IMAGICA.2-02 妖魅の砂漠
2017.11/19 更新分 1/1
バトルフィールドのステージ2は、『妖魅の砂漠』という名前がつけられていた。
その名の通り、灼熱の砂漠地帯である。見渡す限りの砂の海で、ゆらゆらと陽炎がたちのぼっている。遥かな遠方には、ピラミッドやスフィンクスの影が浮かんでいるように見えた。
「今のところ、ボクに確認できたモンスターは、サンドクローラーとパズズだ。地面の下と上空に注意をしていれば、先制を取られることはないよ」
背中の盾を左腕にセットして、腰の刀を抜き放ちながら、ロギがそのように説明してくれた。
全身を鋼の甲冑に包まれているが、熱気に苦しめられることはないのだろう。ネムリも「暑い」と知覚しつつ、それを苦痛や疲労として感じることはなかった。
「ミッションクリアの条件は、どこかのピラミッドに潜むステージボスを退治することだ。三つの攻略ポイントに隠されている『鍵の欠片』を集めるというのはステージ1と同様だけど、それ以外にも色々なアイテムが各所に配置されているらしいよ」
ネムリにとっては初めて足を踏み入れる地であるが、マップにはロギの昨晩の軌跡が表示されていた。これもパーティを組んだ恩恵なのだろう。
「あと、砂漠のどこかにオアシスがあるらしくてね。そこでHPとMPを回復できるらしい。ゴールのピラミッドまではかなりの距離だろうから、そこを中継地点にすることができれば、回復アイテムやMPを節約することができるだろうね」
「へえ。そういう情報はどこから仕入れたの?」
「他のパーティの連中が自慢たらしく喋っているのを立ち聞きしたのさ。たぶん、デマではないと思う」
周囲の気配に気を配りつつ、ロギはずかずかと歩を進めている。
その後を追いながら、ネムリは「なるほど」とうなずいてみせる。
「そういえば、いったい何人のプレイヤーが真面目にプレイしてるんだろうね? 15000人も招待されてるわりには、ほとんど姿を見かけないんだけど」
「このゲームの性質上、町に留まる理由があまりないからね。なおかつ、バトルフィールドは広大で、スタート地点もバラけているようだから、他のプレイヤーにエンカウントする機会が少ないのも当然さ」
そのように述べてから、ロギはわずかに首を傾げた。
「でも、本当に15000人も招待されているのかな? コハクタクはそんな風に言ってたけど、何も証のある話ではないしね」
「うん、だけど、僕がログインしたとき、『はじまりの広場』にはかなりの人数がいるようだったよ。少なくとも、10000人ぐらいはいるように感じたなあ」
「ああ、そうか……キミは昨晩も午前0時前後に眠ったんだね?」
「うん。たしか、それぐらいだったはずだよ」
「ボクが眠ったのは午前の四時ぐらいだったから、そのときにはせいぜい3、4000人ぐらいの人数しかいないように思えたよ。……それでようやく納得がいった。あそこに居残っていた連中は、ゲームへの参加を拒否したってことなんだな」
「ゲームへの参加を拒否? って、どういうこと?」
「その時間、コハクタクとやりとりしている人間は、ボクぐらいしかいなかったのさ。他の連中は、デッサン人形みたいな姿のまま広場を走り回ったり、地べたで寝転んだり、ぼけーっと座り込んだりしていたよ」
確かにネムリもプレイ中に『はじまりの広場』に立ち寄った際、多くの木偶人形がそういう姿をさらしていたのを目にしている。そのときにはまだ各々のコハクタクが説得にあたっているように思えたが、午前の四時頃にもなれば、あきらめて引っ込んでしまったのだろうか。
「それじゃあ、今でもあの人たちは、あの姿のまま『はじまりの広場』にいるのかなあ? あの姿だと、動きは鈍いし喋ることもできないし、なんにも面白いことはないよね」
「なんなら、その目で確認してみたらどうだい? セーフティゾーンからセーフティゾーンへの移動は自由にできるらしいよ」
「いや、いいよ。その光景って何だか……ちょっと怖い感じがしない?」
「ああ。赤ん坊みたいに地面を這いずってるやつもいっぱいいたね。あれはもしかして、状況を把握できずに正気を失ってしまった人間の末路なのかな」
「もう、やめなってば。そういう言い方は、悪趣味だよ」
「悪趣味も何も、ごく客観的な考察さ。誰もがボクたちみたいにこの状況を楽しめるわけではないだろうからね」
やはりロギも、この状況を楽しんでいるのだろうか。
彼の適応値、3249という数字が、平均よりも高いのかどうか、ネムリには判別するすべもなかった。
「さあ、そろそろおしゃべりはおしまいにしようか。ここまで足を踏み入れたら、いいかげんにモンスターとエンカウントする頃合いだよ」
ロギがそのように言いたてると、まるでそれに応じるかのように、上空から何かの羽ばたく音色が響いてきた。
ネムリが慌てて視線を向けると、黒い異形の影が三体、太陽を背にして浮かんでいる。
「あれがパズズだ。ゴブリンよりは素早いし、魔法攻撃も仕掛けてくるから油断するなよ」
言ったそばから、パズズの一体が魔法の攻撃を繰り出してきた。
炎の魔法、『炎の弾』である。ゴブリン・シャーマンと同じ攻撃魔法だ。
サッカーボールぐらいの火の玉が、うなりをあげて飛来してくる。
ネムリが跳躍してそれをかわすと、別の一体が急降下してきた。
太陽の逆光から外れたことによって、ようやくその異形があらわになる。
それは、上半身が獅子で、両方の脚が鷲、尻尾はサソリ、そして背中に四枚もの翼を持つ、キメラタイプのモンスターであった。
その鋭い鉤爪の生えた脚が、ネムリに襲いかかってくる。
ネムリは身をよじってその攻撃を回避しつつ、パズズの脇腹に『モーニングスター』を叩き込んだ。
奇怪なわめき声をあげて、パズズがふわりと上空に逃れる。
その前肢の先端が、ぼうっと赤く輝き始めた。
こいつも、『炎の弾』を発動しようとしているのだ。
(まいったな。相手が空中じゃ、追撃もできないや)
そのように考えてから、ネムリはふっと思い至った。
パズズは空中だが、それは五メートルていどの高さに過ぎなかったのだ。
ネムリは、それぐらいの高さの樹木に潜んだゴブリンも仕留めた経験があった。
(もっと高く浮きあがれば、こっちの攻撃も届かなくなるのに。これも、『仕様』ってやつなのかな)
そんなことを考えている間に、『炎の弾』が放たれる。
それをかわしてから、ネムリはおもいきり跳躍した。
魔法を放ったばかりのパズズが、眼前に迫る。
ネムリが『モーニングスター』を一閃させると、パズズの肉体は塵と化して弾け飛んだ。
(HPは、オーク以下なんだな。それなら、あんまり怖くないぞ)
ネムリは、熱砂の上に降り立った。
それと同時に、別のパズズが『炎の弾』を繰り出してきた。
「うわ!」と身を伏せたが、耳もとに軽い衝撃が走り抜ける。ダメージポイントは、『23pt』だった。
(かすっただけで、ダメージ23か。ゴブリン・シャーマンより魔法の威力が強いんだな)
ネムリは再び跳躍して、パズズの頭部を殴打した。
「ギギィッ!」とうなり声をあげつつ、パズズは獅子の前肢で攻撃を繰り出してくる。
それを紙一重でかわしつつ、ネムリは再度、『モーニングスター』を旋回させた。
頭を砕かれたパズズが、消滅する。
ネムリが砂漠に降り立つのと同時に、ロギが三体目のパズズを討伐していた。
「ふう」と息をつきかけたネムリに、ロギが鋭く呼びかけてくる。
「気を抜くな! まだ終わってないぞ!」
ズズズ、と横合いの砂が蠢く気配がした。
慌ててその場から飛び離れると、砂の下から巨大なモンスターが出現する。
それは、体長5メートルはあろうかという、芋虫とも大蛇ともつかぬ不気味なモンスターであった。
頭部には、牙の生えた巨大な口しか見当たらない。うねうねと蠢く肉体は節くれだっており、そこかしこに半透明の繊毛が生えていた。
「こ、これがサンドクローラーってやつかい? ずいぶん大きいんだね!」
「口から吐く酸と、地中に隠された尻尾に気をつけろ! からみつかれたら、大ダメージをくらうぞ!」
ネムリはとりあえず、その口の正面に立たないように、砂の上を駆け巡った。
が、サンドクローラーは意に介した様子もなく、ロギのほうに向きなおってしまう。
サンドクローラーが、紫色の粘液は吐き出した。
ロギは悠々とその攻撃を回避して、首もとに斬撃を叩きつける。
さすがにステージ2の経験者であるロギは、こんな巨大なモンスターが相手でも危なげがなかった。
(どんな攻撃をくらったって、死ぬわけじゃないんだ。何も怖がる必要はないよな)
こちらに背を向けたサンドクローラーに『モーニングスター』を叩きつけるべく、ネムリは地を蹴った。
その瞬間、地中から長大なる尻尾の先が生えてきた。
電柱ぐらいの太さを持つその尻尾が、うなりをあげてネムリの脇腹を叩く。
頭の中に、『34pt』の数字が浮かんで消えた。
しかし、この世界で痛みを感じることはない。
ただ、一瞬呼吸が止まるていどの衝撃が、胴体を走り抜けていく。
その不快な感覚に耐えながら、ネムリは『モーニングスター』を振り下ろした。
ゴムを叩いたような感覚が、手の平に伝わってくる。
もう一度、と武器を振り上げてから、ネムリは慌てて横合いに飛びすさった。
今までネムリが立っていた場所を、電信柱のような尻尾がぶうんと走り抜けていく。
その尻尾の先端に、ネムリは『モーニングスター』を叩きつけた。
それと同時に、ロギもサンドクローラーの咽喉もとを長剣で斬り裂いた。
サンドクローラーの巨大な肉体が、黒い塵と化す。
それと同時に『経験値70、ゴールド13を獲得しました』というアナウンスが響き、さらにファンファーレの音色が続いた。
ネムリが、レベル11にレベルアップしたのだ。
「二人で分けてもこんなに経験値をもらえるのか。やっぱりゴブリンとはわけが違うね」
その場から足を動かしてしまわないように気をつけながら、ネムリはロギに呼びかけた。
ロギは面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らしている。
「あっさり追いつかれてしまったね。とっととボーナスポイントを割り振りなよ」
「うん、ちょっと待っててね。……ボーナスポイントって、『すばやさ』以外にも割り振ったほうがいいと思う?」
「そんなの、自分の好きにしなよ。……だけどまあ、ボクが一体のパズズを倒している間にキミが二体のパズズを倒せたのは、間違いなくスピードに特化した恩恵なんだろうね」
「そっか。それじゃあ僕は、今後もスピードに特化させていただこうかな」
◆ネムリ / おとこ / せんし / レベル11
◆HP:168 / 168
◆MP:0
◆FP:7133
◆ちから:37+18
◆きようさ:18+2
◆ぼうぎょ:36+30
◆すばやさ:54
◆かしこさ:8
◆けいけんち:1207
◆ゴールド:134
◆そうび:モーニングスター, はがねのかぶと, はがねのよろい
二発の攻撃をくらってしまったが、それもレベルアップのおかげで帳消しだ。
非常な満足感を覚えつつ、ステータスの数値を確認したネムリは、そこで「あれ?」と声をあげる。
「いつのまにか、FPが2000以上も上がってる……まだログインしてから三十分も経ってないのに、なんでだろう」
「…………」
「ん? あれ? ロギもFPが5481か。たしかさっきは、3200ぐらいだったよね?」
「ああ、そうだったかもしれないね」
「不思議だねえ。このFPは、どういう基準で上昇するんだろう」
そのように言ってから、ネムリはひとつの可能性に思いあたった。
「あ、もしかしたら、現実世界の友達に会えたからかなあ? 友達と一緒にプレイしたほうが断然楽しいから、適応値が急上昇するのも、まあ納得だよね」
「ど、どうしてキミと出会えたからって適応値が上昇するんだよ! いい加減なことばかり言うな!」
ロギは怒声を張り上げると、荒っぽく砂を踏み鳴らしながら歩き始めた。
「そら、移動したからまたモンスターが寄ってくるぞ。HPが全回復したんなら、もっと奥まで探索してみよう」
「あ、待ってよ。せっかちだなあ」
ネムリは、慌ててロギに追いすがった。
現実世界で事情を打ち明け合っていたときはあんなに不安であったのに、今はそれを上回る昂揚感に包まれてしまっている。
さきほどの言葉は大げさに言ったのではなく、ネムリは昨晩以上にこの《イマギカ》の世界を楽しく感じてしまっていたのだった。