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IMAGICA.2-05 死者の町

2017.11/22 更新分 1/1

 バトルフィールドのステージ3は、『死者の町』と名づけられていた。

 森や砂漠とは打って変わって、石造りの町である。それも、『第一の町』のように閑散とした町並みではなく、背の高い建物がぎっしりと立ち並んだデザインであった。


 ただし、それらの家屋はいずれも朽ちかけていた。

 屋根はひしゃげて、壁には穴が空き、街路のほうにまで崩れた煉瓦が積み重なっている。ゴーストタウンというよりは、もはや廃墟の町といったほうが相応しいだろう。

 そして、天空は灰色の雲に閉ざされて、あたりはずいぶん薄暗かった。


「ふん。森や砂漠よりは手が込んでいるな。どんなモンスターが配置されているか、お手並み拝見だ」


 ロギは、恐れげもなく歩を進めている。

 その後を追いながら、ネムリはまださきほどのプレイヤーたちのことを考えていた。


「ねえ、さっきの二人は何の職業だったんだろうね?」


「何だい、急に。キミは露出狂や女騎士がお好みだったのかい?」


「そうじゃないけど、やっぱり気になるじゃないか。女騎士のほうは、やっぱり戦士だったのかなあ」


「あれはおそらく、魔法戦士だよ。ボクと同じ『魔法の鎧』を装備してただろう? ただの戦士だったら、『かしこさ』の上がる魔法の鎧を装備する甲斐もないからね」


「ああ、そうだったんだ。それじゃあ、イーブっていう娘のほうは?」


「あれは間違いなく、魔法使いだよ。『魔道士のマント』と『魔女のサンダル』を装備していたからね」


「なるほど。それじゃあ、ロギが魔法使いと組んでるようなものか」


 ロギはうろんげにネムリを見下ろしてきた。


「いったい何なのさ? まだあの連中に未練があるわけではないだろうね?」


「いや、ただ職業の相性を考えてただけだよ。戦士と魔法戦士のペアって、あんまりバランスがよくないのかなと思って」


「…………」


「魔法使いは攻撃魔法が得意なんだよね? それで、魔法戦士だったら物理攻撃だけじゃなく治癒魔法や状態変化魔法でサポートもできるから、二人きりのペアでも効率よくバトルができるのかなあ」


「だったら、今からでも魔法使いに転職しようってのかい? セーフティゾーンでだったら、いつでも職業は変更できるっていう話だったよね」


「いや、そういうつもりはないけどね。転職するとFPに響くって話だったし。……まあ、FPってのが何なのかも、僕はいまひとつ理解できてないけどさ」


 ロギは立ち止まり、長剣の切っ先をネムリに向けてきた。

 ただし、それでネムリを突いても、傷つけることはできない。プレイヤーがプレイヤーに攻撃を仕掛けると、攻撃した側に不快な痺れの感覚が走る仕様となっているのだ。


「それなら、うだうだと余計なことを考える意味はないよ。ボクだって、転職する気なんかさらさらないんだからね」


「うん、それもわかってるけど――」


「あの露出狂は、レベル20でよくステージ2をクリアできたもんだと言ってたじゃないか。あいつらはきっと、もっとレベルを上げてからアンドロスフィンクスに挑んだんだ。ということは、ボクたちのほうがあいつらよりも不利な条件でミッションをクリアすることができたということになる」


 ロギは、ぶんと長剣を振り払った。


「相性の悪さなんて、戦略次第でどうにでも埋められるということだよ。わかったら、今やるべきことに集中することだ」


「わかったよ。僕だって、自分たちが彼女たちに劣っていると考えたわけじゃないさ」


 ネムリがそう答えたとき、背後のほうから小石の転がる音色がした。

 バトルフィールドにおいて、意味もなく音があがることはない。音の発生、すなわちモンスターとのエンカウントである。


 二人が素早く背後を振り返ると、廃墟の中から複数のモンスターが出現した。

 錆びた刀と盾を掲げた、人間の骨。スケルトンである。

 骨のぶつかる音をカタカタと鳴らしながら、五体ばかりのスケルトンがネムリたちに追いすがってきた。


「なるほど、だから『死者の町』か。ここにはアンデッド系のモンスターが配置されているようだね」


「でも、姿を見せたのに攻撃が遅いね。普通はすぐに戦闘開始なのに――」


 そのように言いかけて、ネムリは『ミスリル・ハンマー』を後方に振りかざした。

 自分でも理由はわからない。ただ、そうするべきだと本能が告げてきたのである。

 結果、背後から放たれた矢を、それで打ち払うことができた。

 そちらの廃屋からは、弓をかまえたスケルトンたちが三体ほど出現していたのだった。


「ふん。こいつらは不意打ちのスキルを持ってるみたいだね。よく無傷で防御できたもんだ」


「なんだろうね。『すばやさ』を上げた恩恵なのかな」


「とにかく、飛び道具のほうはボクが受け持とう。キミは得意の肉弾戦で、あっちの骸骨どもをバラバラにしてやるといいよ」


「了解」と、ネムリは応じようとした。

 その瞬間、横合いの路地から黒い人影が飛び出してきて、ネムリの身体に衝突した。

 地面に倒れたネムリの上で、「あうう」という少女の声が響く。


「何だよ、これ。腕が痺れちゃった……あ、あんた! こんなところで何をやってるのさ!」


 ネムリの上で騒いでいるのは、あのサキュバスめいた少女、イーブであった。


「き、君こそ何をやってるのさ? 他プレイヤーのバトルには干渉できないはずだろう?」


「知らないよ! あたしはただバトルしやすい場所を探してただけさ!」


 眉をひそめて右腕をさすりながら、イーブが立ち上がる。

 おそらく、ネムリへの衝突が「他プレイヤーへの攻撃」とみなされてしまったのだろう。ネムリの側には、不快な感触もダメージもない。


「おや、さきほどの愉快なバクくんか」


 と、女騎士まで同じ場所から姿を現した。


「他プレイヤーと遭遇するとは珍しい。おたがいの邪魔にならないように、距離を取ったほうがよかろうな」


 そうして女騎士はイーブの首根っこをひっつかむと、街路の端まで移動した。

 それを追って、今度は路地からモンスターたちが出現する。

 生ける屍、ゾンビの群れである。腐乱し果てた肉体で、不気味なうなり声をあげながら、ゾンビの群れは女騎士たちを追いかけていった。


「おい! そんな連中は放っておけ! どうせおたがいのターゲットには手を出せないんだ! 無視して、自分の仕事を果たせ!」


 ロギはスケルトンの矢を払いつつ、魔法で応戦しているようだった。

 そして、こちらのスケルトンたちはもうネムリの鼻先にまで迫っている。


 ネムリは気を取りなおして、『ミスリル・ハンマー』を一閃させた。

 一体のスケルトンが壁まで吹っ飛んでぐしゃりと潰れたが、すぐに再生して起き上がる。

 そしてその間に、四体のスケルトンが刀を振りおろしてきた。


 歩行は緩慢であったのに、太刀筋は鋭い。

 ネムリは迅速に飛びすさったが、斬撃が二筋、身体をかすめてしまった。

『30pt』『28pt』の数字が脳裏に閃く。


(かすっただけでこのダメージか。攻撃力は相当だな)


 ネムリの最大HPは、388である。雑な戦いをしていては、一戦だけで回復アイテムに頼ることになってしまいそうであった。


 ネムリは身を引いて、最初に一撃をくらわせたスケルトンのほうに走り寄る。

 たちまち繰り出された刀を弾き、脳天にハンマーを叩きつける。

 それでスケルトンは、四散した。


(二発で倒せるんだな。それなら、大丈夫だ)


 ネムリが後方を振り返ると、残り四体のスケルトンがわらわらと接近していた。

 その先頭にいたやつに、『飛燕の舞』のスキルをくらわせる。

 その二回攻撃で一体は消滅したので、残りは三体だ。


 覚えたての『飛燕の舞』は、次に使用できるようになるまで、五分少々はかかる。その間は、普段通りの戦法で対処するしかなかった。

 敏捷性を活かした、ヒット&アウェイである。巨大な『ミスリル・ハンマー』で相手を殴っては飛び離れて、また攻撃する。途中で一回、また相手の刀が肩をかすめてしまったが、そのダメージだけで相手を殲滅することができた。


 それから『青の首飾り』を発動させると、70ptの『HP』が回復する。

 差し引き、マイナス17ptのダメージで、ネムリは五体のスケルトンを始末することができた。


(よし、あとはロギの援護だ)


 そうしてネムリが後方に向きなおったとき、『雷獣の牙』という詠唱とともに、視界が青白い雷光に包まれた。

 十体ばかりもいたゾンビの半分が、それで消滅する。

 残ったゾンビは、女騎士が危なげなく斬り伏せていた。


「へっへーん! どんなもんだい!」


 その女騎士の背後で、イーブは得意そうに笑っている。

 さきほどの攻撃魔法は、彼女が放ったものなのだろう。


(攻撃魔法で大ダメージを与えて、とどめをもう片方が受け持つのか。さすがのコンビネーションだな)


 いっぽうネムリとロギは、二手に分かれて戦うことが多かった。素早さに隔たりがあるためか、息を合わせて戦うというのが非常に困難なのである。


(でも、これが僕たちなりのコンビネーションだからな)


 改めて、ネムリはロギのほうに駆け寄ろうとした。

 すでにスケルトンは、最後の一体だ。そいつは弓を捨てて、ショートソードでロギと斬り結んでいた。


(間に合えば、後ろから僕の一撃で――)


 と、ネムリが突進しかけたとき、その頭上を何かが飛び越えていった。

「え?」と目を向けると、半分腐った四本足の獣が、イーブたちに襲いかかるところであった。

 生ける屍の狼バージョン、ソンビ・ウルフである。

 そのおぞましいモンスターが路地から飛び出して、ネムリの身体を飛び越えてから、己のターゲットを襲撃したのだった。


 女騎士は、盾をかざしてその突進を受け止める。

 そしてイーブが、『炎の槍』の魔法を唱えた。

『炎の弾』の上位互換たる火の魔法である。

 それで炎に包まれたゾンビ・ウルフに女騎士が刀を振り下ろすと、その腐った肉体はあっけなく黒い塵と化した。


 それと同時に、『経験値375、ゴールド63を獲得しました』のアナウンスが脳内に響く。

 ネムリがぐずぐずしていた間に、ロギが最後のスケルトンを始末してしまったのだ。


「ごめん! 大丈夫だった?」


「もちろんさ。一撃だけ腕をかすめてしまったけどね」


 三体のスケルトンを相手にしてそれだけのダメージならば、大したものであった。


「ただ、どの魔法が有効かわからなかったから、ちょっと無駄撃ちしてしまった。いつでもMPを補充できるように、スタート地点からはあまり離れないほうがよさそうだね」


「うん。僕は三発もくらっちゃったから、もうちょっとスケルトンの動きに慣れたいかな」


 そうして二人が相談していると、背後から「やあ」と声をかけられた。


「さっき別れたばかりなのに、奇遇だね。他プレイヤーのスタート地点がこんなに近いというのも、珍しいことだ」


 それは、いまだ名も知れぬ女騎士であった。

 イーブはその背中に半分隠れるようにして、ネムリたちをねめつけている。


「それに、見事な戦いっぷりだったね。初めてスケルトンを相手にしたとは思えない動きであったよ」


 ずいぶんと、芝居がかった喋り方であった。

 なおかつ感情の読みにくい声音であるが、とりあえず害意は感じられない。

 ネムリがそんな風に考えていると、イーブが「ちょっと!」と険悪な声をあげた。


「そっちのあんた、いったい何なのさ? 武闘家でもないのに、どうしてそんなにすばしっこいの?」


「ああ、僕はスピードに特化してるんだよ」


「スピードに特化? 戦士のくせに、どうして?」


「どうしてって言われても……なんとなく、成り行きでかな?」


 イーブは、ぶすっとした顔で口をつぐんでしまった。

 すると、女騎士が低く笑い声をあげる。


「君の戦いは、特に見事だったよ。何だか、倍速の映像を見せつけられているような心地だった」


「ああ、外からはそう見えるらしいですね。自分ではよくわからないんですけど」


 だからこそ、ロギとのコンビネーションプレイが難しいのである。普段はまったく普通であるのに、いざバトルが開始されると、ネムリからはロギの動きが妙にスローモーに見えてしまうのだった。


「それに、そんなに素早いのに巨大なハンマーを振り回していて、おまけにアバターは可愛らしいバク人間だからね。なんともユニークなキャラクター設定だと思うよ」


 そう言って、女騎士はネムリのほうに手を差しのべてきた。


「さきほどは名乗りもあげずに失礼した。私の名前は、コンスタンツェだ。こっちは、相棒のイーブ」


「僕は、ネムリといいます。相棒は、ロギですね」


「ネムリとロギか。もうちょっと職業がバラけていたら、一緒にパーティを組みたかったところだよ」


 クールな外見とは異なり、彼女はずいぶん穏やかな気性であるようだった。

 イーブは面白くなさそうな表情で、その腕を引っ張っている。


「ね、もう行こうよ! たぶん、今夜はそろそろタイムリミットのはずだしさ!」


「ああ、そうだな。だけどその前に……君たち、よかったらフレンズ登録させてもらえないかな?」


「フレンズ登録?」


「何だ、知らないのかい? パーティメンバーではない相手との、唯一の通信手段だよ。これに登録すれば、通話アクセスとログインの確認をすることが可能になるんだ。同じペースでステージを攻略していれば、いずれ有効な情報交換なども期待できるのではないかな?」


 ネムリは了承し、ロギは拒絶した。

 そしてイーブはさんざん迷った様子であったが、最後には登録を申し出てきた。


「言っておくけど、コンスタンツェにちょっかい出そうとしたら、あたしが許さないからね!」


 こうしてネムリのフレンド帳には、『イーブ』と『コンスタンツェ』の名が記載されることになった。


「それでは、また会おう。明日の夜も、この愉快な世界が滅んでいないことを祈るよ」


 そんな言葉を残して、二人の奇妙なプレイヤーたちは廃墟の向こうに立ち去っていった。

 それからしばらくして、現実世界では目覚まし時計が鳴り響き、ネムリの二日目の冒険もそこで終結することに相成ったのだった。

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