第四十話 墜ち、歩き始め、そして辿り着く場所
「ば、馬鹿な」
私が諦めかけた時、アロマの放った矢は空間操作で他の空間へ飛ばされる事なく、サンダルフォン本体と使役している聖杯をまとめて貫いていた。
光の矢によって射抜かれた聖杯は、痙攣しながら大きく目を見開き緑色に薄く輝く涙を流すとその場で粉微塵になってしまう。
それと同時にサンダルフォンの怒りを象徴していた胸の炎は消え去り、その場で指先からゆっくりと崩れ落ちていく。
「本来空間操作は、神をも超越した存在が使える究極至高、最高等の力。一介の天使が完全に扱いこなせるわけが無い」
何故別の空間に飛ばされなかったのか、どうして本当の弱点に気づいたのか。
それを掴めずにいた私と、驚きの色を隠せずにいるサンダルフォンへ、アロマはゆっくりと静かに語りかける。
「だから、あなたの術には持続時間が限られていた。私の放った力は、私が望むまでその空間に留まり続ける」
天空術にしろ魔術にしろ、同じ攻撃を緩めず強めず続けるという方法自体は珍しいわけではない。
私にだってやれなくはないと思ってる。
空間操作が行える時間に限りがあるならば、ずっと攻撃し続ければいいのも解る。
しかし、逆翼の天使を強大な力を使役している聖具もろとも瞬時に破壊出来る程の圧倒的な力を継続して出すとなれば話は別。
膨大な質、力量、方向、何もかも変えないままに術を発動し続けるなんて、神業としか思えない。
「さらに、あなたの弱点はあなたではなくその聖杯本体だという事を、この姿になってようやく見抜けた。だから聖杯が狙われないようにする為に、見えなくしていた」
「そこまで……、解っていたか。お前は本物のようだな……」
サンダルフォンの弱さも含めた力の真相と、それを全て看破したアロマ。
絶対に勝ち目の無い相手に勝てた喜びもあったけれど、それ以上に私は嫌な悪寒を感じていた。
アロマの強さではなく、もっと別の漠然としたなにかに対して。
なにか、取り返しのつかない事が起きているような……。
「消滅する前に教えて、ソフィネは何処に居るの?」
決着のついた戦いを背景に、アロマは太陽のように明るく黄金色に輝く瞳に凍てつくの光を宿しながらサンダルフォンへと質問する。
「ふっ、ふふふ」
「何がおかしいの?」
崩れゆく体を支える事が出来ず、サンダルフォンはその場で地を這ってしまうが、それでもまるで恐れを感じてない。
何か思惑があるのだろうか?
もう空間操作をする力は残されていない、それどころかこの場から逃げ出す事すら無理な状況なのに。
「既に勝利したつもりか?」
「何をしたの……?」
サンダルフォンの限られた選択肢から、次の行動を読んで対応しようと思考を巡られている時だった。
アロマは何かに気がついたらしく、今まで冷静だった態度を一変させ、今まさに朽ちて消え行く敵に強く問いかけながら触れようとする。
「お前は何も知らない。知らないまま、私達の目的は成就されるのだ」
しかし、アロマの細く綺麗な指先が触れようとした瞬間、意味深な言葉を残してサンダルフォンは完全に消滅してしまう。
アロマは胸に手を当てながら深刻な面持ちのまま、知りたかった情報を掴めないまま強大な敵の最期を見送る事となった。
「お、おい大変だ! って誰だお前!?」
戦いが終わって周囲に平穏が戻ると、天使達の戦いから避難していたファルスさんが慌てながらもこちらに駆け寄るが、変化したアロマを見て思わず体がのけぞってしまう。
「逆翼の天使……、ではないよな。翼が普通のだし」
「彼女はアロマですよ。ファルスさん」
戦いを見守りながらも自身の治療に専念し、何とか立ち上がれるくらいまで回復した私はゆっくりと起き上がりつつ、服についた土埃を手で軽く払うと、神々しい姿になった少女の正体を明かした。
「おいおい魔術師さん。こんな時にギャグとか笑えないぞ」
しかしファルスさんはアロマの方を何度か確認すると、鼻で笑いつつ彼女がアロマである事を信じなかった。
「うーん、確かに見た目全然違うから解らないかも……」
確かに無理も無い。
見た目も勿論だけど、余りにも雰囲気が違いすぎる。
アロマが変わった瞬間を見ていなかったら、私だって信じられなかったかもしれない。
「アロマ、元の姿には戻れないの?」
「ごめんなさい、もう戻れないの。それも代償だから」
どうにか解って貰おうと最も手っ取り早い解決策を提示するが、銀髪の長い髪が僅かに揺れる程度に首を横に振りながら、出来ない事を告げる。
「マジかよ……」
私達のやりとりを察したのか、ファルスさんは自身の顎を指で撫でながらこの非日常的な状態を飲み込もうとする。
「ま、まあでもよ! 大人っぽいアロマちゃんも素敵だな! ウンウン」
「そうですね、とっても綺麗ですね」
そして変わっても仲間として受け入れる事を、多少茶化しつつもアロマへと伝えた。それは彼なりの優しさであり気遣いなのかもしれない。
「ってそんな事言ってる場合じゃねえ! 預けてくれた御神体が消えてしまった!」
僅かに場が和んだ直後、彼は再び慌てて驚きの事実を伝える。
何故そうなったのか、そしてそれがどういう意味かを直後に察した私とアロマの間には、最早穏やかな空気は微塵も無い。
「恐らく、サンダルフォンが最後の力を振り絞って、精霊の石を仲間の所へ転送したのかと……」
事の真相が解らない彼への説明と、意識の共通のためなのだろう。
アロマは遠い空へと寂しげな視線を投げかけながら伝える。
「お、おいどうするよ! 精霊の石全部揃っちまったんだろ!?」
確かに、これで逆翼の天使達に精霊の石全てが揃ってしまった。
揃った場合、具体的にどうなるかは解らないけれども、私やアロマや他の関係の無い人々を抹殺してまで手に入れようとした代物。
何も意味がない訳が無い。
だからこそ私達にとっては絶対に守らなければならない物。だからこそ……。
「大丈夫だよ、まだ逆転出来る」
私は周りを確認する。
地面が所々削り取られて木々がなぎ倒された様子から、かなり大規模な戦いだった事を改めて確認しつつも、それ以外は異常が無い事を確認すると、何も無い場所から淡く水色に輝く水晶を取り出した。
水晶から一直線に光が放たれており、遠くの場所を常時指し示している。
「それは……?」
「御神体にこんな事するのも良くないとは思ったけれど、万が一に備えて探知の魔術をかけておいたの。この反応が示す場所が逆翼の天使達の本拠地かもしれない」
私は御神体に探知の魔術を付与しておいた。
この水晶が指し示す光を辿っていけば、精霊の石は勿論の事、今まで手がかりすら掴めずにいた逆翼の天使達の本拠地も見つけられる。
「お、おい。この位置って……」
「大丈夫ですよ。精度は高いから、余程間違えないし気づかれないはずだから」
だからまだ完全に負けたわけではない。
今すぐにでも精霊の石がある場所へ向かい、取り返せば間に合うはず。
探知の魔術は戦いの前に準備していたから、発動さえしてしまえば一日は持つと思うけれども。
「いやそうじゃなくて」
「どういう事です?」
ファルスさんは何か気づいたらしく、僅かに声を震わせながら光の方を向く。
魔術に関してじゃなければ、一体彼は何をそんなに驚いているのだろう?
「光が示している方向って、狂悪街じゃないか?」




