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モブ×ゲーム  作者: 衣太
生活
3/27

権限

≪プログラム・ノア≫


 それはMMORPG“garden”のクローズドベータテスト中に流行った、一つの噂。

 元々は、あるNPCがバグにより口走ってしまっただけの発言だが、そこから様々な尾ひれがつき、オープンベータテスト時には、それ目当てで新規プレイをする者が居たほど、ゲームの外でも大きな噂になったのだ。


 曰く、このゲームには人が入ることができる。

 曰く、このゲームには人を閉じ込める機能がある。

 曰く、このゲームのNPCは生身の人間である――etc......


 どれも、信じるに値しない噂であり、インターネットによくいる、ありもしない業界裏話を語る人によって拡散されてきた。

 そもそも、オンラインゲームgardenはフィクションによくあるようなVRMMOなどではない。世間的にはようやくスマートフォンを用いた拡張現実が一般的になった程度で、VRゲームというのは目にゴーグルを、体の各部にセンサーを取り付け、広い部屋の中でゴーグル越しに映像を見、体を動かす疑似体験型のゲームでしかない。

 フィクションのように、ベッドの上で頭にマシンを取り付けて脳内でプレイできるようなものではないのだ。


 それなのに、プログラム・ノアの噂は異常なまでに広がっていた。虚構であるはずなのに、何故か信じて拡散する者の手によってだ。陰謀論を語られることが多い掲示板でも、よく話題になっていたほどだ。

 「あえて誰かが広めている」と。


 ただし、そんなものがなくとも、オンラインゲームを10年以上もプレイしている自分から見ても、gardenはとても面白いゲームではあった。

 綺麗な3Dのグラフィック、数多くの職業、スキル組み合わせの自由度、フリーターゲティングによる回避、攻撃の組み合わせ、壮大なストーリーなど。10年とは言わないが、ここ5年で最も優秀なゲームと言っても過言ではない。

 クローズドベータテストに当選してからは、猿のようにプレイしたものだ。ベータテストではどうせ途中までしかプレイできないストーリーよりも、正式サービス時に活かせる職業・スキルの組み合わせを重点的に調べ、スタートダッシュを決める準備をしていた。

 オンリーワンでなくとも構わない。優秀な組み合わせを見つければ攻略サイトで情報を共有し、そして、他人からの情報も参考にし、自分なりのプレイスタイルを見つけていく。そんなことをしているうちにクローズドベータテストは終わり、オープンベータテストが始まった。

 クローズドベータテスト時には当選しなかったプレイヤー、プログラム・ノアを信じたプレイヤー、過去のMMOで出会った友人たちなど、沢山のプレイヤーがgardenにログインし、自分なりの楽しみを見つけ、正式サービスを待ち望んでいたのだ。


 オープンベータテスト最終日、全てのプレイヤーが強制ログアウトされた、あの時まで。





「ん? メール?」



 もう0時だっていうのに誰だ。感想なら後にしてくれ俺は最終日の27時間連続プレイで眠気がMAX今すぐ寝たい。

 メーリングソフトを開き、メールの送信者を見ると『garden』とある。なんだ、運営からか。



「どうせ参加ありがとうございましたとか正式サービス時のテスト特典とかそういうのだろ」



 こんな時間に送ってくるんだ。何かしら有益な情報でも載ってるんじゃないかと眠い目を擦りながらメールを開くと、そこには『プログラム・ノアについて』とある。



「いやいやいやいやそんなん訂正しなくていいから。誰も信じてないから」



 一人で突っ込みながらもスクロールしていくと、そこに書いてあったのは想像を絶する内容だった。

 イタズラじゃないかとメールの送信者を何度確認しても、運営のアドレスでしかない。うーん、偽造メールか?



「こういう時は他の奴っと」



 スマートフォンを操作し、先程まで一緒にプレイしていた友人に電話をする。0,2秒ほどで繋がったのは、きっとあいつも同じことを考えていたからだろう。



「なんか変なメール来なかった?」


『あー来たこれ。マジでネットの噂まんまじゃんね』


「そうそう、で、どうする?」


『あー。やっぱキヌさんそう言うと思ってた。実は信じてるっしょ?』


「いやー信じたい。たった10万でいいんならそこらへんのDVD売れば作れるしよ」


『貯金してろやクソニート! ちなみに僕は愛しのダディからタカる予定』


「お前のが酷いじゃねえか豪族が」


『医者の息子に生まれなかったお前が悪いし僕は悪くないっつーの。真面目な話最近ソシャゲに金落としすぎて自分の金がない』


「重課金やめろよ。で、どうすんの?」


『実はやってもいいかなと思ってる』


「だよな、じゃあ信じる方向で。医者の息子さん的にはコールドスリープってのはマジであると思う?」


『いやマジでというか実際にあるよ。臨床実験ナーウだから今』


「えっ嘘」


『社外秘な。ウチも関係してるし』


「うわっそういう裏事情やめて。ゲームの話は?」


『なんも聞いてないけどまあ不可能ではないと思う。あとこの5万人っての、栃木のあそこだな。確かあそこなら5万くらい収容できたはずだし』


「友人が詳しくて嫌になるよ。しょーもねーポリゴンゲーになる可能性は?」


『どうだろうなー。人間の脳フルで動かせば多少の粗なら消せるだろうし、たぶんこれ、CPUに人間の脳使うって話だよ。そんじょそこらのマシンじゃな敵わないスーパーマシンの出来上がりだ』


「産業で」


『VRMMO 不可能 ではない』


「謝謝。えっマジで?」


『マジマジ。これまでは人道的観点で実験ができなかっただけだから、プログラム・ノアみたいに参加が自由意志ならどうとでもなるでよ。たぶんな。あとコールドスリープ中なら脳も冷凍されてるはずだから、電子的に脳のコピーを作ってそいつにゲームやらせて終了後差異を書き込むみたいな形になると思うな』


「難しいな。デスゲームになる可能性は?」


『0ではないけど医療発展への貢献度思うとたぶん0だな。3年もコールドスリープさせとける許可が5万人から降りるってなら、医療関係者大喜びだぜ。何せ臨床実験じゃないなら労基法も何もねえ。これまでのモルモットは労働者って扱いだったから1日8時間もしくは週40時間スリープしか許されなかったんだぜ、流石に笑うだろ』


「コールドスリープに労基法が適用されるなんて初めて聞いたわアホかSF涙目じゃねえか」


『実際にそうなんだよ。だからこれはマジで不可能じゃない。スパムって線も普通にあるが、いち医療関係者としては信じる方で行きたいな。5万人を3年間寝たきりのモルモットにできるとか、医療が何十年分進むんだよって話。自由意志やったー!』


「うわその反応からするとマジでマジなのかよ……」


『マジマジ。じゃ、ダディに説明してくっからまたな』


「ウィ。申し込んでみるわ」




 通話を切る。

 信じるか信じられないかの話をするつもりだったのに、まさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。



「つーか、VRMMOってマジか……」



 こんなことならもうちょっとマシなビルド組んどけば……いや、一通りは試したから王道走ることも出来るが……うーん。

 そんな思考をしながら、オークションサイトで部屋にある全ての物を売る準備を始める。マジネタなら明日にでもニュースになることだろう。とりあえず寝て、そっから考えるか。






「マジじゃねえか!!」


『だから言ってんだろ時差あってこっち夜中なんだけどそれ言うためだけに起こしたの!??』


「すまんかった! けどこれマジっぽいし俺行っちゃうよ? 行っちゃうよ?」


『勝手にしろ僕も行くけど』


「えっ日本戻ってくんの?」


『コールドスリープ設備あんの日本だけじゃねえよむしろこっちのが多いぞ! あーまあ日本人ほどノリノリではないだろうが』


「日本人乗り気すぎんだよ」


『それお前が言うな』


「つーか愛しのダディの反応はどうよ? 研修中の息子が3年間使えないとか微妙じゃね?」


『ダディにはちょっと反対されたけどやっぱ医者っつーか科学者肌はダメだな。最終的には息子をモルモットにできれば非合法実験何でもできるじゃんヤッホーイって感じで普通に了承』


「ドクズじゃねえか!」


『科学者大体クズだからな医者だけど。つーかキヌさん、どのビルドで行くん?』


「あー、色々考えたけどやっぱ王道は俺のやり方じゃないっつーことでアレよ、ヘイトコントローラー」


『あっ一番アホな奴で来た。将来性はあるかもしれんけどあれ本当に実用性あるん?』


「机上論だけどこの成長曲線ならいい線行きそうなんだけどなあ……」


『課金してスキル再振りアイテムとか買えないの分かってる?』


「分かってるわかってる。一応別箇で戦闘手段も組み上げてるから」


『あんまり変態ビルド組みすぎんなよ。パーティ組みづらくなる』


「ウッスまあ邪魔にはならん程度にするよ」


『ヘイトコントローラーとか自信満々に上げて攻略サイトでボロクソに叩かれてた奴でしょ、あんなん大規模戦闘専用だって。そんなレイド好きだっけ?』


「いやー別に。ただこれ、俺の計算が正しければ割とソロとか少人数パーティでも行けそうなんだよなあ。序盤は戦闘力不足で地獄そうだけど」


『ちょっとは手伝ってやるからとっとと前線来いよクソビルド廃人』


「うるせえクソ課金廃人」


『じゃあもう寝せておやすみー』



 一方的に電話を切られた。

 彼と話し、少しずつ実感が湧いてきた。


 コールドスリープ下における擬似VRMMO企画≪プログラム・ノア≫。

 募集人員は日本国内で5万人。名目としてはVRMMOよりコールドスリープ研究という面が大きくピックアップされており、予定年数は3年間。一人でもメインストーリーを攻略することができたならその時点で実験は終了となり、全てのプレイヤーが強制ログアウトされる。

 ゲームが面白くない、自分に合ってないなどの理由で途中で離脱することも可能だが、一度ログアウトをしたらコールドスリープ費用の問題で二度と同一人物がログインすることはできない。

 正式サービスを開始してからもコールドスリープ・プレイヤーの募集を続け、当選者は前述の理由でログアウトされ、空いた枠にそれぞれ埋まっていくことになる。

 コールドスリープによる後遺症に関しては、「あるかもしれないが、ないように全力を尽くす」とのこと。何せ大規模・長期間におけるコールドスリープ実験は世界的に見て例がなく、「何かあるかもしれない」ではなく「何があるか」を調べる実験なのだ。一応、死ぬことはないらしいが、記憶や言語、身体能力など、短期的に障害が出る可能性は0ではない。故に実際にコールドスリープする場合、何があっても訴訟等起こさないという誓約文の提出が必要となる。


 そして一番重要なのは、このMMORPG≪garden≫は、コールドスリープとは別に通常のサービスを開始する、ということだ。

 PCとコールドスリープVRMMOという土台の違いで、全く同じゲームというわけではないがゲーム設定等は同じであり、途中でのアップデートを共通化したり、片方で評判の良かったイベントをもう片方でも採用する予定があるという。PCでプレイして楽しくなったからコールドスリープに申し込む、ということも可能。勿論サーバーは違うのでゲーム内で一般プレイヤーとコールドスリープ・プレイヤーが会うことはないが、噂がなくとも期待されていたオンラインゲームタイトルということで、普通にPCでのプレイを希望するプレイヤーも多くいる。


 尚、3年間の拘束ということでほとんどの日本人は今の仕事を辞める必要があるが、ゲームクリアまでプレイしていた全ての人員の新規雇用先を斡旋してくれるという。ちなみに、途中でログアウトした場合は特になし、さようなら。


 初期コールドスリープ費用として10万円、賃貸マンション等に住んでいる者は住んでいた家・部屋を手放す必要があるので、施設への転居届を提出しなければならない。

 たった、それだけ。

 それだけで、ゲームの世界に入れるのだ。



「……楽しみになってきた」



 自分の今住んでいるのは、今は亡き祖父の持ち家だ。両親とは、会ったことすらない。俺を産んですぐに離婚したようで、子供を預かったのが育ての親である祖父だ。そんな祖父も、5年前に亡くなった。


 この家は祖父が“生涯契約”と雇ったお手伝いのトネさん一人が管理しており、住んでいるのは自分一人だけ。トネさんは毎日家に来、料理をしたり掃除をしてくれているだけだ。

 自分は、対人関係のトラブルで仕事を辞めてから、この家でタダ飯喰らいをしてるだけの無職のオタク。無職歴は、もうすぐ2年になる。ネトゲの無職先輩方に言わせると「たかが2年」のようだが、自分からしてみるとたまに異常な申し訳無さに襲われてディスプレイを叩き割りたくなる。大抵寝れば治る。



「トネさんも送り出してくれるようだし」



 というかトネさんは、一々食事を作りに来る必要がなくなるのでせいせいしているかもしれない。3年後に向けて、適度に掃除をしておくだけでいいのだから。

 そういえば、人の住んでいない家はすぐ傷むと聞いたことがある。まあ、元から1日23時間くらいはこの部屋で過ごしているのだから、人間が住んでないようなものだが。

 この現実に、置いてきたものなんて何もない。いや、アニメのDVDとかBDとか本とかCDとかは大体ネットオークションで売りさばいてから行くからデータ上の現金だけは残るんだろうが、初期費用の10万を引いてしまえば大した額は残らない。まあ、元々ニートなんだから金がないのは当然だ。今後のことは、ゲームから戻ってきてから考えよう。



「つーか、こういうの抽選だと思うけど普通に先着順なんだな」



 許諾の意思をメールに添付されたフォームに打ち込み返すと、それだけで登録は終了だった。

 当日までに気が変わってコールドスリープしない者なども居るだろうが、それは継続募集によって隙間をカバーするつもりなのだろう。どれだけのプレイヤーが3年間ゲームを続け、どれだけのプレイヤーが途中でリタイアするかは分からない。それでも、自分はきっとやり切るんだろうな、という自信があった。

 現実世界に置いていくものも、未練もない。ゲームの世界を思う存分楽しもうと、決めたのだ。









「あっこれ、マジか」



 なんというか、「マジか」以外の言葉が出ない。

 コールドスリープの機械に入り、正式サービスを迎えた瞬間、視界は暗転し、見慣れたキャラメイクの画面にたどり着いた。何もない空間にディスプレイが浮かんでいるような感覚だが、現実世界の生身と同じ感覚でマウス、キーボードを操作することができる。キャラメイクに関してはベータテスト時の設定のままにするつもりだったので特に変更なく、ゲームの世界に降り立った感想。



「いや、マジか」



 もう驚愕しかない。マジか以外出てこない。

 最初のキャラメイク画面を数秒で飛ばしたプレイヤーはそこまで多くないようで、視界にはそこまで多数のプレイヤーは居ない。

 種族・ヒューマンにおける始まりの街、アラドの一角だ。この町は然程広くはない。基本的にサービス開始時点の混雑を避けるために種族別に分けられているだけで、本当の初期街である第一都市・ダグザへは、この町で一定以上ストーリーを進行することで行けるようになる。ベータテストで散々慣らした自分なら、10分もあればダグザへ行けるはずだ。――そんなふうに思っていたのに、この町の姿は、足を止めるのに十分だった。



「ほんとに、ポリゴンとか見えないし」



 床を触ると、石畳の感触がある。石畳の冷たさも、削れてできたであろう僅かばかりの砂の感触も、足に触れると触った感覚も、触られた感覚もある。髪を引っ張るとその感覚もあるし、頬を抓ると痛みも感じる。

 確かに、ゲームの中でも痛みを感じると説明はあった。それでも、信じられるものではない。一定を超える痛みは緩和され、腕を切られてもちょっと擦りむいた程度の痛みしか感じないらしいが、それを今試す手段はない。


 どこを見ても、どのプレイヤーも自分と同じような行動をしていることが分かる。一秒でも速くスタートダッシュを決めようとキャラメイクを一瞬で閉じた皆が、同じなのだ。

 ……これ、人増えたらヤバそうだな。そう思い、とりあえず広場を出ることに決めた。


 この町で決めるのは一番最初の職業、そして武器。職業チュートリアルを受けるためにまずは町長に話しかけてクエスト開始だ。急ぐわけではないが、人が増える前にやっておかないと中々めんどくさそうなことに気付いたので、駆け足で進む。

 ……だってこれ、町長という一人のNPC――精巧すぎてどれがNPCかも分からないが、キョロキョロしてないのはきっと全部NPCだろう――に話しかけないとクエストが受けれないのに、もうしばらくすると、3万人以上のプレイヤーがこの町にやってくるのだ。町長の周りに3万人のプレイヤーが集まる状況を想像し、背筋が凍る。

 とりあえず急ぐに越したことはない。そう思って駈け出したが、同じことを考えているプレイヤーはそれなりの数居たらしい。皆が風景を見渡しながら町長を探し、そして、町長の元へとたどり着く。そこで彼をクリックしてクエストを――って、

 待て待て待て。クリックできねえ。マウスがねえ。どうやって話しかけるんだこれ。


 周囲のプレイヤーも、同じことを考えているようで、全員が町長を囲んで立ち止まる。なんだこのカオス。操作法のチュートリアルが今の時点で欲しい。



「なんじゃジロジロ見おって。儂の顔になんかついとるか?」



 町長がそんなことを口走る。はて、誰に言っているのかと周囲を見渡すと――あれ、誰も居ない。

 さっきまで、町長の周りに10人ほど集まっていたはずだ。それらが全員、視界に入らない。まさかログアウト? と一瞬考えたが、流石にそれはないだろう。



「黙ってちゃ分からんわい。用があるならとっとと言えい」



 そう凄まれると、一瞬ビクッとするからやめてくれ。対人恐怖症にこのミッション、中々難しいものがあるかもしれない。だってこれ、喋るしかないのだ。NPCと。NPCと!



「え、えーと、さっきまでの人は……」


「さっき? ああ、お前と同じ駆け出し共か。奴らは違うチャンネルに送られとるだけよ。すぐに会えるから心配するな。友人でも居たのか?」



 町長に言われて思い出すが、そういえば、クエスト系NPCにはチャンネル分けの機能があったはずだ。一人のNPCの元へあまりに大勢が押し掛けるとそのNPCの処理能力不足が起きることがあり、それの緩和の為のシステムだったはずだ。

 ビルド構築ばかりであまりクエストを受けることがなかったので、すっかり忘れていた。この世界においても、チャンネル分けは機能していることに驚きを隠せない。

 ……ということは、3万人がここに集まっても問題なかったのかもしれない。いや、流石にそこまで集まるとまともに歩くこともままならなそうだが。いやそもそもチャンネル分けって1人ごとに行われるのか。そっちの処理能力が心配になるぞ。



「別にそういうわけでは……えっと、ここで職業訓練を受けさせてもらえるって聞いてるんですが……」



 必死に脳内にテキストを再生し、言葉を返す。一度見てからは完全にスキップしていた会話なので、あまり細かいことは思い出せない。あまりフレーバーテキストに熱心に読む行為はしていなかったので、そもそも“どういう流れ”で、この町長のところに向かうのかも認識していないほどだ。攻略サイトで流し読みした記憶では、確か町長の元へ辿り着くまでも操作方法のチュートリアルがあり、最終的に町長の所で職業の斡旋という流れだったような……。

 ベータテスト期間、その手順は一度も踏んでいないので身に覚えはない。



「なんだお前もソッチか。今日はやけに若造が来るのう……」


「……はい?」



 ……この町長NPC、こんな台詞を言ったろうか。いやそもそも、最初の発言からしてそうだ。チャンネル等の説明はNPCではなくロード画面のTIPSとかで説明されるものであって、こんな場面でNPCが言うことはないはずだ。なんというか――あまりにも人間らしすぎる。



「ん? なんだ」


「今日、何人ここに来ました?」



 絶対に関係のないようなことを聞いてみる実験だ。こんな発言に対し、固定回答をプログラムされたNPCなら対応できるはずもない。

 その情報が記憶されていたとしても、それは端末であるこの町長には関係がない。もしもこの発言に回答できるなら、プレイヤーより上位の権限を持っている、ということになるのだ。



「お前で74人目だよ」


「……そうですか」



 あっさりと回答されて、思考が追い付かない。

 MMORPGにおけるNPCとは勝手に喋るだけ喋り、こちらには選択肢のクリックを求めてくるだけの存在のはずだ。それなのに、彼はなんだ。

 明らかにおかしい。権限どころか、こんな会話が成立すること自体、異常なのだ。

 スマートフォンの有名秘書アプリですら、こんなことを聞けばロクな返答は返ってこない。おかしい。おかしすぎる。



「お前の希望する職業はどういうものだ? 戦うか? それとも何かを作りたいか?」


「えっと……戦う方で」



 こんな質問されたことない! なんて返すのが正解なんだ!?

 確か町長の選択肢は「じゃあ剣で」「じゃあ弓で」とかそういう類の選択肢だったはずだ。いや、じゃあとまではなかった気もするが、そんな程度だ。どんだけテキスト読んでなかったんだ自分。

 好きな武器を聞かれて、その訓練所に案内されるとか、そういうのだったはずだ!

 そもそも、この町では物を作る職業、所謂生産職を選ぶことなどできなかった。質問に対し普通に返してしまったが、作りたいと言えば生産職の案内をされるのだろうか。

 ……試してみるか。



「弓なら東門の衛兵に、剣と槍なら……って何だ、何か言いたそうな顔だな」


「え、えっと、作る方だとどういうのが……?」


「この町だと料理人、細工師になれるぞ」


「……料理人?」


「そうだ、いくら若造でも料理くらいは分かるだろ」



 細工師はあったが、料理人なんて職業もスキルも、ベータテスト時にはなかったものだ。

 ……気にならないといえば嘘になる。どう考えても非戦闘職だし、そもそも料理とは装備品ですらない。装備品以外の生産職など、以前は一つとして存在しなかった。

 職業パターンは物理、魔法、生産、採取の4系統であり、種類も後ろに行くほど少なくなる。 生産には様々な武器防具装飾品の製作スキルがあったが、それだけだ。料理なんてどう考えても趣味路線の職業はなかった。しかし、未知の職業専用スキルを知れることを思うといちビルダーとして構築してみなければならない気もして……いやしかし、しかし、しかし……。


 そうだ、聞いてみれば良いのでは? やけに上位権限を持つこのNPCなら、そのくらい答えてくれそうだ。



「すみません、職業料理人の職業専用スキルって何があるんでしょう」


「『料理』だ」



 即答。いや、それはそうなんだろうけど。

 全ての職業には、職業専用スキルと、全職で使える兼用スキルがある。兼用スキルは専用スキルの下位互換なこともあれば、互換性のないオンリーワンスキルということもある。



「じゃあ兼用スキルは?」


「『料理』だ」



 あっこれ駄目なNPCな気がしてきた。ここに来て定型返答しか来ないとは思ってなかったが、定型返答を決めつけるにはまだ情報が足りない。

 なに、自分には3年以上も時間があるんだ。別にここでスタートダッシュを決めなければならないわけでもない。別に、いつでも追いつけるんだ。友人のネトゲ廃人共はとっくにこの町を出て第一の町へ行って狩りを開始しているような気もするが、彼らに強制レベル上げ――パワーレベリングを頼めると思えば、多少の遅れは取り戻せる。

 そう思い、町長に問いかける。まさかここで時間を使うことになるとは思っていなかったが、異常に発達している彼の応対システムと権限を信じよう。



「細工師の職業専用スキルは、何があるんでしょう」


「なんだお前、随分気が変わりやすいな? いや、何にでも興味を持つのは良いことだと思うが……細工師の職業専用スキルは『革細工』と『金属細工』、ちなみに兼用スキルには劣化版の『基本細工』、『刺繍』があるぞ。それ以外は自分で調べてみるといい」


「……なるほど」



 今、この男は自分が全職兼用スキルの内容を聞いてくるのを予想し、先回りしてそれの解答をしてきた。

 やはり、ただのNPCとは思えないのだ。応対システムどころか、自立思考するAIに近い。これを今も何十、何百人のプレイヤーに対し別チャンネルで応対しているというのだから驚きだ。


 今の質問には二つの意味があった。この男――町長NPCがスキルについて説明する権限を持っているかの疑問と、それの詳細を説明することができるかの疑問だ。



「もう一度教えてください、料理人のスキルは……」


「何度言わせるんだ? 職業専用が『料理』、職業兼用が『料理』だ」



 うん、なんとなく分かってきた。

 この男の返答パターンなら、一度やった行為――自分の質問に対して先回りして解答することは予想していた。それで、こう言わせたのだ。

 何が分かったかというと、料理人の職業専用スキル『料理』と職業兼用スキル『料理』は別のスキルということだ。

 もしも同じ物なら、「職業専用が『料理』、職業兼用“も”『料理』だ」のように、「が」ではなく「も」で接続するはずなのだ。それをあえて分けたということは、この男の接続できるデータベースにおいて、この二つは全く違うということになる。なにせ、細工師スキルのように、互換性の説明すらないのだ。

 文字と音でしか言葉を認識できないプレイヤーには分からないが、少なくともこの男を信じると、『料理』と『料理』は別のスキルということが分かる。うん、やっぱり勿体ない。


 ここで試さないのは勿体ないよ! ごめんね廃人共! ちょっと待ってて!


 多彩な職業・スキル・ステータスの組み合わせ――通称“ビルド”が数限りなく存在するゲームにおいて、ネトゲ廃人の古い友人共に「クソビルド廃人」とまで呼ばれてる自分が、知らないスキルに興味がないわけない。今のこのゲームに、攻略サイトなんてないのだから。

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