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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第一部「花は剣と共に」
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第六話 花よ、その清廉な輝きを以って強欲の陰翳へ立ち向かえ

「さあ、ここからは一人で行け」

 私は酒場の従業員であるファルスと別れた後に砦の奥へと連れられていき、着いたのは一際頑丈で立派なエンブレムが刺繍させている旗の掲げられた、扉の前だった。

 扉を自分の手でゆっくりと押して開け、恐る恐る中へと入っていく。


 部屋の中の薄桃色の霧で満たされており、視界はほぼゼロといってもいい。

 室内なのに、霧がかっている……?

 どうしてこんな事を、どこからか不意打ちをするつもりなの?


 潜入の時に不審がられてはいけないと思って武器はファルスに預けておいた。

 けれども、最悪あの力(・・・)を使えばここにいる人達くらいなら造作も無く倒せるだろう。

 でもどんな罠が仕掛けられているか、何が待っているかも解らない。

 ましてやこの霧の中、先もよく見えない。用心しておくに越したことは無い。


 そう思いながらゆっくりと部屋の中へと入っていく。

 そして私がある程度部屋の奥に入ると、扉が勢いよく閉まる音がした。

 ……逃がさないって事なのかな。


「ホホッ、ようこそアトランティスへ」

 部屋のどこからか、妙に高い声が聞こえてくる。

 口ぶりから察するに、今回の依頼の標的であるアトランティスのボスかな?


「そんなに緊張しないほうがよい。抵抗もしないほうよい。その方が楽になれるし、すぐ気持ちよくなれる」

 何を訳の解らない事を。

 耳を澄まし、喋り声から相手の居場所を探るが上手く行かない。

 やっぱりこの霧を晴らさないと埒があかないかも。

 こうなったら……。


「うぐっ……。げほっ、げほっ」

 な、何これ。

 体が疼く……、そして熱い!


「はぁ……、はぁっ……」

「効いてきたみたいですね。ここに充満している霧にはちょっとした細工がしてありましてね。ホホッ」

 しまった。迂闊だった。

 ただの目暗ましだと思っていたのに、まさか霧自身にも仕掛けがあったなんて。

 ただの人間相手と高を括っていた。

 うう、集中出来ない。体に力も……、意識が……遠く……なって……。


「さあ全てを答えなさい。あなたの名前は?」

 ……どこからか、声が聞こえてくる。

 何だかその声が凄い絶対的なもので、従う事に何の抵抗もない事を悟った私は、おぼろげな思考のまま自分の名前を言葉としてゆっくりと紡ぎだす。


「せ、セレーネ」

「はて、どこかで聞いたような。まあいいでしょう。霧の効果は確認出来ましたし、そろそろ本題を――」

 再び絶対的な声の持ち主から、何かされようとした時だった。

 背後から扉が勢いよく開く音が聞こえると、直後私の体は大きく揺さぶられてしまう。


「アロマちゃん!! おい! 俺だ、しっかりしろ!」

 混濁としている意識の中から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 私を呼ぶのは、誰なの?

 あなたはいったい?


「あ、ああ……」

 駄目、話そうとしても言葉が上手く出てこない。

 と言うよりなんだろうこの気持ち。

 さっきの声がとても愛おしく、自分にとってかけがえが無く大切な人の声に聞こえてしまう。


「おや。これはこれは、珍しい客人ですね」

「その子を返して貰うぞ。このドスケベロリコン野郎!」

 もっとあなたの声を聞きたい。

 あなたの事を思えば思うほどに、胸がきつく締め付けられるような感覚がするよ。


「ええ、彼女は新たな姫候補の一人。大事な商品ですからね。ホホッ」

 わ、私が大事なの?

 嬉しい。凄く嬉しい。

 心の底からあなたに感謝したい、ずっとずっとあなたについて行きたい。


「おい、……ス野郎。……戦う前に一つ……事がある。……競売で姫扱いされていた子に……した?」

 何だかそう強く思えば思うほど、他の声が薄れていく。

 ああそっか、私にはもうあなたしか居ないんだね。

 あなたの私……。


「ホホッ、そんな事を聞くのですね。いいでしょう教えましょう。元々彼女はスラムの人間でも、ましてや孤児でもありません」

「……いう……だ?」

「この水神の国の属しておりながら、自治を認められた小国はいくつかあります。カタリーナとは我々が付けた仮の名前、本名はジュエリッタ・ローズアンク……」

「ってそれは……の姫……ねえか!」

「素晴らしかったですよ。幾多に及ぶ催眠、洗脳、調教とありとあらゆる快楽を与え続けていく事で人格を壊し、記憶を潰し、欲望しかその身に残らなくなった時に新たな人格を植えつけつつ、記憶を書き換えていく」

 なんて素晴らしい考えなんだろう。

 ああ、私もその子のようになりたい。

 私の愛しい人、どうかあなたの手で私を墜としてくださいませ。


「勿論、最初は頑なに拒絶しておりました。ですがそれも無意味。そのような様々な教育を受け、今では自分が姫である事なぞ毛ほども思い出しません。主人に仕える忠実で、欲望に対して純粋な奴隷であることに誇りを持っているのですからね。ホホッ」

「……ろ、……以上は……快だ」

「彼女はずっと新たな主人についていくでしょう。たとえどんなに酷い仕打ちをされようとも……」

「も……。 ……えねえの……の……」

 はい、ずっとあなたについていきます。

 私の事をずっと見てくれている愛しのご主人様、私のご主人様。

 その声の主を私の主人と心から認めた時、大切の人の声すらも聞えなくなるほどに酷く体が疼いてしまう。


 こんなに私はご主人様は求めている。

 霧で覆われて何も見えない事がもどかしくて仕方が無い。

 ご主人様に会いたい。そしてお願いです親愛なるご主人様、早く、いますぐ私を……。

 私を……愛してくださいませ、そして私を滅茶苦茶に壊して!


「アロマちゃんだけでも逃げろ! 三日月の祈祷術、クレセントキュア!」

 今まで愛しいご主人様の声しか聞こえなかった。

 でもどうしてなの?

 何故他の声が聞こえてくる?

 とても力強い声、真っ直ぐな声。


「残念でしたね。人間如きの力でこの霧の祝福からは逃れられない。まあ最も、霧が見えるのは術の対象である若い女性だけですがね」

「くそう……、万事休すか。ぐあっ!」

 再び聞えてくる。

 さっきのは何だったの?


「……さて、続きを始めましょうか。邪魔者は黙らせておきましたので、彼女の教育の下準備が終わったら、ゆっくりと始末するとしましょう」

 まあいいや。なんでもいいや。

 愛しのご主人様の手でようやく私はあなたに染まるのね。


「さあ、私がお前の主人だ。お前は私に全てを捧げなさい。そして心の鍵を外し、自分を解放しなさい」

「はい……。ご主人様……」

 私はあなたの忠実なる従者です。

 あなたが望む事なら何だっていたします。

 私の心を解放。そう、本当の私が見たいのですね。

 解りました。それが望みならば……。


「いい子だ。次は……」

 私は絶対的な声のまま、自分の中に眠る力を何の遠慮も躊躇も無く解き放った。

 それと同時に目の前が、頭の中が、心が、全てが純白に支配されていき――。


「な、なんだと。この光は!」

 今までの心地よさが消えていく。全身に力が漲っていく。

 目の前の霞みかがっていた場所に突風が吹き荒れ、もやもやが全て飛んでいってしまった。


「ば、馬鹿な。お前らは内乱と洪水によって滅んだはず! な、なぜ!?」

「馬鹿はあなただよ。私の力を引き出させるなんて」

 もう霧で周りが見えない事は無い。まやかしは打ち破られた。

 そして、その瞬間全てを悟った。

 こいつの下賎な欲望により、数知れない人間の子が犠牲になった事。

 こいつの力により、私の仲間が窮地に追いやられてしまったという事。

 そしてこいつの術により、私は危うく嵌められるという事を!


 もう情けなんて一欠けらも無い。

 何故奴がこの時代まで生き延びていたかなんて、そんな事はもうどうでもいい。

 私は気絶した仲間から預けてあった自分の得物を手にとると、憎悪しか生み出さない存在を斬り捨てるべく剣に力を集中させながらゆっくりと、あえて相手に恐怖を抱かせるように悠然と歩み寄っていく。


「や、やめろ。こっちへ来るな!!」

ご主人様(・・・・)、最後に教えてくださいませ。 白いドレスを着た、長い髪の女性を知っていますでしょうか?」

「し、しらん。他に生きているというのか!?」

 人間の社会に溶け込み、多くの益を食んでいたこいつですら知らないなんて。

 有用な情報も聞けないと解ったこいつを、生かしていく理由は無い。

 今までは仕事の為にやむなく人の命を奪ってきたけれど、今回は違う。

 私の為にこの大悪魔マモンを処断する!


「そう、本当にあなたは無価値……、ううん有害だね。永遠にさようなら。全てを切り裂く断罪の神光、スラッシュオブディバイニティ!」

「う、うわああああ!」

「ここから消えて無くなれ!」

 私は一切の手加減をせず、力を集中させた剣を高らかに掲げる。そして一切の遠慮もせず見下したまま、その剣を自身の怒りと共にこの醜悪な存在へと叩き込んだ。

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