IMAGICA.2-03 トライ&エラー
2017.11/20 更新分 1/1
ネムリはひとり、『第一の町』でぽけっとたたずんでいた。
ロギとパーティを組んで、ステージ2『妖魅の砂漠』に繰り出してから、およそ一時間後のことである。
噴水の広場にはときたま別のプレイヤーが現れたりもしたが、すぐにコハクタクを呼び出したり、アイテムショップのほうに向かったりで、ネムリのほうに目を向けてこようとする者はいない。おのおの、《イマギカ》におけるプレイを満喫している様子であった。
(退屈だなあ。僕もコハクタクとおしゃべりでもしてようかな)
ネムリがそんな風に考えたとき、少し離れた場所にまた新しいプレイヤーの姿が浮かびあがった。
それが真紅の甲冑を纏った魔法戦士であることに気づいて、ネムリはいそいそと駆け寄っていく。
「やあ、待ってたよ。ロギは、なかなか粘ったね」
ロギは頭をひとつ振ってから、ネムリの姿をじろりとにらみつけてきた。
「何だい、その言い草は。いったい誰のせいで全滅の憂き目にあったと思っているんだ」
「ごめんごめん。だけどさすがに、あの数のサンドクローラーはしんどいよ。手持ちの『黄のポーション』はひとつしか残されてなかったしさ」
パーティ『ロギとネムリ』は、結成してからおよそ一時間後に、ついにモンスターに敗北してしまったのである。
まずはネムリがすべての『HP』を失って、この『第一の町』に強制送還されることになった。その後もロギは一人で戦い続けることになったのであろうが、やはり挽回は難しかったようだ。
「あれって全部で十体ぐらいはいたよね? 半分倒せただけでも、上出来なんじゃないかな」
「ふん。ボクは八体目まで倒すことができたよ。『マジックポーション』があとひとつでも残されていたら、負けることもなかったはずさ」
憤懣やるかたない、といった口調で、ロギはそのように言い捨てた。
「やっぱりパーティを組んだから、モンスターの出現率も上昇したんだな。ボクはこれまで、五体以上のサンドクローラーに襲われることはなかった」
「だったら、四人パーティだと二十体のサンドクローラーに襲われることもあるのかなあ? ちょっと想像がつかないね」
「ふん。そのときは十体ずつで二回に分けて現れるんじゃないかな。二十体ものサンドクローラーが現れたら、足の踏み場もなくなってしまうよ」
そのように述べてから、ロギはウィンドウを操作して、深々と溜息をついた。
「宣告されていた通り、ゴールドの半分を没収されてしまったね。なんだか、屈辱的な心地だ」
「でも、モンスターに負けてもセーフティゾーンに戻されるだけっていうのも、コハクタクの言っていた通りだったね。現実世界の肉体まで死んじゃったらどうしようって気持ちも残ってたから、ほっとしたよ」
「ふん。そんなデスゲームだったら、みんなすぐにでもプレイをやめてしまうだろうさ」
ロギは音声入力でなく、指先でウィンドウを操作した。
現実世界の辺見千明はキーボードのタイピングに長けているので、そのほうが速いぐらいなのだろう。
「よし、『マジックポーション』を補充した。キミも十個だけ『黄のポーション』を購入しておくといい」
「え? たった十個でいいの? さっきのポイントにもう一度向かうなら、もっと必要じゃない?」
「その分、『マジックポーション』を多めに購入しておいた。キミのHP回復はボクの回復魔法で行ったほうが、長期的にはゴールドの節約になりそうだからね。キミの『ポーション』は戦闘中、ボクのフォローが間に合わない状況のときにだけ使うんだ」
「なるほど。了解したよ。……だけどそうすると、ロギばっかりゴールドを負担することになるよね。公平に、半分ずつ負担したほうがいいんじゃないのかな?」
「そう思うんなら、『マジックポーション』二十個分のゴールドをボクに譲渡することだね」
パーティメンバーの間では、ゴールドやアイテムを譲渡することが可能なのだった。
ネムリは「了解」と応じつつ、さっそく言われた通りの額をロギに譲渡する。
「ロギはもう少しで新しい武器を買えそうだったのに、惜しかったね。欲張らずに、攻略ポイントの手前で引き返すべきだったかなあ」
「……開始してすぐにこの経験を積めたのは、きっと無駄にならないはずだ。次は絶対に、あいつらを返り討ちにするぞ」
「うん。サンドクローラーの動きにもだいぶ慣れてきたから、僕ももう少しは上手く戦えると思うよ」
「だったら、さっさと出発だ。パーティ『ロギとネムリ』、ステージ2に移動」
問答無用で、ネムリはバトルフィールドに移送されてしまった。
しかし、不満を感じることはない。ロギに先んじて敗北してしまったネムリは、この《イマギカ》においてモンスター討伐の他に為すべきことは存在しないのだという事実を、まざまざと体感することになったのである。
再び熱砂の上を歩きながら、ネムリはその思いのたけをロギにぶつけてみた。
「ロギと離れていたのは数分間だけだったけど、すごく退屈だったよ。これでもしロギだけモンスターに勝利してたら、僕は何をするべきだったんだろうね?」
「それはそのときの状況次第だろう。今回の場合はボクも回復アイテムを補充する必要があったから、自力でスタート地点まで戻ることになる。その間、キミはスタート地点の付近でレベリングに励むべきなんじゃないのかな」
「なるほど。それじゃあ、ロギが町まで戻る必要がない場合は?」
「そのときは、中間地点で合流すればいい。他のパーティだって、そうしているはずだ。パーティを組んでいても単独行動の間はモンスターの出現率も調整されるだろうから、何も難しい話じゃない」
「なるほどなるほど。……あ、でも、町に強制送還されちゃったほうは、バトルの結果を確認することができないよね。しばらく戻ってこなかったら、モンスターを討伐できたんだって思えばいいのかなあ?」
ネムリの言葉に、ロギは呆れたような眼差しを向けてきた。
「何を言っているのさ。そんなことは、通話アクセスで確認すればいいだけだろう?」
「通話アクセス?」
「……パーティメンバー同士はウィンドウを通して通話アクセスすることができるんだよ。まさか、そんな基本的なことも知らなかったのかい?」
「うん。だって、ロギと出会うまではパーティを組む予定もなかったからさ」
歩きながら、ロギは深々と溜息をついた。
「戦闘中はそんなやりとりをしているヒマもないだろうけど、戦闘後に通話アクセスをして確認すればいい。これでキミの疑問はすべて解けたかな?」
「うん、了解したよ。そのときは、よろしくね」
ネムリがそのように応じると、ロギは気分を害した様子で肩をゆすった。
「それよりもまず、モンスターに敗北しないことを心がけるべきだろう。負けた後のことばかり心配するのは、感心しないね」
「ああ、もちろんさ。今度は何体のサンドクローラーが現れたって、撃退してみせるよ」
「ふん。サンドクローラーだって、このステージでは初級のモンスターなんだぞ」
ロギが宣告した通り、その後もさまざまなモンスターが現れて、ネムリたちを苦労させることになった。
人間の女性の上半身に蛇の下半身をあわせ持つラミアや、トカゲの身体に昆虫の肢が生えたヨーウィー、砂の巨人サンドゴーレムなど、ステージ1よりもバラエティに富んだモンスターたちが、『妖魅の砂漠』には準備されていたのだった。
また、モンスターばかりでなく、進行を邪魔する流砂や、巻き込まれるとHPを損失するハリケーン、奥底にモンスターの潜むアリジゴクの罠などが、ネムリたちを苦しめた。そういったトラップもひっくるめて、これは『ゴブリンの森』よりも格段に難易度が高いように思われた。
しかしそれでも苦痛や疲労を感じることはないし、状況が困難であればあるほど、攻略の意欲が高まってくる。敵が強力になったおかげか、獲得できる経験値やゴールドも飛躍的に上がっていき、昨晩と同じぐらいのペースでレベルを上げることもできている。ゴールドが貯まれば新しい装備を購入し、新たな攻略ポイントにチャレンジして、ネムリたちは着々とマップを埋めていくことができた。
また、その過程で、ついに他のプレイヤーたちとエンカウントすることもあった。
とはいえ、遠目に戦っている姿を発見したぐらいのものであるが、自分たちとは異なる職業のプレイヤーたちが戦う姿は、なかなかに興味深かった。
魔法使いは攻撃魔法を繰り出して、僧侶は治癒や状態変化の魔法で仲間を支援する。甲冑を纏わずに、素早い動きで敵に殴りかかっているのは、武闘家であろう。戦士や魔法戦士は定められた武器で攻撃しない限り、モンスターにダメージを与えることはできなかったが、武闘家は拳や蹴りで攻撃することも有効とされているようだった。
「そりゃあ武闘家は専用の武器や防具が少ないんだから、それぐらいの設定にしないと割に合わないだろう。それに、攻撃の確実性を上げる『きようさ』も高いから、素手の攻撃でも十分なダメージを与えられるのだろうね」
ロギは興味なさげな様子であったが、それでもネムリとは比較にならないぐらい、《イマギカ》のシステムを理解していた。
どれほど時間を重ねても、『FP』だけはネムリのほうが上回っている、というのが不思議なぐらいである。ネムリには、ロギほどこの《イマギカ》に適応できている人間は他にいないのではないかと思えてならなかった。
「理解の度合いと適応値は関係ないのだろうさ。キミのほうが、ボクよりもこの世界を楽しめている、ということなんだよ、きっと」
ロギに指摘されるまでもなく、ネムリはぞんぶんにこの《イマギカ》の世界を楽しんでしまっていた。
悩むのは、現実世界の自分にまかせておけばいい。どうせこの夢の中では《イマギカ》の正体を暴くことなどできそうにないのだから、楽しまなければ損である、といった心境であった。
そうしてネムリはロギとともに、その夜も《イマギカ》における冒険を楽しんだ。
それから何時間が経過したのか、レベルが20にまで達し、新たな武器を購入して、何度目かのチャレンジに取り組んだネムリたちは、ついにステージ2のゴール地点に到着して、初めてのステージボスと相対する事態に至ったのだった。