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モブ×ゲーム  作者: 衣太
生活
7/27

入居

 料理人になったとき、初期装備として貰えたまな板と包丁、鍋やフライパンをインベントリから出す。

 ……これ、別に装備する必要ないんだな。まあ武器ではないのだから当然だが、包丁も、特に装備する必要はなさそうだ。


 まずはパンだ。通りで仕入れた大きな食パンを少し厚めに切り、鍋に入れておく。……バットがあればそれでよかったが、現状そのような便利道具はないので深い鍋で代用。

 卵を溶き、砂糖(?)と牛乳を多めに加え、パンの入った鍋の中へ。これでしばらく置いておけば、卵液がパンに染みこむはずだ。ゲーム内で料理をしたことはないが、レストランで食べたあの料理が作れるなら、食材は現実に限りなく近いはず。


 次に刻んだトマトを小鍋に入れ、砂糖も加えて弱火で煮込む。作りたいのは、トマトケチャップだ。ちゃんと作るなら玉葱や酢も欲しいところだが、それが手に入らないので仕方ない。酸味の代用で生のトマトを少しだけ残してあるから、最後にこれを混ぜれば良いだろう。

 後で加えるように残しておいたトマトを小さなボウルに移し、フゥと一息。


 …………なんかやっぱり視線を感じるんだよな。



「えっと……ミッコさん、ですよね」



 そこに居たのは調律師の女性、ミッコだった。

 彼女はキッチンが見えるか見えないかくらいの距離にずっとおり、うろうろきょろきょろとしていたのだ。

 こちらに来ることはなかったので気にしないようにしていたが、やっぱり意識されてる。というか、さっき部屋に行った中ですぐにリビングに戻ってきたのは彼女だけだ。



「そうですよお、ミッコさんです」


「……何か御用でしょうか」


「いやいや別に? 料理男子って素敵やわあ……とか思ってただけやから、そんな気にせんといてなあ」



 京都訛りを感じるが、似非京都弁のような気もする。実際に京都の人間と会ったことがないので、これが彼女の“ロールプレイ”なのか、実際にどこかの方言なのかは分からない。というか、そこまでは考えないほうが良い気がする。



「そんなチラチラ見られてた気になりますって」


「ううん? 邪魔やったんならすまんなあ。ほうら、わたしも作業してますからな?」



 そう言うと彼女は、羽ペンと羊皮紙をパラリとこちらに見せる。

 何か書いてあるようだが、読み取れない。――おかしい。距離からしたら絶対読めるはずなのに、その紙に何が書いてあるのか分からないのだ。文字なのか記号なのか数字なのか、それすらも分からない。

 あれ、一体――。



「ああ、そういえば保護掛けとったんでしたわ。こうしたら、どうでしょ?」



 何か操作をすると、もう一度紙をこちらに見せる。そこに書かれていたのは記号とも、文字とも取れない謎の模様。一番近いのは呪術師の使う道具――つまり、呪いの道具だ。



「それ…………なんですか?」


「通称、インスタントマジックよお。そんだけで、君なら分かるんやないかなあ?」



 ……知ってる。それは、知っている。

 何せそれは、自分が生み出した“子供”の一人だ。



「君、自分が有名人って気づいてないんやなあ。あんなん、サイト見てる人だったら誰でも気づきますって」


「……あのビルドも、叩き台のつもりだったんですけど」



 溜息交りにそう返す。

 ビルド“インスタントマジック”。それはソードマスターと同じように、自分がサイトに上げたビルドの一つだ。

 調律師の専用スキル『譜面作成』に魔法使いの兼用スキル『魔道具作成』を組み合わせて作り上げた魔導書を、“消耗品”と見て、使用回数を1回に設定、戦闘中はその魔道書を“破り捨てながら”戦う、超短期決戦型の構成だ。

 普通に魔法を使うなら、一々魔道書にする必要はない。これのメリットは、通常使用回数が数回から数十回に設定されている魔道書の使用回数を1回にすることで製作時間を短縮、費用を軽減し、クールタイム、MP効率を無視して魔法を扱うことができるようになる、というところだ。

 魔道書は、一冊の作成に多大なMPを使用する。例えば火の魔法を10回使う魔道書に必要なMPは、同じ魔法を20回以上使えるほどのMP量だ。それでも、その魔道書を装備して戦闘中にその魔法を使う場合、MPは全く消費しない。クールタイムは存在するが、MP残量を無視して使える魔道書の可能性に気付き、そして組み上げたビルドだった。

 魔道書の形式を“本”ではなく“紙”にするには、紙に譜面を書く調律師のスキルが必須であり、紙の容量では複数回使えるほど魔法を書き込むことはできないので、1回限りの使い捨て譜面となる。

 しかし、“本”の形式を捨てたことで、MP使用量が極端に減ったのだ。火の魔法を1回使える紙なら、魔法1回分のMPで作れるようになった。それによって、普段戦闘していない時に大量に作っておき、戦闘中はそれを湯水のように破り捨てることでクールタイムもMP効率も無視した魔法の行使が可能になる。


 ――そんなビルドだ。完成に至らず叩き台として上げ、それに対して貰ったコメントも等しく「そもそも職業調律師だったらバフ以外使えなくない?」「バフって連打する必要なくない?」「魔法系の兼用攻撃スキルってショボいのしかなくない?」とまあ、つまりそういうことだ。

 調律師でなければ作れないのに、調律師の扱える魔法は、その全てがバフに特化している典型的バッファー。調律師の持つバフは元からクールタイムより長い効果時間があるし、MP消費量は確かに多いけれど全員にバフを回せられないほどではない。そんな職業で、インスタントマジックをしたところで意味がないのだ。

 攻撃魔法を持つ兼用スキルを採用し、それでインスタントマジックを作ったところで、次は調律師ではINT低いから火力不足だの、そもそも兼用スキルの魔法自体が弱いだの、まあ散々。


 発想は面白いと思えたので、誰かに弄ってもらいたくて上げたのだ。それでも、サイトの報告では、特に使用した者は居なかったように思える。そんな、ビルドなのに。



「うん、うん、叩き台って、君はよく言うとったねえ。けれどわたし――というか、一部のゲスな人が気づいてしまったんよ、このビルドの可能性に」


「……可能性、ですか」



 それを求めて叩き台にしたのだ。しかし、報告は上がらなかった。その理由が彼女の言う通り、“ゲスだから”というものだとしたら――



「ま、つまり、こういうこと」



 彼女はそう言うと、羊皮紙を破った。それが、インスタントマジックの条件だから――


 突然、視界が暗闇に覆われる。停電かと思ったが、それなら家に居る5人が何かしらの反応をするはず。今は、静寂そのものだ。

 パチパチと鍋に火を掛けるコンロの音も、回る換気扇の音も聞こえる。それなのに誰一人として焦ったような声を出していないということは、この現象は“自分だけ”ということになる。

 焦るな。焦って変に動くと今まさに小鍋で煮立ってるトマトとかが大変なことになるし、卵液に浸ってるパンを落とすかもしれない。なるべく動かない。暗闇で、どこに立っているかも分からない状態で直立するのは難しいと、ここにきて知れた。



「はい、おしまい」



 パンと手を叩いた音がすると、突如、全ての光が元に戻った。大丈夫、鍋は落としてない。



「……今のは」


「呪術師兼用スキル『妖術』にある、『暗黙』って魔法を閉じ込めた、インスタントマジックよお。さあて、君なら、今ので何をされたか、分かるやろなあ?」



 分かる。分かるのだ。

 彼女のやった行為。町中で使えないはずの“デバフスキル”を“プレイヤー”に使った行為。それの仕組みと、法則について。今の流れで、自分に分からないはずがない。



「デバフを、バフ扱いで閉じ込めたんですね」


「だいせいかあい。ほら、バフとかデバフってもんは、あくまで“有利な効果を与える”か、“不利な効果を与える”かって話なわけでなあ?」


「調律師の魔法はバフだけ。つまりデバフも、調律師からしたら“不利な効果を与えるバフ”って扱いになる――そういうわけですね」


「そうそう、ほうら、ゲスいことしか考えない人にしか気付かないトリックよ、こんなん発明しといて知らんぷりなんて、生みの親が呆れるわあ」



 くすくすと、彼女に笑われる。

 彼女の言うように、その発想には至っていなかったのだ。町中で攻撃魔法もデバフ魔法も使えない。しかし、バフ魔法なら使えるのだ。それを逆手に、調律師が“デバフを与えるバフ”のインスタントマジックを作り出す。そうすると、対象の指定されていないただの羊皮紙であるインスタントマジックは“町中でデバフを使えない”という制限を超え、“調律師の扱うバフ”として発動する。


 結果が、先ほどの暗闇だ。あれは目を見えなくする状態異常“ブラインド”と、言葉を喋れなくする状態異常“ミュート”が組み合わせられた妖術、『暗黙』の効果に他ならない。呪術師の魔法は魔法抵抗であるMNDではなく幸運の値LUCで対抗することになり、LUCの値が低い一般的なプレイヤーにとっては、ほぼ必中となる。対人戦においてはかなり強力な魔法だ。しかし抵抗も付きやすく、同一対象に続けて二回以上決めることは難しいとされている。



「有名になったら、結構悪さできそうですね、これ。ただ……」


「ただあ?」


「妖術のデバフを町中で発動したところで、何が出来るんでしょう…………」



 確かにゲスだ。町中に居るプレイヤーを突然暗闇なり、様々な状態以上にさせることができる。しかし、それができて何だと言うのだ。

 物を取るにも、そもそもアイテムはインベントリの中だ。装備品を盗もうにも、所有者設定のされている装備品は奪ったところで使用権限が与えられない。どれだけ高価な剣を盗んだところで、本人以外にしたらただの棒でしかないのだ。

 つまり、ほとんどの場合ただの“ドッキリ”にしか使えない。そう思えるのだが……。



「……ま、気付かないようなら、心が純粋なようで安心したわあ。こんなん、気付かん方が良いねん」



 最後の方はほとんど聞き取れなかったが、それでも、彼女が小さくクスリと笑ったことで、良からぬ使い方があることを予想できた。……なるべく、悪用されないことを祈っておこう。



「そんなわけで、わたしは生産職よお? そうねえ、作っとるもんは『生産職のためのPK対策アイテム』ってとこで、どうでしょなあ?」



 彼女はそう言うと、新しく取り出した羊皮紙に何か書き始める。

 まったく、とんでもない隙間産業を生み出してしまったものだ。料理人なんかよりよっぽど需要が少なそうに思えるが、きっと彼女なりの考えがあってのことなのだろう。




 あっトマトの水分大分飛んでる。随分長いこと彼女と話していたものだ。

 そろそろ、卵液もパンに染み込んでいることだろう。一人でやるには、一度に全ての工程を進行しなければならない。集中だ集中。


 卵液からパンを取り出すと、フライパンで軽く焼き目を付け、暖めていたオーブンの中へ。

 空いたフライパンはさっと拭くと、割って少量の牛乳を混ぜておいた卵を流し込み、手首のスナップを利かせて焼きながら成形。

 作るのは、フレンチトーストとオムレツだ。卵と牛乳使いまくりになってしまうが、他に食材がないのだから仕方ない。パンをそのまま齧るしかなかった彼女らにとっては、ちゃんとした料理を食べるのは二日ぶりのはずだ。あまり、文句は言われないことだろう。






「美味しかったー! ほらやっぱ連れて来て正解だったっしょ!?」


「ですねえ、随分朝食みたいなメニューでしたけど、美味しかったです。まさか二日でただのパンに飽きるとは思ってもみなかったですし、こちらに来てこんな美味しいフレンチトーストに出会えるなんて……あっ駄目眠気が……眠気が……」



 褒めるだけ褒めたらうつらうつらと船を漕ぎだした陽を、長身の八重が抱きかかえて部屋まで持っていく。丸二日ほど寝ていなかったのだから、突然糖の多い食事を摂取したら眠くなるのは当然だ。陽の血糖値は相当上がっているだろう。――この世界に血糖値があるのかは分からないが。



「ほんと、美味しゅうございました。ほうら、栄子、ちゃんとごちそうさま言いなさい」


「……ごちそうさまでした」


「えらいえらい、流石うちの子よお」



 そう言って、ミッコは栄子の頭を抱き、撫で回す。目つきの悪い彼女はくすぐったそうに全身を震わせているが、逃げる素振りはない。



「えーと、うちの子って、比喩ですよね? あの、家族ロール的な……」


「やや、実際、親子よ?」


「…………」


「ああだーめ、フリーズ禁止い。ちょっとあちらに居場所なくなってなあ、二人してこっちに来てるわけよ。あんま、気にせんといてなあ?」


「…………」



 あっ駄目思考が追いつかない。似非京都人のミッコと鍛冶屋の栄子はリアル母子? えーと、分かった。うん。親子揃ってネトゲ廃人とかよっぽどか? いや、廃人とは限らない。いや、けど廃人じゃなかったらコールドスリープしてまでゲームしなくない? いや、でもミッコのビルド知識はどう考えても廃人のソレでちょっと待てネトゲ廃人の娘が居るってリアル何歳だこの人!? あと娘ってこれ何歳からプレイできたっけと思考が巡り、よし、もう考えるのは良しとこう。うん。という結論に。


 まあ確かに、逃げ場としてはこれ以上のものはないのだろう。なにせこのゲームにログインした以上、たとえ肉親でも、強制ログアウトを求めることはできないからだ。全ては本人の意志によってこちらに来ており、外部からの干渉は受けないで済む。自分も現実世界から逃げてきただけなのだから、彼女らをとやかく言う筋合いはない。



「ほっとくといちゃいちゃしだすから大変なんですよ、この二人」


「私からはしてない! ていうかやめろ!」



 調合師のミキさんがそう言うと、今まさに撫で繰り回されている栄子が必死に反論する。

 うん、確かに見ていて飽きないかもしれない。少なくとも、止める気にはなれないものだ。娘を溺愛する母親、いいじゃないか。



「ええ全く。私の同性愛趣味がレズじゃなくて良かったですね本当に……」



 そんなことを呟くのは木工職人のユーリさん。うん、腐女子なんだね、分かったよ。そっとしておくね……。



「こんな女まみれの家にホイホイ押しかけてきて何もしないとか、ひょっとしてキヌさんはおホモな方なのですか?」


「ちげえ」


「意中の相手が居るとか……」


「居ません」


「けどその相手は実は男性! 禁断の恋に」


「なりません」



 駄目、この子の相手無理、僕には無理。助けてりっきゅん。あっ駄目リク呼んだらと余計めんどくさそう。助けて神様……。



「今男を思い浮かべた顔しましたね!?」


「どんな顔だそれ!」


「否定しない! つまり!?」


「違いますからね!!」



 ユーリさんと全力で応対する姿を、もう一人手の空いたミキさんがポカーンと眺めている。うん、君は清らかなままでいてください。腐女子と同じ空間で生活して影響されないのは大変かもしれないけど、強く生きて……。

 そう念じてミキさんに向けて親指を立てる。あっドヤ顔でグッジョブ返された。絶対意味分かってないなこの子。



「ほんと、専属でこの家の料理人になってもらいたいもんですわあ」


「ですです! この中でリアル料理できるのミッコさんくらいなんですけど……」



 ミキはそう言うと、チラリと隣でベタベタしている母子を見る。



「ああん私はパスパス。もう家事とかやりたくのうてこっち来たのにい」


「ってなわけなんですよ! ルームシェア二日目にして食卓事情大ピンチ! だから外食とかしようにも全員生産職で部屋に閉じこもってばっかの引きこもり体質だから誰も出ようとしませんし、無言であんまり味のしないパンと水を貪る生活は懲り懲りなわけです! いやまさか本当に二日で飽きるとは! って感じで、キヌさん来なかったらきっと今日夜誰も食べませんでしたよたぶん……」


「食事は毎日ちゃんと取ろうね……」



 空腹値が設定されているゲームなのに、食事を取る気にならないのは問題だ。今日一日試したところ、空腹値は20を下回った時点で肉体のポテンシャルが落ちる。その時は、歩くのすら面倒になるほどだ。

 いくら室内で全てが賄える生産職だとしても、きちんと食事を取らないことには生活など送れない。うーん、放っておくにはあまりに不安だ。こんな速度で家を買えてしまった者達だけの問題だろうが、放置しておくのは怖い。本当にパンと水だけで何週間も生活された日には、話を聞いたこっちが滅入ってしまいそうだ。

 ……ちなみに、宿を借りているプレイヤーなら宿に食堂があったり近場に飲食店があったりでそこまで食に不便はしない。本当に、“料理スキル持ちが居ない状態で、家を買ってしまったこと”が問題なのだ。折角家があるのに毎食外に食べに行くのはいくらなんでも面倒だろう。



「まあ、たまに作りに来る程度なら」


「ほんとですか!? 助かります! 一応主は八重さんなんで聞いてみますけど……あっオッケーですって!」



 ミキが八重にウィスパーで質問し、料理に来ることの許が出たようだ。

 料理は作りおきもできる。ただレンジもない状態では温めることすらできないかもしれないが、それでも毎日パンよりはマシな食生活をさせられるだろう。インベントリがあるのにキッチンには何故か物理的な冷蔵庫が置かれているのには、きっと意味がある。たぶん、こう、他の人も食べれるようにとか、そういう配慮だ。



「ていうか八重さん遅いね。寝かしつけてるのかな?」


「や、あの二人デキてるんで、きっと朝チュンまで戻ってきませんよ」


「……うんユーリさん、食後にそういう話はやめようね」


「マジな方なのに…………」



 悲しそうにユーリさんは呟く。うん、気にしないでおこう。彼女の言葉は話半分に聞こう。ミキさんは、また何も分からないかのようにキョトンとしている。この子はずっと純粋なままで生きて欲しいと心から願って親指を立てる。あっまたドヤ顔で返された。



「もう寝る!」



 その空気を破ったのは、食後ずっと撫でくりまわされていた栄子だ。ミッコの拘束を解くと、走って自室へ向かう。ミッコさんが足音を立てずに追いかけていくのにはたぶん気づいてない。うん。今「ギャー! 来るな!」って声が聞こえたが、気にしないでおこう。あっ扉閉まった。お大事に……。



「なんか、騒々しい家だね」


「ですねー! なんか兄弟姉妹がいっぺんにできたみたいで嬉しいです! 私一人っ子だったんで、こういうの憧れてたんですよねー……」



 ミキさんが遠い目をしてる。あっもしかしてこの子も割とアレなリアルをお持ちなのかもしれない。うん、なるべく触れないでおこう。ユーリさんは「フヒッ……性転換すればどっちもイケる……」とか呟いてる。うん、近寄らないでおこう。

 駄目だ、中々この空間は辛いかもしれない。ピュアだが重そうなミキさんと、真っ黒で怖いユーリさんの二人と一緒は、会話の調律が難しい。調律師、娘で遊んでないで助けに来てくれ。



「じゃ、そろそろ出ようかな」


「あれ、泊まってかないんですか? どうせ部屋空いてますし」


「……空いてたっけ?」



 確かこの家には6部屋しかないと説明されたはずだ。いや、一般的には「6部屋もある」なんだろうが、10以上も部屋がある祖父宅で暮らしていた感覚では、別に多くは感じない。



「私とユーリさんが一部屋ずつ、八重さん陽さん、ミッコさん栄子さんの二人が同部屋なので、二部屋空いてるんですよ。なんで部屋余ってるのに自分の部屋にしないか分からないんですけど……」



 うん、それにはとても深い深い事情があるんだよ。そっとしておこうね。何も知らないままの君でいてね。



「さっき八重さんもウィスで部屋使っていいって言ってましたよ。なんてったって、専属料理人様ですし! どうぞどうぞご自由に」


「男連れ込む時は、私に相談してね……」



 折角ミキさんに良いこと言われたのに、ユーリさんで台無しだった。いや、まあ、こんな女所帯の家に男の友人を連れてこれるとは思えないのだが。リクならいけるだろうか。リアルではあんなだが、ゲームでは金髪ショタアイドルだ。……よし、全員興味なさそうだな。女受け狙ってるはずのキャラクターなのに誰にも興味持たれなそうで凄い。この家の人達すごいよりっきゅん……! うん、ユーリさんがニタァ……って笑ってるのが怖いから君のこと考えるのやめとくね。



「一号室が空き部屋で、二号室が私、三号室がユーリさん、四号室がミッコさん達で、五号室が八重さん達です。六号室は今物置になっちゃってるんで、一号室へどうぞ!」


「……了解。じゃあ、お言葉に甘えて……」



 宿屋からこの家はそれなりに距離がある。それに、どうせ朝食を作るならこの家に居たほうが都合が良いのだ。

 普段なら「ハーレムやったー!」みたいなリアクションができそうなこの環境でも、何故か全くそう考えれない。良くも悪くも、“家族感”というものだろう。……まともそうな人間がミキさんくらいしか居ないというのはありそうだが。


 二日目の夜は、賑やかに終わるのだった。

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