発想
『キヌさーーーーーーーーーーーーーん!!!』
レストランを出ると、突然大声が響く。
キョロキョロと周りを見渡すが、こちらに向かっている人は居ない。というか、視界に入る範囲内に、プレイヤーが全く居ない。このあたりにある職業訓練所はこのレストランだけであり、ここに用がないプレイヤーは誰も近寄らないのだろう。……勿体ない。ゲーム開始してこんな早く美味しい料理を食べ、味覚エンジンの存在を知れるのだから、一度は来る価値があると思うのだが。
ちなみにステータスの空腹値を見ると107/100となっていた。あっ100%も超えるのね。なんかどこまででも伸びそうだな。
お腹に何かがあるような感覚がある。これがきっと、ゲームなりの満腹感なのだろう。いや、最近お腹いっぱいご飯を食べることがなかったから忘れていただけで、元からこんな感覚だったのかもしれない。トネさんの作る料理は確かに美味しいが、全体的に栄養バランスが考えられていて、どれもガッツリ食べる系ではないのだ。あるものをどれだけ食べても、常に腹八分目にしかならなかった。
そうだそうだ、この大声の正体は――
「えーと、こうか」
右手を耳に当てる。確か、個人チャットをしている時、アバターがそんな動きをしていたはずだ。
「これで話せば……もしもーし」
『あっようやく返信来た! まったく、いつまで待たせてんですか!? こっちもうダグザでパーティ組んで狩ってるんですぐには合流できないですけど……あっ良かったら入ります? ちょっとこの狩り場確保したいんで迎えには行けないですけどここまで来てもらえたらパーティ申請します!』
怒涛の勢いで話すのは、少年のような声の持ち主。昨晩から電話を重ねていたネトゲ廃人の友人、リクだ。
「あー、ちょっとまだアラド出れてないから今回はスルーかなあ」
『あれ、キヌさんにしては遅いですね。なんかビルドに不都合でもあったんですか?』
そう問われる。なんか、普段の電話とあまりに違う声の高さ、話し方を聞くと、同一人物には思えない。
「これでボイチェン無しなんだからなあ……」
耳にあてていた手を外し、そう呟く。彼の声が変わるのは、声を変化させるためのソフトなどを入れているからではない。――キャラクター性だ。
彼はどんなゲームでも、“元気な少年キャラ”を演じることに全力を尽くしている。リアルの本人も割と童顔だから未成年に見えなくもないが、ゲーム内ではもっと若い。表現する年齢が15歳と言うくらいには若くなる。
ゲーム内でキャラを演じることに関しては15年以上の歴がある彼は、ゲーム内で決してキャラが崩れることはない。予想はしていたが、やはりこちらでもそれをするのかという少しの驚き。
『もっしもーーーーし』
「あっごめん考え事してた。なんだっけ?」
『まだアラド出てないって、ビルドどうするんです? 確かヘイトコントローラーの取得順だとアラドは呪術師だけ取って出るとかじゃなかったですっけ?』
攻略サイトのビルド紹介では皆にボロクソ言われたヘイトコントローラーだが、彼はちゃんと読んでくれていたようで少し嬉しい。あっちょっと泣きそう。でもたぶん彼のことだから「キヌはどの職業で最初に合流するか」だけを考えて読み直したのかもしれないが。そっちのが現実的だ。やっぱ泣きそう。
「あー、うん。ちょっと新しい職業あったからついそっちにね」
『ウィス届かなかったの2時間くらいありましたけど……ずっとプライベート空間居たんです?』
プライベート空間――つまり“チャンネル違いの”空間に居ると、個人チャット、ウィスパーは届かないのか。彼の発言でそれを知り、そして、彼がずっと自分に話しかけようとしていたことを知る。
お互い、どんなゲームでもID・キャラ名固定だからすぐに見つけれたんだろうね……。
「うん、野菜刻んだりしたよ」
『気でも狂ったんですか?』
「狂ってねえよ! 料理人ってのあったからさ、物は試しに」
『あー、正式版での追加職ですかね。で、それって残す価値あるような職なんですか?』
「あるかないかで言うと微妙かも? 作った料理にバフが乗るらしい」
『他は』
「特になし」
『や、それあるかないかで言われたら無し100ですよね!? なに悩んでんですか!? バフとか魔法職でどんだけでも載せれるでしょ!?』
あ、うん、彼に言われるまでもなく、気付いていた。
料理なんて作るのにも出すのにも時間がかかるアイテムを使わないでも、魔法職は魔法ひとつで様々なバフを乗せることができるのだ。それに、その倍率は驚くほど高い。バフに特化した魔法職ビルド“バッファー”は特にそれを得意とし、逆に敵の弱体を主とする魔法職ビルドは“デバッファー”と呼ばれ、どちらも大規模戦闘においては必須級のポジションとなる。
そんな中、料理はなんだ。食べたらバフが乗る! 以上だ。それだけなら、魔法の方が手っ取り早いし効率も良いし何より職業欄を潰さない。
あ、そういえばさっき食べたパスタとグラタンのバフは、とステータス欄をチェックする。
≪空腹値減少度軽減≫――何か分からなかったので文字を指でタッチすると、説明文が出てくる。「6時間の間、空腹値が減少する速度を緩和します」そんだけかい。
≪体力増強≫――初期HPが100で今130だから、倍率は30%。魔法職がこれだけの倍率のバフを乗せるには、短くない育成期間が必要だ。ちなみに制限時間が書かれており、10時間とある。……これ、たぶん消化する時間だな。
「今バフ確認したけど、悪くないかも? 今の時点でHP30%アップついてるし」
『それ、キヌさんの料理でです?』
「…………NPCのだわ」
『…………』
あのオバチャンがスーパーベテラン料理人であることは明白であり、その彼女のスキルは数値的にも相当育っていたのだろう。となると、このバフ値を出すには、彼女並の努力が必要な可能性がある。
……正直、それは大器晩成にも程がある。せめてスキルレベルではなく料理の味でバフの値が左右されれば多少は望みがあるが、食材も何もない現状試しようがない。
「ま、まあ、一応料理人のままビルド構築できそうだし、ね?」
『戦闘職以外だとパーティ組むの断られまくりそうですよね』
そういえば、このゲームそんなところがある。
例えば職業を鍛冶屋にしても武器装備スキルをセットすれば武器の装備ができるが、生産職では職業によるステータス補正が戦闘に適していない。それに、戦闘職の職業専用スキルには攻撃スキルがセットされていることが多いが、それは専用スキルなので生産職では使えない。戦闘職を選ぶのと比べると、どうしても火力が落ちてしまうのだ。
生産職だけの話ではなく、例えば職業を魔法使いにしても剣を振るうことはできるが、ステータスは魔法寄りで攻撃スキルもほとんど使えないとなると、それはただの剣を持った魔法使いだ。
それ故、所謂“ガチパーティ”に生産職の加入を許すプレイヤーは少ない。
どれだけ装備が良く、どれだけパーティ貢献度の高いスキル構成をしていても、その全ては、それを専属でこなす戦闘職以下にしかならないからだ。
主な戦闘舞台をパーティに設定してある“ヘイトコントローラー”というビルドにおいて、パーティの加入を断られる要因として、“生産職である”という一点はかなり重要視される。
「いやでも、逆に考えるとさ」
『生産職選んだ時点で天地引っくり返ってますけど……何ですか?』
「どうせ好かれないヘイトコントローラーなんだから、別に生産職であるかは関係なくない?」
『…………』
あっ完全に黙られた。ボイスチャットなのに三点リーダが沢山見えたぞ今。
そう、自分のこの発想は間違ってはいないはずだ。どうせ完璧に組み上げられたところで価値を認められないビルドなら、そこに“生産職である”というマイナスが付加されたところでどうせマイナス評価ということに変わりはないのだ。ひょっとして俺は天才か?
「どうよこの発想」
『いや、まあ、確かに、ヘイトコントローラーをパーティに入れるような人なら、生産職が1人2人居ても文句は言わない気がしますね……』
「へへ、それほどでも」
『褒めてはないからね。呆れてるだけだからね。ほんと、キヌさんゲーム上手いのに修羅の道進むよね……』
「そんな褒められると照れるよ」
『だから褒めてないって!! いややっぱりちょっと褒めた。ごめん、たまに王道ビルドを組む方のキヌさん……』
「あんまり分身させないでくれる? 王道は王道になっちゃっただけで自分で考えた構築のはずなのに……」
『実際たまに影響力ありますもんね。ほらあれ、ビルド晒しにネタみたいに投稿してたソードマスター大和ってアレ、さっきから結構似た構成の人見てますよ』
「えっマジで? あんな武器スキルオンリー構築、普通の頭だとクールタイム計算しきれないと思うんだけど」
『やーそれが実際に居るんですわ。序盤だからクールタイム長くてやりやすいってのもあるかもしれないですけど、パーティの一人もそのビルドですし。偶然かと思ったら知っててやってるって言ってましたよ。ほーら、たまに影響力あるじゃないですか』
「まーじか。アレ叩き台のつもりだったのに……」
あんなもん実際に使いこなせるプレイヤーが居たのか。ていうか、本当に居るのか?
簡単に言うと、ステータスをSTRに尖らせてることで装備重量上限を増やし、とにかく大量の武器装備スキルに大量の武器攻撃スキルを入れ、それぞれのクールタイムごとに武器を交換するという頭の悪い構築だ。自分で試した時は4本目の武器攻撃スキルを追加したところで「あっこれは管理しきれないな」と気付いて、叩き台としてビルド晒しに投げていたというのに。
実際にこなすには、違う種類の武器を手に持っている間は見ることのできない他武器攻撃スキルのクールタイムを脳内で刻み、それらを切り替え続けないといけない。外部ソフトでタイマーがセットできる環境なら使えるかなという程度で、まさか自分の脳で全てを処理しないといけないこの世界でそれをする者が居るとは思ってもみなかった。
ビルドを投げたらそれで満足ということも多く、行く末を見守っていなかったのはあるが。
「いや、まさかアレがそんな使われるとは」
『ふつうの人はキヌさんみたいに複数ビルド試す暇人じゃないですからね。まあ一度良いなって思った奴をずっとやるんですよ。――すると、こういうプレイヤースキル依存するビルドは、何だかんだで回せるようになる。要は慣れですね』
「そんなもんかなあ」
確かに、そういう案件は多い。ゲームにおいても慣れ、行動のルーチン化というのは大きな意味を持つのだ。
実際、秒単位のクールタイムなら雰囲気で掴めるようにもなる。Aの後にBとCの行動をしたらAのクールタイムが回復している、のような単純な流れを思考の外で行えるようになれば、ABCABCABCという流れをスムーズに行うことができるとか、そういうものだ。それが複雑化し、何十個ものスキルの組み合わせをしたところで、そのようなルーチンさえ組み上げれば、覚えるのはスキルの順番、量だけでよくなる。
プレイヤーの熟練度によって極端に使用感の変わるビルドは、あまり自分の好きな部類ではない。どうせなら、“この構成なら誰がやっても強い”みたいのが分かるまで練りこんでから晒したいのだ。だから“ソードマスター大和”は失敗作でしかなく、ただの叩き台のつもりだったのだが……。
「そういえば、リクは今回も槍?」
『今度からはりっきゅんって読んでくださいね。ええ、けど片手槍二本持ちですよ。二刀流ならぬ、二槍流ですね。ランサーの槍術スキルに曲芸師スキルの棒術組み合わせた感じで、実はこれもキヌさんのソーマス理論参考にしてます』
「えっいまそんな呼ばれ方してんの!?」
ソーマスってなんだ。大和はどこいった。いやまあ元々がネットで有名な打ち切り漫画のネタであり、実際問題全く要らない単語だが。
『いやークールタイム調整のために武器複数装備する発想は皆あそこからだと思いますよ』
「ま、武器複数種類使うとスキル育成しづらいから一つに絞るのは当然の帰結だけど、じゃあ常に全部装備しとけば全部レベル上がるのでは? なんて誰でも考えることない?」
『いや考えませんて。普通使わない武器装備してるデメリットの方考えますから。スキルクールタイムで回すために常に全部装備しとくとか気が狂ってるとしか……しかも同種武器も使えないですし』
「でもそれしてんでしょ今」
『はい! 割りと強いです! 割と本人のスキル構成次第で使用感変わる類なんで、本人がやりやすいように組めますしね。王道を見つける方のキヌさんには感謝しときます』
「俺、そんな沢山居ないからね」
今はソーマス理論とまで呼ばれているらしいあのビルドは、叩き台としてはそれなりに意味のあった構築かもしれないと、彼の言葉を受けて思いが変わる。別に愛着があるわけでもないが、我が子が巣立つような感覚だ。
「ま、それはそれと」
ゲーム内で有効な組み合わせということが分かっても、自分が失敗作と決めたビルドを、今更組み直すつもりはない。
今回はヘイトコントローラーで戦うのだ。「タンクと役割被らない?」とか言われると泣くやつだが、厳密には全然違う。バフもデバフも不得手な支援職など価値が分からないというプレイヤーも多いだろうが、このビルドにはこのビルドしかできないことが確かにある。隙間産業も隙間産業だが、今はそれを楽しみたいのだ。
「構築終わるまで、ちょっと待っててね」
『はい! キヌさんが選んだビルドなんですから、きっと意味のあるものだと思ってますよ』
あっ最後にデレるのやめて。まだ何もしてないのに価値認められると複雑。
◇
「つーわけで呪術師のクエストも終わりっと。後は武器なんだよなあ……」
誰にも聞こえないくらいの音量で、ポツリと呟く。
問題は武器。構築が決まっているのに武器がないというのは違和感があるが、実際にそうなんだから仕方ない。
≪職業を呪術師に変更しますか?≫
そんなダイアログが眼前に浮かぶ。選択肢はノーだ。現状、料理人を外すつもりはない。
元々は魔法系である呪術師を職業として選び、それに様々なスキルを組み合わせる予定だったのだ。
呪術師の職業専用スキルには『呪術道具装備』というものがあり、ベータテスト時では下位互換も上位互換も存在しない、オンリーワン武器であった。大きな特徴として、魔法のステータスをほとんど上昇させない代わり、呪術師のスキルにヒット判定がなくなる、というものがあった。つまり、ターゲット指定をし、攻撃スキルを使用した時点でそれは必中となる。無駄打ちでMPを減らすのを避けることができるので、優先順位高めに予定していたのだが、それは職業を呪術師にしないと使えない。
呪術師として使う予定だった攻撃スキルは、ヘイト管理スキルが設定されたスキルツリーである『感染呪術』、他者のバフをコピーすることで自身の持っていないバフスキルを一時的に使える『類感呪術』の2つであり、これらは呪術師職を取得すれば全職兼用で使えるスキルだったので、コンセプト自体には影響しない。
ダメージも回復もせずヘイト管理のできる魔法『感染呪術』だが、実際使ってみると、実用性に欠けると言う意見がほとんどだった。
魔法攻撃職が自身にヘイトが貯まらないよう全力攻撃するのに採用すると、攻撃→ヘイト操作→攻撃→ヘイト操作の繰り返しとなり、DPS――ダメージパーセカンド、つまり1秒あたりの与ダメージは、ヘイトを貯めない程度に攻撃を控えた場合と然程変わらない。それに、2つの魔法を使うことでMP消費速度が激しくなる。
次にヘイトを貯めやすい回復職においても同じような理由だ。回復→ヘイト操作の繰り返しは時間的ロスが多く、即応性が求められる回復職では、それが致命的なロスとなる。
故に、中途半端な立ち位置だったのだ。様々な魔法職が一度は手を出し、効率の悪さから手放していくスキル、それが感染呪術。
ビルド、ヘイトコントローラーは、兼用するには効率の悪いヘイト管理魔法『感染呪術』を生かすためのスタイルなのだ。それは、ただ自身のヘイトを上昇させることでターゲットを集中させる壁職、所謂タンクとは全く違う方向性となる。……はずだ。実は成長曲線から算出した机上論なわけで、本当に実用性が高いかは分からない。ベータテスト最後に作った集大成とも言えるビルドだったが、レベル上限が決まっているベータテスト時点では、ソロ以外での実用性はほとんどなかった。あくまで、“今後の可能性に期待”というラインだったのに、これを捨てられずに正式サービス後も使うことに決めてしまった。
やはり、将来の分からない我が子を放ってはおけないのだ。
「ヒット判定がないから成立したわけじゃないけど、実際に当てること思うと難しいな……」
感染呪術に属するヘイト管理魔法は、そのほぼ全てが“次の攻撃に○○状態を付与”という特殊効果扱いであり、魔法を使っただけで発動するわけではない。次の攻撃にヘイト減少効果や次の攻撃にヘイト上昇効果という一般的な物から、“ヒットした対象のヘイト値と自分のヘイト値を交換する”という、味方を殴って調整しろ、というものまであるのだ。
それ故にヒット判定のない、火力のほとんどない呪術道具は仲間を殴るのにも有効に使えたのだが、職業を呪術師にしないとそれは使えない。
手数を高めないといけないので、近距離武器を持つわけにはいかない。それに、仲間を殴ることを思うと火力が高くともいけない。
うーん、悩ましい。確かに呪術師でなくともコンセプト的には成立するのだが、呪術師でないとコンセプト通りの行動が行えない。
攻略サイトさえ見れれば多少は参考になるスキルがあったかもしれないが、今それを見ることはできない。
ならば取る行動は一つ――
「町長さん、ちょいと質問」
「ん? なんだ若造、まだ残っておったのか」
会いに来たのは町長NPC。レストランのオバチャンが言うにはこの町長も“本当に居る町”が別にあるようだが、彼にはそう何度も会いたいとは思わない。
今話しかけたのは、それを聞きたかったからではない。
「遠距離で攻撃できる武器って、弓以外でどんなのがある? あっ兼用スキルで使えるもので」
プレイヤーからの質問に答えるため、上位権限を持っている町長なら、こういう相談にも乗ってくれるはずだ。
攻略サイトがないなら、情報を知っているNPCに問いかけるべし。ゲームとしては基本だが、チュートリアル専用の町で町長にする質問では、まあ、ない。
「魔法以外でか? 魔法ならどれだけでもあるだろうが」
「MP使いたくないから魔法はパスで」
「ならば曲芸師スキルのダガー、後は猟師の銃あたりか? どちらもこの町では取得できんが、ダグザに行けばNPCがおるぞ」
「んー……猟師の銃って専用スキルじゃなかった?」
確かベータテスト時代、採取系職業、猟師のスキル編成は、専用スキルに『銃装備』と『罠作成』、兼用スキルには一部の弾丸が作れる『実包調合』、刃物と弓の混合スキルである『狩猟武器』というスキル構成だったはずだ。
変更されたのだとしたら、どこが変わったのだろうか。
「それは以前の話だろ? 今は専用スキルに『解体』と『罠作成』、兼用が『銃装備』と『実包調合』『狩猟武器』だ」
「……なるほどなあ」
銃は、元から選択肢に入れていなかったものだ。
ゲームコンセプトは剣と魔法のファンタジーではあるが、この世界には普通にNPCの猟師が居て、猪とか兎とか鳩とかたまにモンスターを撃っている。ただし、それはあくまでNPCが相対する程度の敵に使えるものであり、対モンスターに使えるほどの火力を持っていないのだ。
そこで作られた職業が“銃士”という、銃を専門で使うガンナー系戦闘職だ。
STRの値で攻撃力が伸びる剣や、INTの値で火力が上がる魔法と違い、銃はステータスによる威力変動を受けない。それでも銃士が戦闘職として成り立つ理由は、ひとえに攻撃スキルの、異常に短いクールタイムが挙げられる。装備スキルしか持っていない猟師では使うことのできない銃士専用の『射撃』スキルは銃弾の威力や速度を増すことができ、スキルレベルを育て続ければ遠距離職としては中々の火力を誇る。単純な火力ではSTRの影響下がある弓にはとても届かないが、弓にはない連射力があり、遠距離攻撃職として銃士を選ぶプレイヤーはそれなりに居たのだ。
自分も、銃士を触ったことはある。本当にさわり程度ではあったが、可能性は感じたものだ。
で、話を戻そう。
「猟師スキルにあるのは、銃装備だけなんだよね」
「ああ。だから戦闘職が使うメリットはほとんどないだろうが、お前、生産職だろ? それなら悪くはないと思うが」
……確かに、自身の火力には全く期待していない。実際にその通りだ。
元から「当たりさえすればいい」という理由で呪術道具を予定していたのだから当然だが、パーティ狩りにおいてヘイトのコントロールを目的とするビルドでは、勿論ダメージを稼ぐことなどできない。あくまでサポート特化なのだ。
それならば、悪くはないかもしれない。あ、でも少しだけ気になることが。
「専用スキルの『解体』って? なんかの互換?」
「解体に互換性はないぞ。食材アイテムを分割することができるスキルだが、料理人スキルの『料理』があれば自分で解体もできよう。体力は必要だろうがな」
「……それもそうか」
肉の塊がボンと出てきて包丁で解体することくらい、スキルを使わなくてもできるだろう。一応、専門学校時代はジビエの解体まで行ったのだ。食材アイテムがどの状態でインベントリに収められるかは分からないが、たぶん、きっと大丈夫。
ならば、町長の言う通り、猟師のスキル『銃装備』は選択肢としてはアリかもしれない。
仲間を銃で撃つなど、いくら威力が低くてもやりづらいところはあるが。固定パーティ以外だとボロクソに叩かれそうだなと少しだけ心配するが、固定パーティ以外に雇ってもらえる気がしないのでそこは気にしないでおこう。
「あと『実包調合』って、銃士スキルの『弾丸作成』とは何が違うのかとかも、教えてもらえたり?」
「所謂下位互換ってヤツだな。『実包調合』で作れるのは猟師の銃スキルで装備できる散弾銃、小銃、拳銃だけだが、『弾丸作成』ならそれに加えて機関銃なり狙撃銃なりの弾も作れるってくらいだ。猟師スキルの銃を使う分には不都合ないだろうな」
「なるほど……なら別に、あえて弾丸作成取るほどでもないか」
「だろうな」
『弾丸作成』は、銃士で取得できる全職兼用スキルだ。矢や弾丸、その他攻撃用消耗品の作成を専門とする生産職が居たほどには需要があるものだ。自身では全く育てず、スキルレベルを育てている生産職から弾を買った方が戦闘職としては効率がいい、というのは大きい。
だが町長の言う通り、猟師の銃ならそれらから買う必要すらないだろう。なにせ攻撃スキルのない猟師では、銃を使ったところで火力職には遠く及ばないのだ。それこそ味方も撃つ弾なのだから威力など0でも構わない。当たれば何でも良いのだ。
コスト削減の意味でも、自身で弾を作れるというのはありがたい。消耗品で戦うプレイヤーは他プレイヤーと同額の修理費を払いながらも消耗品の補充をする必要があり、どうしても出費が嵩むからだ。
「町長さんありがと、まだどっかで」
「おう。今度はこういうこと聞いてくるんじゃねえぞ」
町長に別れを告げ、村唯一の出口に向かって進む。そこを出れば、もうこの町には戻ってこないのだろう。
少しだけ、悲しいと思える。これまでストーリーにはあまり興味を持たなかったのに、実際にNPCと話し、接することができるこの世界においては、こうも受け取り方が違うとは。
この町で出会った人々とも、またどこかで会うのだろう。限りなく人に近いNPC達と、またどこかで話す日が来るのだろう。それを思い、悲しみは取っておこう。