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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第二部「手折られたもう一輪の花は、月に導かれ太陽となる」
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第十七話 新たなる決意を抱くは、己が存在理由と未来の為

 今まで着ていたネグリジェを脱ぎ捨て、マスター殿から貰ったよれた麻のシャツを広げると、ふと大切な姉妹の絆が引き裂かれた時の光景を思い出す。

 元々の形が解らないほど変わっていた姉上の顔、そんな姉上の胸を貫いた槍、何の罪もないはずなのに磔にされたまま燃やされた体、身内をそんな状況下に追いやったもう一人の姉の演説。

 それらは思い出せば胸の中が黒く焼かれ、ひどく気分が悪くなる光景だった。


 でも……。

 たとえ気分の悪さで口の中がまずくなろうとも、怒りと憎悪の炎で焦がれようとも、全てを飲み込み自分のものにしつつつ服に袖を通していく。

 それは貴族だった自分と大好きだった二人の姉上、今までの思い出、そんなかけがえの無いモノ達への永遠の決別の誓いでもあった。

 服の胸の部分にあった紐を結った後、所々擦り傷が入っている革のスカートを穿き、腰にベルトを巻く。

 鏡を見て、服装が今までとは違う自分を見て一つ大きく息を吸って再び気合を入れて部屋を出ると、酒場の人達が待っている一階へと降りた。


「随分動きやすい格好になったな。お嬢様だから嫌がるかと思ったが……」

「これから潜入するのであろう? 場所と状況に合わせた格好をするのが基本じゃ」

 わらわが最後だったらしく、マスターも含めて他の従業員達は既に着替えと準備を終えていた。

 普段の軽い雰囲気は一切無く、酒場の従業員達はわらわの方を一瞬だけ確認すると、神妙な面持ちのままその場をじっと動かず待っている。


「髪型は……まあそれなら問題ないか」

「うむ」

 綺麗に整えたマルーンカラーの縦ロール。

 崩して別の全く違う髪形にしようとも考えた、切って短くしようとも思った。

 しかし他の髪型をした自分の姿が驚くほど想像出来ず、着替えても大して崩れなかったし動くにも特別邪魔ではなく、新たな髪形を作る時間の余裕はないと判断してこのままにしたのだ。

 その事を説明しようとしたが、この勘のいいマスターなら察しているだろうと思い、一言頷く以外は特にしなかった。


「戦えるなら好きな物を持っていけ。そうでないなら、こっそり後ろからついて来い」

「ほう……」

 普段はグラスやボトルキープされた酒を置く場所であろう棚を引くと、ありとあらゆる武器がかけられた壁が現れる。

 軽そうな短剣から重そうな大斧や棍棒、水神の国の兵士達が使っている直剣のようなメジャーな武器から普段見慣れないような、一見どうやって使うのかも想像がつかない武器もあり、新鮮な光景に思わず簡単の声をあげてしまっている自分に少し遅れて気づく。


「自由に使って良いのじゃな? ならばこれを借りるぞ」

「魔術、使うのかな?」

「うむ。魔術学校は主席で卒業しておる。実戦でも十分使えるであろう、期待しておれ」

 僅かな感動の直後にわらわは、なんの迷いも無く磨かれた翡翠がはめ込まれた杖を選ぶと、この酒場の従業員では最も年齢の低い、恐らくは自分と同じくらいの年であろう女の子が、セミロングの明るい金髪を軽く揺らせながら無表情のまま話しかけてくる。

 気のせいか、わらわの方を覗き込んだ時、彼女から仄かに心地よい花の香りがしてきた。

 確か、名前はアロマと言ってたか。

 む、この面持ち、この者もしや……。


「ところでアロマと言ったか、わらわの成人の儀で踊ってくれたのはそなたじゃろう?」

「うん、そうだよ。現地で正体を明かすと騒ぎになっちゃうから言えなかったの。ごめんなさい」

 あの時の少女によく似ていると思っていたが、やはり本人だったようだ。

 ここまで近くで顔を見る事は無かったが、実際に寄って見ると愛らしい顔立ちをしている。


「いや、別に気に病む事ではない。むしろそなたのお陰で無事に成人の儀を終える事が出来た。正式に礼をしたかったのじゃが……」

 アルカティア家は名門で、貴族同士の付き合いも少なくは無い。

 しかし意外と同年代の知り合いは少なく、居たとしてもそこまで魅力を感じるような者には出会わなかった。

 同じ貴族なのに嘆かわしさすら感じる相手は山ほど出会ったのだが。

 もっとも、もうそれらとの付き合いも無いだろう。

 それにしても実に惜しい、出自が良ければここで終わるような者では無い筈。


「じゃあお礼は、この仕事全部終わったらお願いしてもいいかな?」

「うむ、解った」

 気のせいか、彼女のささやかな望みに対して快く答えた時、味気ない表情が僅かだが緩んだような気がした。

 改めて確認しようとしたが、その時は既に振り向いて元居た机へと戻っていた。


「さて、今回の仕事だが……。 詳細は言うまでも無いな」

 全員が集まり、準備が終えた事を確認したであろうマスターが、無表情のまま低い声でゆっくりと話し始める。


「まずは潜入する屋敷の詳細をソフィネ本人から話してもらう」

「夜の屋敷は魔術の力を使って人の手を借りず、常に監視と警戒をしておる」

「という事は、監視と警戒だけで、入った途端に爆発して侵入者を情け容赦なく消し炭にするってのはないのかい?」

「うむ、屋敷内での大規模な破壊行為は無いと見て良いじゃろう。亡くなった父上がそれを是としなかったからじゃ」

 あれだけの屋敷の仕掛けを、いくらエリザベスとは言えそう簡単には変えれない。

 人を呼ぶにしても数日で出来るとも思えないし、エリザベスは魔術に関しては素人レベルな筈。

 だが、エルシア殿が捕まってしまった事実を考えると、ひょっとしたら何か変わっているのかもしれん。


「監視の網に引っかかると詰所に控えている衛兵達へと伝わってしまう、時間をかけては囲まれてしまうから、屋敷へ入ったら早急に当主を倒した方が良かろう」

「という事は、魔術の種類は設置型か?」

「うむ、屋敷内の出入り口や窓、人が入れそうな場所の全てに仕掛けられておる」

「ふむ。潜入を得意としていたエルシアが居なくなった上にそこまで厳重な警備となれば、今までのようには見つからず標的だけを仕留めるのはほぼ不可能だろう、罠の種類も変わっているかもしれんからな。よって今回は標的の殺害は勿論、道中障害となる者も倒していく」

 しかし元々は自分の慣れ親しんだ家に、まさか潜入するとは……。


「あと、今回は俺も一緒に行動する」

「へー、マスターが珍しいっすね。従業員の手柄を横取りしちゃ駄目っすよ?」

「手柄の事を考えられる程、容易な仕事ならいいんだがな……」

 そして姉上を手にかける事となり、それが成功したら我が家は終焉を迎えてしまう。

 アルカティア家は王族とも繋がりが強く、故に代々地位と家門を約束されてきた。

 これからも変わらず未来永劫されるはずだったと思っていたが、こんな事になるとはな。

 他の貴族達の語り草にされそうじゃな……。


「よし、行くぞ」

 ふう、今は未来の事をぼやいている場合ではない。

 これから起こるであろう現在(いま)を見なければならないのだ。


 そう決意を胸に秘め、手に持った杖をぐっと強く握り締めつつ、マスターへと着いていく。

 目指すはわらわの屋敷、目標は当主エリザベスの抹殺!

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