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プロローグ ~IMAGICA.4& REAL.3~

2017.11/13 更新分 1/4

・第1章完結の第37話までは下書きが完成していますので、推敲が間に合う限りは毎日更新する予定です。

 優しくてやわらかい薄暗がりの中で、ネムリは安楽な眠りをむさぼっていた。

 ここは、夢の中である。夢の中で眠るという、それは稀有なる体験であった。


 ネムリは十日間、夢の中で戦い続けてきたのだ。

 これは、そんなネムリに対するかけがえのないご褒美であるのだった。


 昨日は、一晩中眠ってしまった。

 一昨日も、一晩中眠ってしまった。

 十日ぶりの睡眠というのは、あまりに魅惑的かつ甘やかで、ネムリもその誘惑から逃れることは決してかなわなかったのだった。


 しかし本日、その眠りは無粋なコール音で妨げられることになった。

 リンゴーン、リンゴーン、と、透明感のある鐘の音色が遠くのほうから響いてきて、やがてネムリの頭の中を埋め尽くしてしまったのだ。


 いったいいつからこの音色が響いていたのか、ネムリにはうまく知覚できなかった。

 しかしネムリは、その音色の正体を知っていた。それは、パーティメンバーかフレンズプレイヤーのどちらかが、通話アクセスを求めてきているときに鳴らされる着信メロディであった。


(誰だろう。ロギかな……さすがに三日連続で眠りっぱなしは、やりすぎだったかな……)


 寝ぼけた頭で考えながら、ネムリは虚空にウィンドウを表示した。

 しかし、そこに記載されているのは、実に意外な名前であった。

 ネムリは眠い目をこすりつつ、その通話アクセスに許可を与える。


「どうしたんだい、イーブ? 君のほうからアクセスを求めてくるなんて……」


『いいから、この扉をとっとと開けてよ! 何回コールしたと思ってんのさ!』


 イーブは、ネムリを嫌っているはずであった。

 何せネムリは、イーブを打ち負かした末に、この贅沢な空間――『眠りの宮殿』なるパーソナル・スペースを獲得することがかなったのである。


 それに彼女とは、最初からウマが合わなかった。

 というか、彼女のほうが一方的に喧嘩腰であったのだ。

 そんな彼女を大事な個人スペースの中に招待することはたいそう気が進まなかったが、かといってこのまま放置もしておけなかった。


「わかったよ……フレンズプレイヤー、イーブの入室を承認」


 暗がりの中に、光の亀裂が走り抜けた。

 大きく開いた扉から、見慣れたイーブの姿が飛び込んでくる。


「やあ、イーブ、いったいどう……」


「寝ぼけてないで! さっさと立ちな! それで、さっさと逃げるんだよ!」


 イーブが、ネムリの肩をわしづかみにしてきた。

 その妖艶なまでに美しい顔が、切迫感をたたえてネムリの鼻先にまで寄せられてくる。


 イーブは、実に魅惑的な容姿をしていた。

 髪は黒く、肌は褐色で、瞳は金色に輝いている。露出の多い黒ずくめの装束で、背中のマントは悪魔の翼のようにひるがえっており、ネムリは初めてその姿を見たときから「まるでサキュバスみたいだ」と思っていた。


(そういえば、サキュバスってのは夢魔のことだっけ。夢の中の世界だから、イーブはこんなアバターを選んだのかな)


 ネムリがそんなことを考えている間に、イーブは力まかせに肩を揺さぶってきた。


「ほら、立って! とにかくここから逃げるんだよ! あんただって、死にたかないだろう!?」


「さっきから、いったい何の話をしてるのさ? 夢の中で――《イマギカ》の中で死ぬなんてありえないだろ?」


「事情は後で説明するから! とにかく外に――!」


 イーブが金切り声でわめいた瞬間、宮殿の扉が音もなく閉ざされた。

 青みがかった薄暗がりの中で、ネムリは「あれ?」と小首を傾げる。


「おかしいな。そんなコマンドは入力してないのに……どうして扉が勝手に閉まったんだろう」


「やっぱりだ……くそ! やっぱりこういうことだったんだ!」


 暗がりの中で、イーブの金色の目が燃えていた。


「こうなったらもう、ログアウトするしかないよ! ネムリ、とっとと目を覚ましな!」


「ロ、ログアウトって? そんなの、自分でできるわけがないだろう?」


「いいから、起きろ! 目を覚ますんだよ! そうじゃないと、あんたも死ぬことに――」


 イーブがそのように言いかけたとき、背後の闇で空間がたわんだ気がした。

 反射的にそちらを振り返ったネムリは、息を呑む。


 闇が裂けて、その向こうにさらに濃密な闇が覗いている。

 そのブラックホールじみた深淵から、何か巨大な怪物が姿を現そうとしていた。


「な、何でパーソナル・スペースにモンスターが……ここだってセーフティゾーンのはずだよね?」


「そんなこと考えてる場合じゃないっての! いいから、あんたはとっととログアウトしてってば!」


 イーブが立ち上がり、その手をモンスターのほうに突きつけた。

 そして一声、「『雷神の咆哮』!」と呪文の声を張り上げる。


『雷神の咆哮』は、高レベルの攻撃魔法であった。

 青白い雷撃が、モンスターの頭部に炸裂する。

 しかし、そのモンスターはまったく痛痒を受けた様子もなく、深淵の向こうからずるずると這い寄ってきた。


 おぞましい、異形のモンスターである。

 上半身はカマキリで、下半身はムカデ、そしてその長大な尾の先にはサソリのような針が生えている。昆虫を複合させた、キメラタイプだ。

 ただし、その頭部だけは、いかなる昆虫にも似ていなかった。

 何というか、チューリップのつぼみみたいな形状をしており、目も鼻も口も見当たらない。そのせいか、そのモンスターは妙に無機的な感じがした。


「『雷神の咆哮』でビクともしないモンスターなんて、聞いたこともないな。いったいどのステージから紛れ込んできたんだろう」


 つぶやきながら、ネムリは武器を装備した。

 武闘会の賞品として下賜された『勇者の槌』――ではなく、以前から使っていた『巨神の鉄槌』である。『勇者の槌』のほうが明らかに攻撃力は勝っていたが、いまだ実戦では使ったこともないし、サイズ感も異なるので、使いなれた武器を装備したのだ。


「『大地の鎧』『大地の兜』『翡翠の首飾り』『風精霊の靴』を装備――とりあえず、こんなところかな」


 普段のバトルフィールドで愛用している防具とアイテムを装備する。

 そのかたわらで、イーブはまだわめいていた。


「馬鹿! あんたはとっとと目を覚ましなってば! 死にたいの!?」


「だって、自力で目覚める方法なんて知らないよ」


 ネムリは、『巨神の鉄槌』を振りかざした。

 その瞬間、大鎌のようなモンスターの前肢が、ネムリに向かって振りおろされてきた。

 その一撃を回避して、ネムリは跳躍する。

 敏捷性には、自信があった。何せこれまでに獲得したボーナスポイントは、のきなみ『すばやさ』に割り振っていたのだ。


『巨神の鉄槌』は、見事にモンスターの頭部をとらえた。

 確かな手応えが、ネムリの腕にも伝わってくる。


 しかし、ダメージポイントが表示されることはなかった。

 そして、ネムリの身体は空中でモンスターの前肢に捕らわれることになった。


 鋭いトゲのついた鎌が、『大地の鎧』の胸甲を軋ませる。

 そのとき、ありえないことが起きた。

 さきほど装備したばかりの防具やアイテムが、何のコマンド入力もないままに消失してしまったのだ。


 布の服一枚になったネムリの腹部に、鋭いトゲがずぶりと食い入ってくる。

 それと同時に、内臓をひっかき回されるような激痛が走り抜けた。

 それもまた、この夢の世界ではありえない現象だった


「痛ッ! ど、どうして《イマギカ》で痛みが――!?」


 混乱するネムリの眼前に、モンスターの顔が寄せられてくる。

 そのチューリップのつぼみじみた顔面が、ぱっくりと開かれた。

 その花弁の裏側にはびっしりと牙が生えており、そして、口腔の奥には粘液にまみれた眼球が隠されていた。


 その巨大な眼球からは、凄まじいまでの飢餓感が感じられた。

 ネムリはまるで蛇ににらみすえられた蛙のような心地になり、指一本動かせなくなってしまった。


 牙の生えたモンスターの口が、ネムリに覆いかぶさってくる。

 ネムリの足もとで、イーブはなおも叫んでいた。


「馬鹿、起きろ! 今すぐ起きろ! 起きろったら、起きろー!」


                  ◇ ◆ ◇


「起きろったら、起きろー!」


 けたたましい少女の声で、根室恒平は目覚めることになった。

 まぶたを開けると、幼馴染の蓮田結花が間近から恒平の顔を見つめていた。


「やーっと起きた! もう、どんだけ眠りが深いの? てっきり死んでるのかと思っちゃったじゃん!」


 笑いながら結花が身を引くと、見慣れた天井の漆喰が見えた。

 恒平の家の、恒平の寝室である。恒平は、夢の世界から引きずりだされた虚脱感を覚えながら、深々と息をつくことになった。


「それに、すっごい寝汗だね! 何か悪い夢でも見てたの?」


「悪い夢……うん、そうかもしれないな」


 恒平は、薄い毛布ごしに自分の腹を撫でさすった。

 痛みなどは、まったく感じられない。しかし、そこにはさきほどまで突き刺さっていた鋭いトゲの感触が生々しく残されていた。


「でも、可愛い寝顔だったよ? すぴーすぴーって、わんこみたいな寝息をたててさ」


 結花が、くすくすと笑っている。

 恒平は取り急ぎ思考を現実世界に切り替えてから、ベッドの上に身を起こしてみせた。


「で? 何で結花が、こんな朝っぱらから僕の部屋にいるんだよ?」


「あー、実はね、コウちゃんに貸してた漫画を返してもらおうと思ってさ。昨日の内にメールしとこうと思ってたのに、すっかり忘れてたんだよねー」


「漫画って……わざわざそのために、こんな朝っぱらから押しかけてきたの?」


「だって、今日は部活の朝練だったからさ。おばさんに言って、部屋に上がらせてもらったの」


 恒平は溜息をつきながら、ベッドの脇にある本棚に手をのばした。

 結花から借りていた少女漫画を三冊、そこから引っ張り出して、所有者の手に返却する。


「ん、ありがと。ごめんね、わざわざ押しかけちゃって。今日、学校の友達に貸すって約束しちゃったからさ」


 結花は、屈託なく笑っていた。

 恒平と同じ高校一年生で、中学時代から陸上部の活動に励んでいる。すらりと引き締まったスタイルをした、サイドテールの可愛らしい女の子だ。高校は別々になってしまったが、幼稚園から中学校までをご一緒していた、押しも押されもせぬ幼馴染である。

 恒平にとっては見慣れた姿であるが、妖艶なるイーブと顔をあわせていた直後だと、その健やかなる笑顔がたいそうまぶしく感じられてしまった。


(ま、色気の面ではとうていイーブにかなわないけどな)


 しかし、現実世界と夢の世界の住人を比較するのは、酷というものだろう。あちらは自分の意思で好きに容姿をデザインできる、いわゆるアバターであったのだ。


「あ、もうこんな時間だ! さっさと出ないと朝練に遅れちゃう!」


 そんな風に言いたてながら、結花は三冊の少女漫画をスポーツバッグの中に押し込んだ。

 そして、その代わりに引っ張り出した別の漫画を、恒平の鼻先に突きつけてくる。


「はい、それじゃあ、今度はこれね」


「また少女漫画? 僕、恋愛系はそれほど得意じゃないんだけどな」


「今度は恋愛系というより働くオンナ系だからだいじょーぶ! 絶対、面白いから!」


「ますます好みから外れるかも……だいたい、どうして頼みもしないのに、次から次へと漫画を持ってくるわけ?」


「だって、最近は口実でも作らないと、なかなか会うチャンスがないじゃん? 理由もなしに遊びに来てたら、周りの人たちに誤解されそうだし!」


「……誤解されたくないなら、来なきゃいいのに……」


「あー! 大事な幼馴染に、そういうこと言う!?」


 怒ったように眉を吊りあげながら、その目は笑っている。

 そうして結花は、制服のスカートとともに身をひるがえした。


「それじゃあ、もう行くね! コウちゃんも、二度寝なんてしないでよ? たまには早起きしなさい!」


「はいはい。朝練、頑張ってね」


 最後に無邪気な笑顔を残して、結花は部屋を出ていった。

 ベッドに座りなおした恒平は、あらためて自分の腹部を撫でさすった。


(あのモンスターは、いったい何だったんだ? 《イマギカ》にログインしてから、こんな痛みを感じたのは初めてだ)


 時計を見ると、時刻はまだ朝の六時過ぎだった。

 しかし恒平は、二度寝をして再び《イマギカ》にログインする気にはなれなかった。

 それぐらい、あのおぞましい姿をしたモンスターは、不気味で得体が知れなかったのだった。

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