第九話 少壮なる花。尚早な始動を静止され、その心は焦燥する
私と物騒な二つ名を持つ魔術師以外居なくなった……?
この雰囲気と感じ、閉じ込められたのかな。
「さあこれで二人きりよ」
「そう、変に気が利くんだね」
でも今の状況は、私とってとても都合が良い。
正直、彼女の計らいには感謝すらしたいと思うほどだ。
お節介焼きのエルシアには聞かれずにすむし、これから起こるに出来事ついて詮索をされずにすむ。私が仕留めようとした族の長にはもう手が出せないし、依頼の失敗は決まってしまったけれど、もうそんなのはどうでもいい。
今は、目の前にいるこの……。
「やはり気づいていたのね。私の正体に」
風精の国の魔術師?らしいけれども、そんなのはかりそめ。
彼女の本当の姿は、この地上には本来存在しない者。
「ええ。上手く隠しているつもりなんだろうけども。……今更悪魔が地上で何をするつもりなの?」
私の本来の目的とは違うけれども、対峙してしまっては仕方が無い。
もしもこの悪魔が、やがて私たちや地上にとって脅威となるならば、ここで倒すしかない。
私は剣の柄を強く握りしめると、まるでこちらの思惑全てを悟っているかのような余裕さを宿した笑顔と瞳を持つ悪魔との距離を一気に詰めようとする。
先程の攻撃を防がれたのは不気味だけれど、今度は……!
相手はまるで無防備、これならいけると思った時。
「それはお互い様じゃない」
私の攻撃は、先程と同様に禍々しい魔力を放つ杖によって防がれてしまう。
この速さをもってしても無理だなんて。
常に笑顔のまま、こちらの攻撃を難なく防ぐ様に、自覚するほど苛立ちを感じていた。
「どういう事?」
「悪魔である私が、天使であるあなたの正体に気づかないと思ってたのかしら?」
正直、意外でも何でも無かった。
私の本当の姿、天使達が住まう世界である天界からの使者という事がばれるなんて。
人間なら意外だけれど、魔族なら解って当たり前だろう。
「そんなの解っていたよ」
「ふむ。お互いの正体はさておき、敢えて聞き返すけれども天使がこの地上で何をするの?」
「……白いドレスを着た、ロングヘアーの天使を探しているの」
私がこの地上へ墜ちた理由。
今、私達が住んでいた天界が危機的状況下にさらされている。
このままでは私も、大切なあの方も、何もかも終わってしまう。
座して待つは絶滅、終焉。
私はそれを打開するべく、僅かな望みをかけて地上へと赴いた。
「もしも知っているとしたら?」
「お願い教えて! あの人は今どこで何をしているの? 私はあの人にあわなければならない。会って確かめなければいけない事があるの!」
しかし、私の予想しない出来事が起こってしまったのだ。
大切なあの方には、もうこれ以上過酷な運命を背負わせたくない。
ただ一人の平凡な人間として、天使や天界の事なんて忘れて穏やかな日々を過ごして欲しい。
その一心であの方と一緒に地上へ墜ちる時、私はあの方に天使の力を自由に扱わせないよう、記憶に封印をしたのだ。
封印は不意打ちで行ったお陰か、無事に成功した。
地上に着いた時、私を見てもあの方はただ優しい微笑みを返すだけでそれ以上の事はしなかった。
けれどもそれがとても辛かった。
もう、私の知っている大好きなセフィリア様じゃなくなってしまったって確信したから。
「どうしても知らなければいけない。喋らないなら、全力で行くよ」
けれども、私の儚い願いは脆くも崩れ去ってしまった。
封印が解かれ、セフィリア様は記憶を取り戻したのだ。
保険のつもりでかけていた、封印が解除された時に私自身に知らせる術が役に立つなんて……。
だからもう一度、会わなければならない。
何故封印を解いたのか、どうして人間として過ごそうとしなかったのか。
そして私や危機下にある天界についてどう思っているのか、これからどうするのか。
本当の気持ちを直接聞きたい。
私は目を閉じて意識を集中する。
そして自分自身に眠る、今まで裏ギルドの人達には隠していた本当の自分にそっと問いかけていく。
”お願い目覚めて、私の中に秘めた光の力。私が望む未来の為に、そして私の大切な者たちの為に”
「呼び覚ませ、神秘なる月の力を司る神々しき光!」
意識が遠くなっていく。
全身が空へと強く引っ張られて、そのまま飛んでしまいそうな感覚が頭のてっぺんから指先、そして足先まで満ちた時、暗かった周りの風景はまるで昼間のように明るくなっていた。
「ほう、あなたもあの子と同じなのね」
やはりこの人は何かを知っている。
私がずっと欲しかった、あの方の手がかりを持っているはず。
今まで、汚い仕事を率先して引き受けてきても何の成果も無かった。ずっと私の期待は裏切られてきた。
けれどようやく辿り着いた!
ずっとこの時を待ち焦がれていた。
だからこそ、ここで逃すわけにはいかない!
「炸裂の光、ディバイニティスパーク!」
私は天使が使う光を利用して様々な現象を引き起こす力、天空術を詠唱し、手を悪魔の方へと向ける。
手のひらが相手へ方に向ききった瞬間、連続して眩い光の爆発に悪魔は包まれてしまう。
「なるほどね。流石に記憶を失わないまま地上へ墜ちただけあって、あの子より力は強いわ。それとも、本当に私を倒すつもりでやったのかしら?」
あまり強力な術を解き放ってしまえば、私と外界を隔離している結界をも破壊してしまう。
だから影響が出ない限界ぎりぎりまで力は出した。
でもまただ。また防がれてしまう。
目の前には、悪魔が築いたであろう紫色に輝く魔力の障壁が聳え立っていた。
「そこまで必死になるなんて……」
それとも、人間として情報収集する事を放棄する覚悟でもっと強力な術を放つしかないのか?
それが運命だというの?
私はただ、大好きなあの方に会って話がしたいだけなのに!
「でもまだ早いわね。ごめんなさい、あなたと会わせる訳にはいかないの」
「何故!? どうしてそんな事を!」
どうして私の邪魔をするの?
そこまでして、あなたに何の利益があるというの?
あなたは何も話さない。ただ不敵な笑顔でこちらを見ているだけ。
「落ち着きなさい。そんなに焦っていては、周りが見えなくなってしまうわ」
「そんな冷静な事言っている場合じゃないの!」
それとも、ただ苛立って何も出来ない私を見て楽しんでいる?
もしもそうなら……、あなたのそんな対応に何時までも構っている場合じゃない。
こうなったら仕方ない、次の一撃であなたが喋りたくなるようにする!
「いいから落ち着いて!」
私が腰を落とし、相手を見据えて”とっておきの一撃”を繰り出そうとした瞬間、今まで余裕だった悪魔の表情が急に厳しくなり、貫かれそうなほど鋭い眼差しでこちらを見てくる。
今までの態度との差か、それとも本能、直感がそうさせたのか。
私は気がつくと、構えを解いてしまっていた。
「安心なさい。そう長くは待たせないわ」
「……全ての決定権はあなたにあるってわけね。ふう」
きっとこのまま強引に攻撃したとしても、この悪魔がそう簡単に倒れるとも思えない。
仮に私の前に膝を折ったとしても、私が知りたい事は言わないだろう。
何だかそんな気分がしてきてしまい、私は心の底にあるもやもやを外へ出す為に、わざとらしく大きくため息を一つついた。
「そうね。これからあなたは無為に人の命を奪うような事はしないと約束してくれるなら、今日から数えて三十回の日没を経た後に私のところへおいでなさい。その時に私が知っている全てを教えるわ」
今はこの悪魔のいう事を信じるしかない。
つまり、待つしかない。
逆に考えれば、時期さえ待てば確実な手かがりが掴めるというわけだ。
前向きに考えよう。収穫はあったのだと。
「あと、もうちょっと周りの人を信じなさい。あなたが思うほど、人間は悪いものではないわよ?」
この地上へ墜ちてから、頑なに心を開かずにいた。
私の考えを誰にも悟らせないようにしてきた。
私は天使、本来はここに在ってはいけないなんて十分解っていた、人間は自分たちと違うものを酷く忌み嫌うのも知っていた、だから受け入れられるなんてありえない。
「駄目だよ、天使と人間は分かり合えないもの。きっと私の本当の姿を知ったら怖がるよ」
私が天使である事は、現在酒場のマスターしか知らない。
確かにマスターは天使である私を見ても驚かなかったし、拒絶する事もなかった。
けれども他の人もそうか?と言われたら、自信を持って肯定出来ない。
でも……。
「まあ、今日は引きなさい。待っているわよ」
「解った」
私は焦る気持ちをぐっと殺し、自分自身を無理矢理納得させてこの場の戦いを止める。
戦意が無くなった事を知った魔術師ラプラタは、自身が持つ杖を軽く宙に放り投げると、指をぱちんと鳴らして杖と結界を消した。




