第十六話 渦中にある花は、火中へと投げ込まれて
どうしてエリザベス姉上はあんな事をしたのじゃろうか……。
マリアンヌ姉上と仲が悪い様子も無かったはず。
強いておかしかった部分をあげるなら、父上と母上が亡くなられてからは、異様なほど剣術に打ち込みだした事くらいか。
「今戻った」
「お、マスターと俺様の女神アロマちゃんおかえり」
あの性分が故に、野心が無いとは断定できぬ。
しかし血の繋がった家族を陥れ、さらに殺めるとは。
「エルシアはまだなのか?」
「ああ、まだ帰ってきてないっすね」
だからこそ聞きたい。
エリザベス姉上が何故このような凶行に及んだのか。
わらわが直接聞き、わらわの意思で決めねば。
それでも……、ぬぅ。
「た、大変だ旦那!」
「どうした?」
あの時迷わぬと決めた筈なのに、まだ気持ちの整理がついていない自分のはっきりしなささに苛立ちを感じていた時、衣服の乱れと汚れを一切気にしなさそうな小汚い貧民街の住人が酒場の扉を壊しそうな勢いで開けて現れた。
明らかに何か有事であると察したのか、普段無愛想なマスターに多少の驚きが覗える。
「おたくのとこの従業員が……、貴族の娘と一緒に処刑台に!」
な、なんじゃと!?
処刑の日にはまだ時間があったのに何故じゃ。
エリザベス姉上が当主になる知らせもあるが故、急には行われないはず。
「行くぞ」
何もかも間違いであって欲しい、自身の数少ない肉親がそんな粗野な真似をするはずがない、姉上は勝気な性格だが乱暴な事はしない。
そう信じながら急ぎ足で、酒場の従業員と共に現地へと向かう。
「一人は妹ソフィネを陥れ、アルカティア家の当主の地位を不当に得ようとした私の姉マリアンヌであり、もう一人はそんな姉と結託したスラム街の住人である」
そして現地へ到着し、何もかもが裏切られてしまう光景を目の当たりにする。
十字架へ磔にされた若い女性が二人。
片方は着ている服は乱れて顔の形が変わり果ててしまっており、もう片方は服装こそはそのままだが胸に刺し傷があり、そこからたくさんの血が流れた跡があった。
どちらも光の宿らない目を半分程見開いたままぐったりとしており、辛うじて息があるかといったところか。
そして掲げられた二人の下に、厳しい表情のまま観衆へと演説をしているもう一人の姉上。
「彼女らの行いは到底許されるものでは無い、死をもって贖うべきである! よって彼女らを処刑する!」
エリザベス姉上の他者を圧倒せんとする思いの発露が終わると、長槍を持った兵士達が死刑台へと登っていく。
「アロマ、どこへ行く気だ」
「助けないと、このままじゃ殺されちゃう」
自分が姉上の凶行を止めようとした時、酒場の従業員である少女が腰に下げた武器に手をかけつつ前進しようとするが、マスターが少女の肩を持ち行動を制止した。
その様子を見て、自分もはっと目が覚めてその場で様子を見守る事にする。
「……あいつはもう駄目だ」
たとえここでわらわや、この少女が飛び込んで、仮に助けられたとしてもその先はどうする?
ずっと大罪人として追われる身で過ごすのか?
追跡者の影に怯えながら日々を生きていかなければならないのか?
そしてやがて冷たい現実を目の当たりにした時、自分はどう思うのか?
ぬう、やはりここは耐えるしかないのか。
「こうなったら……」
「それはやめておけ、今おきている出来事以上に騒ぎになってしまう」
マスターの制止も振り切ろうとするが、静かだが今まで以上に強い口調で少女を再び止める。
そうじゃ、ここは我慢の時。
行っては駄目じゃ、行っては……。
そう必死に何度も言い聞かせている時、磔にされている姉上と酒場の従業員の体を二本の槍が貫く。
全く呻き声や叫び声を出さないという事は、既に声を出せないほど死にかけだったのか、全てを諦めていたのか。
この公開処刑を見ていた他の人々は、こんな残虐でグロテスクな状況であっても歓喜の声をあげているという事は、エリザベス姉上が正しくてマリアンヌ姉上が間違いだという嘘を無条件で信じているということなのだろう。
「こんな事が……、こんな事があっていいのか……」
でもそれが、たまらなく悔しい。
胸が熱くて引き裂かれそうじゃ。
泣いてはいけないと思っていても、叫びたいと思っていても、ただ下唇を噛んで必死に声と涙が出ないように堪え続けるしかないのか!
ぐぐっ……、なんて無様で無力なのじゃ!
「ねえマスター。どうして見捨てたの?」
「アロマちゃん、あの状況じゃどうしようも無かったんだよ。エルシアはドジって捕まり、そして貴族の娘と一緒に処刑された」
それだけじゃない。
処刑される前に、相当の辱めを受けたはずじゃ。
ソフィネと呼ばれる酒場の従業員は急所を突かれ、ほぼ瀕死の状態だったからそんな下種な事はされなかったかもしれんが、マリアンヌ姉上は……。
生まれて初めてじゃ、こんな苦痛を味わった事は。
「マスター、依頼の内容を変えて良いか?」
「ああ」
……だからこそ、許せない。
たとえ民衆がわらわを認めなかろうとも、全てが敵になろうとも、自分のこの不快な気持ちを押し殺したり誤魔化したりはいけない。
逃げてはならぬ、その場で座り込んではならぬ。
立ってしっかり向き合うべきなのじゃ。
そう決意すると同時に、息が途絶えた二人が磔にされている十字架に火がつけられる。
火は、まるで今の自分の胸の熱さに呼応するかのごとく激しく燃え広がり、みるみるうちに二人の亡骸を包んでいく。
「……こんな仕打ちをした姉上、いやアルカティア家新当主のエリザベスを抹殺する、手伝って欲しい」
だからこそ、間違いを犯した姉上……、いやエリザベスを自らの手で倒さなければならない。
そうでなくては、わらわがわらわじゃなくなってしまう!
「いいのか? 元々お前は和解が目的だったのだろう?」
「もうそんな甘えた事は言ってられないのじゃ」
「アルカティア家を捨てるのか?」
「こんな騒ぎを起こしてしまった。もう我が家は終わりじゃ……。ならば最後はわらわの手で幕を引くのじゃ!」
「私も行くよ。エルシアにあんな事したあいつらが許せない」
「俺も行かせてくれよマスター」
憎しみは醜い、昔に母上が言ってくれた。
正しい意見だと思うし、今も間違っていないのは解る。
だけど、しかし、わらわは敢えて醜く足掻いてみせようぞ。
父上、母上、そして偉大なる先代達、申し訳ございません。
わらわの代でこの名門アルカティア家の終わらせてしまう事をお許し下さい。
罪は地獄で償いましょう。
「すぐに準備しろ、今夜決行する」
だからこそ、わらわ最後のわがままをお聞きとどけ下さい。
そして願いを叶える力をわらわに!
淡々と二つの死体が灰になっていく最中、自分自身も含めここにいる全員が共通の目的を持った事を確信していた。




