第二十九話 再会の風、語られる伝説の片鱗
「んー! 何だか数年ぶりに戻って来た気分だねえ」
あたしは今、故郷である風精の国の港町に居る。
水神の国に居たのはそこまで長くないはずなのに、妙な新鮮さと懐かしさを感じてしまう。
いろいろあったせいかもなあ。
私の自慢のパートナーであり、最愛の人であり、そして天界から地上へ墜ちた天使の一人であるエミリアは、同じく天界から墜ちた天使のセレーネちゃ……おっと、地上ではアロマちゃんって呼ばれていたっけか。
その子と無事再会できた。
でも、翼が逆さまの天使に襲撃されてしまって、何とか私が追い払ったけどもアロマちゃんのお友達のソフィネちゃんが居なくなってしまう。
うーん、連れ去られたとか言われたし大丈夫かな。
「あっ、刻印騎士さまだ! ごきげんよう~」
「やあやあー、皆の衆元気にしていたかね~?」
いろいろな思慮を巡らせていた最中、新人であり後輩である騎士の女の子達が、あたしへ気さくに話しかけてくる。
あたしはそんな彼女たちの満面の挨拶に負けじとこちらも手を振りながら笑顔で返す。
すると、騎士の少女達はきゃっきゃと騒ぎながら港の外へと出て行った。
やっぱし、最高ランクって偉大なんだなあ。
最低ランクでどん色騎士って馬鹿にされていた頃だと、みんなあたしの事を邪魔者扱いだったのに、今じゃあたしの活躍の影響で、あたしが所属している騎士団に女の子の志願者が多く来ているみたい。
そしてあたしはそんな子たちの憧れの的となっている。
うーん、何だかいい気分♪
やっぱしラプラタ様の言うとおり、辞めなくて正解だったのかも。
実はエミリアとアロマちゃんを探す旅に出る際、公務に支障が出ると思い二人で騎士団と魔術師団を抜けたのだった。
けれども、それを察知したエミリアの上官であり保護者でもある風精の国宮廷魔術師長のラプラタ様は、水神の国にアロマちゃんが居るっていう情報と引き換えに、あたしとエミリアの残留を約束させたのだ。
それでも旅の道中に任務が入ることを懸念したラプラタ様は、あたしとエミリアに数ヶ月間の長期休養をくれた。
これならば休養期間中は自由に行動できるし、余程重要な任務じゃなければ呼ばれることもない。
流石はラプラタ様だね!
おおっと、舞い上がっている場合じゃないや。
団長にこの手紙を渡すんだっけかな。
本来の目的を思い出したあたしは、遠くに見える風精の国の王城を見据えると、故郷の空気を体いっぱいに取り込んだ後にそこへと向かった。
そして、歩く事半日――。
「おかえりなさい、刻印騎士様」
「う、うん」
昔だったら空気のような扱いだったのが、今ではどこから察知したのか城内のエントランスへ入ると複数人の兵士達の手厚い歓迎が待っている。
今も思うのは、ここまで待遇に違いが出るなんてねえ。
まあ今はそんな事よりも……。
あたしは風精の王都へと入り、見張りの兵士さんの歓迎を笑顔で答えつつ中へと入っていく。
そして、騎士団長が居る執務室の目の前に到着すると、扉を二度ノックする。
「あたしです。シュウです」
「刻印騎士か、入りたまえ」
「失礼します」
あたしは扉を開け、一度会釈をすると室内へと入り扉をゆっくりと閉める。
団長は相変わらず他の騎士が出したであろう報告書を難しそうな顔で読んでいたが、あたしが部屋に入りきったのを確認すると持っていた書類を机の上に置き、手を組んでこちらを笑顔で見てくる。
「君は長期休養中の筈だが、今日はどうしたのかね?」
「えっと、これを渡しに来ました。ご一読願います」
「ほう、どれどれ……」
あたしは表情は明るいまま、酒場のマスターさんが書いてくれた書簡を渡す。
団長は筒状の書簡の封を解くと、中身をさらさらと読んでいく。
「君はこの手紙の主とは知り合いかね?」
「へ? あ、いや、知り合いって程親しくは無いのですが、ちょっと出会っただけというか顔見知り程度というか、えっとうーんと……」
そこまで長文が書かれていなかったのか、難しい内容じゃなかったのか?
すぐに読み終えると団長は、僅かだけども表情に驚きの色を見せつつ、酒場のマスターとあたしの関係について聞いてきた。
しかし、そこまで親しい間柄でいうわけでもなく。
ましてや天使の事なんて言えるわけもないので、どう答えようかしどろもどろしてしまう。
「時間はありそうだね。少し古い話をしても良いかね?」
まるで回答に困っていたあたしに救いの糸を垂らすかのように、団長は手紙を机の上に置くと、手を組んで僅かな時間天井を見つめると、なにやら語り始める。
「今から二十年程前、まだ四大大国がお互いに戦争をしていた時期に、ある傭兵団があった」
ちょっと昔まで、この世界を分割統治している風精、火竜、水神、地霊の四大大国は、互いに争っていたんだっけかな。
結局このまま戦争を続けていても得るものが無いと言う事で、各国が領地の再分割の後に終戦したけれども、その結末の納得がいかない一部の属国が反乱を起こしたり、小規模な戦闘があり、そういうの経て現在の平和な時代になったってわけだね。
本来戦場へ行く筈の騎士団の仕事も、今じゃ実戦なんて殆ど無くてほぼ雑務になっちゃったからね。
「傭兵団の名前はグランドクロス、戦場では死を呼ぶ十字架と呼ばれていた程に絶対的な強さを誇っていた」
戦争の真っ只中にはどこの国や主張にも属さない、雇われ兵として一旗あげる人も出てきた。
大抵は戦争で死んじゃったらしいけど、団長の言うとおり大成して今は不自由な生活を送っていたり、伝説を残した人達もいたんだっけか。
よ、よかった事前に勉強しといて……!
ランク一が”何にも知りませんごめんなさい!”じゃ情けないからね。
「グランドクロスは四人の傭兵を長とした組織であり、長達は各々が持つ能力の特性から、極剣、至眼、絶盾、神運という二つ名で呼ばれていた」
どれもすんごい名前だ。
そこまで有名な傭兵団のトップだったら、皆人間離れした能力の持ち主なんだろうねえ。
「この手紙は、その傭兵団の長だった人間がしたためた物だ」
あの酒場のマスターってそんな凄い人だったんだ!?
ガタイのいい無愛想なおじさんにしか見えなかったよ、ひええっ。
む、そういえば過去に聞いた事があったような二つ名が。
どこで聞いたっけかなあ、それとも気のせいだったかなあ……。
「簡潔に言うと、”風精の国の宝物庫にある、風の緑石が危ない”と書かれている」
風の緑石といえば国宝の一つで、城内にある宝物庫で厳重保管されているらしい。
実物はあたしも見た事はないけれど、かなり貴重な宝石であり、この国の名前にもなっている風の精霊の力を強く宿していると言われている。
もしかして、それを狙ってきているのかな。
「あれの管理は宮廷魔術師長に一任されている、彼女にこの件を話してはくれないか? きっと力になってくれる。ましてや君の願いだ、ラプラタも無碍には出来ないだろう」
なるほど、ラプラタ様の管轄らしい。
そう理解したあたしは、彼の言葉に対して一つ頷いた。
「あ、ちょっと気になったのですけども……」
「なんだね?」
風の緑石に関しては、宮廷魔術師長であるラプラタ様に相談すればいいとして。
妙に団長がその傭兵団について詳しい気がするのは気のせいなのかな?
そりゃあ、そんだけ有名なら知っていて当然なのかもしれないけども。
何だか自分の事の様にすらすらと語っていたから気になっちゃって。
折角だし聞いてみよう。
「どうして団長はその傭兵団に詳しいのです?」
「私もそこに所属していたからだ。最もグランドクロスは今じゃ解散し、長達は各地に散ってしまったがね」
「ほえー」
やっぱり当事者だったみたいだね。
でもそんだけ活躍した傭兵団が今じゃ無いのかあ。
まあ、戦争もほとんど無くなったし、傭兵がバリバリ活躍って時代でもないのかもねえ。
そう思いながらも丁寧な回答をくれた団長に対して深々と一礼した後に、あたしはラプラタ様の執務室へと向かった。




