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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第一部「花は剣と共に」
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第四話 欲望の渦中へ、飛び込むは花と月の信奉者

「今回の仕事だが、水神の国の騎士団幹部からの依頼だな」

 俺は自身のカサつき痩せた腕を掻きながらマスターからの仕事の内容に耳を傾ける。

 最近お声がかからなかったからな。いよいよ俺様の出番ってか!

 情報収集とか、追跡とかそういうこそこそとしたみみっちぃ仕事は、年増のエルシアに任せてだ。

 俺様のようのビッグな男は、やっぱ切った張ったの世界が相応しいわけだ。

 もっとも、最近は潜入だの暗殺だの直接ドンパチやりあう事が無く、単なる穀潰しになっていたわけで。

 正直このままでは肩身が狭いわけですよ。


「水神の国は芸術が盛んで、数多くの有名作家や画家、音楽家を輩出していると言うのは表の顔。裏では巨大犯罪組織が暗躍し、うちらのような非公式ギルドが無数に存在している」

 マスターの言っている事は概ね正しい。

 付け加えるならば貧富の差が激しくて、貧民かつ特殊な才能やスキルを持たない者はそういった犯罪組織に身を落とさないと食べていけないって言ったところか。

 やだねぇ、世知辛い世の中だねぇ。


「今回は、その巨大犯罪組織の資金源の一つと言われている人身売買組織アトランティスへ潜入し、頭目の貴族を殺害する事が目的だ」

 俺もこんな稼業を続けているから名前くらいは聞いた事がある。

 アトランティスと言えば、人身売買でも特に少女を専門に扱っている業者で、貧しい街で女の子が消えたら組織に連れていかれたと思えと言われているくらいだ。

 まあそんだけ有名になっているのに一切の取り締まりも制裁も無いって事は、スラムに住むような貧民を国が保護する気が無いというのもあるだろうが、単純に国の偉い人が関わっているんだろうとは漠然と思っていたがやはり貴族だったか。


「事前に調査をしたんだが。アトランティスの本拠地には武装したごろつきが数十人程詰めている」

 専門の訓練を受けた軍人が一個小隊いるならば、俺は笑いながら仕事を拒否しただろう。

 しかしごろつきならば、一個中隊いても凌げる自信がある。

 どうせスラム街からやっすい金で雇った奴らばかりだな。

 ま、考える労力の方が大きいのは事実だ、警戒する必要無しっと。


 そう思いながら、マスターは俺に何やら書かれている羊皮紙を渡してきた。

 ふむふむ、どこかの地図かこれ。


「この場所、ここのすぐ近く……だよな? 確か昔の戦争で使ってた砦がある場所っすよね」

「ああ、恐らく組織のボスである貴族が買い取ったのだろう」

 意外と近場でそんな事が起きているなんて、全く気がつかなかったぞ。

 おにゃのこスキーの風上にもおけねえ、不届きモノのロリコン集団が近くにいるだけで胸糞悪い。


「ボスは普段から居るわけでは無く、定期的に砦へと来るみたいだ」

「で、その日時は?」

「ちょうど明日だな」

 普通の人なら、何故そんな急に!?って慌てるところだが……。

 この俺様は別よ。

 さっさとボスを仕留めてこんなクソ組織ぶっ潰して、この胸の悪さを消せるからな。

 俺はそんな喜びから、鉄をも溶かすマグマに似た熱さを全身に駆け巡らせていた。


「察してはいると思うが、戦闘になる可能性は高いだろう。よってファルスとアロマのペアで行って貰う」

 しかしその言葉を聞いた瞬間、熱が一瞬で冷めると同時に、電撃の魔術を受けた時と同じ衝撃が頭から足先へと駆ける。

 な、なんだと!

 愛しのアロマちゃんと一緒にお仕事だなんて!


 あの真っ白な肌、真っ直ぐな瞳、何の曇りも無いというか、汚れすら逃げ出しそうな程に眩しくて輝かしいセミロングの金髪。

 この俺のハートをぶち抜いたキューピット!

 そんな子に俺様の勇姿が見せられるとか!

 マスターも粋な事するねぇ。ぐへへ……。


「……変な真似だけはするなよ」

「んああ? だーいじょうぶダイジョウブ!」

「じゃあ依頼を受けるんだな?」

「勿論! 悪趣味な貴族の首を土産に持ってきてやりますよ!」

「そんな気色悪いものいらん」

 ぐふふ、今日こそあのマイスイートエンジェルを俺のものに。

 俺の超かっこいい姿アーンド活躍を見たら、心を開かないアロマちゃんもきっとメロメロになるぞ!

 あ、やばいやばい。涎が出てきちった。


「へー、何でそんな騎士団幹部なんて国の重鎮様が私達のような下賎な民に?」

「犯罪組織には、本来そこに在ってはならない者がいたりするもんだ。やっこさんもそれに気づいているんだろう。だから自ら手を出すと面倒な事になる。要するに訳ありという事だ」

 折角の楽しい未来を思い描いていた時、明らかに自分の出番が無くてつまらなさそうなエルシアが、そんな不満をぶつけるかのようにマスターへと質問を投げかける。

 

「ファルスって確かルナティックだっけ。いくら厳しい訓練受けてきたとはいえ、何だかやばそうな雰囲気だけども大丈夫?」

 ここ水神の国から南方にある地霊の国には土着民が住んでいる。

 外部の人間はそれらをルナティックと呼んでいるらしい。

 俺はそこの出身で、若い頃はずっとその中で生きてきた。


()が忘れているぜエルシアちゃんよぅ~。ま、俺は愛しの大天使にして大正義アロマちゃんと一緒にお仕事が出来るなら、どんなにやばかろうと、たとえ地獄の釜の底へ行けと言われてもダンスしながら行くがね」

 しかしまあ、ある理由で追い出されてしまったわけだが……。

 おっと、今はそんな事を気にしている場合でも仕事のやばさを懸念している場合でも無いし、そんなのはそもそも問題ではないんだよ。

 久しぶりのお仕事で、得意分野で、アロマちゃんが一緒。ここが重要。

 俺様一世一代の大仕事だな。

 成功は約束されているから、後はいかにかっこよくスタイリッシュにこなせるかだよな。


「解ったよ。マスター」

 きっとああいう展開になるだろうから、あーしてこうして、ああやったらきっと……。

 あ、あれ。アロマちゃんがいなくなっているぞ。

 ほんとつれないんだから~。


 俺は頭を二度ほど無意味に触ると、マスターへ愛想笑いを一度した後に明日の準備をする為、自室へと戻った。



 そして翌日。

 標的がいるであろう人身売買組織アトランティスの本拠地である建物の前に到着する。

 古い砦を改装して利用しているらしく、周囲は高い城壁で囲まれ、鉄板で作られた門は入り口を硬く閉ざしている。

 見張りは強固な守りであるせいか、入り口の両脇に二人だけか。

 うーむ、どうやって忍び込むかだが……。


「私が囮になるよ。そうすれば簡単に中へ入れる」

 相変わらずの無表情でアロマちゃんはそう言うと、何の迷いも無く入り口の方へと進みだす。


「ちょ、ちょっと待った! それは本当かい? 危ない事はおじさんに任せてもいいんだよ~?」

 俺はアロマちゃんの肩を持ち、彼女が移動するのを何とか食い止める。

 あいつらは裏社会を牛耳っている連中だぞ?

 命知らずすぎる。

 そりゃあ、上手く潜入できれば仕事の大半はこなしたも同然だけどさ。

 何してくるか解らないのにそれはどうなの。


「こういうのは昔やったことあるから」

 しかし少女は、そう一言言った後に俺の手を払いのけて再び進みだした。

 はぁ、まじかよ……。

 まあ仕方ない。子供の我が侭を叶えてこそかっこいい大人だろうよ!

 あれ、でも昔やった事あるってどういう意味だ?

 あああ、待ってくれアロマちゃん~!



「つまり、この娘を差し出すから仲間にして欲しいだと?」

「その通り! ほら、物凄い上物でしょう? スラムの隅っこで泣いていたのを連れてきたのですよ。いやー、正直この娘が売れなかったら私も野垂れ死に決定! そこでこの場所の噂をちょろっと小耳に挟んだという訳で、つきましては……」

「ええい解った! ついてこい、ボスに掛け合ってやる」

「ほんとっすかぁ~! ヒャッホウ! これで暖かい寝床と飯にありつけるぅ~」

 はぁ、かっこわる。

 何でこんな役回りになってしまったんだろうな。

 そりゃあ、すんなりと中へ通してくれたけれどもさ。

 もっとどーんとずばばっていけなくもなかったんだぜ?

 ……あれか、信用されてないってか。


 とまあそんな感じでテンションだだ下がりの中、堅牢な守りをパスして奥へと通されていく。

 やはり砦だけあって、石壁が延々続くつまらない風景しかない。


「ついでだ、いい物を見せてやろう。おい、ガキは待っていろ」

 いい物ってなんだ?

 どうせろくでもない物なんだろうとは思うが、ここは嬉しそうにしないと。


「やったぁ! 嬉しいっす! ぜひぜひ見せてくださいな!」

「解ったから! あまり騒ぐな。放り出すぞ?」

 ふへぇ、いい加減このキャラ疲れたぞ。

 もっと楽に演じれるようなのにしとけばよかった。

 俺は今まで感じた事の無い疲労感に襲われつつも、明かりと人達の歓声が漏れる扉の奥へ通された。



「な、なんだこりゃぁ……」

 飾り気なんて皆無な砦に、似つかわしくない程の悪趣味で派手な装飾。

 ギラギラと眩しすぎて思わず目を背けたくなるような部屋内に、これまた部屋には負けないくらい着飾った男達。

 貴族か、商人か?

 兎も角、大金をしこたま持っていそうな野郎共の視線の先には、これから売買の対象となるであろう少女達。

 人数は、十……二十くらいか?

 大抵は裸に首輪がされているだけだが、一部豪華なドレスを着込み、化粧もしっかりした子等も数名いる。


「それでは、本日の目玉商品カタリーナちゃんの登場でーす!」

「あはぁ~☆ あたしがぁ、アトランティスの六代目姫に選ばれたカタリーナですぅ」

 この場を仕切っているであろう胡散臭い男が甲高い声で宣言すると、全身が透けた下着のようなミニドレスを着た10代前半であろう少女が舞台の袖から現れ、甘えた声でドレスの裾を手でひらひらさせながら自己紹介を始める。

 勿論、この少女の首にもそんな甘々なファッションには似つかわしくない黒い革の首輪がされており、彼女が動くたびに首輪につながれた鎖がじゃらりと怪しげに音を鳴らす。


「ひゃぅんっ。はやくぅ~、新しいご主人たまといい事したいなぁ~。ご主人たまと一緒になったのを想像しただけで、こんなに……」

「うおおおおお!!」

 な、なんじゃこりゃああああ!

 ふざけるな!

 こ、こんなのありかよ!?

 訳わかんねえよ……。

 てか、観客と一緒に叫んじまった、何してるの俺。


「どうだ? 凄いだろう?」

「へ、へい。 凄すぎて震えてしまい、ましたよ」

「多くのガキの中でも、特に価値があると認められた物は、俺ら独自の教育(・・)を施し最高の商品に仕立て上げる」

 きょ、教育だと!?

 ばっかやろう……。あのカタリーナとか言う子の表情と目を見たら、元の人格すら破壊されてしまっているレベルじゃねえか。

 商品扱いされているのに笑顔だしな、半端ないぞここ。

 教育なんてもんじゃねえ、調教か?

 果ては洗脳か?


 あの姫以外の子もそうだ。

 全員目の焦点があってねえ、しかも嬉しそうに客の方へ手を振っているくらいだ。

 あれか”新しいご主人たまになってくださ~い”てか。

 はぁ~。もうね、馬鹿かと阿呆かと。


「三十万! いや、五十万ゴールド!」

「俺は六十万だすぞー!」

「俺は五十五万に、この金のネックレスもつける! だからカタリーナちゃんを!」

 大金を払う声が、この場に乱れ飛ぶ。

 おいおい、こいつらも正気じゃねえ……。

 あんな嬉しい事……おっと挑発をしてきたとは言え、この状況が異常だって事が気づかないのか?


「ふ、フヒッ。ひゃ、百万……!」

 そんな中、一人挙動が怪しくて異様に汗をかいている男がゆっくりと手をあげ、どもりながら金額を言う。

 流石に百万なんて大金を持っていないのか、一瞬周りが静かになってしまった。


「おめでとうございます! 六代目姫百万ゴールド落札!」

「カタリーナぁ~、嬉しいですぅ☆」

 僅かな静けさも束の間、今までこの競売を仕切っていた胡散臭い男が満面の笑みで高らかに宣言すると、彼の下へカタリーナを連れて来た。


「新しいご主人たまぁ、いっぱいいっぱい仲良くしましょうね♪」

 汗かきな男は大金の入った金貨袋を胡散臭い男へと渡すと、カタリーナがしている首輪に繋がれた鎖を握り締め、鼻息荒くその場を去っていった。


「以上を持ちまして、姫の競売を終了しまーす! それでは、通常販売を開始しますので、皆様こちらへお並びを~」

 目玉商品(・・・・)の売りが終わったにも関わらず、残った男達は意気揚々と指定された場所へ並んでいく。

 姫の周りに居た子らの売買をするつもりだろうな。


「ほら、もう行くぞ」

「へ、へい……」

 話には聞いていたし、こういう世界があってどういう事をしているのかも解っていたつもりだった。

 だが実際目の当たりにして、正直面食らっている自分がいる。

 何度も言うが、すげぇ世界だ……。


 てかアロマちゃんを囮にする作戦やばいんじゃないか?

 このままじゃ最悪アロマちゃんが教育を受けて次の姫になって……。

 うおおおお!!!

 そんなご褒美……って違う違う、そんなの駄目だ、作戦中止、中止だ!!

 あ、あれ。アロマちゃん……?


「あの、さっきここに居た。あっしが連れてきた女の子は?」

「ああ? 今は丁度ボスが居られる。商品の品定めはボス直々にやるのが習わしだからな。今頃ボスが味見をしている頃だろうよ」

 ば、馬鹿野郎!

 くそっ、既に遅かったか。急いで合流しないとまずいぞ。

 依頼だとか仕事だとか関係ねえ。今はアロマちゃんを見つけてここから逃げ出す事が先決だ。

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