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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
最終部「復活を夢見る、虚な存在」
37/41

第三十七話 決戦の序曲は、黒き花嫁の怒りにより彩られる

 作戦決行当日。


「いくよ、準備はいい?」

「うん」

 現地へと到着した私達は、お互いの眼に秘めた決意の光を確認しあうと、意識を集中させていく。


天上なる(アウェイク・オブ・)神性への目覚めエンジェリックセレスティアル

呼び覚ませ(リコールオブ)神秘なる月の力(セイクリッド)を司る神々しき光(ムーンライト)!」

 天使の力を解放するための言葉を、ゆっくりとそして強く口紡ぐ。

 意識が一瞬遠くなって僅かな時間視界が真っ白になると、私もお姉ちゃんも普段の姿とは違う、白衣を纏う清廉な存在へと変わっていた。


「本当ならもっと力を解放出来るはずだけども、今は出来ないの。ごめんなさいアロマ」

「ううん、大丈夫だよお姉ちゃん」

 エミリアお姉ちゃんの話では、さらなる力の解放が行えたらしい。

 けれどもある事情によってそれが不可能となってしまっている。

 天使を超えたさらなる上の存在。

 気にはなるけれども……。


「来たよ」

「そうだね、予想通りだね」

 今はその事よりも、対処しなければならないことがある。

 気持ちと思考を切り替えて、実際に目では見えなかったけれども奇妙な違和感がする方向を振り向く。

 そこには、今まで居なかった逆翼の天使であるサンダルフォンが静かに佇んでいた。


「……こちらが見つけたと言うより、わざと私を呼び寄せたのか?」

 私とエミリアお姉ちゃんが天使へと変身し、大して時間も経っていないのに、目の前には漆黒の花嫁衣裳と純白のベールを被った美形の天使が目を閉じたまま立って、こちらへ話しかけてくる。

 予想はしていたといえ、あまりにも突然すぎて私はほんの少しだけ驚くが、相手は空間を操作する事が出来る天使、場所の移動なんて朝飯前なのだろうと思い、気を取り直して逆翼の天使の方を見つめる。


「取引がしたいの。ソフィネを解放して、そして私達を狙わないで欲しい。そうすれば土の精霊の石を渡すよ」

 私はそういいつつ、ファルスが地霊の国から持ってきた精霊の石を天使に見せる。

 逆翼の天使は一切表情を変えず、瞼が開く事はなかったが、こちらの様子と言動に察したらしく、まるで何もかもが見えているかのようにこちらへとゆっくり歩み寄っていく。


「これはとても個人的な質問なのだが、彼女は彼女の意志で私達と道を共にした。それなのに、何故そこまで拘るのだ?」

 至極当然、もっともな質問だった。


「私はソフィネが苦しんでいる時に何もしてあげられなかった。だから、今度こそはソフィネの力になりたいの!」

 そんな当たり前の疑問に対し、私は自分の思いを強く主張する。

 あの時、ソフィネはずっと苦しんでいた。

 私はそのサインを受け取っていたのにも関わらず、ただ不遇な境遇に落とされた彼女を見ているだけしか出来なかった。

 だからもう一度、今度はあなたを助けたいの。


「そうか。仲間を思う気持ちは解った。次にもう一つ。セレーネよ、そしてセフィリアよ、お前達も天使ならば何故母の意志に背く?」

 私の思いが伝わったのかは定かではない。

 でもサンダルフォンは静かに頷くと、新たな疑問を私たちに投げかけてくる。


 母と言うのは、まず間違いなく私とエミリアお姉ちゃん以外にいる、天界に残った天使の事だろう。

 彼女はとても穏やかで、主や仲間達、そして他の天使ならば嫌う人間や別の種に対しても慈愛を与えていた。

 さらにその天使は、他の術では絶対に不可能とされている、生命を復活させる天空術が使える唯一の天使なのである。

 崩壊していく天界を守れるのは、自身が持つ癒しの力のみと自らが天界に残り、天界の核である生命の樹に自らの力を投入する事で天界が消えてなくなってしまうのを防いでいる。


「あなた達が母と崇める天使と約束したから、滅びゆく天界を救うって誓ったから」

 私が地上へ墜ちた目的は、その天界を再生させる術を見つけてくる事。

 彼女やエミリアお姉ちゃんともそう約束した。


「……確かに天界は今も終焉へと向かいつつある。ではお前達はその手立てがあるのか?」

「それは……」

 痛いところを突かれてしまい、何も返せなくなってしまう。

 エミリアお姉ちゃんを探すのと並行して、天界を再生する術も見出そうとしていたが、その手段が見つからずにいる。


「我々にはある。だからこそ天界から地上へと墜ち、母の加護から離れた。天界再生の為に、精霊の石が必要なのだ」

「なら、どうして私やエミリアお姉ちゃんの命を奪おうとするの?」

 逆翼の天使達の強い意志は解っていた。

 けれども、どうしても気になることがある。

 何故、私達の思いを知っているであろう存在が、私達の命を奪うのだろう?


「それは解らぬ、我が母の命令だ」

「そんな……!」

 逆翼の天使達は、現天界の主であるもう一人の天使から生み出されたのは察しがついていた。

 彼ら彼女らが命令をただ忠実にこなそうとするのも解る。


 もしかして、私達を見捨てたというの……?

 だから命令に絶対に従い、通常の天使では到底出せない力を持った逆翼の天使を優先したの?

 私達はもう不要と判断され、抹殺しようという結論に至ったというの?


「だが、天界が救われればお気持ちが変わるかもしれん。同じ天使として、協力してくれるのであれば母に掛け合っても良い」

 そんな事はないはず……。

 そう強く思いたい、あの天使に限ってそんなことは。


「……良かろう、ソフィネを解放する。お前達の命ももう狙わない。だから精霊の石を」

 そう思いながらも、ファルスが土霊の国から持ってきた御神体を逆翼の天使へと差し出す。

 サンダルフォンは実際に見てはいないが、まるで見えているかのように私の様子を確認すると、ドレスの長い裾を引きずりながらこちらへゆっくりと歩いていく。


 そして御神体が相手の手に渡ろうとした瞬間。


「ぐっ……! は、謀ったな……」

 音も無く、サンダルフォンの胸とこめかみには、大人の指先ほどの穴が開く。

 空間を操作し、絶対無敵の防壁を築ける逆翼の天使はその力を振るう事も無く、私に怨念の篭った言葉を投げかけながらその場に倒れてしまった。


「騙し討ちをするみたいでごめんなさい」

 逆翼の天使サンダルフォンを倒す作戦。

 風精の国の宮廷魔術師が、天使を倒すために放った一言によって立てられ実行された計画。

 それは、相手の隙をつき遠方から狙撃し暗殺する事だった。


 勿論、ただの狙撃じゃ当たったとしても致命傷にはならないし、そもそも逆翼の天使が来るかどうかも解らない。

 そこで宮廷魔術師ラプラタが作った対天使用の装備、銃の扱いならば達人級の腕前を持つマスター、そして最上の囮である私とエミリアお姉ちゃん。

 すべてが用意周到であり、すべてが極上だったからこそ今の結果がある。


「お、おい。やったのか?」

「天使は胸に生命の木の実という、人間でいうところの心臓があるのですが、そこを撃ち抜いているのでおそらくは……」

 万が一に備えて木陰に隠れていたファルスが、恐る恐るこちらへと歩み寄ってくる。

 しかしサンダルフォンは一切動かず、彼の足音や気配にも反応せず、その場で倒れたままだった。

 お姉ちゃんの言うとおり狙いも完璧、仕留めたはず。


「なんだ……、なんだあっけないな! うはははは!」

「ラプラタ様やマスターさんのお陰だね」

「うんうん」

 ファルスの言うとおり、妙なあっけなさは私も感じていた。

 あれだけ強大な敵と言われて身構えていたのに、マスターの銃撃でこうも簡単に命を奪うことが出来るなんて。


「私、マスターを呼んでくるね。作戦は成功したって事も伝えなきゃ」

 兎も角、逆翼の天使をこれで二体倒したことになる。

 あとどれだけいるかは解らないが、サンダルフォン以上の使い手は中々いない筈。


 そう安堵し、逆翼の天使の亡骸に背を向けようとした瞬間。


「マジか!? た、立ち上がったぞ!」

「確かに生命の木の実は撃ち抜かれているはず、なのにどうして……?」

 サンダルフォンは苦悶の表情を見せながらもゆっくりと立ち上がっていく。

 倒せたと全員が思っていたせいか、一部の例外も無く皆が驚き逆翼の天使を凝視していた。


「見事だ。はぁ……、はぁ……」

 手先や髪の先がぼろぼろと風化した枯れ木のような物に変化しながら、じわじわと崩れ落ちていく。


「いつ消滅しておかしくない私の体……」

 それでも目は閉じたまま、サンダルフォンは自ら崩落する手を視線のあるであろう方へ向けると。

 しばらくの間俯きながら、言葉にならない言葉を一人でつぶやく。


 生命の実を壊されてなお生きているなんて。

 一体、この天使の何がそうさせるのか?


「だがここで消えるわけにはいかないのだ! 私は成さねば成らぬ事がある!」

「う、うそ。傷口が再生している?」

 驚きが戸惑いとなり、やがて相手に対する恐怖へと変化した時だった。

 こめかみの傷がみるみる塞がっていき、胸に空いた穴からは緑色の炎が噴出してくる。


「……お前達は絶対に私からは逃れられぬ、お前達が待つのは確実な敗北、死だ。その運命を乗り越えられるか?」

 私は蘇る天使の方を見ながらも、今まで持っていた精霊の石をファルスへと渡し、いつでも戦えるように体勢を整えた。


(わたくし)逆翼(リバースウィング)の天使(エンジェル)サンダルフォン。そう簡単に倒せるなどと思うな!」

 サンダルフォンは、今まで閉じていた目を見開き、こちらへ強く言い放つ。

 自らの強い意志で蘇ったというの!?


「あ、あああっ……、なんて執念なんだよチクショウ……」

 ファルスは顎をがたがたと震わせながら後ずさりしつつ、恐怖を露とする。


 決戦の火蓋が今まさに切って落とされた事を私は確信し、アルペストリスを持ち構えた。

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