物森
「ミキさんが死んだ! この人でなし!」
「……君、割と余裕やなあ」
「余裕に見えますこれが!?」
ミッコと全力疾走をしながら、そんな会話をする。
基本的なポーションは全て継続回復系であり、瞬間的にHPを回復させることはできない。調合師だけがポーションを即時回復にするスキルを持っているが、そのミキはもう居ない。
「あっ自分次で死にそうなんですけど!!」
「奇遇やなあ、わたしもや」
「詰みましたねこれ!」
「せやなあ」
「どうしてこんなことに……!!」
そう叫ぶと同時に、背中に何かが追突してくる。後ろを見るまでもなく、背中に刺さったそれは腹まで貫通し、胸のあたりから白い牙のようなものが飛び出ているのが見えた。
HPが見る見るうちに減少し、そして、0になる。
その後は一瞬だ。一言も発すことなく一瞬の暗転の後、明るい町中に降り立った。
「…………なんか、凄かったね」
先に町に死に戻りをし、復活地点で待っていたアイとミキに、そんな言葉を投げかける。
彼女らにも悔しいという感情は見えず半笑いで頷き、しばらくするとミッコが同じように復活する。そうして、一行の挑戦が失敗したことを知るのだった。
◇
「とりあえず、敗因を纏めましょう」
全員レベルは高くないので、デスペナルティであるステータス減少時間はあまり長くない。適当に入ったカフェで30分ほど時間を潰してから森に戻れば丁度良さそうなので、ひとまずの休憩兼作戦会議だ。
「数ですね!」「ちょっと、あの数は……」「多すぎたなあ、敵」
「……はい、満場一致ということで。やっぱ、あの速度で敵増えるとどうしようもないですね」
インスタントダンジョンに入り、凡そ20分ほどで撤退することになったのは、やはり、敵の数が原因だろう。
4人で捌ききれる数ではなかったのだ。倒すたびに湧いたわけではなく、周辺全てのエネミーが近い順に向かってくるようプログラムされていたようで、それが組み合わさった結果、敵の猛攻を受けることとなってしまった。
「一匹一匹は弱いんやけどなあ、最後のあれ、水牛? いくらなんでもこのレベルじゃ止めれんなあ、あれは」
「……一応、2匹くらいなら受けれそうだったんですけど、あの数はちょっと……」
「私も攻撃は通るんですけど、爆発でふっ飛ばしたところで次のが来るんで、即死です!」
「……対策は」
「少しずつなら、なんとか」「倒せる程度に敵を絞る、ですかね!」「リンクさせないよう倒してくくらいしか浮かばへんわ」
「……はい。じゃ、そんな感じで行きましょうか」
とりあえずの方向性を立てる。どこで敵がリンクしていくのか分からない以上迂闊な行動はできないが、敵が連続して襲ってくることが分かっているならそれ相応の準備もできよう。
何せ、食材がかかっているのだ。
「水牛、猪、鶏とか鳥類沢山。……まさかあんな動物まみれのダンジョンとは。新しい食材増えそうなんだけどなあ」
「ダンジョンというか、動物園ですね、あれ!」
「……言われてみると、そっちのが近いな」
全員して、先程襲ってきたモンスターを思い出しながら小さく笑う。
うん、あれは確かにモンスターではない。大体が動物だし、様々な動物が大量に襲ってくる様は、檻のない動物園だ。……そのうちライオンとか象とか猿とかも来るんだろうか。流石に食べれない動物は来ないで欲しいんだが。
「あれ、全部食べれる動物なんですか?」
「うーん、たぶん。水牛は分からないけど牛みたいなもんだとは思う……ミノタウロスも食べるくらいだし」
「そういえばそうですね……」
うん、今ダグザで出回っているヴァハ産の牛肉は、全部ミノタウロスの肉だ。
ミノタウロスは半分牛で半分人のモンスターの肉だが、味は牛肉。名前も牛肉。だから普通に食べているが、一応、ミノタウロスだ。
それに比べれば水牛の方が牛に近いだろう。ミノタウロスよりは牛だ。見た目が。
「猪も豚の原型だから豚肉の代用にはなるし、色々鳥も居たから鳥肉の種類も増えるはず。……まあ、安定して狩れるようになればの話なんだけど」
「インベントリに収納する余裕とか全くなかったですよほんとに!」
「うん。本当に止まらなかったからね……」
アイテムを放置してでも戦い続けるか逃げるかしないと、すぐに死んでしまう状態だった。だから結構な数倒した動物の素材は、全く手に入っていない。悔しいといえば悔しいが、まず安定して狩れるようになってからだろう。
「……足りんのは、火力かなあ」
「うーん、たぶんタンクがヘイト稼いだところで即死するだけなんで、倒し続ける火力ですね」
「一番どうしようもないモンやなあ……」
「ですね……」
そう、火力なんて、すぐにはどうしようもならないものだ。
ただ、一つだけ試してみたいことがある。気付いたのは今話し出してからだが、一度試してみる価値はあるかもしれないので、提案しておこう。
「一度だけやってみたいことがあるんですけど、付き合ってもらえます?」
「ん? どうぞ?」
「火力、自分だけで回してみたらどうでしょう」
「「「……」」」あっ沈黙は辛い。
「えっと、すみませんちゃんと説明します。自分の散弾銃の火力なら一発で大型以外のエネミーは倒せたみたいなんで、それをメインで組み立てようと思うんです」
「キヌさんめっちゃ紙装甲だから即死じゃないですか?」
うん、それは間違いない。水牛とか猪のタックルどころか、鳥がつついてくるだけでHPが見る見るうちに減少するのだ。この中で一番耐久力が低いのは、間違いなく自分。実はミキも同じくらい防御が低いが、彼女は無限にポーションを使い続けることができるので、実耐久力が低いわけではないのだ。
「うん、そこで、ちょっとヘイトを回してみようかと」
「お、ヘイトコントローラーとして、ようやく動くいうんか?」
「です。この中で一番硬いのは間違いなくアイさんなんで、アイさんに全部投げてみる。……ほぼダメージ入らないはずだけど、嫌?」
「……たぶん、大丈夫です」
アイは今でも痛みに敏感だが、出会った当初ほどではない。今は多少の痛みなら特に気にせず戦闘することができるようになっており、それは、かなりの進歩だ。
「……けど、湧き続ける敵全部のヘイトをアイさんに渡してたら、火力にならなくないですか?」
「うん、だから、それが試してみたいことなんだよね。こう――」
散弾銃を右手に持ち、拳銃を左手に持つ。両手撃ちなど全くしたことがなかったが、片手だけで撃つことはできるのだ。だから、なんとかできるはず。
「こう、右の散弾銃撃つごとに左の拳銃でアイさんとヘイトを交換し続ければ……」
「……痛くないですか? それ……」
「“木片弾”っていうダメージ0の弾使うから、痛くはないはず」
「そ、それなら……」
うん、なんか少女に向けて銃を乱射するのはあまりに絵面が悪いが、そういうビルドなので仕方がない。銃を持った火力職ではなく、これがヘイトコントローラーというビルドの戦闘法なのだ。
“自身と他人のヘイト値を交換する”弾を拳銃で撃ち、“自身のヘイト値を上昇させる”弾を散弾銃で撃つ。そうすると一度自分に向けたヘイトを一番硬いアイに渡すことができ、敵はアイの方へ向かうが、こちらに向かってこない敵などただの的だ。それを散弾銃でプチプチと潰していく。
上手くいくかはわからないし、いくら硬いからとはいえアイに全ターゲットを投げることになるのだから、彼女への負担は計り知れない。だから、一度だけやって無理そうなら他の手段を考える、という提案だった。
「私は、大丈夫です」
アイははっきりとそう言う。うん、負担をかけることにはなるが、それでも彼女を信じよう。
ヘイト増加ツリーを選ばず、自己防御ツリーのみに偏っている壁職である彼女は、全職で見ても最も硬いと言っても過言ではない。先程はあまりの猛攻にやられてしまったが、全てを準備すればそこまで削られることはないはずだ。自分が一撃で死ぬような威力の突進を食らってもアイのHPゲージは3%そこらしか減少しなかったし、むしろそれでもHPが全損するほど喰らい続けたことが恐ろしい。よく、怖がらずに立ち向かえたものだ。
「じゃあ、任せるよ。今回ヘイトは自分とアイさんにしか行かないから、ミキさんはアイさんの周りに近づいてくる敵を片っ端からふっとばしてって」
「了解です! 気にせず殴ります!」
「うん、ミッコさんもジャマー優先で、出来る限りアイさんのところには行かせないように」
「ん、りょうかあい。君は大丈夫なん?」
「……ま、なんとかしますよ」
初手で攻撃する以上、一度は自分に全てのターゲットが向かうことになるのだから、それを捌ききれない場合は即死だ。
アイに向かってくる敵を撃たないといけないので、彼女の背に隠れることもできない。いくらヘイトを交換することができるとはいえ自分は一人で戦わないといけないので、それ相応の心構えが必要だ。……たぶん大丈夫。大丈夫。自分で作ったこのビルドを、信じよう。
◇
拳銃とは違う、大きな音が鳴る。
耳に残るほどの轟音を鳴らし、複数の弾が飛ぶ。それが、散弾銃というものだ。
「撃ち漏らし鹿3体、そっち行きます!」
左手の拳銃で、アイに向けて一発銃弾を放つ。するとこちらに向かってきた鹿は突如方向転換をし、重装備に身を包んだ少女の元へ向かう。
右手の散弾銃は、リロードが必要だ。拳銃のように、オートリロード機能はついていない。
大量に実体化して腰にぶら下げておいたマガジンを一つ手に取り、殻になったマガジンを取り外す。拳銃をホルスターにしまうわけにはいかないので小指に引っ掛けたままのマガジン交換作業だが、この動作はこれで5回目。慣れてきたのか、最初と比べて少しは早くなっている気がする。
新調した散弾銃の名前は、サイガ12となっている。チューブマガジンが主な散弾銃では珍しい箱型のマガジンを採用しており、全弾撃ち尽くした後のリロードが圧倒的に速いということで、これを選んだのだ。
弾を撃ち尽くして凡そ5秒、マガジンの再装填が完了する。
凹の形になっている照門で鹿を捉え、凸状の照星で高さを調整。狙うは大きな腹部のみ。
引き金を引くと、バァンと大きな音が鳴る。肩付けして撃つとかなり耳に響く音だが、今はそれが心地良い。一発当てた鹿は放置し、次の鹿を狙う。ミキが一度爆発で吹き飛ばし、他の鹿より少し離れたところに居た鹿だ。照門、照星でしっかり狙い、撃つ。最後の一匹は、今まさにアイが攻撃を受け止めている。彼女に当たらないよう鹿の尻あたりを狙い、撃つ。
最後に被弾した鹿は一撃で死ななかったようでよろめくが、アイが間髪入れず大剣を振り下ろし、首を落とした。
「ミッコさん、次は!?」
耳鳴りの残る中、声を掛ける。一番手の空く彼女には、状況分析を頼んであるのだ。
散弾銃を腰で構えず肩付けして敵を見ている時、視界は極端に狭くなる。そんな状態で他の場所から襲ってくる敵を見ることなどできないので、一番視野を広くできる、ミッコに任せてある。
「鳥やね、12時の方向、近いよ」
「了解! ミキさん、葉っぱ吹っ飛ばして!」
「はい! ロケット、パーーンチ!!」
ミキはそんな間の抜けた台詞を叫びながら、鳥の向かってくる方角へ向けて力強く拳を突き上げる。
すると、彼女の手から出た爆風が生い茂る木々の葉を吹き飛ばした。ミキが使用したのは拳を起点としない一般的な爆風魔法であり、たぶんというか確実に、拳を突き上げる必要はない。だが、まあそういうノリなようなので止める必要もない。
木々や上から飛んでくる鳥を狙うのは難しく、それを狙うのはミキのしごとだ。
何せ、この散弾銃に装填されているのは鳥を撃つための小粒弾ではなく、鹿くらいのサイズを狙う為の中粒弾、バックショットだからだ。拡散もするし弾も大きいバックショットでは、鹿くらい至近距離にならないと鳥を撃つことなどできない。
空を舞う鳥を狙うのは散弾銃の得意なところだが、木々の生い茂るこの森で、葉を避けて飛ぶ鳥に弾を当てることは難しい。それを狙うには、彼女の爆風が必要なのだ。
「見えました! 1,2...5体です!」
「オッケー、見えてるよ」
ミキはそう言うと、近接防御の構えに入る。彼女に遠距離魔法を撃たせるのは、こういった“あぶり出し”をするときだけなのだ。爆風魔法はあまりMP効率が良いわけではないが、それ以上にこういった場面で乱発することは得意ではない。それができるなら、一般的な魔法と同じような使用率になるはずだが、とにかく大雑把に狙いを定めて大きな爆風を出したところで、威力が皆無となってしまう。
ビルド“パイルバンカー”は範囲を狭めて火力を集中させることでそれをカバーしているので、やはり、魔法として見れば欠陥の目立つものなのだ。
鳥は鹿ほどに的は大きくないから、散弾銃を使うとしてもしっかりと狙いを定める必要がある。
移動速度も速いし、三次元的に動くので狙いを定めるのも容易ではない。だが、攻撃一発あたりの威力は低く、アイほどに防御を固めたプレイヤーなら、ノーダメージで防ぐこともできるだろう。
今の鳥にターゲットされているのは爆風魔法でカスダメージを与えたミキであり、このままではアイを通り過ぎてミキが被弾してしまう。だから、まずはそれを防ぐ。
拳銃で、アイではなくミキを狙う。ヘイト交換魔法を乗せ、彼女に一発。すると鳥のターゲットは全てこちらに向かうので、次にアイと交換。鳥は方向転換し、一斉にアイへ向かう。
「うん、やっぱ狙いやすいや」
誰にも聞こえない音量で、ぼそりと呟く。
こちらに無防備に腹を見せてる鳥の中間あたりを散弾銃で狙い、一発、二発、三発。撃ち洩らしが2匹出たが、これ以上彼女らに近づくとフレンドリーファイアとなってしまうので、ここからは近接である彼女らの仕事だ。
ミキは爆風による吹き飛ばしでアイと敵を一対一にし、アイは直近まで寄った鳥を一刀で切り伏せる。これが、基本の形だ。
「休んどる暇はないよ。6時の方角、水牛。数は――12」
「はい!」
全体を見ているミッコが、詠唱をしながらインスタントマジックを破る。まずはインスタントマジックによる呪術で先頭三体の動きが止まり、次に詠唱を完了させた呪術で次の三体を止める。そうすると、こちらに向かってくるのは三体だけとなる。
基本的にビルド“インスタントマジック”で想定されていたのは、常に羊皮紙を破り続ける連続魔法の使用だ。しかしミッコはそれに独自のアレンジを加え、“羊皮紙を破りながら次の魔法の詠唱をする”ことで、事実上の同時使用を可能としている。魔法によるターゲティングは対象への目視が必要となり、それを複数対照に同時に行うのは至難の業だろう。それでもミッコは、軽々とそれをして見せた。
水牛は他の動物に比べて体力が高く、散弾銃一発で仕留めることはできない。だから慎重に、一匹ずつ処理をする。
正面、ミッコに向かう水牛の顔面向けて一発。轟音とヒットエフェクトが煌くが、突進は止まらない。なので二発、三発と撃ち込むと、ようやく消失する。しかし、もう残りの二体との距離は短い。次に狙っても、自分が被弾してしまうことだろう。
だから散弾銃を下ろし、ミッコと自分のヘイトを交換、その後、アイと自分のヘイトを交換する。
こうすることで少し離れたところに立つアイに二体の水牛は向かうので、狙いやすい胴体に向け、一発、二発、そして三発。二体目もHPを全損して倒れたところを確認すると、三体目は放置し、最初にミッコが行動阻害を掛けた水牛の群れに散弾銃を向ける。丁度阻害が解けたようで六体は一斉にミッコに向かって進むが、ミッコは再び行動阻害の呪術を掛ける。呪術によるデバフは入りやすい分簡単に抵抗が付いてしまうので、詠唱で止めれたのは二体、インスタントマジックで止めれたのも二体だ。行動阻害を弾きながらこちらに向かう水牛の顔面に、同じように三発撃ちこむ。次の一体を狙う前に散弾銃を下ろし、ミッコのヘイトをアイに渡す。すると、水牛はアイに目掛けて走り出す。
アイはまだ最初の撃ち洩らしの処理中だ。だから、ここでもう一体渡すわけにはいかない。彼女にヘイトを渡したのはこちらに横っ腹を見せるためであり、処理を投げたわけではないのだ。
隙まみれの胴体に三発撃ち込み、それを始末。
うん、大丈夫。この流れは上手くいっている。残る四体も同じように処理をすればいい。そう、思っていた。
「速いなあ、次、9時から鳥、3時から水牛」
まだ水牛の群れを処理しきれていないのに、次の群れが現れてしまった。処理に時間のかかる水牛が出てしまうとこうなることは予想していたのに、しかし、対応が遅れる。
「しまっ……」
ヘイト管理をしていない状態では、ターゲットは無作為だ。離れて陣取っているとはいえ、敵は近いプレイヤーに向かって進む。
そんな時だ。ある声が聞こえた。
『手伝うよ』
脳内に飛び込んできた声に、聞き覚えはない。頭に直接響くそれがウィスパーであることは理解できても、知っている声ではなかった。
≪パーティ申請 アン≫
……誰!? 名前に聞き覚えはないし、こんなタイミングでパーティ申請が入る理由も分からない。ただ、誰でも構わない、猫の手も借りたい状況で来た申請ならば、受けない理由はないからだ。
パーティ加入を承諾する。すると、目の前に一人のプレイヤーが現れた。
インスタントダンジョンの外からの申請だ。そういえば、ここに入る前、パーティ状態を“メンバー募集”と設定していたのを今更思い出す。あの時は枠が空いてるから初期設定のままにしていただけであり、まさかこんなところにソロで来る人が居るとも思ってなければ、知らない野良パーティに入ろうという酔狂なプレイヤーが居るとも考えていなかった。
けれど、来たなら別だ。断る理由もないし、このままでは一人ずつHPを全損してまた町に死に戻ることになっていたのは間違いなく、ここに来た一人の手によってこの状況を変えることができるなら、それは願ってもないことだ。
「なんて、変なパーティだ」
ハスキーボイスでそう言ったプレイヤーは、白い衣装に身を包み、大きな棒を持った女性だ。
足の先からコート、そして頭部まで白い。いや、あれは白というより灰、いや、銀だろうか。脱色して灰色にした八重とは随分違った印象を与える彼女の頭髪は、灰というよりは、銀色に輝いてみえた。
「誰かも知らないけど、手伝うよ」
そうはっきりと発音した彼女は、長い棒をくるりと反転させ、先程まで地に刺していた方を上に向ける。すると、音が響いた。
森の中とは思えない音。それは、管楽器の音だった。
「……じゃ、とりあえず仕切り直しだ」
彼女がそう告げる。仕切り直し? 今の音は一体、というか敵に囲まれて――そう思って周囲を見渡すと、しかし敵は一体も見当たらない。アイもミキもミッコも居る。それでも、先程までこちらに向かっていた動物たちの姿だけ見えないのだ。
「知らんうちに、飛ばされたみたいやねえ」
ミッコがそう呟き、それで納得した。
突然現れた白い女性によって、強制的に“テレポート”させられたことを。
◇
「……いやあ、こんなとこでパーティ狩りする人に会うなんて、思ってもみなかったよ」
棒を立て、周囲を見渡しながら、突然現れた白い女性はそう言った。
「しかもなんか構成チグハグだし。……何それ、そんな構成で、何分くらい持ってたの?」
「……15分くらいですかね。あなたは――誰ですか?」
「わ、思ったより長い。あんたがパーティリーダーのキヌさんね、あたしはアン。ビルドは“テレポーター”」
アンを名乗る彼女の返答に、自分とミッコはピクリと反応する。
名前に聞き覚えがあるのだ。そして、そのビルドにも。
「これはまた、有名な人が来たもんやなあ」
「……それを言ったらあなたの方が有名だと思うけど? ミッコさんだよね、PKKの」
「…………喧嘩売りに来たんやないんよね?」
珍しく、少しだけ強い口調でミッコが返す。薄目でアンを見つめるその目は、見つめているというより睨んでいるに近い。
……ミッコさんが怒ってるのを見るのは初めてだ。いつもは冗談のように笑う彼女だが、PKKと言われて明らかに感情が変化している。うん、銃商のところでミキさんとその話聞いてからなんとなく本人にはそのことを聞かないでおいたが、それは正解だったようだ。
「まさか。あなたみたいな人と敵対するつもりはないよ」
「……有名レイダーが、こんな零細パーティに何の用なんかなあ?」
「…………チッ」
あ、明らかにアンも怒ってる。舌打ちしたよ今。というか駄目だ、この二人の煽り方は、きっと本人しか理解できないレベルで禁句ワードを投げ合っていることが、何も分からない自分にも理解できる。
なんだ二人、仲悪いのか? 別に知人というわけでもないようだが。
「あ、あの! さっきの牛は、どこに……?」
なんとそんな空気を壊したのは、これまで黙っていた少女、アイだ。彼女も剣呑な空気を感じ取ったのだろう。それで、空気を変えようと発言したのだ。
それは、とても勇気のある行為だ。いつものアイらしくない。いや、それを言えばミッコも、いつもの彼女らしくないのだが。
「あー、牛はさっきのとこに居るよ。今はあたしらの場所が変わってんの」
「場所、ですか……?」
「そ。あたしのビルド“テレポーター”はパーティを転送するのが得意なビルドでね、今は最初の地点から200メートルくらい東にいるよ」
「200メートルですか! すごいですね!」
いつものテンションに戻ったミキがリアクションをする。うん、ここまで空気が戻れば大丈夫だろう。グッジョブ二人。
ミッコは下を向き、大きくため息をついている。そんな姿も初めて見たが、彼女なりに気を落ち着かせているのだろう。確かにまあ、こんなところで争っている場合でもない。
「このIDさ、ベータの時は全然違う場所にあったIDなんだけど、知ってる?」
「……いえ、制限IDがあるって噂を聞いて来ただけなので」
「あたしそこでよくソロしててさ。それがこっちにもできたっていうから何度か来てたんだけど、今日来たら何か先に入ってる人居るじゃん? 法則知らない人は絶対攻略できないだろと思って、手伝いに来たわけ」
そう言うアンは、こちらを見ていない。彼女の視点は一点に向かっており、そこには木々があるだけで、何も見えない。
“法則”、そう彼女は言った。それは間違いなく、この無限にリンクするシステムの対処法なのだろう。
「ありがとうございます。お陰で助かりましたが……その、法則ってのは」
「大方、敵を迎え撃つことが、失敗なんやろなあ」
いつもの調子に戻ったミッコが、そう続けた。
……予想はしていた。入った途端から襲われ、休まることはなかったというのに、アンによってテレポートした後は平和なものだ。どこからも動物が現れることはないし、音も聞こえてこない。
「そ。スタート地点から方角どこでもいいから150メートルは動かないと、あのリンクは終わらないんだよね。だからあの場で留まってるうちは、敵は無限に沸くし無限に襲ってくる。――さっきみたいにね」
「……なるほど」
「一度枠を外れちゃえば無限沸きも止まるしリンクもしなくなるから、こっからプチプチ群れを潰してくってわけ。オッケー?」
「オッケーです、ありがとうございます」
彼女に対し、素直に礼を言う。それは、このまま挑み続けても失敗したこと、どうしたら攻略できるのかを教えてもらえたことに対する、感謝だ。
自分たちだけでは、きっと気付くことができなかっただろう。無限に沸くことを、動いたらそれが止まることを知らなければ、そもそも対処のしようがない。ずっと襲われ続ける状態でその場を離れるのは、それは即ち壊滅状態になり、逃走を図った時だ。その時点で無限沸きが止まったところで、襲われてる現状に変わりはない。だから、知らなければ永遠に気付かない可能性もある、そんな情報だ。
それを教えてくれた彼女に、感謝しない理由はない。
「それにしても、テレポーターですか」
「そ。ま、レイドはもう飽きてきたから、ちょっと構成変えてるけどね。っと、ようやくさっきの牛さん来たよ」
一点を見つめたままだったアンはそう言うと、棒の向きをくるりと一回転させる。そこでようやく気付いたが、彼女の持っていた棒は槍でもなければただの棒でもない、むしろ、一般的には武器ですらない。
「……マイクスタンド?」
ミキがそう呟いた。そう、アンの持っていたそれは、まさにマイクスタンドだった。それもプロ用の結構ゴツいやつ。
「2時から牛よ、ちょっち位置変わらんとね」
「しばらくは、さっきのまま対処してみて。あたしは混ざれそうなところに入るから」
「……わかりました。じゃ、さっきと同じように」
「はあい」「分かりました!」「が、頑張ります」三者三様の答えを聞き、銃を構える。
アイとミキはその場に、自分とミッコが少し離れて陣取る。
まずはミッコの行動阻害魔法からだ。水牛の群れは数が多いので、自分ではなくミッコが初手を当てターゲットを取り、そしてそれをアイに渡す。行動阻害を逃れた水牛は3体。この距離で、この量なら大丈夫、さっきと同じように処理ができる。
まず一番近い一体の顔面に三発。次の牛には撃たず、散弾銃を下ろして拳銃でヘイト交換。向きが変わったところでまた三発。最後の一体はアイに向かわせ、処理をアイとミキに任せる。
うん、大丈夫。同じ流れで出来る。群れが同時に襲ってこないなら、基本的な手順を重ねるだけで処理ができるのだ。落ち着いて、敵を一体ずつ処理していく。
「うわ、なんか面白いやり方してる」
アンはけらけらと笑う。彼女は自分の介入できる場面を探しているようだが、今の状況だとそれは訪れない。群れが同時に来ないなら、この四人でも対処できていたのだ。それが彼女からしたら意外なのか、予想外なのかは分からないが。
「暇なら帰ってもええんやで?」ミッコさん、あんたはまた余計なことを……。
「んー、それもいいけど、ま、乗り掛かった船だし? クリアまでは付きあわせてもらうよ」
あ、上手いことかわしてくれた。助かった……。
アンのビルド“テレポーター”は、回復職なら誰もが取得できるスキル、『テレポート』を主軸に据えたビルドだ。テレポートはMP消費が激しくクールタイムも長い為、基本的に回復の間に合わない最終手段としてしか使われないが、ビルドとして確立するためにスキル構成を調整し、限界までクールタイムを削減することに成功している。
元来60分のクールタイムを要するスキルでも、全スキル枠を使ってクールタイムの削減に励めば、2分程度まで短縮ができる。それに活用するのは、“クールタイム削減”のついた様々なスキルだ。
それをすることで緊急手段でしかないテレポートを戦闘中何度も使えることとなり、数十人もの構成員の居るレイドパーティで挑むようなボス相手には重宝されることがある。しかし難点として、回復魔法自体には“クールタイム削減”が含まれたスキルは一つもないことだ。つまり職業は回復職に縛られるのに回復を使うことはできず、全く関係のない複数のスキルをクールタイム削減の為に採用しまくることになり、それらは複数見ても噛み合わせが悪いし、戦闘能力も低いので、あまり誰もやりたがらないのだ。
「ただ……」
「ただ?」
「あんま数増えると、崩壊するよね、この構成」
「……ま、そうですね」
群れを壊滅させたところで、アンはそんなことを言う。まさにその通りなので、否定することもなく同意する。
実際、群れが一つずつ襲ってきている場合だけ、処理が間に合うのだ。例えば群れの構成員が倍になってしまうとミッコの行動阻害が間に合わなくなるし、群れが複数襲ってきても間に合わなくなる。なのでこれは、“この四人で出来る限りの最善”でしかなく、この森で狩りなれた彼女からしたら、穴まみれの構成に見えたことだろう。
「……あたしが混ざるとしたら、火力かな」
「ええ。……何取ってるんですか? テレポーターって攻撃系のスキルもいくつか取ることにはなっても、ステータスの噛み合わせが悪いからどれも中途半端になるって記憶してるんですけど」
「そ。だから、色々考えて、尖らせてみたんだ。次は混ざるよ」
「……分かりました」
どう混ざるかを何も言わず、彼女はマイクスタンドを構えてしまった。うん、これは暗に“合わせなくても良い”と言われているのだろう。彼女が参戦することだけを意識していれば、どこに混ざるかは気にしないでいいと、そういうことだ。たぶん。きっと。
ミッコに“レイダー”という、プレイスタイルをレイドに依存しているプレイヤーの呼称で呼ばれていたのだから、連携には誰よりも慣れているはずだ。信頼できるわけではないが、信用してもいいだろう。
次の群れに向け、銃を構える。




