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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第一部「花は剣と共に」
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第三話 純麗の花びらに零れるのは、清浄なる一粒の雫

 私がこの眩くて誰もが羨む世界の一部となったアロマちゃんを見ていた最中、一際豪華な飾りつけと意匠のドレスを身に纏った小柄の少女が、自身の顔ほどのボリュームがある栗色の縦巻きロールになった髪を揺らせながら複数のメイドを引き連れ、会場内に用意されていた舞台の上へと向かっていく。


「ソフィネ様が来られたぞ」

「十四歳の誕生日と言われていたな。何と美しくご成長なされたか……」

 へえ、あの子が今回のパーティの主役って訳ね。

 貴族達の会話から察するにうちのアロマちゃんの一つ年上って事なのかな。

 随分と丁寧におめかししているけれども、私個人の感想としては子供なんだから、もうちょっと薄化粧の方が可愛らしいのにね。

 でも舞台に立って何をするのかな?


「おお、あれが始まるぞ」

 貴族の誰かがそう言うと、会場内が暗くなっていく。

 何が始まるのというの?

 私は疑問に感じながらも、今回のパーティの主賓である少女の方へと目を向ける。


「この度は忙しい中、わらわの誕生日によくぞ集まってくれた。諸侯らにはこれより、我がアルカティア家成人の儀の舞を見せようぞ」

 少女は、アロマちゃんと同年代とはとても思えない程に尊大な態度と口調で、会場にいた貴族たちに話しかけ終わると、近くにいた召し使いへと目で何やら合図をする。


 しかし、召し使いは誰が見ても解るほどの焦りを見せつつも少女がいる壇上へ上ると、いそいそと彼女に耳打ちをした。


「なんじゃと!? パートナーが事故で来られないと申すか!」

 どうやら成人の儀はペアで行われるらしく、今日相方を務めるであろう人物が来られなくなったらしい。

 声を荒げ、驚きと憤りを露にしている少女の反応に、召し使いはさらにしどろもどろしてしまっている。


「何という事じゃ。このままでは成人の儀が行えないではないか! 代役はおらぬのか!」

 少女は来賓の方や、後ろで控えていた従者達の方を何度も見回すが、彼女と目線が合うのを避けるように隣の人たちとわざとらしく話したり、うつむいて自分は関係の無い事を表現したりする。


「そこの者! 丁度良い。こちらへ来るのじゃ!」

 そんな素っ気無い態度にも少女は一切怯まず、毅然とした態度のまま彼女は自分の相方となる人を探し続け、最後に会場の隅っこで周りを無表情のまま見ていたアロマちゃんへと指を差して声をかける。

 すぐさま私も辺りを見回すが、あのお嬢様と同年代の子はアロマちゃんしかいないみたいだ。


「私は成人の儀なんて知らない。ごめんなさい」

 しかしアロマちゃんは、少女の誘いを首を横に二度ほど振りつつもいつもの態度で拒絶した。


「むうう、確かにそうじゃ……。止むを得ん。一人で行うぞ! はよ準備せい!」

「で、ですが成人の儀は伝来同年代同性のペアで行われるモノと決まっておりまして……」

「うるさい! 居ないものは仕方ないじゃろう? それともこのまま成人の儀を取りやめろと申すか? 態々足を運んでくださった王族や貴族の方々を何と詫びれば良いのじゃ? 我がアルカティア家末代までの汚点として、語り継がれたいのか!」

 少女はこの場を取り繕おうと何とか強行しようとするが、周りの大人はなだめながらも何とか説得を試みる。

 そんな静止が、やがて力ずくになろうとしていた時。 


「この舞は遥か古の時に、我等一族が光の使者より正当なる祝福を受けた事を示すものである。皆に証明しよう、そしてここに顕現させてみせようぞ。聖唱セレスティアル・アリア、魔を退け、聖を導く声!」

 少女の高らかな宣言は、会場は舞台の上にある動揺のみを残しながら、それ以外のどよめき、困惑、不安といった様々な感情と声を一欠けらも残さず消し去ってしまう。

 それと同時に舞台以外の部屋内は最低限のともし火を残し、僅かに人の輪郭が見える程度の明かりとなった。


『幾千の時より、不浄なる者の支配された大地からいずる存在』

 静寂の中、少女の声が響き渡りだす。

 どうやら成人の儀とやらが始まったみたいね。


『我らは不等な支配から脱せずに日々を怯えていた』

 今まで他者を圧するような雰囲気が強かった少女からはそれが消え、上手く表現する事が出来ないけれどもなんだろう、神秘的?

 でも何かが物足りないと言うか、欠けているような感覚がする。

 本来はペアで行うって理由が何となくだけれど解った気がしなくもない。


『しかし二つ光がもたらした大いなる福音により暗き地を照らし、穢れを払いのける』

 部屋内は少女の歌声と、歌声に合わせた演奏しか聞こえない。

 しかしこれはギャラリーが貴族とか王族だからと言うわけではないと思う。


『眩い金色の少女は、我らの心の中の怯えを取り除き――』

 何故ならば、私と同じ感覚を他の来賓の人達も感じており、それは年齢や性別、育ちや身分なんかには左右されず、万人に等しく与えるという事に対して確信していたからだ。 


『長き栗色の髪の使者の手で、我らが忘れていた温かさを蘇らせた』

 不法に侵入した事を忘れるほどに、少女の踊りと歌に魅入られていた時だった。

 なんと、今まで傍観者を貫き通していたアロマちゃんが舞台へとゆっくり近づきながら、少女の後に続いて歌いだしたのだ。

 何故アロマちゃんが続きを?

 どうして……?


『時は流れ、幾万の月日流れようとも――』

『この胸の光、消える事なかれ』

 例えるならば、ずっと空白で完成しなかったパズルのピースがはまったというべきか。

 成人の儀は貴族の少女であるソフィネ嬢と、貧民街の暗殺者であるアロマちゃん。

 異なる境遇、恐らくこんな場所じゃなきゃ二度とめぐり合う事なんて無いであろう二人が踊り、そして奏でる事でより盛り上がり、会場の静寂はやがて大きな感嘆の声と感動に支配されていく。


『我ら、光と共にあり』

 二人の少女が手を取り、最後の詞を歌い終えた瞬間。

 ここが貴族の社交場であるのにも関わらず、ある貴族は声をあげて喜びを表現し、ある王族は躍る心を大げさな動作で示し、ある来客は涙をただ流しながら呆然としていた。

 まさに感動。それしか言えない。

 私も頭が真っ白になりそうな程に気持ちを大きく揺さぶられたせいか、背筋はぞくぞくとし続け、ふと我に返った時は大きく手を叩いていた事に気づき、ひやっとしながらすかさずじんじんと痛む手を後ろへと隠した。


「経緯はこの際気にせぬ、此度はよくぞ歌ってくれた。無事に成人の儀を終える事が出来た。そなたには感謝する」

 この場所に似つかわしくない喝采の中、主賓のソフィネ嬢は再び威圧的な態度のまま、アロマちゃんに感謝の思いを告げる。


「ところで、そなたの家名を教えて欲しいのじゃ。礼をしたい」

 恐らくは成人の儀を成功させた、この令嬢(・・)の身元を知りたかったのだろう。

 そして友好的になりたかったのかもしれない。

 ソフィネ嬢はゆっくりとアロマちゃんへと近寄ろうとしたが。


「……ごめんなさい」

 アロマちゃんは一言冷たく謝りつつ、彼女の善意を拒否するかのようにゆっくりと後ろへ一歩下がると、ドレスのスカートを少したくし上げて動きが邪魔にならないようにしつつ、その場からそそくさと去ってしまった。

 当然よね。スラム街の出身がこんな場所に居たら、何されるか解らないもの。

 今は好意を示してくれていても、アロマちゃんの身分を知ったら百八十度考えが変わるのは目に見えている。


「ま、待つのじゃ! ええい何を呆けておる! 追わぬか!」

「……へ? はっ、御意!」

 あまりにも唐突な行動のせいか、既にアロマちゃんはこの部屋を出て行った後だった。

 さてといいものも見れたし、私も撤収するとしよう。

 というか、アロマちゃんは恐らく私の事に気づいているでしょうね……。



「やっぱり居たんだね。マスターから頼まれたのかな?」

「老婆心って奴よ。悪く思わないでね」

 私は開き直って夜道を歩くアロマちゃんと合流する。

 やはり私が様子を見ていたのは気づかれていたみたい。

 まあ、当然よね。自分でも迂闊な行動が多かった。あれだけの要人を集めておきながら警備が比較的ざる(・・)だったから、アロマちゃん以外にはばれてないだろうけども。

 私はアロマちゃんがマスターに対し良くない印象を与えたのかと思い、気を利かせてマスターをフォローしたが、どうやら取り越し苦労だったみたいね。


「私は自分の生きる理由の為に、ある人を探しているの」

「どういう事?」

 そう思って安堵していた時、ふとアロマちゃんが私へ話しかけてくる。

 自分の生きる理由?

 ある人を探す?


 そう疑問を抱きながら、横に歩いているアロマちゃんの顔を見ると、さらに自身を驚かせる場面に遭遇する。

 普段は氷よりも冷たい少女の頬に、一筋の涙が零れたのだ。

 夜の月明かりによって肌が青白く見えるのと相まり、可哀想という思いよりも神秘的で何だか近寄りがたい美しさを強く感じてしまう。


 そう、さっきの成人の儀もそうだった。

 私はこの子の歌と踊りに心を奪われてしまっていた。

 でも何故アロマちゃんは歌を知っていたのだろう?

 ……そもそも、この子は一体何者なのだろうか、実に興味深い。


「今のは忘れて」

 探究心と好奇心に任せ、さらに追究しようとしてみる。

 しかしそれ以降、マスターが待っている酒場に到着するまでの帰り道、アロマちゃんが声を発する事は無かった。

 そして酒場に戻り、マスターへ今回のパーティの事を簡単に報告すると、そのまま自分の部屋へと戻っていってしまう。

 その時、少女が泣いた後はかすかも残さず消えており、主賓のお嬢様と一緒に歌った事はマスターへ話さずじまいだった。

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