IMAGICA.3-02 第一試合
2017.11/25 更新分 1/1
気づくとネムリは、『イマギカ武闘会』の会場にと強制移動させられていた。
広大なる広場をぐるりと客席に囲まれた、コロシアムのような場所である。ネムリが立っているのは広場のほうで、客席にはさまざまな姿をしたプレイヤーたちが千名ばかりもひしめいているようだった。
また、広場にも複数のプレイヤーたちが立ち尽くしている。こちらは目算で、三十名ていどの人数だ。一瞬前まで行動をともにしていたロギの姿は、そこには見当たらなかった。
『プレイヤーのみなさま、おつかれさまでございます。これより記念すべき第一回目の「イマギカ武闘会」を開催いたします』
おおっと観客席のプレイヤーたちがどよめく。
上空に、九日ぶりに見るハクタクの巨大な姿が浮かびあがったのである。
コハクタクのぬいぐるみめいた姿に見慣れてしまうと、ハクタクの巨大さはなかなかの迫力であった。
『この「イマギカ武闘会」は、プレイヤーさまの腕を競い合う場となります。《イマギカ》にログインされた15000名のプレイヤーさまの中から、上位320名のみなさまに参加資格が与えられております。なお、10箇所の闘技場に32名ずつのプレイヤーさまを割り振り、それぞれの会場にて優勝者を決めるシステムとなっております』
ハクタクの巨体がぐるりと横に回転して、客席のプレイヤーたちを三つの目で見回した。
『現在、闘技場の中心に立っておられる32名のプレイヤーさまが、この会場における出場選手に選出されております。試合の形式はトーナメント戦で、優勝の栄冠を勝ち取るには五つの試合に勝ち抜く必要がございます。なお、10名の優勝者にはそれぞれ賞金として10万ゴールドと武闘会限定のアイテムが副賞として授与されますので、ふるってご参戦のほど、よろしくお願いいたします』
10万ゴールドというのは、なかなかの高額賞金である。ネムリが購入した『巨神の鉄槌』も、おおよそそれぐらいの額であったのだ。
(もしも優勝できたら、後回しにしていた防具も充実しそうだな)
ほどよい高揚感を覚えつつ、ネムリはそんな風に考えた。
その間に、今度は試合のルールが説明されていく。
それは、至極シンプルな内容であった。
・これまでに入手した武器、防具、アイテム、魔法、スキル、そのすべての使用が許される。
・ただし、試合中にショップウィンドウを開くことはできない。試合と試合の合間にアイテムを購入することは自由である。
・試合の制限時間は、10分間。その時間内に、対戦相手のHPをすべて消失させれば勝利となる。
・また、時間内に勝負がつかなかった場合は、試合中に与えたダメージの数値によって勝敗を決する。魔法やアイテムで回復させた分も加算して、より多くのダメージポイントを与えたプレイヤーの勝利とする。
・時間内に、両者とも対戦相手にダメージを与えられなかった場合は、両者とも失格負けとなる。
おおまかに言えば、それだけの内容である。
あとはそこに、システム上の補足事項がつけ加えられた。
・試合の舞台は透明のドームで覆われるために、客席のプレイヤーが試合に干渉することはできない。
・モンスター討伐の際と同じように、プレイヤーが戦闘において苦痛を覚えることはない。また、HPをすべて消失しても所持ゴールドをペナルティとして奪われることはない。
・武闘会が終了するまで、全プレイヤーは闘技場から移動することはできない。ただし、観客および敗退したプレイヤーは、10箇所の闘技場の間を行き来することが可能である。
以上である。
これといって、意外なところはない。相手がプレイヤーになるだけで、モンスター討伐と同じように戦えばいいのだろう。
(ただ、普段はロギに回復魔法でフォローされてるからな。HPの減り具合には気をつけておかないと)
そうしてネムリがあれこれ対策を考えていると、人垣の向こうから見覚えのある姿が近づいてきた。
「よお、あたしと同じ会場になるなんて、不運だったね。悪いけど、10万ゴールドとレアアイテムはあたしがもらったよ!」
サキュバスのごとき妖艶なる少女、イーブである。
彼女は、同じ試合会場の出場プレイヤーであったのだ。
「やあ、君も一緒だったのか。ロギとコンスタンツェは、別々の会場みたいだね」
あの二人は長身なので、この人混みでも見落とすことはないだろう。
イーブは、いつもの調子で「ふふん」とせせら笑っていた。
「人の心配とは余裕だね。あんたがいくらすばしっこくっても、あたしの敵じゃないから!」
「ああ、うん。お手やわらかにどうぞ」
ネムリがぺこりと頭を下げると、イーブは苛立たしげに眉を吊り上げた。
「あんたのとぼけた顔を見てると、イライラするんだよ! 対戦したら、あたしの魔法で木っ端微塵にしてやるからね!」
それからほどなくして、ハクタクが第一試合の開始を告げてきた。
『それでは、「イマギカ武闘会」を開始させていただきます。第二試合以降に参戦されるプレイヤーさまは、いったん客席のほうに移動させていただきます』
イーブの姿が、ネムリの前から消え去った。
他のプレイヤーたちも、のきなみ消え去っている。
そうして後に残されたのは、ネムリともう一名のプレイヤーのみであった。
『わたくしめは、これにて失礼いたします。以降の進行は、審判役のコハクタクが承ります』
ハクタクの巨体が消えて、その代わりに小さなコハクタクが出現した。
各プレイヤーの案内をするコハクタクと、大差のない姿だ。ただ、そのコハクタクは白いヤギヒゲに蝶ネクタイを装備していた。
コハクタクは、ネムリと対戦相手の中間地点に浮かびあがり、いつも通りの子供めいた声で試合開始の宣言をする。
『第一回「イマギカ武闘会」、第四試合場の第一試合を開始させていただきます』
客席のプレイヤーたちが、堰を切ったように歓声をあげ始めた。
そんな中、コハクタクの可愛らしい声が響く。きっと各プレイヤーの脳内に直接語りかけているのだろう。
『西、ID.9079、ネムリさま。レベル74。FP127520。職業、戦士』
レベルとFPが明かされたことによって、人々はいっそうの歓声を轟かせた。
これはなかなかの羞恥プレイだなあと、ネムリは小さな身体をいっそう小さくする。
『東、ID.12981、ツクヨミさま。レベル76。FP73540。職業、僧侶』
小さな人影が、誰にともなくぴょこんと頭を下げた。
ネムリに負けないほど、背が低い。おそらくは最低身長の120センチに設定しているのだろう。そしてそのプレイヤーは、いかにも僧侶らしい純白の法衣を纏っており――なおかつ、可愛らしいウサギの顔をしていた。
「あ、あの、わたし、ソロで戦闘をした経験もありませんので……力不足かとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「え? ああ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
性別は明かされなかったが、それは明らかに小さな女の子の声をしていた。
この可愛らしいアバターを『巨神の鉄槌』で殴らなければならないのか、とネムリはいささか怯んでしまう。
『では、戦闘を開始してください』
コハクタクが、ふわふわと高みに上昇しながら、そう宣言した。
その瞬間、ツクヨミは『聖者の慈悲』という呪文を口にした。
ネムリの視界が、黄金色の輝きに包まれる。
ツクヨミの掲げた杖の先から、直径三メートルはあろうかという光の球が出現して、至近距離からネムリに襲いかかってきたのだった。
「うわあ!」と叫んで、ネムリは横合いに飛びすさる。
左腕に、びりびりという痺れが走った。
同時に、『495pt』の数字が脳裏に閃く。
直撃したわけでもないのに、HPの三分の一がけし飛んでいた。
「あ、『青のポーション』!」
「あ、『青のマジカルポーション』!」
ネムリとツクヨミが、同時に叫んでいた。
ネムリの脳内とツクヨミの頭上に、それぞれ別の色彩で『500pt』の数字が浮かびあがる。
ネムリはHPを、ツクヨミはMPを回復したのだ。
(ってことは、今のはMPを500ぐらい消費する強力な攻撃魔法だったのか?)
ネムリの知人に、僧侶は存在しない。よって、治癒や強化の魔法を得意とする僧侶がこれほど強力な攻撃魔法を備え持っているということも、ネムリにとっては驚嘆の新事実であった。
(おまけにこっちは『かしこさ』が低いから、魔法防御力も紙ペラだしな。油断してたら、一瞬で終わっちゃいそうだ)
ネムリは、一息に間合いを詰めた。
相手が呪文を詠唱する前に、今度はこちらが手持ちで最強の攻撃を仕掛けてみせる。
「スキル、『覇王撃砕』!」
レベル70で体得した、攻撃力を飛躍的に上昇させる攻撃スキルである。
ステージ7のモンスターでも、この攻撃を当てればたいていは一撃で葬ることができる。僧侶は全職業の中でもっともHPが低いはずであるから、うまくいけばこれで勝負を終わらせられるかもしれなかった。
『巨神の鉄槌』がうなりをあげて、ツクヨミのほっそりとした肩を打つ。
『598pt』の数字が、ツクヨミの頭に浮かびあがった。
思ったよりも、小さな数字だ。
また、ツクヨミが倒れたり消えたりする様子もない。
ということで、ネムリはそのまま、もう一度『巨神の鉄槌』を振りかざした。
ツクヨミは、まったく反応できていない。
やはり、素早さではネムリのほうが圧倒的にまさっているのだ。
心の中で謝罪しながら、ネムリはツクヨミの頭を巨大なハンマーで叩きのめした。
ツクヨミは、『233pt』の数字を浮かばせながら、ぴゅーんと吹っ飛ばされていく。
それを追おうとネムリが地を蹴った瞬間、まだ宙を飛んでいたツクヨミが杖を振りかざした。
「『聖者の慈悲』!」の声が、再び放たれる。
迎撃に気が向いていたネムリは、真正面からその攻撃をくらうことになった。
全身が白いコロナに包まれて、脳裏に『1250pt』の数字が浮かぶ。
そして、手足の隅々にまで不快な痺れの感覚が走り抜けた。
ネムリは、がっくりと膝をつく。
ようやく地面に落ちたツクヨミは、ごろごろと転がりながら、『青のマジカルポーション』を使用した。
ネムリは瞬時に、思考を走らせる。
自分もHPを回復させるべきか、あるいはすぐさま攻撃に移るべきか。
ツクヨミは、HPではなくMPを回復させた。
もしかしたら、これから治癒魔法でHPを回復させるつもりかもしれない。
何にせよ、素早さでまさるネムリのほうが、先にアクションを起こせるはずである。
ネムリはそう判断して、『巨神の鉄槌』を地面に叩きつけた。
「スキル、『地雷震』!」
スキルゲージはごっそり減ったままであったが、このスキルならば使うことはできた。
遠距離の相手に攻撃できる――つまりは、ネムリが地を駆けるよりも速く攻撃を当てることのできる、唯一のスキルである。
地面を伝った衝撃波が、足もとからツクヨミに襲いかかる。
『281pt』のダメージポイントが表示され、それと同時にファンファーレが鳴り響いた。
『ツクヨミさまのHPが0となりました。西、ネムリさまの勝利です』
コハクタクが、空中でぴょんぴょんと飛びはねている。
ツクヨミは、バトルフィールドでモンスターに敗北したときと同じように、足もとからじわじわと消滅していこうとしていた。
「ふええ……『青のマジカルポーション』をふたつも使ったのに、負けちゃった……パーティのみんなに怒られちゃうよお……」
ウサギの耳も、しょんぼりと垂れてしまっている。
観客たちの歓声に包まれながら、ネムリはこっそり「ごめんね」と声をかけておくことにした。