第七話 帰路 ~月は花に救われて光を知る~
「くそ……、ここは……どこだ?」
意識が朦朧としていて、今自分がどの場所に居てどんな状態か解らねえ。
体は動かないが、痛みは無い。
さっき戦った化け物の手で消し炭にされるくらいは覚悟していたが、まさか生かすとはな……。
「それでは、本日の目玉商品の登場でーす!」
む、聞いた事がある声がするぞ。
一体何が起ころうとしているんだ?
俺は、何とか現状を把握しようと、ぼやける意識を目覚めさせようとする。
やがて間も無く暗かった視界は明るくなり、周りの状態が理解出来る様になった時。
「こんにちはぁ~♪ わたしがぁ、アトランティス七代目の姫に選ばれたアリスでーすぅ。えへっ☆」
かつての仲間であり、俺と一緒に人身売買組織へと乗り込んだ少女が、豪華に飾りつけられた壇上にいた。
しかし彼女の大きな瞳に光は無く、下着から上に着ているミニドレスまで全て透けた衣装の裾を嬉しそうにひらひらとさせながら、こちらに無機質な笑顔と愛想を振りまいている。
その姿、仕種からは共に過ごしていた時の面影は微塵も感じられない。
まさか教育されちまったのか?
嘘だろ、そ、そんな馬鹿な!
アロマちゃんが、アロマちゃんが……!
う、うわあああああああ!
絶望し絶叫した俺の視界がぐにゃりと歪み、じわりじわりと目の前が白くなって何も見えなくなってしまった。
「ねえ、大丈夫?」
「うわあああああ! って、あ、あれ? ここは?」
次に気がついた時は暗がりの中、いつもの無表情のままで俺に話しかけるアロマちゃんが目の前に居た。
服装も仕事の時のままだし、さっきのは悪い夢……なのか?
「……あの化け物はどうした?」
「私がやっつけたよ」
いやいや。私がやっつけたよってあっさり言ってくれちゃうけどよ、あいつはどうみても人外だったぞ。
俺の力も一切通じなかったし、いくらアロマちゃんでも勝てる見込みなんてない筈なのに。
でもここは砦の外だしな、間違っても天国とか地獄とかではない。
夢の続きってわけでもなさそうだし。
そうなるとやっぱりこの子の言うとおり、アロマちゃんがあのアトランティスのボスを倒して俺を運んでここまできたって事か。
「酒場へ帰ろうよ」
「お、おう。そうだな」
どうやってあの怪物を攻略したのかは気になる。
だが、それよりもだ。
今までの事実から察するに、俺は年端もいかない女の子に助けられたって事だ。
くそっ、いい所を見せるはずが情けねえ。
「ねえ」
「ん? どうした?」
俺が疑念やら後悔やら様々な感情を抱いている時、酒場へと帰るべく一緒に歩いていたアロマちゃんがふと、こちらに話しかけてくる。
普段仕事の話以外はしないのに、急にどうしたんだ?
「どうしてルナティック辞めちゃったの?」
「何でそんな事を聞くんだ?」
なんだ?
この俺に興味があるのか?
今までずっと仏頂面で何考えているか正直解らなかったが、実は他人の事が気になるタイプなのか?
「ルナティックの伝承によると、月の女神は三体いるらしくてな、その内の一人がアロマちゃんのような可愛い女の子で、聖堂に祀られている女神像も同じ様に少女の姿をしているんだが」
まあ、別に今更隠す事でも無いか。
何故そんな事が知りたいのか逆に聞いても答えなかったし。
「……俺様はその女神像で自慰をした。たまたまそれを見られて、追放されてしまったわけだ」
ルナティックとして生まれた者は、男女問わず厳しい修行を受けなければならない。
俺はその修行を終えて、集落へと戻ったときに自分の欲望を抑えることが出来なかった。
元々可愛い女の子が好きという事もあり、その結果として女神像でやってしまい、それが他の住人に見つかってしまってこのザマだ。
「な、なんだよその目は!? 禁欲生活が続いてちょっとムラムラしちまったんだよ! 女にゃあ解らんだろうけどな!」
まるで汚物を見るかのような、身長は低く目線はこちらが上だが心理的に見下しているというか。
そんな酷く寒くて痛くて心に深く突き刺さる視線を、俺はアロマちゃんから受け取ってしまう。
まあ、こんな話をしてその反応が当然なのは解るけどよ……。
「それにしてもよ。今まで意識した事はなかったが、アロマちゃんって月の女神に似ているような? まさか女神の生まれ変わりとかだったり?」
アトランティスの本拠地潜入時の自分がその場凌ぎで言ったが、実際にアロマちゃんは間違いなく上物だろう。
今まで会ってきた、見てきた女の子の中で一番可愛いと思う。
あのまま捕まっていたら、俺の夢で見た光景が現実になっていた可能性は高い。
うぐ、また変な目で見られているぞ。
別にアロマちゃんをオカズにはしねえよ!
た、たぶんな……。多分。
それにな、アロマちゃんは何かこうイヤラシイ目で見れないというか、神秘的というかなんというか。
神聖な女神像相手にやってしまった俺がどんな言い訳しても説得力皆無だが。
「んなわけないかー」
まあ、どうであれ月の女神なんて本当にいるかどうかも怪しいけどなー。
大昔は実際に出会って啓示を受けてたって伝聞や文献もあるが、はてさて……。
俺とアロマちゃんはそれ以降、会話する事も無く黙々と酒場へと戻った。
「ファルスと俺の女神アロマちゃんが華麗に戻りましたよっと」
「おい、大丈夫か? 生きているか?」
「んあ? この通り無事っすよ、勿論アロマちゃんも同じ様に。どうしたんすか、マスター」
俺様が酒場へ到着し中へ入った直後、普段は動揺なんて一切しないであろうマスターが、血相を変えて俺達を出迎えてくれる。
まるで、死人が化けて出てきたかのような驚きっぷりだな。
こんなに慌てているマスターも珍しい。
珍しい事は立て続けに起きるものだな?
「アトランティスの本拠地で大爆発が起こった。目撃情報では、一本の長い光が砦から空に向けて伸び、それが地上へと振り下ろされた瞬間にらしい」
な、なにいってるのマスター。
なんだそりゃ、大規模な魔術か、天変地異か、何か他の超常現象か?
「いやー、実は組織のボスにやられて途中から気を失ってしまってて……。面目ないっす」
俺の気絶している合間に何が起こったっていうんだ。
そんな事が起きているなら寝てても気づきそうだが。
「アロマは何か知っているか?」
「知らない。私は部屋に戻ってるね」
あの人外の親玉ならそれくらいの力もっていそうだが、まさか人間相手のアロマちゃんと戦うのに本拠地毎を吹き飛ばすような事はしないよなあ。
という事は、まさかアロマちゃんが?
うーん、確かにあの子の生い立ちとか素性って聞いた事ないな。
まさか、実は建物一つ簡単に消し飛ばせるくらいの力を隠してて、実は自由に扱えますって言うのか?
そんな馬鹿な、あり得ん。
「まあ、無事ならいいんだが。あまり無茶はしてくれるなよ? 身内の死体を扱うのは嫌だからな」
強力な助っ人が来てこっそり俺らを助けて……、だなんて都合のいい展開なんてまずないだろうし。
そうなると、俺は今まで悪い夢でも見ていただけという事なのか?
気がついた時には、エルシアがかけてくれた魔術も解かれていたし。
解らねえ、何が何だかさっぱりだ。
俺は無造作に頭を掻き毟りつつ、様々な疑問を胸中に残しながらも自室へと戻り、そのまま水浴びもせず眠りについた。




