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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第一部「花は剣と共に」
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第二話 着飾った花は、玲瓏な世界の住人となる

 私は今日、裏の仕事(・・・・)が無い為に表の仕事(・・・・)である酒場の店員をしているのだけれども。

 水神の国内にある貧民街の中でも随一の治安の悪さを誇る北方第四居住区。その中にある、通称狂悪街(マッドストリート)と呼ばれている場所に店を構えているだけあってか、酒を飲みに来る客は滅多と来ない。

 この店の話を聞き、仕事の依頼をしようとしたが道中追いはぎにあい、報酬として取っておいた金品を全て失うなんて話が出るほどだ。

 何でこんな場所に建てたのだろう?

 まぁ、水神の国の観光街や王都や貴族達が住んでいる高級住宅街のような場所は、場所代が高かったりするし、いろいろとシガラミがあるみたいだからね。


 椅子に座りながら、先日の任務で得た戦利品を眺めている時にふとマスターの方を見る。

 彼はなにやら難しそうな顔をして一枚の紙切れを見つめていた。

 普段から表情は険しいけども、今日はなにやら考え事をしている風に見えなくも無い。

 む、この雰囲気。さては……。


「どうしたの? そこには素敵な女性でも描いてあるの?」

 私はピンナップでも見てイヤラシイ気持ちになっているのでは無いかと予想し、茶化しつつカウンターに居るマスターの後ろへと回りこみ持っている紙切れを一緒になってみて見る。


「ソフィネ・アルカティア誕生記念パーティ……。何これ、招待状?」

「ああ」

「どうしてこんな物を持っているの? アルカティアって水神の国の貴族の中でも相当の名家だったような?」

「仕事の報酬の一部として受け取ったのだが、行くのに相応しい人物が思い当たらなくて持て余している」

 マスターが話している最中、私は自分自身を指差しながらアピールするが完全に無視されてしまう。

 一応、この”花香る狐亭”お色気担当なわけですよ。

 それなのにこの扱いって。

 狙ってやっているにしても、そうでないにしても酷いわ。


 それにしてもパーティの招待状を貰うなんて。

 この店の従業員で私以外に行きそうな人……、あの人は今旅をしているし、あの人は行方が解らない。

 そうなると残りは……。


「うーん。行くのであらば、適任者が一人いるね」

「ほう、誰だ? お前ではないぞ?」

「解ってるわよ。えっとね――」

 私はわざと誰にも聞かれない様、マスターへとこっそり耳打ちをして、その人の名前を告げる。



 ――その夜。マスターの店にて。


「そう言う訳だアロマ。お前が行って来い」

 マスターはいつもの無愛想なまま、他の店員の了承を得た事を言いつつ、同じく殆ど表情に変化の無いアロマちゃんへと招待状を渡そうとする。

 アロマちゃんはマスターから招待状を受け取ると、紙に書かれている文字をじっと読み始めた。


「綺麗なドレスを着て、シャンデリアが煌びやかな宮殿内のパーティって、女の子の夢だもの。いつも頑張っているアロマちゃんへの臨時ボーナスと思っていっておいで」

 マスターのいう事は基本的に正しくて、過去に言っていたこんな業界に女らしさなんていらないって事も解っているしその通りだと思っている。

 だけども今のアロマちゃんは女の子と言うより、何でも忠実にマスターの命令を聞く人形にしか見えないもの。

 保護者の勝手だし、アロマちゃんもそんな現状を嫌がっているようには見えないし、私のお節介なのもあるけれども……。

 これで少しは女の子らしくなってくれたらいいかな。なんて淡い期待を寄せるが。


「私はいかない。任務の打ち合わせじゃなければ部屋に戻るから」

 予想通りと言うべきかもしれない。

 アロマちゃんは招待状をカウンターの上へ置くと、自身の部屋へと戻ろうとする。


「これは仕事だ。依頼者は俺だからな。アロマ、お前はパーティ会場へ行き、水神の国の貴族達の様子を見てくるのだ」

「……解った」

 しかしマスターの機転を利かせた発言に対してアロマちゃんは無表情のまま一つ頷くと、一度は手放した招待状を持ち、相変わらずの表情のまま自分の部屋に帰っていった。

 今は特別嫌がる様子も無く、勿論喜ぶ様子も無いけれども、当日はひょっとしたら気持ちが変わるかもしれない……わけないわね。

 私の想像力が乏しいのか、全くといっていい程にあの子が無邪気に喜ぶ姿を想像できず、何とか想像しようとしたが軽い頭痛に悩む破目となってしまった。



 そしてパーティ当日。

 セミロングの金髪を群青のリボンで後ろに結い、全体的にふわっとした桃色のオーガンジーのドレスと薄く化粧をしたアロマがちゃん店内へと姿を見せると、私も含むその場に居た従業員達は歓喜と感嘆の声をあげて歓迎する。

 まんざらでも無いのか、本当に恥ずかしいだけなのか、いつもビシビシに凍り付き固まっていた表情には、多少の赤みが窺える。

 何だか初めて人間らしい一面が見えた気がするかもしれない。

 意外と可愛いじゃない。とても暗殺者だなんて思えないわね。

 マスターは元々出来る人だとは思っていたけれども、こうなる事を見越していたなら中々侮れないかもしれない。

 

「似合うねえアロマちゃ~ん。ドレス姿も素敵だよー、おじさんアロマちゃんのダンス相手になってもいいんだよ?」

 店員の一人が薄ら笑みをうかべながら、普段は無機質な少女の珍しい格好を舐めるように見回す。

 こいつ、よくアロマちゃんにちょっかいをかけるけれども、もしかしてそっちの趣味なの……?


「こ、こんな格好似合わない……」

 ドレスのスカートを握り締めつつ、顔はうつむいたままに何とか訴えようとする姿が何だかぐっと来るわね。


「見た目は問題無さそうだな。招待状は持ったか?」

「……うん」

「じゃあ行って来い」

 マスターはいつもの気難しい表情を崩すことなく、明るい表情の店員達と共にアロマちゃんを見送る。

 アロマちゃんは、名残惜しそうにこちらを何度も振り返りつつ、諦めたのか少し肩を落としながら目的地へと向かって行った。


「エルシア、お前にも少し仕事を頼みたい」

「何? パーティのような素敵な場所での仕事なら嬉しいのだけれども」

「それなら丁度いい。アロマに気づかれないよう見ていて欲しい」

 何故そんな事をするのかしら。

 紛いなりにも社交界デビューする娘が心配?

 確かにアロマちゃんはそういう場所へ行くの初めてだろうけれど、あの子ならそつなくこなして帰ってきそうな感じはするし。


「あら心配なの? 意外と子煩悩って事なのかしら? まあいいわ、招待状はあるの?」

「ああ、エルシア専用の特別製だ。それにパーティへ行く為の着替えも用意してある」



 と言うわけで私もパーティに同行するわけだけども。


「やっぱりそうよね。少しでも期待した私が間抜けだった」

 私は潜入用の動きやすい格好に、解錠と姿を消す魔術が施された道具が詰められたバックパックを背負って会場である貴族の宮殿へと到着した。

 特別製って言うのはそういう事だったのね……。

 正規の招待状はそんな何通も都合よく用意されているわけないものね。

 あーあ。綺麗なドレス着たかったな。

 おおっと、文句言ってないでお仕事っと。


 私は宮殿の屋根から来客を見下ろし、アロマちゃんの姿を探す。

 それにしても凄い面子。水神の国の貴族や王族勢ぞろいって感じ。

 ソフィネ・アルカティアの誕生日パーティとかマスターは言ってたっけ。

 さすがは名門の一族なだけはあるって事かしら。

 感心している場合じゃないわね、アロマちゃんはどこかなっと。


 再び今回の任務のターゲットであり、うちの従業員でもあるアロマちゃんを見つけようと、見張りの兵にばれない程度に顔を出しつつ下の様子をうかがう。すると、花香る狐亭を出た時とは想像もつかない程に堂々と敷地内へと入っていくアロマちゃんの姿を見つける。

 そして表情はいつも通り無愛想だけども、彼女が何の迷いも淀みも無く入り口の衛兵に招待状を渡し、ドレスの裾を軽くたくし上げて会釈すると、一切のトラブルも無くあっという間に宮殿内へと入っていった。

 へぇ、覚悟を決めて吹っ切れたのか、意外といけるじゃない。

 まあ見た目も可愛いし、今日は身なりも綺麗にしているからスラム街出身の子供だなんて、自分から言わなきゃまず解らないだろうね。

 さてと、私も入らないと。

 入り口から堂々と同じ様にごきげんよう……、なんて無理よね。ふう。


 正式にパーティ参加が出来ない事を悔やみながら、持ってきたカバンから特別製の招待状である、金細工のピアスを取り出して耳につける。

 つけ終わると同時に自分の姿が消えた事を確認した私は、開いている窓からそっと中へ潜入した。



 会場である宮殿内へ難なく入り、パーティが行われるであろう大広間へと辿り着くと、正装を身に纏った紳士と、スカートが大きく広がっているドレスを着た淑女が各々集まりながら楽しそうに会話をしていて、室内はキャンドルの明かりが室内の飾りやそれら絢爛豪華な衣装に反射してとても煌びやかな、女の子だったら誰もが憧れるであろう世界が広がっていた。


 そして、そんな私にとって非現実的な世界に、何の違和感も無く溶け込めているアロマちゃんを見つける。

 特別誰かと話している様子はないけれども、いつもの素っ気無い表情が、この場所ではむしろ似合っているような感じがしなくもない。

 これならば大丈夫だとは思うけれども、マスターは何を心配していたのだろう?

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