第十八話 二つの強固な決意が交差する場所
わらわと共に目的地へと進む一行は、無言だが迅速に歩みを進めていき、程なくして我が家へと到着する。
「ほう~、随分立派な屋敷だなー」
「さあついてまいれ。時間の猶予は余り無いぞ」
門の扉を軽く押して開けると、敷地の無いの植木や玄関前の噴水に身を隠しつつ、屋敷内へと入っていく。
予想通り、夜は守備を魔術に頼っているせいか衛兵の姿は勿論、人の気配も一切感じられず、虫の音と水が流れ落ちる音しか聞えない。
そんな穏やかな静寂を背景に、言葉を返さず手招きで暗殺者たちを自宅の奥へと導いていくが。
「魔術にかかった。わらわ達が入った事がこれでばれただろう」
僅かな耳鳴りと、涼しい夜には似合わない蒸れた空気が全身を包む。
今までになかった感覚は、ここの警戒網に引っかかった事を確信するには十分だった。
「なら急ぐぞ」
「うむ、当主の部屋はこっちじゃ」
罠にかかるのは予定内、かかったら次の打つ手はただ一つ。
今は少しでも速く、当主エリザベスのところへ行かねば。
わらわを先頭に屋敷の中を駆けて行く。
僅かだが、遠くから鎧のつなぎ目が擦れる音が聞こえてくると、多少遠回りでも屋敷と外を繋ぐ扉から離れた道を通るようにした。
この者達は命の取り合いを生業としている。
衛兵くらいならば、容易に退けられるだろう。
だが、それでも不必要に他の誰かの命を奪って良い訳が無い。
衛兵にも家族や恋人、待っている人がいるはず。
何もかもを失って孤独になる事の辛さと、何もかもを奪われて誰かを酷く憎む事の苦しさを、他の誰かにして欲しくない。
暗殺者達にとって無用で無意味な気遣いかもしれぬし、そんな者らの側で今まさに暗躍している自分が思うのも道理にあわぬが……。
様々な葛藤を胸に抱きながらも、標的が居るであろう執務室へと向かう。
なるべく衛兵に見つからない道を通った甲斐あってか、魔術による警戒網に引っかかったとはいえ、道中誰にも見つかる事が無かったのは幸運であろうと思う。
「来たか」
そして目的地である執務室に入ると、部屋の蝋燭の明かりが反射する程の磨かれた甲冑を身につけた、かつて自分が慕った姉の姿が居た。
彼女の様子から察するに、わらわ達の事を察知したが逃げも隠れもせずに待っていたのだろう。
「無残に死んでいったマリアンヌ姉上の無念、ここで晴らさせてもらうのじゃ!」
そんな他の人達が見たら何も感じない素振りが実に彼女らしくて、あんな間違いを犯した姉上とは思えない程に何の変わりも無い姿に僅かな安心感すら得てしまう。
しかし、自身のそんな安らぎを振り払うかのように、当主エリザベスの方へ杖の先端を向けて宣戦布告する。
部屋の照明と、月明かりくらいしかない部屋の中。
エリザベスは目線だけを動かしわらわも含む侵入者達の様子を覗うと、小さなため息を一つつき、持っていた剣の先端で床を突く。
「む、これは!」
「足元が……、抜けるだと!?」
とすん。と軽い音が部屋内に響くと同時に、急に床が抜けてしまう。
姉上を含む全員は一切の抵抗が出来ないまま、夜の闇よりさらに深く暗い場所へと落とされてしまった。
「皆、無事か? 生きているか?」
「うん」
「いてて、尻から落ちちまった……」
「大丈夫じゃ、問題ない」
落ちた先は、真っ暗な空間だった。
足元が抜けたと同時に、体が浮遊する魔術をかけておき無事に着地出来たのは、実戦経験が無い自分でも思わず良い判断だったと心の中で自画自賛しつつも、マスターの声が聞えると同時に魔術で明かりを生成し、全員の安否を確認する事に成功した。
「ここはどこだ?」
「解らぬ。この屋敷は古く、増改築を繰り返して今の形がある。わらわも全容を知らないし、恐らくはそなたが持っている家の間取り図にも無いじゃろう」
魔術による明かりは蝋燭二本か三本程度の明るさしか無く、部屋全体を照らすことは不可能なのは解っている。
しかし、それでも周囲に一切壁や柱が見えないのは何故だ?
そう疑問と不安を抱いていた最中、真っ暗な部屋にゆっくりと魔術による青白い灯りが燈されいき部屋のほぼ全容がはっきりとしていくと、そこには牡鹿の角を生やした雄獅子の頭を持ち、毒蛇の尻尾をくねらせ、体は艶やかな金属の鱗で覆われている異形の生物が赤く鋭く光る眼はこちらをじっと見据えており、大きな口から見える太い牙でこの屋敷の侵入者を噛み砕こうとしている姿があった。
「な、なんだこれは……」
「四人相手は骨が折れるのでな。あの方への贈り物だが試運転も兼ねてここで使わせてもらう」
エリザベスの口ぶりから察するに、彼女の体の何十倍もの大きさを持つ異形の生物は、彼女が作り上げたモノだと言うのか?
だが、これはどうみても間違いない。
水神の国は勿論、他国でも製造を固く禁じている生物兵器ではないか。
「やはり噂は本当だったか」
「どういう事?」
「生体魔術兵器ダマスカス・キメラ。水神の国の魔術師達が秘密裏に研究していた、エーテルで動く戦術兵器の一つらしい」
かつて国家間で戦争が繰り広げられていた時代。
特に魔術に秀でた水神の国と、ここから西にある風精の国では様々な動物を融合させ、その融合させた生物をエーテルで制御する実験が行われていたと聞く。
「な、なんかすげぇやばそうな雰囲気なんですが」
「ああ、並の人間の攻撃なら奴の体に傷すらつかんだろうな」
実験は順調に成功し、生物兵器が実戦に投入されようとした間近。
他の動物の命を犠牲にする事は余りにも自然を冒涜し倫理に反する主張が強まった事と、生物兵器を開発出来なかった火竜の国と土霊の国がそれら主張を推した結果、戦争で使用していけないと各国で決まりが出来る程に危険で強力で決定的だったという。
「うろたえるな! わらわには魔術がある。相手が誰であれ問題は無い」
だがたとえ相手が誰であったとしても。
退く訳にはいかない、立ち向かわなければならないのだ!
「高貴なる誇りは、頑強なる大地を風化せしめん。精霊術、三つ又槍の螺旋竜巻!」
杖に意識を集中させ、荒れ狂う風を頭の中でイメージする。
大した間をおかずして、風なんて流れるはずの無い密室に凄まじい暴風が吹き荒れる。
暴風はやがて三本の竜巻となり、床の表面を削りながら生物兵器へと衝突し吹き飛ばそうとするが……。
「所詮、箱庭で学んだ魔術。本物の死に立ち向かえると思ったのか?」
エリザベスが、わらわがかつて学んでいた通称”箱庭”と呼ばれている水神の国の魔術学校を侮蔑すると、生物兵器はそれに合わせるかのように大きく咆哮する。
生物兵器の大気をも震わす雄叫びはわらわの渾身の一撃である竜巻を、まるで何も無かったかのようにかき消されてしまう。
傷ついたのは再び静寂が訪れた部屋の床だけで、生物兵器はまるでこたえていない。
魔術は空気中の存在する伝達物質を利用するが、精霊術はこの地上に存在する精霊と交信し、自らのイメージを伝える事で様々な自然現象を引き起こす。
人間でもこれを扱える者は数少ない。
故に、精霊術を破られる事は過去に一度も無かったし、目の前に居る強大な敵にも通じると思っていたが……。
やはり力は及ばぬというのか?
わらわでは、何も成せないというのか?
「大丈夫だよ。あなたならきっと出来る」
弱気になっていた自分を鼓舞してくれたのは、意外にもアロマであった。
アロマの励まし、彼女の声は自分でも驚くほど弱った気持ちを奮い立たせる。
そうじゃ、ここで諦める訳にはいかないのじゃ。
ここで終わっては無残に死んでいったマリアンヌ姉上が報われぬでは無いか!
……このままでは終わらぬ!
「高貴なる誇りは、灼熱で汝を縛らん。精霊術、鉄鎖の拘束熱線!」
「何度しても無駄な事」
あの獣の体は頑強すぎて、わらわの力では傷を負わす事が出来なかったが、術そのものを無効化されたわけでは無い。
そう気づき、諦めずに術を発動させてそれが完遂すると、赤熱に輝く鎖が複数本現れて火の粉を振りまきながら生物兵器に巻きつき、動きを封じ込める事に成功する。
鎖で動きを封じられた獰猛な生物兵器はのたうちまわる事も出来ず、ぎりぎりと鎖を引き千切ろうと力を入れている。
そして……。
「今じゃ、あの生物兵器を操っているエリザベスを狙うのじゃ!」
「ほう。私の下へ来るか」
あの生物兵器は、今回の任務の標的であるエリザベスの意志により動いている。
つまり、標的を倒せば生物兵器も無力化する事と同義。
今しかない、この時こそ好機!
わらわの思いが伝わったのか、酒場の従業員であるファルスとアロマが素早くエリザベスへと駆け寄り、各々が持っていた武器で彼女に引導を渡そうとする。
「むっ、待て! 行くな!」
「だが私に触れるのは、この獣を仕留める以上に至難と思え」
しかしマスターの二人を制止する声の直後、エリザベスの周りに銀色の光が数本、夜空の中を駆ける流星のように走った瞬間、襲い掛かろうとしていた二人はその場で倒れてしまう。
「ば、ばかな……」
何故、どうして二人の攻撃がエリザベスに届かなかった?
確かに姉上は剣術の腕はあるし、並の衛兵では敵わない事も知っている。
だがベテランの暗殺者を、しかも二人同時に仕掛けられてはいくらエリザベスとはいえひとたまりも無いはずなのに!
どういう事じゃ……。
「間に合わなかったか。……あれを良く見ろ」
酒場のマスターが無表情のまま指をさす方へと視線を向けると、銀製であろう柄に魚の鱗のような形状をした模様が彫られた、高級そうな剣があった。
今まで使っていた剣と形状も違うし、あの見慣れない細工はもしや。
「変わった意匠の剣……、魔術の力を帯びた武器か?」
「ああ。最近、中央精霊区の宝物庫から一本の剣が持ち出されたという話を聞いた。まさかここにあるとはな」
やはりそうであったか。
魔術の力を帯びた武器自体はさほど珍しいわけでもなく、心得のある者であればそこらへんに売っている武器に魔術そのものを付与させる事は容易である。
使えば使うほど魔術の力が薄らいでいく事と、武器そのものの劣化が早くなってしまう事から、好き嫌いの解れるところではあるが。
しかし、二人の暗殺者をあんな容易く退けられるとは、余程強力な魔術を施してあるのか?
「宵闇の魔剣エクリプス、これが私の覚悟だ」
その名前を聞いた瞬間、何故アロマとファルスが簡単に倒されてしまったか、マスターがずっと動かずにいたか、それら理由を理解すると同時に全身が酷い寒気に支配されていく。
今から大昔、まだ国家の概念もない頃、手にすれば戦争に絶対勝てると言われた一本の剣があった。
多くの富豪や領主達が血眼になってそれを探し、追い求め続け、そして手に入れてその剣を戦争で用いてきた。
その結果、剣の力により持ち主は戦争で勝ち続けた。
たとえどんなに不利な条件であっても、本来ならば一方的な虐殺になってしまう戦であったとしても、剣は卑しく勝利を呼び込み、そして貪り続けた。
しかし、必ず手にした一族は一部の例外も無く没落してしまう。
勝利と栄光と同時に、破滅と終焉と与える呪われた剣、持った者の光を奪う事から、その名前がついたという。
最近の研究により、持ち主の精神を食らう魔術が施された、元々は魔界に存在している悪魔が使っていた武器だという事が解って以来、誰の手にも渡らぬよう四大大国である火竜、風精、地霊、水神、それぞれの国の中心に位置する中央精霊区に厳重保管され、二度と人の目には触れぬであろうと言われいたのだが。
まさか、この目で直接見る事になろうとは……。
エリザベスは今も剣の魔力によって、精神を蝕まれ続けている。
彼女もまた、過去あの剣を手にした人達と同じように魔剣の虜となって一時の栄光を掴み、そして最終的には命を奪われるであろう。
「何故じゃ! マリアンヌ姉上を自らの手で辱め、殺し、そしてエリザベス姉上、あなた自身もまた暗黒に飲まれる道を選んだ。一体何を成そうとしているのじゃ!」
「ソフィネよ。私の愛しき妹よ」
ゆらりゆらりと、剣を持ったまま姉上がこちらへと歩み寄ってくる。
彼女の目には、剣から与えられ続ける底なしの力と呪いと剣から奪われ続ける命の灯の明かり、そして何者にも奪われない信念と決意が入り混じった暗黒が映っていた。
「この世界は変わろうとしている。今までのような複数の国家による分割支配ではなく、強大で絶対な単一の国家による支配へとな」
「何を言っておられるのじゃ……、わらわには解りませぬ……」
「そうならなければいけない。そしてその実現には強い指導者が必要なのだ。それは血統や決闘で決められる者ではない」
どういう事なのじゃ、全く理解出来ない。
父上や母上が亡くなられた時に、エリザベス姉上に何かがあったのか?
わらわの知らない、彼女にこんな決意をさせる何かが!
「今は簒奪の汚名を受けよう。民衆が望むならばこの首を捧げても良い。だが近い未来、私のした事が正しかったと証明されるはずだ」
「なら、あなたはこの水神の国だけでは無く、他の国をも飲み込もうと言うのですか?」
「私ではない。私はあの方を支える柱の一人、計画の一部に過ぎないのだ」
彼女の命がけの思い、自分や自分が育って来た家を捨ててまでも何かを成そうとする決意。
そんな強くて固い意志の前に、思わず身を引いてしまう。
「……喋りすぎたな。さらばだ妹よ」
「逃げろ! そいつから間合いを取れ!」
マスターの声にはっと我を取り戻すと、姉上は自分の目の前にいた。
あ、姉上には勝てない……!
このままでは!




