第二十五話 新たな拠点は、古き伝説残る場所
――翌日。
朝早くに女騎士が目覚めると、私を含む従業員一行とエミリアお姉ちゃん、パートナーの女騎士はマスターが今まで経営してきた花香る狐亭を離れてスラム街を抜ける。
あまり目立たないように人の往来が激しい道を避け、道なき道を進んでいき、日が落ちて夜が訪れようとしていた時に新たなアジトへと到着する。
「へぇー、ここが新しい場所っすか」
マスターの説明によれば新しいアジトは、ここ水神の国の国境沿いの渓流にある縦穴を利用している。縦穴は山道から離れており人目にもつきにくく、水や食料も豊富にある場所らしい。
実際に中へ入ると、薄暗くておどおどしい雰囲気が漂っていた入り口と異なり、人が住めるように内装は木で作られており、トイレやキッチン、ベッドといった生活必需品は勿論の事、扉付きの個室や武器の手入れが出来る工房、ちょっとした薬なら作れてしまいそうな研究室、書斎といった物まで用意されている。
「中々洒落たとこじゃないですか、こんないい場所隠してたなんてずるいっすよ」
「……昔使ってた場所だからな。定期的に掃除や片付けもしている」
どうやら昔、マスターが傭兵時代に使っていた所らしい。
これだけ広くて機能が充実しているという事は、ここを使っていた頃はマスター以外にも人が居たのかな?
「適当にくつろいでくれ」
各々が適当なスペースを見つけて座っていく。
私は、たまたま空いていたエミリアお姉ちゃんの右隣へと腰を降ろすと、お姉ちゃんはこちらをいつもの優しい笑顔で見てくれた。
本来それは、凄く些細な出来事なんだろうけども、大切な人が近くに居る喜びを改めて実感し、ソフィネが居なくなって翳っていた私の心を温かく照らしてくれるような気がした。
「さてと、まずは情報の共有と整理だな。聞きたい事が山ほどある」
全員が座ったのを確認したマスターは、恐らく自分専用の席であろうなめし革の椅子に座ると、手を組みつついつもの無表情でこちらを一望する。
「シュウとエミリアは、アロマと出会うためにここへ来た。そしてエミリアとアロマは、天使の住む世界から地上へ墜ちる以前に知り合いだった、でいいか?」
「はい」
「うんうん」
お姉ちゃんの左隣には、お姉ちゃんのパートナーである緩い雰囲気の女騎士が座っており、お姉ちゃんの腕と自身の腕を絡ませて仲の良さをアピールしているようにも見える。
二人のそんな光景を見た私は嫉妬とかそういう負の感情は一切沸かず、何故この二人が出会ったのか、どうしてここまで仲良くなれたのか、天使であるお姉ちゃんの事をどこまで知っているのか気になっていた。
今度、時間があったら本人に聞いてみようかな?
「酒場を襲撃してきた逆さまの翼を持った天使とは無関係で、存在すら知らなかった」
「はい」
「うん」
どうやら、私とお姉ちゃんが居ない間で酒場が襲撃されたらしい。
ここへ向かう道中にその時の概要は聞いたけれども、逆さまの翼を持った天使なんて初めて聞くし、勿論知り合いには居ないというか、地上に墜ちたのは私とエミリアお姉ちゃんだけのはず。
「しかし、改めて思うんだが天使って本当に居るんだねえ。しかもどっちも可愛い」
「ろ、ろりこ……」
「あ? それ以上言ってみろよ? 耳元で歌うぞ?」
「ひっ!」
鈍そうな女騎士が、ファルスの己の欲望全開の言葉に対して冷ややかな視線と軽蔑の言葉で返そうとするが、彼の脅しによって女騎士は言うのを止めてしまった。
「……そこの騎士が悪魔なのは何故だ? 悪魔の住む世界から来たのか?」
「うーん。あたしはそうじゃなくて、元々は人間だったんですけども、ちょっと訳あって悪魔になっちゃったんです」
「どん色騎士さんよ。訳あって悪魔になっちゃったって、そんなほいほい簡単となれるもんかよ?」
「そうじゃないけども。は、話せば長くなっちゃうから、うーんどうしよ……」
そんな二人の他愛の無いやり取りを、わざと無視するかのようにマスターは再び質問を始める。
それに対して女騎士はエミリアお姉ちゃんにより強く抱きつき、上目遣いでマスターの方を見ながら必死に答えを出そうと考えている。
どうやら一言では言えない理由があるらしい。
多分、お姉ちゃんとも少なかれ関係があるのだと思う。
簡潔に言えないのは、多分少ない言葉では語りつくせない程の何かがあったのだろうと、私は漠然と感じた。
「まあ、お前さんらが特別で、酒場を襲撃して来た奴らとは無関係ってのは解った」
マスターの同じ考えに至ったのか、困っている女騎士からはこれ以上聞けないと悟ったのか。
椅子の背にもたれて、一つため息をつく事でこの話に区切りをつける。
「次に酒場を襲撃してきた天使についてだが……、特徴は生気の無いライム色の瞳、喪服ドレスを着ていて、逆さまの翼を背負っている」
「そうっすね」
「あとは手持ちの武器や戦法から察するに、以前キメラとソフィネの姉であるエリザベスを殺害した者と同一という事か」
「うん……」
そしてマスターは、酒場の人達を襲った天使について話し始める。
天使は白い衣装を身につけて、一部例外を除けば瞳は青色なはず。
それら当たり前を全て否定した天使が、しかも私たちに敵意と殺意を向けている。
エミリアお姉ちゃんも無言で聞いているということは、何も知らないという結論になるわけだし、勿論私も心当たりなんて無い。
「長いんで適当に呼びやすくしましょうよ。うーむ。……逆翼の天使、なんてどうっすか! いい感じでしょ!」
「そのまんまじゃん……」
「このクソガキ、俺様にそこまで喧嘩を売りたいのか?」
「ひぃっ!」
「騒ぐな。名前なんてどうでもいいから、とりあえずそう呼ぶとしよう。それで逆翼の天使の事だが」
「悪魔化したシュウでも退けるのが精一杯だったみたいですね」
「うん、あのまま戦っていたら負けてたよ」
天使に関しての出来事自体も不可解と驚きのびっくり箱状態だったのに、この少女が風精の国で一番ランクの高い騎士だと聞いた時も信じられなかった。
さらに悪魔へ変身出来るって聞いた時はもっと信じられず、新しいアジトに向かう道中もエミリアおねえちゃんに聞きなおしたっけかな。
相変わらず緩い表情をしている、疲れているのか眠そうな感じがしなくもない。
というか、寝てる……?
「しかも何やら不思議な術を使ったら体が成長したんすよね。撃滅の逆光?とか言ってたような」
「名前の感じから天空術かなって思うんですけども、私の記憶には無いですね」
「私もそんな術知らないかも……」
天空術は効力の強さによって下位、中位、上位、禁断と分けられている。
名前から察するに、その”撃滅の逆光”だと禁断の天空術になるのだけども……。
禁断の天空術を使える天使は三人しか居なくて、その内の一人はエミリアお姉ちゃんで、もう一人は死んでしまい、最後の一人は天使の住む世界に残っている。
気軽に誰でも使える術ではないはずなのに。
「ふむ、逆翼の天使についてはまだ気になる事がある。奴は天使を探して花香る狐亭へと来た、つまりアロマとエミリアの存在を知っており、二人が天使である事も既に解っていた。さらに居る場所もな」
「確かにそうっすねぇ。何か探索出来る能力でもあるとか?」
「その可能性は多いにあり得るが、それならば何故直接二人の所に行かずに酒場へ向かったのか? この広い世界で二人が天使である事を知り得て、かつその二人の居場所をここまで的確に見つけられるのか? それらが気になってな」
酒場を襲撃した天使の不確かな力量もそうだけど、何故今になって天使が現れたのだろうか?
マスターの言うとおり、どうして私やエミリアお姉ちゃんの事を知っているのか?
「アロマ、エミリア、天使への変身は控えろ。俺の予想があっていれば変身しなければこの場所は解らないはずだ」
「はい」
「うん」
「あと念の為にシュウも悪魔への変身はやめておけ」
「んあっ! 呼ばれたような気がする。は、はーい!」
恐らく私が天使に変身した時に気づかれたのだと思う。
マスターもそれを察しているのか、私たちに表情を変えず忠告をする。
でももしも本当にそうなら、迂闊に変身出来ないって事になってしまう。
普段の生活ならば問題ないけども、もしも万が一の時は……。
「最後にソフィネの行方だが、ソフィネが居なくなった場所には天空術を使用した痕跡が残っていたと、調べたエミリアから聞いた。あいつは紛れも無く人間だ、天空術はまず使えない筈。つまり彼女は自分から去ったのではなく、連れ去られたが正解だろうな」
「天空術って事は、やっぱり犯人は天使なんでしょうかね?」
「だろうな。だが何故ソフィネを連れ去ったのかが解らない」
マスターの言うとおり、どうしてソフィネを連れ去ったのだろうか?
アルカティア家の当主だったエリザベスを殺害したのも解らない。
襲撃した時に言った”精霊の石は、貰っていく”とは何のことなのか。
「うーん、姉であるエリザベスを襲撃した事と、何らかの関係があるのか? 例えば、あの貴族の血筋に用があるとか」
「情報が無い以上、全ての予測が正解であり間違いでもあるが……。兎も角、全ての問題に対して、俺らは余りにも知識や情報が無さすぎる。かと言ってこのまま迂闊に動いてもかえって危険に身を晒すだけだ」
結局、肝心な事は解らないってことが明らかになるだけだった。
新しいアジト内が、重苦しい空気で支配されてしまう。
「じゃあどうするんすか? ここでぐーたらしろと?」
「安心しろ、仕事は山ほどある」
そう、ここで無知やソフィネが居なくなった現実を悲観している場合じゃない。
私が今出来る事をしなければいけないんだ。
「情報収集は俺がするとして、お前さんらは各々でやって貰いたい事があってな」
そういいつつもマスターは、机の引き出しから羊皮紙を取り出すと、机の上にあった羽ペンの先をインクにつけて、なにやら文書を作成し始める。
「シュウ、お前さんの上官である騎士団長にこの手紙を渡してくれ、そうすれば力を貸してくれるはずだ」
作成した文書を巻いて紐で結うと、それを話しながらシュウへと手渡す。
騎士の少女はまさか自分が貰えるとは思っていなかったらしく、筒状の文書を落としそうになりあたふたしながらも慌てて両手で受け取った。
「はーい。んんっ? どうして騎士団長に?」
「……お前の上官である騎士団長とは、昔戦友だった」
「おお! そうだったんですか!」
「ファルスは地霊の国へ、アロマは火竜の国へ行きある物を探して欲しい。詳細は後で伝える。俺は情報収集をしに少しここを出る。留守の間はエミリア、頼んだぞ」
「うーむ、追放された故郷へ行くのは気が引けるが……」
「解った」
「はい」
皆がその事を理解しているらしく、方針を打ち立てたマスターからこれからの指示を貰うと、この暗い雰囲気を変えようと気丈に明るく振舞い、私も含めたここに居る全員が今の状況を打開しようと自身の胸に誓った。




