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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第三部「訪れる、憧れの翼と不浄の使者」
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第二十話 再生への序章は、約束された再会から始まる

「……を、……て…………」

 どこからか声が聞える。

 ここは、どこだろう?

 目を開けたか開けないか、解らないくらいに暗い。


 このままでは埒があかないと察した私は、暗闇の中でも歩みを進める。

 すると今まで何も無い漆黒の闇の中、突然目の前へ自身の身長の数倍の高さがある大理石の門と、それを背景に金髪と銀髪の二人の色白な少女が現れる。

 目線は私よりもやや下かな、幼い印象が強い。

 二人とも同じスカートの丈が長い喪服ドレスを着ており、フリルをふんだんに使ったヘッドドレスがとても愛らしく、この暗闇の中に強く主張している煌びやかな髪に良く似合う。

 銀髪の少女はポニーテールに、金髪の少女はツインテールにしているが、何か意味でもあるのだろうか?

 しかしそれら髪型や髪色以上に、生気がまるで感じられない虚ろな瞳の方へ目がうつってしまう。


「これ以上、先へは進んじゃ駄目」

「進んではいけないよ、これ以上は」

 何を言っているの?

 そもそもあなた達は誰なの?

 私が地上へ降りた当初や、それよりもさらに昔の記憶をさかのぼっても二人の少女に覚えが無い。

 解らない、何を伝えようとしているの?

 身に覚えが無い不可解な現象に、戸惑いと違和感を覚え始めた時……。



「……夢だったのかな」

 次に気がつくと、酒場の中にある私の部屋の天井が視界に入る。

 窓からはカーテン越しに明るい光が差し込み、ぼんやりとした頭の中が一気に晴れていくのを実感出来た。


「こんにちは」

 ん、お客さんかな。

 明るい時間帯だし、女の人だから仕事の依頼をしに来たのかもしれない。

 今は下にマスターとソフィネが居るのかな。

 手伝いにいかなきゃ。

 そう思いながら、頭を少しだけ掻くと手ぐしで寝癖を軽く直すと、乱雑にベッドのヘッドボードにかけてあったエプロンをつけながら階段を降りて、お店の方へと向かう。


「いらっしゃいませ~。あ、あなたは……」

 正直全く考えていなかった、想像もしていなかった。

 でも一目見ただけで全てを察した。


「久しぶりだね。セレーネ」

 私が知っている頃はホルターネックのドレスを好んで着ていたが、今は紺色のマントを羽織っていて、スカート丈の短いワンピースを着ており、魔術師がかぶっている先が尖がっていてつばの広い帽子を透き通る程の白い手で抱えている。

 あの頃とは随分変わってしまった服装。

 髪色も人間になった影響なのか、栗色から黒に変化している。

 でも整った顔立ち、すらりとした体つき、そして優しい笑顔は変わらない。

 ううん。

 例え何もかもが変わったとしても、この方の事は絶対に忘れない。


「セフィリア様ぁ!」

 この方こそ今までずっと、手を汚してでも捜していた。

 私が天使が住む世界から地上へ墜ちた時に、私と一緒に墜ちたもう一人の天使なのだ。


「やっと! やっと会えた! うううっ……」

「私もだよ。ようやく会えたね」

 今まで得る事が出来ずにいた、懐かしさと心地よさ、優しいぬくもりを全身で受ける。

 この時をどんなに待ちわびたか、どんなに夢見てたか!


「うーん、他の酒場にはそれっぽい子居なかったよー?ってあれ、もしかしてあなたがセレーネちゃん?」

「この人は……?」

 私は私の一番大切な人を独り占めしている時、緩く結われた青いリボンが付けられた綺麗に整ったハーフアップのセミショートな金髪と、表情が緩く深い青色の瞳には純真さと幼さを宿した、短いフリルのスカートが可憐で動きやすそうな鎧を身に纏った低身長の少女がこちらへと親しげに話しかけてくる。


「紹介するね。風精の騎士団、ランク一の騎士で刻印騎士(ルーンナイト)の称号を持った、私のパートナーのシュウだよ」

「えへへ、その呼び方は照れちゃうなあ」

 男の子っぽい名前だけども、どうみても女の子だよね?

 騎士でランク一という事は、強いのかな。

 とてもそうには見えないけども……。

 そもそも本当に騎士なの?

 どこにでもいる村娘と言われても、全く違和感が無い。


 しかし私の疑問を、ランク一の女騎士はまるで気にしていないのか。

 終始照れているだけだった。


「んあー? 何か店が騒がしいけど誰か来たのか……って、何だこのかしましい状態は。どういう事なのマスター」

「要約すると、感動の再会だな」

「は、はぁ……」

 この場の騒がしさが気になったのか、従業員の一人であるファルスが自室から降りてきて、マスターへと現状について訪ねて答えを得るが、何が何だか解らず右手で頭を掻くだけだった。


「何だかばたばたとしてしまったね。マスターさん。セレーネを少しだけお借りしてもいいです?」

「ああ、いろいろと話したい事があるだろう。言ってこい、ちなみにここではアロマって呼んでいる」

「ありがとうございます、用事が済んだら必ずここへ戻ってきます。いこっか、アロマちゃん」

「うん」

 私はもう二度と離さないという思いを籠めながら、大切な人のしなやかな手をぎゅっと握ると彼女に行き先を委ねつつ店を出て行く。



「ここなら誰も居なさそうかな」

 私と大切な人が店から離れて昼間でも人気の無い荒れた広場へと到着すると、大切な人は後ろで手を組みながら、にこにことこちらを見つめつつ少し距離を置いた。


「さてと、何から話せばいいかな」

「どうして封印を解いてしまったの?」

 私は大切な人とずっと一緒にいた。

 人間となってこの地上へ墜ちる以前はそうだった。

 故に私は、この方が様々な苦難の道を歩み続けてきた事も十分知っていた。


 だからもう苦しんで欲しくない、悲しい思いなんてさせたくない。

 あなたには幸せであって欲しい。

 平和な世の中のただの一人の人間としての、天使の事なんか忘れて生きていて欲しい。


 そう願い、私と大切な人が地上へ堕落する時に私はあなたの記憶と天使の力を封印し、あなたの幸せを見届けられるようにした。

 たとえ私のことを忘れてもいい、それでも仕方が無いと思っていた。

 でも……。


「セレーネが私に天界で約束した使命を忘れて、地上で一人の人間として平凡に過ごして欲しいって思ったんだよね」

「うん……」

 あなたは私の考えを全てお見通しなのだよね。

 ここへ来た時にそれを確信してしまったよ。


「優しいね、ありがとうね」

「そんな事、当然だよ……、うううっ……」

 あなたの穏やかで優しい声から織りなさせる、私の事を思ってくれる一言。

 その魔法の言葉を聞いた私は心がきゅっと締め付けられると同時に、涙が止まらなくなってしまう。

 どんだけ手で拭っても、どんなにシャツの短い袖で拭いても、とめどなく溢れ続ける。


「ふふ、泣き虫さんなとこは変わってないね。かあいいね」

「意地悪言っちゃ嫌だよセフィリア様ぁ」

 何とか泣き止もうと四苦八苦している時、全身が心地よいぬくもりに包まれていく。

 改めて大切な人が側にいる事を実感し、優しい温かさへ身を委ねた。


「でもね、破滅の女神と戦う為には、あなたの手で封じられた私の中の力を全て解放する必要があったの」

 破滅の女神。

 その単語を聞いた瞬間に止まらなかった涙は一瞬で枯れてしまい、温かい夢ごこちの気分が一気に冷たい現実へと引き戻させてしまう。


「破滅の女神と戦ったの?」

「うん」

 私が地上へ墜ちるよりもさらに昔の話。

 天使達が住む世界、天界で特別な力を持った天使が当時の天界統治者に反逆し、天界を手中に収めようとしていた。

 実際に反乱は成功し、一時的だが特別な力を持つ天使達が天界の支配者となった。


 破滅の女神は天界の支配が磐石のものになった後、地上や魔界を制圧する為に特別な力を持つ天使達が目覚めさせた存在であり、天使の体にある条件が重なった時のみ女神の力が発現する。

 私も経緯はどうであれその計画に加担し、僅かな時間だけど女神の力を手中におさめたが……。


 しかし、最終的には女神の強大で圧倒的な力に溺れてしまう。

 力の制御が出来なくなった事や、他の要因もあってその支配が長く続く事は無かった。

 その結果、反逆に加わった天使達は一部の例外の無く消滅したが、無尽蔵な破滅の女神の意思と力だけは私から切り離されて地上に残ってしまった。

 それを取り除くべく地上に大洪水を引きこして、数多くの命を犠牲にしてまでもようやく女神も倒したと生き残った天使達は確信し、安堵していた。

 けれど、まさか生きていたなんて。


「もしかして、倒せたの……?」

「うん、私のパートナーと力を合わせてね」

 天使では神に打ち勝つことは出来ない。

 直接対峙し、脅威を退けるために実際に戦った事もあった。けれども私の力は一切通じず、その言葉の意味を我が身をもって知るだけとなってしまった。


「ちゃんと使命、果たしたんだね……」

「私だけじゃ無理だったけども、やったよ」

 やっぱセフィリア様は凄い。

 私じゃどうしようも無かった存在をどうにかしちゃうなんて。

 あれ?

 もしかして、私のパートナーって事はあの鈍そうな女騎士と一緒にって事なのかな?

 本当なのかな、とても強そうには見えないけれども……。

 でもセフィリア様が嘘をつくとも思えないし……。


「いつまでも泣いてちゃ駄目だから」

 私は優しいぬくもりから離れて、何度も目をこすり溜まっていた涙を完全に拭い、大きく深呼吸をする。

 セフィリア様は私に記憶を封じられていながらも、その封印を解いて自分の使命をちゃんと全うした。


「ごめんなさい、天界へ戻る術も再生する術も掴めていないの」

 何も出来ずにいた自分が恥ずかしくて、何だか申し訳なくて。

 自分の使命を果たさずに甘えるなんて駄目だよね。

 だから今度は、私が約束を守る番だよね。

 私の約束は二つのものを見つける。

 一つは天界へ戻る方法。

 もう一つは、地上に大洪水を引き起こした結果、力を使い果たしてしまって存在が危うくなりつつある天界を再生する術だ。


「ううん、なら一緒に探そう。一人で探すよりも、二人の方が見つかりやすいはずだから」

「うん!」

「あ、そうだ。地上ではアロマちゃんって呼んでいるみたいだから、私もそう呼ぶね。私の事もセフィリアじゃなくって、エミリアって呼んでね」

「ほおほお、地上ではそう呼ばれているんだ。じゃあその名前で呼ぶよ、エミリアお姉ちゃん!」

「ふふ。お姉ちゃんはちょっと照れちゃうね」

 私は大切な人に出会えた事で、自らの使命を守るための決意を改めて固めた。

 絶対に見つけてみせる。


 そして二度と手放さない、この大切な人を。

 もうずっと一緒だからね。

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