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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
最終部「復活を夢見る、虚な存在」
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第四十一話 不浄なる逆翼の真実が浮上する時

 さらなる変身を遂げたアロマは、立ち上がるまでには回復したものの戦える余力が残っていないエミリアを残し、光の差し示す方向へと一直線に飛んでゆく。

 距離は多少あった、しかし大幅なパワーアップを経たアロマは、逆翼の天使の本拠地であろう場所にたいした時間をかけず到着する。


「まさか、ここが本拠地だったなんて」

 アロマの眼下には、かつて自分がマスターと出会った思い出の場所、凶悪街の中にある勿忘草の花畑があった。

 この場所が自分や大切な仲間の命を奪おうと試み、さらにソフィネを取りこんだ敵の根城だったとは。

 表情には出さず冷静さを保とうとするアロマだが、特別な場所だけに驚きは隠しきれずにいる。


「……急がなきゃ、もう時間がない」

 精霊の石は全て敵の手に落ちた。

 ここへ向かう道中も気をつけてはいた。

 まだ地上や人々に特別何かが起きたわけではないけれども、これだけの戦いを繰り広げた程欲していた代物、このまま何もないわけがない。


 アロマは警戒しつつも、地上へ降り立つ。

 すると、今まで何も無かった場所に扉の輪郭のような物がうっすらと現れる。

 女神にも等しい力を手に入れたお陰か、敵側が誘っているのか。

 どちらにしても、行かないという選択肢はない。


 アロマは十分に警戒しながらも扉をゆっくりと潜る……。



「よく来たな。アロマよ」

 扉を抜けた先は、白磁のように磨かれた石材の床が続く神殿のような建物になっていた。

 建物の中のはずなのに、あたりは光を反射していてとても明るい。

 そこはまるで、過去にアロマやエミリアが居た天界そのものであった。


 そして、その場所には喪服ドレスを着こなすアロマの良く知っている少女が話しかけてくる。


「サンダルフォンを退けたその力、見事じゃった。敵ながら称賛に値しよう」

 ソフィネは笑顔のまま、手を叩いてアロマを称える。

 背中の逆さまの翼と服装や光の無い瞳を除けば、高慢で傲慢な態度や口ぶりや髪型だって何の変わりも無い。


「……ソフィネを返して」

 しかし、アロマは本人に向かって思いもよらない言葉をぶつける。

 アロマの放った言葉は笑顔のままだがソフィネを驚かせてしまう。


「何を言っておる? わらわこそ、ソフィネ……」

「もう惑わされない。あなたはソフィネなんかじゃない!」

 今の神にも等しい力を持ったアロマには気づいていた

 アロマの目の前に居るソフィネは、本当のソフィネではないという事を。


「フフフ、気づいていたんだね」

 その事実を察したソフィネ?は、目を閉じて怪しげな笑みを見せると、自らの体から濃い黒緑色の霧を噴出させて周囲を覆ってゆく。


「やあアロマ! 僕はハルっていうんだ!」

 そして霧がゆっくりと晴れていき、再び姿が見えるとそこには逆翼の天使となったソフィネではなく、かつて夢に出てきた銀髪のポニーテールの少女が居た。

 彼女もまた、今まで出会った逆翼の天使の特徴と同じく背中には本来の天使の翼を逆さまにしたような翼を背負い、エメラルドグリーンの瞳には光を宿しておらず、黒い喪服ドレスを身に纏っている。


「昔、大きな槌を持ったマールって逆翼の天使の女の子が居たでしょ? マールは僕の双子の妹なんだよ~。まあでもそんな事はもうどうだっていいんだ。ざっこい奴は死ぬのが当たり前なんだからね」

 仲間を何とも思わない辛辣な言葉を吐き捨てながらも、まるで純真な子供のような底抜けた明るさと妙なとっつき易さが出ているせいで、アロマは表情には出さないが不快感を抱いてしまう。


「あなた達の目的は何なの? 精霊の石を集め、ソフィネを惑わして何を成そうとしているの?」

「そうだなあ……」

 不敵な笑みを変えないまま、アロマが投げかけた質問に対してどう答えようか、わざとらしく遠い景色を見ながら考える。

 そんな態度に酷く苛立ちを感じたらしいアロマは、手に持っていたアルペストリスをぐっと強く握り目の前の敵に斬りかかろうとしたが……。


「よし、ここまで来たご褒美に全部教えてあげるよ! 僕って優しい!」

 逆翼の天使の目的が聞けると解り、自らの感情の発露をぐっと強く堪えて少女の話に耳を傾ける。


「アロマも知っているとは思うけれども、僕たちの生みの親であり、かつて大天使として数多くの天使達を統率していたラファエル様が、その身に宿された癒しの力で滅び行く天界の破滅を食い止めている。でも、正式な天界の主でないラファエル様には限界はあったんだ」

 生き残った三人の天使。

 一人目はセフィリア様、地上ではエミリアお姉ちゃんと呼んでいる天使。

 二人はアロマ自身。

 そして、たった一人で滅び行く天界に残った大天使ラファエル。

 彼女の治癒能力は天使の中でも髄一であり、死んだ者すら蘇らせる程だった。


 その彼女ですら、やはり天界を支えるには限界があったのだ。

 その事実自体はアロマも十分に解っていたからこそ、天界を救う術を探すためにセフィリア様と地上へ敢えて堕落した。


 そう昔の事を思いながら、アロマは少女の話が正しい事を確認する。


「天界はラファエル様が居る限り滅ぶことはないけれど、代わりに腐っていってしまったんだ」

 ラファエルの覚悟に様々な思いを巡らせていたであろうアロマに、逆翼の天使ハルは緩い表情を変えないまま両手を差し出して光の球体を生成する。


「こ、これが天界なの……?」

 そこに映っていた景色を見たアロマは、愕然としていた。


 かつての美しさは微塵も無く、天界の象徴である生命の木からは蔓のようなモノが無造作かつ乱雑に伸びて天界の大地や建物に巻きついている。

 空はくすんだ緑色の霧で覆われ、川は汚染させて純度を失ったドロドロの液体が流れており、実際に行かなくとも現状の惨事の大よそを察するには容易な状況であった。


「天界の腐敗は、そこに住む全ての生き物に影響を及ぼす。聖獣は凶暴になり、天使の容姿は奇形化し精神は堕落、毒気づいた植物が蔓延する。だからまだまとも(・・・)な僕たち逆翼の天使が、天界の腐敗を止めようとしたんだ」

 確かにこの有様では、逆翼の天使達が命がけで天界をどうにかしたいとなってしまう。

 アロマにも彼らの気持ちが解らないでも無い。


「それと精霊の石やソフィネと、どう関係があるの?」

「そう答えを焦っちゃダメ! まだ話は続くんだよ?」

 腐敗し形を変えてしまった天界と地上で作られた精霊の石、そして地上の住人であるソフィネ。

 それらがどう繋がるのか、何が関係しているのか。

 アロマは話を聞いていく中で最も疑問となっていたであろう事柄についてハルとは逆に強い口調で問いかける。


「最初は天界内だけでどうにか解決しようと画策し実践してみたんだけども、どれも失敗に終わったんだ。まあ無理もないよね、天界を支えるラファエル様本人が天界を腐敗させているわけだからね」

 ハルはそんなアロマを気にも留めずに明るい口調で再び話を続けていく。


「だから、地上の力を借りようと思ったんだ」

「もしかして、地上の精霊の力を天界に……?」

 確かに腐敗した天界を精霊の力によって浄化すれば……。

 でもそんな事をしたら地上がどうにかなってしまうのは紛れも無い事実。

 やはり止めなければいけないと思い、アロマは再びハルへ攻撃をしかけようとするが。


「んー、それも考えたんだけども。そんな事しちゃったら地上が今度は死の大地になってしまうよね? 古い時代の天使達は、地上なんてどうでもいいって思っちゃっているかもしれないけど、僕らはそうじゃないよ」

 ハルの言葉を聞いたアロマは驚いていた。

 アロマやエミリア、酒場の人々や精霊の石に関係してきた人達。

 今までの犠牲は必ずしも少なくは無い。

 だからこの人々が住む世界すらも生贄にするくらいは考えていたのだろうとアロマは踏んでいたからだ。


「天界にとっても幸せ、地上にとっても幸せ。両方を満たすには……」

 そんな方法が本当にあるのならば、彼らのしている事は正しい事になると思いながらもアロマは耳を傾けているが……。


「どうしよっかな? やっぱ言うの辞めようかな!」

 ハルはアロマをからかうように、ぎりぎりのところで言うのを止めてしまう。


「ふざけないで! さっさと喋りなさい!」

「アロマはどうしてそんなに焦っているの? 実はその変身に時間制限があるとか!」

「この姿になってしまったら、もう戻る事は出来ない」

「そういう意味じゃないよ、時間が過ぎたら変身が解けるのではなく、命そのものが消えてしまうって意味だよ」

 アロマはずっと隠していた、仲間や大切な人にも黙っていた真実を見抜かれてしまったせいか、苛立ちの表情を露にしだす。


「もしかして、図星……?」

 月の女神の力を得る代償は容姿の永続的な変化だけではない。

 元々天使だったアロマが神に等しい力は行使するには、アルペストリスだけでは足らなかった。

 故にアロマは自らの身、すなわち命を差し出した。


「あははははっ! やっぱり~!」

 その結果、空間操作を行える逆翼の天使サンダルフォンを圧倒的な力で打ち滅ぼし、今まで気づく事すら出来なかった彼らの本拠地を突き止めてここまでたどり着くことが出来たのだった。

 アロマ本人も、そこまで自分の生命に猶予が無い事を解っていたからこそ、仲間の回復を待たずに単身で乗り込むしかないのだ。


「え、どうして解ったかって? 僕の持っている聖具の一つにはね、相手を傷つける能力は皆無だけど、相手の感情や心の流れを読めるんだ! 凄いでしょ!」

 そんなアロマの焦りをまるで無視するかのように、ハルはあどけない表情をしながら自身を誇示するかのように語り続ける。


「でも教えてあげるよ、僕は優しいからね! 天界と地上を一つにするんだ、簡単でしょ! その為に精霊の石とそして、……アロマが必要だったんだ」

「ぐっ、これは!」

 ソフィネではなく、自らを必要としていたことが明らかになった瞬間だった。

 アロマの足元からは突然、植物の蔦のような物がアロマの両方の手首と足首に絡みつく。


「安心して、僕は優しいから、アロマをおびき寄せる為に使ったソフィネはもう地上へ逃がしたよ。彼女の記憶は多少利用したけど、そもそもの狙いである精霊の石とアロマさえ手にはいっちゃえば用済みだしね!」

「離して……!」

「地上の力の象徴である精霊の石と、腐敗した天界の力を受けていない天使の力。この二つが欠かせなかった。もう一人の天使は何故か、天使以外の別の力の恩恵を受けたみたいだから、アロマしか適任者が居なかったんだよ」

 ソフィネは私をおびき寄せる為だけに利用されていたなんて!

 驚愕の事実に酷く胸が焼かれそうになろうとも、アロマは何とか脱出しようと試みようとする、しかし蔦のような物はアロマがどんなに引っ張ろうとしても少しも切れたり解けたりする様子は無く、それどころが次々と湧き出して腰や首、太ももや腕へと絡み付く。


「でもアロマも幸せだよね? 大切なソフィネは人間として無事に地上へ戻したのだから! やっぱり僕って優しい!」

「天界と地上が一つになれば、地上がどうなってしまうか解らない……! 結局地上を犠牲にするのは変わりないじゃない!」

 恐ろしい計画の全容が明らかとなり、アロマはハルを倒そうと力を解き放とうとする。

 しかし体に絡んだ蔦のような物体のせいか、体に力が入らず本来の女神の力を発揮することが出来ないまま、なすがままの状態となってしまう。


「天界は浄化され元通りになり、地上は天界の祝福を受け続ける。それのどこが不幸な事なのかな?」

「そんな都合よく……いくわけない!」

 地面からは、まるで沸かした熱湯からたつ湯気のように、容赦なく次々と蔦がアロマに絡み付いていく。

 もがき必死に解こうとするが、蔦は無慈悲にアロマの自由を奪う。


「やってみなきゃ解らないよ。もっとも、アロマ(・・・)は見れないんだけどね」

「離して……、はな……して……」

「さあ、新しい世界の始まりだ!」

 アロマは絡みつく蔦に全身が蔽われてしまうと、声は途絶えて姿が見えなくなってしまう。

 やがてそこにはハルの高らかな宣言と、無数の蔦で繭のようにぐるぐる巻きになってしまったアロマだけがあった。

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