第三十話 逆翼が目指す彼方とは
「シュウです」
「どうぞ」
部屋の扉をノックし、自分の名前を名乗る。
間も無く、室内からは聞きなれた大人びた声で執務室への入室を許可された。
あたしは団長に出会う時程に緊張もせず、割と気持ちはラフな感じで部屋内へ入り、扉を閉めると執務室内に飾られていた植物に水をやるラプラタ様と目が合ったため、軽く頭を下げ笑顔で挨拶をした。
「お久しぶりです、ラプラタ様」
「あらあら、そんなにかしこまらなくていいのよ? あなたとそこまで遠い関係でも無いもの」
「誤解されるような言い方しないでください!」
「ふふ、私は誤解されても一向に構わないわよ?」
やっぱりこの人の女の子好きは変わらないらしい。
そんな言い方されちゃこっちまで照れちゃうよ!
んー、でもこんだけ美人さんとだったら……。
毛先が綺麗に整ったさらさらな青髪ショートボブ、ずっと見てたら吸い込まれてしまいそうになる紫色の瞳、この世のものとは思えない程に整った顔立ち、ヴィクトリア朝ドレスのように絢爛豪華なローブを身に纏っているにも関わらず出ている胸、そして色白のすべすべつるつるお肌。
こんな人とあんな事やこんな事が……って!
ああああああもう!!
何考えてるのあたし!
どきどきしちゃってるし……、駄目だって!
あたしにはエミリアが居るのに、てかそういう問題じゃないし。
「ところで、休暇中なのに今日はどうしたのかしら? まさか私と……? あなたが浮気性なんて初耳ね」
「ち、違いますよう! これを見てもらいたくって」
まるで自分の考えが見透かされたかのように茶化されてしまい、思わずあたふたしてしまうが、本来の目的である酒場のマスターさんからの手紙をラプラタ様に手渡すことに成功する。
ラプラタ様は、意地悪な笑みでこちらに微笑むつつも水差しを棚に置いて手紙を受け取り一通り目を通すと、今まで穏やかだった表情は急変し、真剣な面持ちでこちらを再び見る。
「ふむ、解った。風の緑石に関しては私が責任を持つわ」
「あ、ありがとうございます!」
ふー、これであたしの仕事は終わりかな。
ラプラタ様なら余程大丈夫だろうからね。
あたしは酒場のマスターさんから頼まれた仕事の終わりを予感し、ほっとしていた時。
「もしかして、今から取りに?」
「ええ、私が直接持っておいた方が良いと思ってね」
手紙を見たラプラタ様はそうあたしに告げると、忙しく机の引き出しから銀製の鍵を取り出し執務室を出る。
そんなに急ぐ必要があるのかな?
歩きではあるものの、明らかに急ぎ足のラプラタ様に何とか追いつこうとし、宝物庫手前でようやくラプラタ様に追いついた時だった。
「……シュウちゃん、折角の休暇で申し訳ないのだけれど」
「はい?」
「……巧妙に隠しているが、悪魔か。しかもかなりの力を秘めている」
宝物庫の扉の前には、純白のベールを被り、そんなベールの色とは真逆に真っ黒なウェディングドレスを身に纏った、男性とも女性とも思えるような中性的な人が立っていた。
目を閉じているせいか、はたまた表情がまったく無いせいか、何を考えているのかさっぱり解らない。
ただベールの隙間から見える繊細で上品な金髪、ラプラタ様にも負けないほどの美形っぷり、異様に長いまつげと青白い唇から察するにとても人間とは思えない、そんな気がした。
「綺麗なドレス着ているから、素敵な女の子だと思っていたのに残念だわ」
「性別なんて私にはどうでもいい事」
今まで見たことが無い人だ、格好も変わっているし……。
どこか結婚式場から抜け出したのかな?
でもそれなら王城にいる理由なんてないし、そもそもよく見たら男の人……なの?
女の人といえばそう見えなくないけども、女装して城の中に潜り込むとかさてはヘンタイだな!
いつぞやの時と同じだ、またヘンタイが来たのね!
「精霊の石、その様子では譲ってくれないか」
「あなた達が何者か、何故精霊の石を集めているのか、集めて何をするのか。その辺りをはっきりしておきたくてね」
鈍いあたしでも解るくらいにラプラタ様からは、びりびりと緊張した雰囲気が伝わる。
相手やラプラタ様の様子から、今この状況はちょっと昔に酒場であった時と同じである事を察知した。
「私の名前はサンダルフォン。精霊の石は、私達と私の母上が住む世界を救うために集めている」
「住む世界というと、天界かしら」
「そうだ」
あれ、そういえばエミリアもアロマちゃんを探して天界を再生するとか言ってなかったっけかな。
目的は同じなのかな?
「救うためという事は、今は危機的な状況下にあると?」
「ああ。天界は本来あるべき光の力を失ってしまい、大地は不浄し背徳が蔓延り、私のような奇形の天使が生まれるようになってしまった」
まさかそんな事になっていたなんて。
エミリアやアロマちゃんも知り得なかった天界の現状を聞き、その状態を想像したあたしは胸が嫌な気分で満たされてしまう。
「今はそれでも母上が己の命を燃やして何とか存続させているが、それも時間の問題。やがて天界は腐り果ててしまい、永遠に消えてしまうだろう」
それにしても、酒場でマスターや仲間の人達を襲った天使とは全然雰囲気が違うような気がする。
やっぱし性格なのかな?
服装はどっちも真っ黒だけども。
「故に、天界を再生する為に精霊の石が必要なのだ」
「なるほどね。あなた達の事情は解ったわ」
今まで相手をしっかりと見据えて受け答えをしてきたラプラタ様は、黒衣の天使の話がひと段落つくと、間髪置かずして何も無い空間から、血魂の錫杖と呼ばれる赤黒い不気味なオーラが漂う短杖を取り出し、魔術によって生成したエネルギー弾で天使を攻撃する。
天使の目は相変わらず開かないが、まるで攻撃する事を知っていたかのように無駄がない動きで回避した。
「信じられないと?」
「いいえ、あなたは嘘をついているようには見えない」
確かに、目はずっと閉じているせいなのか何考えているのか、感情がいまいち読めないけども。
あたし達を騙しているとも思えないような気がしなくもない。
でもラプラタ様が攻撃したってことは、あたしが解らない何かを察知したのかも。
「ならば、何故攻撃してきた?」
「じゃあどうして、エミリアやエミリアの探していた天使を襲ったのかしら?」
そうだよね!
天界を再生したいだけならば、むしろエミリアやアロマちゃんと協力し合えるはずなのに。
この黒い花嫁衣裳の天使はどうか解らないけども、酒場で出会った喧嘩っぱやい女の子の天使は協力する気なんてさらさらなかったもの。
「あなたの言う事は正しい、精霊の石を使えば確かに天界は再生されるのかもしれない。でもそれには何か、知られてはまずい副作用がある」
なるほど、そういうことね!
さっすがラプラタ様だね、あたしじゃ全然解らなかったよ。
と言う事は、天界を再生したら何か大きな犠牲を伴うのかな?
確かに何にも触れなかったし、なんだか上手い具合に話を逸らしてたような。
「よく解りますねラプラタ様!」
「……女の勘よ」
そういう、回りくどい事をしなければいけない程に知られたくないって事なのかな。
だとしたら、やっぱり止めなきゃいけない。
きっと世界が滅ぶとか、地上を犠牲にするとかそういうフィクションでありがりなパターンなんだろうね!
「仕方ないか」
天使サンダルフォンは、今まで閉じていた目を開きこちらを強く睨みつけてくる。
その瞳は、かつて酒場を襲った逆翼の天使と同じく虚ろなライム色で、生気を感じさせなかった。




