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憧憬のお姫様と王子様の理想

作者: 菜摘キロ

※『理想の王子様』の王子視点です。

 第二王子とは非常に厄介な存在だ。第一王子と比べ将来の期待はされず、目立つことがなければ周囲からの関心も薄い。母が平民であり、後ろ盾のない王子であるならば尚のことだった。

 関心がないならばそれはそれで良かっただろうに、庶子という立場は、王妃である義母と異母兄姉からはひどく毛嫌いされる要因になった。

「汚らわしい子」

 投げかけられる侮蔑の言葉や視線というものは、幼い子には耐えがたいものだ。守ってくれる者もいない第二王子は、ただ彼らの目に入らないようにひっそりと、自室にこもり本を読む日々を送っていた。



 そんなある日、壮年の男が自室を訪ねてきた。

「ウィリアム・クラウディア殿下でいらっしゃいますね」

 柔和な笑みを浮かべたその男はコレット公爵と名乗った。優しい栗色の髪と髭を持つその人は、会わせたい娘がいるのだと言う。

 それまで彼の周りで笑顔の人間などいなかった。だから正直、その男は気味が悪くて、何か企んでいるのではないかと怯えたのだ。

 そうして引き合わされた少女がコレット公爵家の長女シェリルであり、僕の婚約者となる。


 初めて会ったとき、彼女は父親と同様に笑っていて――いや、父親以上に明るい笑顔を向けられて、僕は裏のない笑顔というものを初めて知ったのだった。

「初めまして、ウィリアムさま! シェリルといいます!」

「……初めまして」

 ラナンキュラスの花弁のようにフリルを重ねたドレスは、彼女によく似合っていた。薄く頬を上気させ、好奇心で輝く栗色の瞳は真っ直ぐ僕を見つめている。それが眩しすぎて僕は見ていられなかった。

 思わず視線を逸らして自分の姿を見直すと、その見苦しさが情けなくなる。

 地味で陰気な藍色の髪と、病人みたいな青白い肌。異母兄姉はその姿を見ていつも顔を歪めるのだ。

「ずっと仲良くしましょうね!」

 だからその言葉は信じられなくて、嬉しくて、その瞬間から彼女は僕の希望になった。



 僕にとっては幸運なことだったが、コレット公爵は変わり者である。

 厄介者の王子を押し付けられても意に介さず、快く受け入れてくれるのだから変わり者だ。「いつでも公爵家に来るといい」と言い、僕はその言葉に甘えてよく公爵邸へ出かけるようになった。公爵邸ではいつでも可愛い笑顔のシェリルが出迎えてくれる。彼女と他愛無い話をして、一緒に笑うことはとても楽しい。

 彼女はキラキラした笑顔で、よく童話を読んでいた。

 物語に出てくる“王子さま”はみんな完璧だ。紳士であり勇敢。金髪碧眼の麗しい容姿で美しいお姫さまの危機を救う。

 危機を救うどころか、僕はシェリルに救われている。

「ウィルはお話に出てくる王子さまみたいに素敵だわ」

 似ても似つかない物語の王子さまと比べて、彼女は夢見るように笑う。

 彼女は僕が理想の王子さまではないといつか気づいたとき、どのような態度をとるのだろう。それを考えることはとても恐ろしかった。

 コレット公爵が僕の境遇を憂慮し、こっそり公爵邸で家庭教師をつけてくれたことは幸いだった。彼女の理想の王子さまになるために―――優秀な“王子”になるためならば、何でもできる。それこそ、目障りな兄を失脚させるくらいは。


 愚かな兄は、自分が王太子であるという油断もあったのだろう。少し探れば高官と組んで汚職しているという証拠はいくつも出てきた。コレット公爵に少し力を借りて、兄とついでに王妃と姉王女を追放することなど簡単だった。

「汚らわしい庶子のくせに!」

 そう言って拘束された兄は、美しかった金髪を振り乱して地面に押し付けられた。その様子があまりにも滑稽で笑ってしまうと、傍観していた父が驚き怯えたような表情を見せた。

 公爵は「君が公爵家に入ってくれるのを楽しみにしていたんだけどなあ」なんて苦笑していたけど、シェリルの王子さまになるためだから仕方ない。後から彼らの追放を聞いた彼女はとても驚いていたけれど、ちゃんと笑ってくれた。

 しかし、散々人を詰ってきた彼らが初めて泣き叫ぶ姿を見て胸がすく思いをしたことは、なんとなくシェリルには言えないでいる。彼女の理想の“王子さま”は清廉潔白で、慈悲の心も持っている。いくら悪人でも苦しむ姿を見て笑うような――こんな歪んだ性格はしていない。



 王太子となると政務が増えて、なかなか彼女と過ごす時間がとれなくなった。僕が公爵邸へと行けないぶん、彼女が王宮へ会いにきてくれる。彼女と一緒にいるために王太子になったのに、これでは本末転倒だ。仕事を増やして彼女との時間を邪魔する奴らには腹が立つ。

 今日とて午後から彼女と約束をしていたにも関わらず、予定時刻を超過してもなかなか終わらない会議に苛立ちを隠せず議長を睨みつけると、彼は顔を強張らせた。

「そもそも草案がまとまっていない、話にならないよ」

 実のない発言を続ける大臣の言葉を遮ると議場が静まり返る。呆気にとられたような間抜け顔をした大臣が徐々に青ざめ、こちらの顔色を窺う様に視線を泳がせた。仕方がないためいくつか修正点を挙げて大臣が了承するのを見ると、議長は会議の終了を告げた。

 重苦しい空気の会議室を出て、僕は足早に私室に向かう。

 私室の扉を開けると部屋の隅に彼女がいた。僕が入ってきたことに気がつき、振り向いた顔がぱっと明るくなる。その様子に緊張感が緩むのを感じた。

「シェリル!」

「ウィル、会議が長引いてたみたいね。お疲れさま」

「うん。大臣とか高官の顔ぶれが結構変わったから、まだ混乱しててね。あれ以上話が長くなって君を待たせることになったら、逃げ出してたよ」

「ふふ、駄目よ」

 仕方ない人ね、そう言いたげに彼女が笑う。

 成長した彼女はずっと変わらず純真だ。人前で王子さまへの憧れを語ることは恥ずかしがるようになったけれど、今でも夢見がちなところは変わっていない。僕の歪んだ性根にも薄々気づいて戸惑いながら、それでも素直に受け入れてくれるのだから。

 たとえ嫌悪されたとしても、今更彼女を手放すつもりはないけれど。

「本気だったよ。シェリル。早く会いたかった」

 手をとって甲にキスを落とすと、彼女ははにかんで頬を赤らめた。


 彼女は笑顔が可愛い優しい人だ。

 僕は彼女の理想の王子さまにはなれなかったけど、彼女が幸せそうに一緒にいてくれるから、きっと許されているのだろう。

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