IMAGICA.3-01 イマギカ武闘会
2017.11/24 更新分 1/1
その日、《イマギカ》にログインした恒平がネムリとして『第二の町』に降り立つと、呼び出してもいないコハクタクがふわりと姿を現した。
『本日は、「イマギカ武闘会」の開催日となります。武闘会の開催日にはバトルフィールドへのアクセスが不可となりますので、そのまま待機をお願いいたします』
「え? 武闘会に参加しないプレイヤーも、バトルフィールドに立ち入りできないのかい?」
『はい。全プレイヤーさまの中から上位320名が武闘会の出場選手として招待されますので、それ以外のプレイヤーさまは試合の様子を観戦していただきたく思います』
「上位320名ってすごい数だなあ……でも、武闘会の開始はいつなのかな? それまで、プレイヤーは何をしていたらいいんだろう?」
『レベル70以上のプレイヤーさまは出場の可能性が高いので、装備品の再確認などをお願いいたします。武闘会の開始時刻は、追ってご連絡いたします』
現在は午前0時ぐらいのはずであるから、もっとプレイヤーが集まる深夜になるまで開始はできない、ということなのだろうか。
確かに周囲には、普段以上の数のプレイヤーがひしめいている様子である。それらのプレイヤーは、パーティメンバーか顔見知りのプレイヤーと雑談しているか、あるいはひとりでウィンドウを覗き込んでいるかのどちらかであった。
(でも、『第二の町』まで到達したプレイヤーって、こんなにたくさんいたんだな。15000名の中から上位320名って、けっこう厳しい条件なのかもしれないぞ)
この『第二の町』は、ステージ4までをクリアしたプレイヤーに解放されるエリアである。ネムリとロギはすでにステージ7まで進んでいたものの、普段は町でもバトルフィールドでもなかなか他のプレイヤーには遭遇する機会が少ないので、いったいどれだけの人数が熱心にプレイしているのかと疑問に思っていたところであったのだった。
(まあ、なるようにしかならないか。とりあえず、ロギがログインするのを待とう)
そのとき、リンゴーンというチャイム音が頭の中で鳴った。
パーティメンバーか、あるいはフレンズプレイヤーが通話を求めてきたのだ。
ウィンドウで確認してみると、それはコンスタンツェであった。
『やあ、ネムリ君もログインしたんだね。よかったら、武闘会の開始時刻までおしゃべりでもしないか?』
「ええ、いいですよ。僕は『第二の町』の、武器屋通りの前にいます」
ネムリは身体が小さいので、『巨神の鉄槌』を装備しておくことにした。
この『第二の町』において購入できる中では、最強の武器のひとつである。かつての『ミスリル・ハンマー』と同様に、両手用の武器であるために盾の装備が不可となるが、攻撃力は100にも及ぶ。なおかつ、ハンマー部分はネムリの身体よりも巨大なぐらいの代物であるので、目印としてはうってつけであるように思えた。
さして待つほどもなく、人ごみの向こうからコンスタンツェが近づいてくる。
「やあ」と手をあげる彼女のかたわらには、いつも通りにイーブの姿もあった。
「どうも。顔をあわせるのは、ちょっとひさびさですね」
「ああ。普段は通話で事足りるからな。……なるほど、それが『巨神の鉄槌』か。こうして目の前にすると、なかなかの迫力だ」
面頬の陰で、コンスタンツェは微笑していた。
長身で、凛然とした、金髪碧眼の女騎士である。その身に纏った甲冑は、以前に見たときよりもいっそう豪奢な作りになっているようだった。
「そちらも立派な甲冑ですね。ひょっとしたら、聖騎士シリーズですか?」
「ああ。ようやくすべてを買いそろえることができたよ」
「えっ! 聖騎士シリーズの防具をコンプリートしたんですか? それはすごいですね」
聖騎士シリーズの武器と防具もまた、この『第二の町』では最強の装備であった。
今日もコンスタンツェの腕にからみつきながら、イーブは「ふふん」と豊満な胸をそらしている。
「コンスタンツェがすごいのは当たり前じゃん! 武闘会だか何だか知らないけど、優勝はコンスタンツェのものだよ! それで、準優勝はあたしだからね!」
「うん、だけど、武闘会ってのはどういう対戦システムなんだろうね。プレイヤーが320名も参加するとなると、ものすごい長丁場になっちゃいそうだけど」
「どんな対戦システムでも、結果は変わらないっての! あたしらよりレベルの高いプレイヤーなんているはずないんだから!」
イーブがそのようにまくしたてたとき、再びネムリの頭の中でチャイム音が鳴った。
「あ、ロギだ。この人混みだから、居場所がわからなかったのかな?」
ネムリが場所を告げると、やがてロギもやってきた。
コンスタンツェが「やあ」と声をかけたが、それを黙殺してネムリのほうに近づいてくる。
「まさか、バトルフィールドへの出入りを禁じられるとは思わなかったな。今の内に、回復アイテムを補充しておこうか」
「え? モンスター討伐ができないのに?」
「武闘会では回復アイテムを使用できるという話だからね。特にキミなんかは、回復魔法を使えないんだからアイテムに頼るしかないだろう?」
すると、イーブが「ははん」と色っぽい流し目をくれてきた。
「あんたたちも、武闘会に出場できると思ってるの? 無駄な買い物にならないといいけどねえ」
「……ボクたちよりも高レベルのプレイヤーが、そこまで多いとは思わないね。上位320名だったら、きっとボクたちも入っているはずさ」
「ふーん、どうだかねえ。レベルだって、まだ70ちょいなんでしょ? そんな連中、山ほどいそうだけど」
ロギは、苛立しげに足を踏み鳴らした。
そして、「……FPは?」と問い質す。
「あん? FPが何だっての?」
「さっきコハクタクに、上位320名というのはどういう条件で選ばれるのかを聞いたんだ。そうしたら、レベルとFPの数値から算出するという話だったんだよ。適応値が低ければ、どんなにレベルが高くても武闘会には招待されないということだね」
「ふーん。でも、FPだってあんたたちなんかに負けやしないよ。レベルが10以上も違うのに、FPだけが低いわけないじゃん」
「それじゃあ、キミのFPは?」
イーブは面倒くさげに眉をひそめながら、ウィンドウを操作した。
「えーと、75240だね。こんなの、レベルアップとも関係なしに上がっていくから、今まで気にしたこともなかったよ」
ロギは、かすかに肩を震わせた。
おそらくその面頬の下では、勝ち誇った笑みを浮かべているのだろう。
「たったの7万か。それでよく大きな顔をできたものだね。ボクたちは、どちらも10万を超えているよ」
「はあ? そんなわけないじゃん! どうしてレベルの低いあんたたちが、FPだけそんな数字になるのさ?」
「知らないよ。コハクタクに聞いても、FP上昇にまつわるアルゴリズムは教えてもらえないからね」
イーブは金色の目を反抗的に燃やしながら、コンスタンツェのほうを振り返った。
「コンスタンツェは? 10万、超えてる?」
「いや、ぎりぎり達していないぐらいだな」
「ほーら、やっぱり嘘っぱちだ! コンスタンツェが、あんたたちなんかに負けるもんか! デタラメこいて、いい気になってんじゃないよ!」
「だったら、その目で確認してみればいい。ただし、人のステータスを覗き見するなら、そちらのステータスも拝見させてもらうけどね」
「おー、上等じゃん! それじゃあ、見せてごらんよ!」
なんとも不毛な言い争いであったが、他プレイヤーのステータスというのは、ネムリにとっても興味深かった。
コンスタンツェにも異存はないようなので、四名はそれぞれのウィンドウをおたがいに開示した。
◆ネムリ / おとこ / せんし / レベル74
◆HP:1420 / 1420
◆MP:0
◆FP:127520
◆ちから:351+120
◆きようさ:179
◆ぼうぎょ:348+100
◆すばやさ:581+60
◆かしこさ:88
◆けいけんち:3558243
◆ゴールド:35281
◆そうび:きょしんのてっつい, だいちのかぶと, だいちのよろい, ヒスイのくびかざり, シルフのくつ
◆ロギ / おとこ / まほうせんし / レベル75
◆HP:1250 / 1250
◆MP:282 / 282
◆FP:105870
◆ちから:322+70
◆きようさ:275+30
◆ぼうぎょ:306+150
◆すばやさ:319
◆かしこさ:307+70
◆けいけんち:3869658
◆ゴールド:49617
◆そうび:ほのおのつるぎ, ほのおのかぶと, ほのおのよろい, ほのおのたて, ガーネットのくびかざり, サラマンダーのうでわ
◆コンスタンツェ / おんな / まほうせんし / レベル91
◆HP:1395 / 1395
◆MP:324 / 324
◆FP:98680
◆ちから:375+100
◆きようさ:290
◆ぼうぎょ:646+260
◆すばやさ:285
◆かしこさ:375+40
◆けいけんち:8221549
◆ゴールド:97254
◆そうび:ひかりのつるぎ, せいきしのかぶと, せいきしのよろい, せいきしのたて, ダイヤのくびかざり, ノームのうでわ
◆イーブ / おんな / まほうつかい / レベル85
◆HP:980 / 980
◆MP:679 / 679
◆FP:75240
◆ちから:214+50
◆きようさ:491+40
◆ぼうぎょ:255+70
◆すばやさ:252
◆かしこさ:590+140
◆けいけんち:5691472
◆ゴールド:77382
◆そうび:せんねんじゅのつえ, まじょのかみかざり, ベルゼバブのマント, ウロボロスのゆびわ, アメジストのくびかざり, まじょのブーツ
ネムリとロギの数値を確認して、イーブは愕然と立ち尽くすことになった。
「何これ!? どうしてさ!? 意味わかんないんだけど!」
「意味がわからないのは、おたがいさまだ。本当にキミたちは、そこまでのレベルに達していたのか」
不機嫌そうな声音で、ロギはそう言い捨てた。
ただひとり、コンスタンツェだけは穏やかに微笑んでいる。
「ネムリ君は、とことん素早さに特化したのだね。初めてネムリ君の戦いっぷりを拝見したときにも、その素早さには驚かされたものだけれども……いやはや、脱帽だ」
「コンスタンツェは、防御に特化させたのですね。しかも聖騎士シリーズの防具をそろえているもんだから、すごい数値になっていますねえ」
「何を呑気に語らってるのさ! こんなの、絶対におかしいよ!」
イーブがわめくと、コンスタンツェが不思議そうにそちらを見た。
「FPはレベルと関係なく上昇すると、コハクタクが言っていたじゃないか。何もおかしな話ではないだろう?」
「いーや、おかしいよ! だって、あたしたちは――」
そこまで言いかけて、イーブは口をつぐんでしまった。
コンスタンツェは優しげに目を細めつつ、その黒髪をくしゃっと撫でる。
「イーブは、負けず嫌いだな。ゲームなんて、自分たちが楽しめていれば、それでいいじゃないか」
「でも……」
「私たちは、そろそろ失礼しようか。他にも何名か、声をかけておきたいプレイヤーもいることだしね。それじゃあ、ネムリ君、ロギ君、武闘会で対戦することがあったら、お手やわらかに頼むよ」
コンスタンツェは、颯爽と身をひるがえした。
イーブは、べーっと子供のように舌を出してから、その後を追いかける。
そんな彼女たちの姿が人垣の向こうに消えると、ロギは「ふん」と鼻を鳴らした。
「どうにもあやしいな。あいつら、チートでも使っているのかもしれないぞ」
「チート? 《イマギカ》のシステムで、プレイヤーがズルをすることなんてできるのかな?」
「手段はわからないが、それでもやっぱりおかしいだろう。毎日七時間以上はプレイしているボクたちがレベル74と75なのに、何をどうしたらレベル91なんていう数字を叩き出すことができるんだい?」
それは確かに、ネムリとしても不思議なところであった。
レベルは高くなるほどに、上昇の条件が厳しくなっていくのである。昨晩などはきっかり七時間プレイしても、ネムリたちはレベルを4しか上げることはできなかったのだ。
なおかつ、学校に通っていないロギは、毎晩ネムリより二、三時間は長くプレイしている。そんなロギでも、ネムリとのレベルは1しか違っていなかったのだった。
「しかも彼女たちは、すでにステージ9の攻略に取りかかっているという話だったよね。そして、ステージ7までに関してだって、ボクたちと同じぐらい隅々まで探索しつくしているはずだ。『紫水晶の首飾り』や『金剛石の首飾り』を装備していたのが、その証拠だよ」
「ああ、そのために情報交換してたんだから、確かにフィールド内の隠しアイテムものきなみ獲得してるんだと思うよ。……ってことは、どういうことになるのかな?」
「……正攻法で考えるなら、ボクたちの倍ぐらいは睡眠時間を取っている、ということになるんじゃないのかな。特に、女騎士のほうなんかはね」
「ええ? 不可能ではないかもしれないけど……それを毎日ってのは、さすがに難しいんじゃないのかなあ」
ネムリも土曜日から日曜日にかけては目覚ましもかけずに《イマギカ》の世界に没入していたのだが、それでも十時間も経てば自然に目が覚めてしまった。人間は、意思の力で眠り続けることはできないのだ。
「もしかしたら、睡眠薬でも服用しているのかな。そんな真似をしているとしたら、文字通り廃人だね」
「あんまり怖いことを言わないでよ。……ロギだって、最近は睡眠導入剤とかは使ってないんだろう?」
「ふん。三日も四日も同じ時間に眠っていれば、嫌でもサイクルが定まってしまうからね」
それは、何よりの話であった。
ロギの場合は、夜型生活が朝型生活に改善されて、むしろ喜ばしい変化と言えるだろう。
「まあ、人のことを気にしててもしかたがないんじゃないのかな。コンスタンツェの言っていた通り、自分たちが楽しめていれば、それで十分だと思うよ」
ネムリがそのように述べたとき、頭の中に聞き覚えのないファンファーレが鳴り響いた。
そして、どこからともなくコハクタクが出現する。
『お待たせいたしました。これより「イマギカ武闘会」を開催いたします。プレイヤーのみなさまは、闘技場まで移動をお願いいたします』