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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第二部「手折られたもう一輪の花は、月に導かれ太陽となる」
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第十五話 数多の暗がりを潜った薄闇が、貴族の屋敷で見たもの

 綺麗なドレスを着て、シャンデリアが煌びやかな宮殿内のパーティは女の子の夢……。

 情報収集の為に訪れた貴族の屋敷の前に到着すると、仲間である少女にそう言った事を思い返す。


 私は物心ついた時から一人だった。

 父親や母親は顔も知らないし、いつもスラムの隅っこでお腹を空かせて泣いていたっけかな。

 ごみを漁って何とか食いつないでいたけれども我慢出来なくて、お店の商品を盗もうとしたら捕まってしまい、事情を知った国の役人達は私を世界の中心と呼ばれている中央聖霊区セントラル・エレメンツにある孤児院へと送られた。


 孤児院は身寄りのない子供達を引き取り育てる以外にも並行して、女の子の場合のみハウスキーパーとして育成させ、再就職させる機関がある。

 私も当然そこへ入れられたけれど、その機関の雰囲気が合わない事とメイドさんなんて自分の柄じゃない事を理由に脱走し、一人彷徨っている時に魔女の村の長が拾ってくれたんだっけかな。

 エルシアという名前は、その時に長が付けてくれた名前である。

 今までも名前が無かったなんて事はなかったけれども、何だか響きが気に入って意向ずっとエルシアって名乗ってきた。

 そんな人生を歩んできた結果、プライベートで綺麗なドレスを着た事は無いし、パーティへ呼ばれた事も無い。

 憧れはあったけどもね。


 ふう、今はそんな昔の事や自分の理想を思い出している場合では無いわね。

 アルカティア家に潜入し、次姉エリザベスが長姉マリアンヌを陥れた証拠を手に入れなければ。


 私は塀を飛び越え、窓から屋敷の中へと入る。

 潜入は基本的に姿が見つかりにくく人も少なく、最悪見つかっても面が割れにくい夜に行われるのが基本だけども、私はソフィネ嬢から予め聞いておいた情報を頼りに、急いで準備して昼のうちに間に合わせたのだ。


 そして現地へ着いた時に彼女が教えてくれた、”屋敷の警備は昼間は人力で夜は魔術を用いている”と言う情報が当たっていた事を確信する。

 腕に付けた銀の腕輪が反応していない事がその証拠だ。

 基本的に魔術は空気中に存在している伝達物質、エーテルを利用して様々な事象を引き起こす。

 つまり魔術が発動されれば、気中のエーテル量に変化が生じる。

 この腕輪はその変化に応じて振動するように作ったからだ。


 勿論そのまま入っては道中すれ違う人に見つかってしまい、私が不法に侵入した事がばれてしまうのは当たり前なので、少し前にアロマちゃんが参加したパーティ会場で使用した、金細工のピアスを使って自分の姿を消して屋敷の奥へと入っていく。


 手がかりと言えば、まずはここかな。

 そう思いながらも私が真っ先に今回の事件の首謀者であるエリザベスの執務室へと到着する。

 私は扉にそっと手を当てて、音が出ないようにゆっくりと少しだけ開けて部屋の中の様子を探る。

 絢爛豪華な装飾が施された家具、大きな窓に取り付けられた細かい刺繍がされたカーテン、さすがは貴族の中でも名門なだけはある。

 ……部屋には誰も居ないわね。たまたま別の用事で居ないだけなのかな?


 別の仕事か、それとも他の用事でもあるのか。

 たまたまこの家の現当主が不在である事を幸運に思いつつ、ゆっくりしっかりと物色を始める。

 大量に積まれた書類に一枚ずつ目を通し、引き出しの中も確認していく。

 明らかに公務で使うであろう机以外の棚も念入りに調べ、この部屋の主を失脚させる為の情報を探す。


 しかし、私の期待した成果が得られる事は無く、目ぼしい成果は無かった。

 まぁ、自分の姉を陥れた証拠なんてそんな簡単に見つかるわけがないわね。

 知れたら命取りになってしまうもの。

 ひょっとしたら、既に証拠隠滅をはかっているかもしれない。


 それでもまだ諦めるには早いと察し、今度はエリザベスの寝室へと向かうが同様に手がかりが見つからず、囚われの身となっているマリアンヌが使っていた部屋や、今酒場に居るソフィネ嬢の部屋も調べるが、やはりその二部屋でも手がかりは一切無かった。

 二人の部屋へ向かう時や入る時も、数える程の使用人しかすれ違わなかったのは唯一の救いか。


 金細工のピアスがもたらしてくれる効果は、せいぜい日没が限度か。

 そこまでには何らかの情報は欲しいとこだけども。


 次に私は使用人の詰所やキッチン、倉庫にも入って証拠になりそうなものを探す。

 相変わらず人気は殆ど無く、容易に潜入し調査が出来るのは楽だけども。

 やっぱり次妹の反逆の証拠となる物は一切見つからない。

 見つける事は難儀であると覚悟はしていたが、ここまで何も無いなんて。

 こうなると、もう既にこの世には存在していないのかもしれない。


 そしてそれ以上に、これだけ部屋を出入りしているのに人とすれ違わないのは何故?

 アルカティア家は貴族の中でもかなり地位も高いはず。

 それなのに、屋敷内で働いている人達が少ない、少なすぎる。

 ソフィネ嬢から聞いた話だと、メイドや執事の類は私の手足の全ての指を総動員しても足らないくらい雇われているはずなのに。


 本当にここに名門貴族が住んでいるのかと思わせるほど、人が少ないのはどうしてだろうか。

 事前の情報不足で、実は全員でどこかへ出かけてしまったとか。

 ううん、それはありえない。

 屋敷を空にするわけが無い、必ず誰かかしらは残るはずだ。

 それを考慮しても少ない、おかしい。


 それとも他の何か別の要因があるの?

 私が気づかない、あの逃げ出して来たお嬢様すら知らない何かが?


 私は足を止めて、今の状況を整理しつつ考察する。

 そして辿り着いた結論は……。


 まずい、すぐにここから出なければ!


 私はすぐ近くにあった窓に手をかけ、開こうとする。

 しかし、窓のフレームはぴくりとも動かない。


「お前が妹の使いか?」

 思考の果てに辿り着いた結論が現実のものになった時、日の光が反射し眩く輝く金髪と透けそうな程に白い肌が印象的な、髪色と同じ色の鎧を身に纏った華奢な少女が私のほうへと剣先を向けつつ話しかけてくる。


「お前が妹の使いか?と聞いている。それとも薄汚いスラムのネズミには人語が理解出来ないのか?」

 彼女の言葉に呼応するかのように、部屋の中や階段からは次々と衛兵が現れてしまい、私は囲まれてしまった。


「まあどちらでも良い。私は害獣を駆除するだけだ」

 透明になっているはずなのに、明らかにこちらの位置がばれている。

 窓も開かないし、廊下は衛兵が虫一匹入る隙間が無い程居る。


「もう退路は無い。何もせず死ぬか、戦って死ぬか好きな方を選べ!」

 ……確かに彼女の言うとおりかもしれない。

 この屋敷の全てが囮だった。

 現状から察するに妹が生きているという事も、私達が次姉を失脚させようと裏で活動していたという事も、何かも知られていた前提で相手が動いていたってわけね。

 ソフィネ嬢の存在を逆手に取ってくる事くらい、気がついても良かった筈なのに。

 正直迂闊だった。プロとして失格かもしれない。


「あなたのような正々堂々とした人がこんな陰湿な権力闘争をするなんてね」

「全ては我がアルカティア家の為、そしてあの方の為。姉上ではその重責に耐えられぬ、故に私が立ち上がるしか無かったのだ」

「自分の家族を犠牲にしても……、そう……」

 彼女の強い気持ちは、血縁が居ない私でも十分に理解出来た。

 でも、だからこそ。


「私にも帰る場所があるから、ここで捕まるわけにはいかないし、死ぬ事も出来ない」

 私は奥の手だった、魔術でエーテルの霧を生成し周囲の視界を遮る。

 それはかつて、私の親代わりを暗殺しようとして阻んだ、風の悪魔ラプラタがアロマちゃんと自身を隔離する為に使った術だった。

 あれからこっそりと独自に研究し続け、まだ問題は山積みだけれど何とか実戦に使えるレベルまでもっていけたけども、まさかこんなすぐに使わされるなんてね。


 でもこれで、とりあえずはここを脱出出来そうだ。

 エリザベスを失脚させる情報は掴めなかったけれども、それと同じくらい重要な情報である、相手が私達の事を全て見通している事をマスターに伝えなければならない。


 そう思いつつ、再び窓に手をかけ脱出を試みた瞬間――。


「ぐっ……、なんで……」

 私の腹部を次姉の剣が貫いていた。

 酷い痛みと出血で意識は朦朧としていき、足に力が入らなくなっていく。


「逃げられぬ、逃がさぬ」

 視界は完全に遮ったはず、エーテルの霧は魔術の発動を阻害する効果もある事は実験で立証済みだし、何故……?

 ああっ……、そ、その剣はまさか!


 私の何もかもが甘かった、再びそう認識せざるおえなかった。


「死体は……の為に……しておけ」

「はっ」

 もう音も聞こえなくなってきたし、目の前はかすんで何も見えなくなってきた。

 ……死ぬのかな。

 でもこれが私にとって相応しい死に場所なのかもしれないわね。


 何もかもを諦めると、私の体から力が抜けて目の前が真っ暗になった。

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