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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第三部「訪れる、憧れの翼と不浄の使者」
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第二十四話 喪失

 まさか、あんなに我慢していたなんて。

 ……ううん、そんな事は解っていたはず。


 それなのに私は何もしてあげられなかった。

 普段は強気に振舞っていたソフィネが、あれだけ弱い姿を見せていたのに。

 私は、私へと向けた言葉に対して目を背けてしまった。

 ソフィネは自分ではどうしようも出来ない運命の悪戯、大きなうねりにただ翻弄されただけ。

 だから何も悪くないのに……。


 もっと何か言うべき事は無かったのだろうか?

 どうしても何もしなかったのか?

 私だって、似たような境遇に何度もあっているはずなのに。

 彼女の痛みや苦しみを理解できたはずなのに。


 それなのに、何故。

 ソフィネを救うことや助けることが、……出来なかったの?


「ソフィネの様子はどうだ?」

「……うん。一人にして欲しいって」

「そうか」

 私とソフィネのやり取りを察したのか、マスターは一言だけ返事をするとそれ以上は何も聞かなかった。


「さて、アロマとファルス。今はお前達しか居ないが、先に結論だけ話すぞ」

「ういっす」

「うん」

 仏頂面のマスターの表情がいつにも増して険しくなる。

 そんな様子から、これから大切な話をするという事は十分解っていたけれども、今はソフィネに対する自分の対応を深く悔いる事しか出来ずにいる。

 なんとか切り替えようとするが思うように変われず、ますますイライラしてしまう。

 それでも何とかマスターの話を聞こうと、ソフィネについての思いを力ずくで無理矢理ねじ伏せた。

 胸が、心が痛い。


「アジトを変える。花香る狐亭は今日で店じまいだ」

 ……当然の選択だと思う。

 このまま居ても、酒場を襲撃してきた天使が再び来る。

 どうやってこの場所を知り得たかは解らないが、これだけ滅茶苦茶に出来る程の力の持ち主に狙われてしまっていては仕事どころじゃない。

 ファルスもそう思っているのか、腕を組んで静かに唸りながらもマスターの意見を否定はしなかった。


「それから魔術師の娘……、エミリアだったか」

「はい」

「今アロマを連れて行ってもらっては困る。お前さんの察しの通り、俺達は今かなりまずい状況下にある。アロマの力を欠いては命すら危うい」

 この決断も当然だ。

 並の人間ならばこの酒場の人達では負けない。

 でも相手が天使であり、天使であるエミリアお姉ちゃんのパートナーをベッド送りにする程の力を持っているならば、私が居なければまず勝ち目は無い。

 私が一緒にいたとしても、正直勝てるかどうか解らないけど……。


「えっと、その事なのですが。私と、あと私のパートナーのシュウもあなた達と一緒に行ってもよろしいでしょうか?」

 また離れ離れになってしまうのではないか?

 そんな不安をかき消す優しくも心強い一言を、私の大切な人は放ってくれる。


「俺らが何者か知っているのか?」

「はい。裏ギルドの人達ですよね?」

 堅気(・・)の人らは基本的に、私達のような裏社会に足を踏み入れている人には近寄らないし、好き好んで関わろうともしない。

 エミリアお姉ちゃんは、風精の国の魔術師で名前が通っていて表社会の繋がりが強い。

 だからこそ、余計に私達とは行かないと思っていた。

 私達のような日陰者と一緒に居るなんて事が解った時点で、自分が人間社会で築きあげたモノに傷がつくから。

 私なんかの傍に居れば、ソフィネのように……。


「大丈夫です。上官の承諾は得ておりますし、ここで知った事全て他言しません」

 でもそんな不安も、エミリアお姉ちゃんの決意に満ちた言葉で吹き飛ばしてくれた。

 ソフィネに拒絶されて冷たくなった胸中が、ほんの少しだけ温もった気がした。


「アロマちゃん大丈夫だよ。ずっと一緒にいるからね」

 度重なるエミリアお姉ちゃんの優しい心遣いと声で、思わず目頭が熱くて泣きそうだったけれども、私は何度も頷いきつつも目を強くこすって誤魔化そうとする。

 ありがとうお姉ちゃん。


「マスター、連れて行きましょうよ! 俺らとアロマちゃんだけじゃあいつに勝つのは厳しいぜ」

 ファルスもエミリアお姉ちゃんの力を察したのか?

 それともソフィネが言ってたように、お姉ちゃんに興味(・・)があるのか?

 うーん、でもお姉ちゃんって異性の人あんまり得意じゃなかったような。

 兎も角、一緒に行く事に抵抗はなさそうでよかった。


「……解った。お前らの行動に関しては何も言わん、好きにしろ」

 お姉ちゃんの気持ちを察したであろうマスターは、お姉ちゃんとそのパートナーの同行を認める。

 エミリアお姉ちゃんは、マスターの返答に対して何も言わず軽くお辞儀をして返した。


「出来れば早く出立するべきだが、ソフィネがあの様子ではもう少し時間がかかるだろう。女騎士も置いていけん。あいつらが回復してから出て行く、それまで体を休めておけ」

「うん」

「おう!」

 話がひと段落つくと、ファルスは退屈そうなあくびを一つしながら自室へと戻っていき、マスターは私に目線で合図をすると、自身の得物である長銃を持って自分の部屋へと向かった。


「ねえ、エミリアお姉ちゃん」

「うん? なあに?」

 唯一居た客も、この騒ぎの最中に逃げてしまったのか、気がつくとお金だけテーブルの上においてあり、姿は既に無かった。

 マスターとファルスがこの場から居なくなった結果、ここに残ったのは私とエミリアお姉ちゃんだけになってしまう。


 でもそんな状況が私にとって、とても都合が良かった。

 私は、ソフィネの事について相談しようと酒場の掃除をしているエミリアお姉ちゃんに話しかけようとするが。


「あの子を助けたいのかな。かあいいものね」

 具体的なことを言う前に、お姉ちゃんはこちらをいつもの優しい笑顔のまま見つめて答えてくる。

 私の気持ちに感づいたのか、詳細を何も話さなくてもしたい事を当てられてしまった。


「でもどうすればいいか解らなくって、ソフィネに何も言う事が出来なかった」

「うーん、私も一時期酷く落ち込んでいた時期があったんだけども」

 酒場に散乱したごみを一通り拾い終えて手を拭くと、自身の長い黒髪を指で巻きつけて触りつつ考えながら話し始める。


「そういう時こそ、自分の事を心から考えてくれている人がそばに居るとね、安心するの」

「そばにいれば、いいの?」

「そうだね、一人ってやっぱり不安だし寂しいもの」

「もう一回行ってみる!」

 エミリアお姉ちゃんのアドバイスを得た私は、早速それを実践してみようと再びソフィネがいる部屋へと駆け足で向かった。


「ふふ、仲直りできるといいね」

 最初は拒絶されるかもしれない。

 だけども、私は仲間を助けたい。

 心がばらばらになってしまったあの子を救いたい。

 ただその一心で階段を昇り、部屋の扉を開けるが……。


「あれ? ソフィネは?」

 部屋には死んだように眠っている騎士の少女以外、誰も居ない。

 大きい荷物や家具は無いからどこかに隠れるなんて事は出来ないし、ベッドの下は狭すぎて入れない。

 窓が開いているという事は、もしかしてここから居なくなったの?


「お姉ちゃん! ソフィネが……、居ない!」

 何故、どうして居ないの?

 ここにいるのが嫌になっちゃったの?

 私とソフィネの関係はこのままなの?

 何も言わなかった、私が何も言えなかったから……!

 予想していなかった事態に動揺してしまった私は、思わずその場で叫んでしまう。

 その声に反応したのか、すかさずお姉ちゃんが来てくれる。


「とりあえずマスターさんを呼んできて、私はここをもう少し調べるから」

「うん」

 彼女の指示によって我に返った私は軽く頷き、マスターの部屋へ急ぎ足で向かった。


「ソフィネ……」

 全部、私のせいだ。

 私はソフィネにひどいことをしてしまったんだ。



 自分自身を責めながらも、私は自室にいるマスターに呼びかける。

 そして私に呼ばれたマスターと部屋の探索を終えたエミリアお姉ちゃん、異常事態に気づいたファルスは再び酒場へと集まる。


「そりゃあ、言っちゃあ悪いけどよ。この境遇が嫌になって逃げ出したのかもしれんな」

「そんな……」

 やっぱりそうだよね、ファルスの言うとおりだよね。

 何で優しい言葉をかけれなかったんだろう私……。


「あ? どうした? 魔術師の娘」

「名前呼び捨てでいいですよ。それよりも、ちょっと調べてて気になる事があったんです」

「ほう」

「部屋には僅かですが、天空術を使った跡があるんです」

 何も出来なかった、しなかった自分がどうしようもなく嫌になりそうな時、エミリアお姉ちゃんがふと気になる事を皆に告げた。


「天空術って天使が使う魔術みたいなもんだろ? と言う事は、酒場を襲撃した天使と関係があるのか?」

「それは解りません。ですが、彼女から自発的にここを去ったと決め付けるにはまだ早いかと思います」

 部屋の中で天空術を使った……?

 ソフィネに精霊術の心得はあったにしろ、天空術は普通の人間だし訓練なんて勿論受けていないから使えないはず。

 じゃあ誰が?

 何の為に?


「ふむ、ますますわかんねー事だらけだな」

「ええ……」

 解らない。

 何が起きているというの?

 ソフィネはどうなったの?


 今までの出来事が解らない事だらけという事実と、仲間であるソフィネが居なくなった事による喪失感という、二つの厚く黒い雲が酒場内を覆っていくような気がした。

 そしてそれらは、ここにいるマスター、ファルス、エミリアお姉ちゃん、全員が同じ感覚を抱いているであろう事が容易に想像出来た。

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