」


 リヴァイアの陽気な声を聞きながら、ネムリは試合場に移送された。

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